第2章〜Everything Everyone All At Once〜⑪
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それは、少し離れたオレの立っている場所からでも、ゾクリ――――――と怖気が立つような冷たさを感じる微笑だった。 直感的に、冬馬や桜花先輩……いや、ゲルブやブルームが言っていたことに真実味が感じられる。 夏休み以降、好きなように、色々なセカイを渡り歩いてきた自分が言える立場ではないことをわかってはいるが、突然、あらわれた非日常的光景に対して、背中に冷たいモノが伝っていく。 (今日、何度目だよ……) 同じ日に、こう何度も冷や汗を流すという経験自体、自分の人生にとって初めての経験だ。 ここ半年ほど、好き勝手をしてきた自分の行為の代償を支払うときが来た、と感じながらも、同時に、目の前に立っている教師の姿をした謎の組織に所属しているという人物に嫌悪感が湧いてくる。 「教え子をこんな所に連れ出したうえに、おかしな術まで掛けやがって……アンタらの目的は、こんなことまでして実行する意味があるのか?」 女子生徒を危険な目に遭わせている、ということだけでも十分に不愉快だが、桜木顧問の姿をした人物の怜悧な表情は、その不快感をさらに増幅させる。 「安定したセカイの構築のためには、必要な犠牲というモノもあるでしょう。統合されたセカイに違和感を持つであろう不穏分子は、いまから排除しておかないと」 そう言って、再び口角を崩す相手に対し、怒りの感情が込み上げてくる。 「だとしても、彼女は、自分の意志で、こんなセカイを望んだわけじゃない! 河野を解放しろ!」 「交換条件もナシに、一方的に要求を突きつけられましてもね……僕にも立場というモノがありますから……もっとも、キミに自己犠牲の精神があって、河野雅美の身代わりになるというなら、交渉の余地もあるのですが」 その提案は、オレのココロを動かすのに十分な内容だった。 そもそも、河野をこんな事態に巻き込んでしまったのは、オレ自身の責任だ。 琴吹会長の「私との約束を守ってくれるなら……」という言葉を思い出すまでもなく、この不可思議な事態に対して、何の責任もない河野を救うためなら、自分の身を犠牲にしてでも――――――。 そう考えて、 「わかった……いまから、そっちに行くから、河野を……」 と告げようとした瞬間、背後で、 バタン――――――! という大きな音がして、 「待ちなさい、玄野くん!」 と、声を上げて、桜花先輩の姿をした女子生徒が、返答しようとするオレを制した。 部室を出た直後に示し合わせた冬馬……いや、ゲルブが、無料通話アプリで通話中の状態を維持して、オレと吹奏楽部顧問教師をした人物の会話を確認し、ブルームにオレたちの居場所を知らせてくれたようだ。 「校内放送で僕を呼び出したのに、わざわざ自ら出向いてくれるとは……銀河連邦の捜査官は、よほど時間が惜しいと見えますね」 「それは、貴方も同じじゃないの、キルシュブリーテ? 半日も経たずに、玄野くんの周辺に接触してくるなんて……」 キルシュブリ―テ……舌を噛みそうなその言葉が、ウチの学校の教師の姿をした人物の名前なのだろうか? 「僕の正体まで突き止められているなら、なおさら、時間を掛けている余裕は無くなりましたね。なにしろ、我々のリーダーは気が短くてね」 微苦笑をたたえながら、愚痴っぽい言葉を吐くキルシュブリ―テと呼ばれた男に対し、まるで怯むことなく、ブルームは対峙している。 「お互いに、短気な上司を持つと大変ね。でも、残念ながら、貴方に同情してあげられる時間の余裕はないの。情状酌量を得たいなら、連邦裁判の法定の場で語ってちょうだい」 「僕も捜査官と無駄な交渉をするつもりはありません。コチラの交渉相手は、玄野くん、あなたです。どうですか、今からでも遅くありません。我々のセカイ統合計画に、チカラを貸してはもらえませんか?」 唐突に話しを振られたオレは、困惑しつつも、返答する。 「アンタの理想とするセカイとやらが、どんなモノかは知らないが、他のセカイを抹消・併合して、ただひとつのセカイに統一しようなんて、考えには、そうヤスヤスと応じられないな……」 拒絶を意味する意図を受け取ったのか、つまらさそうに表情を変えた教師の姿をした男は、淡々とした口調で語る。 「仕方ありません、第一回の交渉は決裂ということですね。ですが、アナタも、すぐにいまの考えの過ちに気づくはずです。他のセカイの自分がどうなろうと、気にしないアナタならね」 挑発的にも聞こえるその言葉に、オレは、思わず反応してしまった。 「オレが、他のセカイを気にしていない……? どういうことだ!?」 「おや、気づいていないのですか? アナタが、この屋上から飛び降りたセカイの玄野雄司がどうなったのか……」 キルシュブリーテのその一言は、オレの身体を硬直させるのに、十分な効果を発揮した。 (三葉への告白が失敗したオレは、あのあと……) そのことを考える間に、自らの意志を失くしたかのように立っている女子生徒の隣で、キルシュブリーテは、オレが見たこともない黒一色の端末を取り出し、操作をし始めた。 「いずれにしても、今回は時間切れのようです。我らが指導者・シュヴァルツがお呼びのようだ」 彼が、端末の操作を終えると、河野の立つ反対側の場所に、黒くポッカリとした空間が出現した。 「待ちなさい!」 どこかから、取り出した大型拳銃のような銃器を構え、ブルームがキルシュブリーテに照準を合わせる。 「おっと! 物騒な相手には、コチラも対抗手段を取らなくては……」 余裕綽々の表情で、またも、口角を釣り上げた彼は、柵のない校庭側に向かって、クラス委員の身体を ドンッ――――――! と、突き倒すように押しやる。 声を出す間もなく、河野雅美の身体は、糸の切れた操り人形のように、校庭に向かって傾いていく。 その瞬間、オレの肩に手を置いたブルームが、今度は首元に下げていた見慣れない器具を口元に持っていくのが見えた。
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