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もう一つの疵跡

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「幸せ…か…。」  独り呟いてみた。  俺が犯した罪、俺が失ったもの、俺が憧れていた人。  その一つ一つが、重く心にのしかかる。  とても大切な想い出を捨ててしまった自分。  絶対に許されない罪を犯し、そして住み慣れた街から離れるしか無くなった自分。  そう言った思いの一つ一つが、棘のようにオレの心を苛む。 「貴方はあなたの人生を見つけて…あなたの大切に出来る人を見つけて…幸せに…なって…。」 「お前にも幸せになって欲しいって思ってる。いい忘れていたが、残念ながら、俺はお前が俺を嫌うほどには、お前のことは嫌いじゃなかったんだぜ。」  二人の言葉が脳裏に蘇り、胸を締め付ける。  息をすることも忘れてしまいそうになるほど、胸が締め付けられる。  あの街を離れて4年と少しの月日が流れた。  そして一昨日、久しぶりにその声を聞いた。  きっかけは一通の手紙。 「冬坂 朋美、橘 慶介 両名の結婚式のご案内。」  簡潔な文章には日時と場所が添えられていた。  実家を経由して届けられたその手紙を読んでから、俺は1週間近く悩み、直前まで迷い、だけど自分が壊してしまった二人のその後をどうしても見たくなり、慌てて黒のスーツを買いに走った。  白いウエディングドレスを着た朋美は、溜息が出るほど美しかった。  それは心から愛せる相手の隣に立てていることから醸し出された空気のせいか。  その隣に立つ慶介も、自分の記憶にある姿より、行く分かたくましくなったように見えた。  守るべき本当に大切なものを手に入れた男の姿だと思った。 「おめでとう…朋美、おめでとう…慶介。」  誰にも聞こえない様な小さな声で祝福。あとは気づかれないように立ち去るだけだ。  ゆっくりと踵を返し、二度と振り返らないと心に決めて歩き出す。 「もう、いいのかね。」  不意に声をかけられて、驚く。  ゆっくりと振り返ると、朋美の父親が立っていた。  あの日、慶介に殴り飛ばされ地面に倒れていた俺を見つめた冷ややかな目ではなく  何処か悲しげな、寂しげな目で俺を見ていた。 「誓いを破って…すみません。冬坂さん…。」 「君に今日のことを教えたのは私だ…気にしないでくれ。」  あの手紙の差出人は、朋美の父親だったのか…と妙な気分になった。  誰よりも朋美に俺を近寄らせたくないであろう人が何故…という疑問が湧く。  そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、朋美の父親は俺を黙ってみている。 「一生、逢うつもりはなかった。でも二人が結婚すると聞いて、どうしても見届けたかった…だから約束を破って、ここに来ました。」 「満足…なのか?」 「俺に…祝福の言葉をかける資格はありません…。」  俺の言葉に、複雑な表情で応える。  朋美の父親はやがてひとつ大きなため息を吐くと、ジャケットの内側に手を差し入れて、すぐに小さな紙片を取り出して言った。 「誓いを破ったお前には、罰を受けてもらうとしよう。今日の18時必ずここにこい。もしお前に贖罪の意識があるならば、絶対に来い。」  絶対に来い。その言葉に有無を言わせぬ力を込めてその人は言った。  贖罪という言葉を出されてしまうと、俺に選択の余地はなかった。  -------------------------------  その後、指定された場所で慶介、朋美と再会し、そして最後の別れをした。 「幸せになれ…か。それが俺の贖罪だと…。」  俺が幸せになれるのだろうか。最愛の人を傷つけ、最高のともを裏切り…  15年の絆を踏みにじってしまった俺に、その資格があるのだろうか。 「幸せになるんだ。それが君の果たすべき贖罪だ。わかったかね…。」  幸せになれるのだろうか、こんな俺が…。  正しく人を愛する事ができず、嫉妬と憎しみで、最も大切だった人を汚してしまった俺に、果たしてこの先、大切に思える人はできるのだろうか。  ジャケットの内ポケットを探る。  見慣れた紙箱が出てきたのでその中から一本取り出して、オイルライターで火をつける。もう何年も辞めていた習慣…だが今の俺には必要な習慣。  火を付けて、大きく吸い込む。  長年吸っていなかった紫煙は喉と肺を刺激し、俺はむせ返ってしまった。  タバコを右手人差し指と中指で挟むと、左手に持っていた缶ビールをあおる。  ぬるくなったビールの独特の不快さが、むせた喉に更に違和感を与える。  そんな自分の姿がおかしくて、不意に笑いが込み上げてきた。  何をやってるんだろうな、俺…と自嘲したくなった。  生まれた街を離れて、この街に来て4年。  俺が傷を与えた人たちは、立ち上がり、自分たちの道を歩き始めたけれど  俺はまだ自分の過去から動き出せない。  だけど約束したんだ。幸せになると。  朋美は俺を許せないと言った。だけどあの時に縛られたままはダメだと言った。  幸せになって…と自分を傷つけた人間に向かって言ってくれた。 「あるき出さないとな…アイツラに胸を張れるようにならないと…。」  このビールを飲みきったら。このタバコを吸いきったら…歩き出そう。  どんな未来になるかわからないけど。  だけどいつまでも、あのときのままでは居られないのだ。  だから俺はようやく本当の別れをする。 「慶介、朋美…今度こそほんとに、サヨナラだな。」  そう言うと俺は、残ったビールを一息で飲み干した。  歩き出そう、俺も。アイツラのように。  俺のしるべであったアイツラのように。  二度と合わない、二度と会えない、二度と戻れない  だけれどアイツラに恥じない幼馴染であるために…



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