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第2章〜Everything Everyone All At Once〜③

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 クラス委員の河野雅美こうのまさみが加わった通学路において、寝起きに我が家の自室で発生したいさかいは、十五分ほどの時間を経て、さらに状況が悪化していた。 「――――――で、河野こうのさんは、雄司ゆうじとは、どんな関係なの?」  早足で学校へと向かう途中、開口一番、口火を切ったのは、予想どおり、なんにでも早く答えを求める三葉みつばだった。  オレの部屋で、こちらを問い詰めようとしたときのような詰問する口調ではないが、もちろん、その話し方から、友好的であるような雰囲気は感じられない。 「あの……私から玄野くろのくんに、生徒会長に当選することができたら、お付き合いをしてほしい、って申し出ていて……それで、先週末の生徒会選挙が終わったあとに、了承してもらったと思うんだけど……」  朝から、自室で言い争った二人とは異なり、自信なさげに語る河野こうのではあるが、彼女の口か語られた言葉は、三葉みつばももの神経を逆なでするのに十分な内容だったようだ。  しかし、クラスメートのみならず、教職員からの信頼が篤く、先日、行われた生徒会長選挙で、(少なくともルートCのセカイでは)圧倒的な得票で当選をはたした河野雅美こうのまさみの言葉を勘違いとして認識し、スルーして構わない対象であると、自分を納得させることは、幼なじみと同居人の女子二名にとっても難しかったのだろう。  そこで、ふたりは、オレの自室で行ったような相手の主張を妄想や願望のたぐいと決め打ちして、口撃こうげきするのではなく、自身の立ち場を補強、強調する作戦(単純に『マウンティングを取る』とも言う)に方針を変更したようだ。 「そう……わたしは、二学期の文化祭が終わったあと、教室で、告白されたんだけどね」  フフン……という擬音が聞こえそうなくらいのドヤ顔で語る三葉みつばに対し、負けず嫌いなももは、平然とした表情で、自身の日常生活に関することを語った。 「まあ、ワタシは、先輩方と違って、お兄ちゃん……ううん、くろセンパイと交際しているという事実はありませんけど……毎日、で、」  その言葉は、上級生のふたり、なかでも、幼なじみとして、オレとの関係性の長さには自信を持っているようすの三葉みつばには、クリティカルにダメージを与える内容だったようだ。 「べ、べ、べ、ベットで起こしてもらって、モ、モ、モ、モ、モ、モーニングコーヒーって!? ちょっと、雄司ゆうじ! この生意気な下級生と、どこまで関係が進んでるの!?」  ディスクジョッキーがスクラッチするレコード盤のような声を挙げた三葉みつばが、またも、ヒステリックに声を上げると、問い詰められたオレに代わって、ももが冷静に答える。 「『どこまで関係が進んでる』なんて、そんなプライベートなことは言えませんけど……少なくとも、配信動画で嬉しそうにモーニング・ルーティーンを披露しているインフルエンサーより幸せな朝を迎えているのは、確かですね」  その一言は、動画配信用の『clover field』にて、同世代のカリスマとして人気を博し、季節ごとのモーニング・ルーティーンを紹介している幼なじみにとって、痛恨の一撃とも言える内容だったようだ。  自分自身も、中学生時代に、散々その言葉の刃を受けてきたが、浅倉桃あさくらももという少女は、相変わらず、舌戦において、相手の急所を突くのが上手い……。 「な、なんですって〜! もう一度、言ってみなさい!?」  大人気おとなげなく、下級生に食ってかかろうとする幼なじみの一方、クラス委員のパートナーである河野こうのは、申し訳なさそうな表情で、オレに語りかけてきた。 「あの……私、玄野くろのくんが、白井しろいさんや浅倉あさくらさんと、だって知らなくて……ゴメンナサイ……迷惑だったよね……」  その悲しげで淋しげな表情は、オレのココロにチクチクと刺さる。  自室での状況から、三葉みつばももが、言い争う姿にも罪悪感を覚えたが、なんら咎められる理由のない河野雅美こうのまさみが、この状況に責任を感じて心苦しい想いをしているだろうことを考えると、さらに責任を感じざるを得なかった。 「いや……多分、これは、オレのせいだ……河野こうのは、ホントにナニも悪くないから……」  そう言って、彼女には、まったく非がないことを伝えようとするが、自分でも何が原因で、突然こんな状況になってしまったのか理由がわからないため、それ以上、言葉を続けることができない。  この状況を打ち破る術を持たないオレが、文字どおり頭を抱えていると、交差点の向こうから、オレが最も良く知る男子生徒の声が聞こえてきた。 「リュウ……いや、雄司ゆうじ。両手に花どころか、背中にまで花束を背負って登校とか、全校男子を敵に回すつもりなの? 二股を越えた三叉の槍トライデントの武器持ちなんて、ポセイドンやトリトンもビックリじゃん?」  ニヤニヤと笑いながら、オレや周囲の人間が置かれた苦境を観察しているようなようすで語るのは、小学生の頃からの親友であり、部活仲間でもある黄田冬馬きだとうまだ。  オレ自身が名付けた『セカイ・システム』にアクセスできなくなってしまったことも含めて、八方塞がりのように思えた現状に絶望しかけていたオレにとって、その表情は、救世主の笑顔のようにさえ感じられた。



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