第1章〜ヒロインたちが並行世界で待っているようですよ〜⑫
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普段の彼女らしく、河野は、ふたたび遠慮がちに語り始める。 「もうひとつ、相談したいことは、生徒会のことなんだ」 その一言で、オレの琴吹生徒会長への信頼は、畏敬の念へと変化した。 もう言うまでもないことかも知れないが、先ほどの吹奏楽部顧問の相談の件も含めて、琴吹先輩が、 「おそらく、あの娘が思い悩んでいることは、ふたつあって――――――」 と語った、その内容が、ふたつともピタリと一致したからだ。 (会長にインタビューしたのは、こことは別の惑星なのに、なんつう慧眼だ……) 生徒会長という役職でありながら、砕けた印象で話す割に、後輩の悩みを正確に把握している上級生に、どこか恐ろしさすら感じつつ、河野の言葉に相づちを打って、続きをうながす。 「実は、いまの生徒会長の琴吹先輩から、次の生徒会長に私を推薦したいって言われているんだ。もちろん、生徒会長は生徒投票で決まるものだけど、『後輩ちゃんがその気なら、全力でサポートするから』って言われてて……」 あいらんど高校の生徒会役員は、毎年一月に一年生と二年生の生徒によって、翌年度の生徒会長を決める投票が行われ、生徒会長が各役員を決める権限を持つことになる。 応援演説には、卒業間近の三年生も参加可能なので、支持の高かった前任の生徒会役員が応援に回れば、当選の確率は極めて高くなるという傾向がある。 これは、かつての放送部と新聞部が遺してくれた資料から明らかなことだった。 そのことを踏まえたうえで、河野雅美は、不安に感じていることがあるようだ。 そして、それは、ご近所の惑星の琴吹先輩が語ったように、 「でも、吹奏楽部の方でも、部長を務めてくれないか、と桜木先生から頼まれて……さすがに、生徒会長と吹奏楽部の部長の兼務は、荷が重いと思っているんだ」 という内容だった。 「そうか……あの琴吹先輩ですら、吹奏楽部では、副部長だもんな……」 活発なオレの幼なじみとは、また少し違った方向でバイタリティーの塊のような生徒会長の姿を思い浮かべながら同意すると、目の前のクラス委員も同じように考えているのか、肩を落とすようにため息をつく。 そのようすを眺めながら、オレは、ふたたび琴吹先輩のありがたいお言葉を思い出しながら、目の前の彼女に続けて語りかける。 「でも、吹奏楽部の問題解決と同じように、河野と一緒に問題を考えて、支えてくれる存在が来年の生徒会役員にもいれば良いんじゃないか? 河野の友だちの山竹さんなら、絶対にチカラを貸してくれると思うし……」 ここまで語ったあと、緊張で喉がカラカラになるのを感じながらも、声が上ずらないように気をつけながら、次の言葉を絞り出す。 「なんなら、オレにも協力させてくれないか? オレなんかじゃ、あまり役には立たないかも知れないけど……河野とは、去年も今年も一緒にクラス委員の仕事をしてくたからさ……少しは、チカラになれるかも、って思うから」 なんとか、それだけを言い終えると、自分の発した言葉が痛すぎて、彼女に引かれてはいないかと不安になりながら、恐る恐る目の前のクラス委員のようすをうかがう。 しかし、オレのネガティブな予想に反して、彼女は驚いた表情を見せたあと、両手で鼻と口元を抑えながら、 「嬉しい……どうしよう……」 と、なぜか感激したかのような言葉を発した。 「どうした、河野……?」 しばらく固まったままの彼女のことが心配になって声をかけると、河野雅美は、珍しく高揚したようなボーッとした表情を見せたあと、ハッと我に返り、自身の心境を語る。 「あっ、ゴメン……ナサイ……私がお願いしようとしたことを、先に玄野くんが言ってくれたから、驚いちゃって……嬉しくて、つい……」 「えっ、嬉しくて……?」 彼女の言葉が意外なものだったので、思わず聞き返すと、河野は、頬を紅潮させながら、「うん」と、うなずいて答える。 「ホントは、私の方からお願いするつもりだったんだ……もし、私が生徒会長に当選したら、玄野くんに、生徒会役員を引き受けてもらえないか、って。そうしたら、勇気をもらえて、自信を持って生徒会選挙にも出られるかな、って思ったから」 「そっか……そうだったんだ……なんだか、先走ってしまったみたいで、ゴメン」 オレが、謝罪の言葉を口にすると、彼女は、いまにも泣き出しそうな、それでいて、感激にあふれたような表情で、小さく「ううん……」と、首を横に振りながら、またも、予想外の言葉を口にした。 「琴吹先輩の言った通りにして、ホントに良かった……先輩から、『生徒会のことで悩んでいるなら、クラス委員を一緒にしている玄野くんに相談してみたら?』って言ってくれたから……」 「そう……なんだ……」 河野雅美の言葉に驚きつつ、そのことを表情に出さないように気をつけながら、オレは、頭の中で状況を整理する。 オレが、いまいるセカイの通称ルートB本線の琴吹先輩は、河野にオレと話し合うようアドバイスを行い、オレがインタビューをしたルートB支線のコトブキ先輩(便宜上こう区別しておく)は、オレに河野の相談に乗るようにアドバイスをくれた。 (これは、つまり……) 頭の中で、そこまで考えながら、現状の把握に努めていると、オレが、これまでも憎からず感じていたクラス委員のパートナーは、 「もう、こうなったら、勇気を出して言うね……」 と、これまで見たことがないような落ち着かないようすで、そして、これまでで最も予想不可能だった言葉を発した。 「玄野くん、もし、私が生徒会長に当選したら、私とお付き合いしてください!」 想定外だったその言葉に、一瞬、時が止まったような感覚すら覚える。 まさか、自分の人生において、河野雅美のような女子生徒から、愛の告白じみた行為を受けるなんて思ってもみなかった。 あまりに唐突な展開に、思考がまったく追いつかない。 そうして、永遠にも感じた沈黙(実際は、ものの数秒も経過していないのだろうが)のあと、オレは冷静になるよう自分に言い聞かせながら、たずね返す。 「――――――ホ、ホントに……オレで良いのか?」 慎重に聞き返すと、さっきよりも、さらに頬を赤らめたクラス委員は、かすかにコクリとうなずく。 その刹那、教室のドアが、カラカラ――――――と静かに音を立てて開かれた。 「河野さん、ここに居ましたか……今日は、全体練習で知らせたいことがあるので、すぐに音楽室に来てください」 丁寧な口調と穏やかな笑みをたずさえながら、オレたちに声をかけてきたのは、吹奏楽部の部員たちから、『イケメン粘着悪魔』と呼ばれいてる顧問の桜木先生だった。
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