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第1章〜ヒロインたちが並行世界で待っているようですよ〜③

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「夏休みの活動のことなんだけどさ〜」  こちらの返事を待たずに、相談事とやらを切り出してきたのは、浅倉桃あさくらもも。    中学校の放送部の時から付き合いのある後輩の女子生徒だ。  オレや友人の黄田冬馬きだとうま、上級生である荒金桜花あらがねおうか先輩を追いかけて――――――というわけではないのかも知れないが、四月から、自分たちの通う、あいらんど高校に進学し、再び中学時代と同じようにオレたちと一緒に活動している。  だが――――――。  いくら、彼女とオレが親しく話す仲であるとは言え、無断で自宅に上がって、遠慮なしに自室に入ってくるような関係性を築いた覚えはない。  おまけに、「お兄ちゃん」という呼び方は、何事か?  いや、、中学校の頃、彼女と一緒に出演していた校内放送(ラジオのトーク番組形式のモノだった)で、 「女子から呼ばれてみたい呼称といえば、やっぱり、『お兄ちゃん』だよな! 可愛らしい声の女の子に、そう呼んでもらえるサブスクのサービスがあれば、ひと月に二千円まで課金しても構わん!」 という発言をして、その結果、向かい合って語り合う彼女に、 「うっわ! キモッ!! センパイ、前々から言ってますけど、そんなんだから、校内の女子にを見るような目で見られるんですよ?」 と、虫けらに送るような視線で、ドン引きされたことはある気がするのだが……。  混乱する思考に脳内処理が追いつかず、呆けたように自分を見つめるオレのようすに気がついたのか、彼女の表情は怪訝なモノに変わり、こちらに語りかけてくる。 「なによ、そんな不審者を見るような目つきで……ちゃんと、ノックもしたし、同居人が部屋に入ってくるのが、そんなに不満なの? それとも、真っ昼間から、コソコソと女子に言えないようなことをしてたとか? いやらしい……」  毒舌と言っても良い言葉で一方的にまくし立てるそのようすは、記憶のとおりなのだが、彼女の言葉の中に、捨ておけないフレーズがあることを、オレは聞き逃さなかった。 「なあ、桃……って、どういうことだ……?」 「ちょっと……いま、そんなこと言う? ネタとしては、ツッコミ甲斐がないくらいつまんないし、暑さボケじゃなければ、普通にショックなんだけど……」 「いや、スマン……事故で入院してたし、ちょっと混乱してるのかも知らん」 「ハァ!? 事故で入院? なに言ってんの? 夢の話しなら後にしてよ! もういい!」  そう言ってから、彼女は、 「司さ〜ん、ちょっと来て! お兄ちゃんが変なこと言ってるよ〜」 と、バタバタと部屋を出て行った。 (いや、入院先の病院には、桃も見舞いに来てくれてたじゃないか……)  自室から姿を消した彼女に返そうとした言葉を発する機会を失ったので、立ち去った後輩女子の言動を思い返し、自分の記憶との整合性を取ろうとしていたところ、パタパタと足音を立て、桃は母親をともなって、オレの自室に戻ってきた。 「さっきも、外から戻ってきてフラフラと部屋に上がって行ったと思ったら……雄司ゆうじ、熱でもあるの?」  部屋に入ってきた母は、心配そうな顔で、手のひらをオレの額に当ててくる。 「触った感じは熱くないみたいだけど……」  そう言いながら、彼女は持ってきた体温計(いつもながら準備の良いことだ)をオレに手渡し、脇に挟むようにうながす。  母親に言われ、体温計を左腕の脇に挟んだオレが、 「熱よりも、事故で頭を打ったことの方が心配なんだけど……」 と、つぶやくと、後輩の女子は、ウチの母親に語りかける。 「ね、変なこと言ってるでしょ? 事故がどうとか……」  桃の言葉に母も、うなずきながら、オレに問いかけてきた。 「たしかに……雄司ゆうじ、アンタいつ事故に遭ったの?」 「いや……いつって……母さんも桃も、オレが入院してた病院に来てくれたじゃないか!」  さっき、桃に言えなかった反論を行うと、目の前の二人は、不思議そうに顔を見合わせている。 「入院……? 寝ぼけてるじゃなければ、桃ちゃんの言うように、こりゃ、ホントに熱中症の暑さボケかな? 後遺症が出る前に救急車を呼ばないと……」  今度は、不安げな表情で、リビングにスマホを取りに戻ろうとする母を制するように、「ちょっと待って!」と声をかける。 「体調は問題ないんだけど、冷静に思い出したいから、ちょっと、いまの状況を確認させてくれないか?」  なるべく落ち着いた口調になるよう心がけて、そう提案すると、二人はうなずいて、オレの要望を受け入れてくれた。  母親と桃の話しによると、浅倉桃が、我が家に同居することになったのは、彼女の両親が仕事の関係で海外移住しなければならなくなったからだそうだ。  数年後には、日本に戻ってくることが前提なので、桃は国内に留まることになり、その間、仕事で繋がりのある母親が彼女を我が家に住まわせることを申し出たという。  その際、母と桃の間で、 ・母親のことを「つかささん」と名前で呼ぶこと。 ・オレのことを「お兄ちゃん」と呼ぶこと。 が、取り決められたということだ。 「くろセンパイのこと『お兄ちゃん』って呼ぶなんて、最初はめっちゃ抵抗があったんだから……ようやく、慣れたと思ったら、こんな風に言われるなんてねぇ……」  心外だと言わんばかりにため息をつく、桃のようすを見ながら、いつもは生意気な口をきいてくる後輩女子が、照れくさそうに、 「お兄ちゃん……」 と、呼びかけてくる姿を想像し、その思春期男子の心を鷲掴みにする破壊力に、思わず悶絶しそうになってしまった。 (クッ……なぜ、オレはその現場に居合わせなかったんだ……)  後悔しつつも、心配をかけてしまった二人には、素直に感謝と謝罪の気持ちをを伝えることにする。 「ありがとう……なんか、変なことを口走ってしまって申し訳ない……」  そう言いながら、困った時のいつもの癖で、つい後頭部に手を添えると――――――。    またも、オレの目の前に巨大な惑星があらわれた。



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「夏休みの活動のことなんだけどさ〜」  こちらの返事を待たずに、相談事とやらを切り出してきたのは、浅倉桃あさくらもも。    中学校の放送部の時から付き合いのある後輩の女子生徒だ。  オレや友人の黄田冬馬きだとうま、上級生である荒金桜花あらがねおうか先輩を追いかけて――――――というわけではないのかも知れないが、四月から、自分たちの通う、あいらんど高校に進学し、再び中学時代と同じようにオレたちと一緒に活動している。  だが――――――。  いくら、彼女とオレが親しく話す仲であるとは言え、無断で自宅に上がって、遠慮なしに自室に入ってくるような関係性を築いた覚えはない。  おまけに、「お兄ちゃん」という呼び方は、何事か?  いや、、中学校の頃、彼女と一緒に出演していた校内放送(ラジオのトーク番組形式のモノだった)で、 「女子から呼ばれてみたい呼称といえば、やっぱり、『お兄ちゃん』だよな! 可愛らしい声の女の子に、そう呼んでもらえるサブスクのサービスがあれば、ひと月に二千円まで課金しても構わん!」 という発言をして、その結果、向かい合って語り合う彼女に、 「うっわ! キモッ!! センパイ、前々から言ってますけど、そんなんだから、校内の女子にを見るような目で見られるんですよ?」 と、虫けらに送るような視線で、ドン引きされたことはある気がするのだが……。  混乱する思考に脳内処理が追いつかず、呆けたように自分を見つめるオレのようすに気がついたのか、彼女の表情は怪訝なモノに変わり、こちらに語りかけてくる。 「なによ、そんな不審者を見るような目つきで……ちゃんと、ノックもしたし、同居人が部屋に入ってくるのが、そんなに不満なの? それとも、真っ昼間から、コソコソと女子に言えないようなことをしてたとか? いやらしい……」  毒舌と言っても良い言葉で一方的にまくし立てるそのようすは、記憶のとおりなのだが、彼女の言葉の中に、捨ておけないフレーズがあることを、オレは聞き逃さなかった。 「なあ、桃……って、どういうことだ……?」 「ちょっと……いま、そんなこと言う? ネタとしては、ツッコミ甲斐がないくらいつまんないし、暑さボケじゃなければ、普通にショックなんだけど……」 「いや、スマン……事故で入院してたし、ちょっと混乱してるのかも知らん」 「ハァ!? 事故で入院? なに言ってんの? 夢の話しなら後にしてよ! もういい!」  そう言ってから、彼女は、 「司さ〜ん、ちょっと来て! お兄ちゃんが変なこと言ってるよ〜」 と、バタバタと部屋を出て行った。 (いや、入院先の病院には、桃も見舞いに来てくれてたじゃないか……)  自室から姿を消した彼女に返そうとした言葉を発する機会を失ったので、立ち去った後輩女子の言動を思い返し、自分の記憶との整合性を取ろうとしていたところ、パタパタと足音を立て、桃は母親をともなって、オレの自室に戻ってきた。 「さっきも、外から戻ってきてフラフラと部屋に上がって行ったと思ったら……雄司ゆうじ、熱でもあるの?」  部屋に入ってきた母は、心配そうな顔で、手のひらをオレの額に当ててくる。 「触った感じは熱くないみたいだけど……」  そう言いながら、彼女は持ってきた体温計(いつもながら準備の良いことだ)をオレに手渡し、脇に挟むようにうながす。  母親に言われ、体温計を左腕の脇に挟んだオレが、 「熱よりも、事故で頭を打ったことの方が心配なんだけど……」 と、つぶやくと、後輩の女子は、ウチの母親に語りかける。 「ね、変なこと言ってるでしょ? 事故がどうとか……」  桃の言葉に母も、うなずきながら、オレに問いかけてきた。 「たしかに……雄司ゆうじ、アンタいつ事故に遭ったの?」 「いや……いつって……母さんも桃も、オレが入院してた病院に来てくれたじゃないか!」  さっき、桃に言えなかった反論を行うと、目の前の二人は、不思議そうに顔を見合わせている。 「入院……? 寝ぼけてるじゃなければ、桃ちゃんの言うように、こりゃ、ホントに熱中症の暑さボケかな? 後遺症が出る前に救急車を呼ばないと……」  今度は、不安げな表情で、リビングにスマホを取りに戻ろうとする母を制するように、「ちょっと待って!」と声をかける。 「体調は問題ないんだけど、冷静に思い出したいから、ちょっと、いまの状況を確認させてくれないか?」  なるべく落ち着いた口調になるよう心がけて、そう提案すると、二人はうなずいて、オレの要望を受け入れてくれた。  母親と桃の話しによると、浅倉桃が、我が家に同居することになったのは、彼女の両親が仕事の関係で海外移住しなければならなくなったからだそうだ。  数年後には、日本に戻ってくることが前提なので、桃は国内に留まることになり、その間、仕事で繋がりのある母親が彼女を我が家に住まわせることを申し出たという。  その際、母と桃の間で、 ・母親のことを「つかささん」と名前で呼ぶこと。 ・オレのことを「お兄ちゃん」と呼ぶこと。 が、取り決められたということだ。 「くろセンパイのこと『お兄ちゃん』って呼ぶなんて、最初はめっちゃ抵抗があったんだから……ようやく、慣れたと思ったら、こんな風に言われるなんてねぇ……」  心外だと言わんばかりにため息をつく、桃のようすを見ながら、いつもは生意気な口をきいてくる後輩女子が、照れくさそうに、 「お兄ちゃん……」 と、呼びかけてくる姿を想像し、その思春期男子の心を鷲掴みにする破壊力に、思わず悶絶しそうになってしまった。 (クッ……なぜ、オレはその現場に居合わせなかったんだ……)  後悔しつつも、心配をかけてしまった二人には、素直に感謝と謝罪の気持ちをを伝えることにする。 「ありがとう……なんか、変なことを口走ってしまって申し訳ない……」  そう言いながら、困った時のいつもの癖で、つい後頭部に手を添えると――――――。    またも、オレの目の前に巨大な惑星があらわれた。



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