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連鎖する悪意

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 俺はその昔に駅前で出会った不思議な男の、とりとめのない会話を朋美に語って聞かせていた。 「だからさ、俺はお前を汚れたとも思っていないし…いつの日か覚悟ができたら朋美の心がほしいと思ってる。だから、そう言う考えかただから…俺は汚れたと思えないんだ。信じてくれないか…俺が本当にそう思っていると。」  朋美はじっとしたまま、微動だにしなかった。  微かに重なった胸が動いていることで、呼吸をしていることがわかる。 「私…無理やり奪われたけど…散らされたけど…心は捧げてない…。」  小さな声で朋美が言った。 「私の心は…慶介くんに捧げるって‥ずっと決めていた。信じてくれる?」 「もちろん信じている…だから、もう汚されたとか汚れているとか、言わないでくれ…朋美は何も変わっていない…俺の好きな朋美のままなんだ。」  朋美の頭が俺の肩にもたれかかってくる。  俺は無意識に伸ばしたてで、その頭をなでた。  一瞬だけ、びくっと身体を硬直させたが、朋美は力を抜いてくれた。  まだ怖いのだろうな…と思う反面、それでも受け入れてくれたことが嬉しかった。  その後の朋美は、落ち着いた様子だった。  少し疲れたといい、ベッドに倒れ込むと、すぐに静かな寝息を立て始めた。  俺はその様子を見た後、静かに部屋を出た。  おじさんとおばさんに、状況を伝えるためにリビングへと向かった。 「少しは、落ち着いたのなら良かったわ…。」  疲労の色が濃く出ているが、それでもおばさんは優しく微笑んでくれた。  おれにご苦労さまと言ってくれる。 「誤解をしていたと言うのは、言い訳にならないな。君には酷いことをした。」  相変わらず沈痛な面持ちだったおじさんが俺に頭を下げる。 「いや…守れなかった…という意味では、責められるだけのことをしてしまったので。だから俺は何も思っていません。むしろ朋美が本当に愛されてると分かって嬉しいくらいです。」  俺の言葉に、おじさんはもう一度だけすまなかったと頭を下げた。 「俺は…お二人から、朋美の傍にいることを許してもらえただけで十分です。」  本心からそう思った。俺はまだ朋美の傍にいられる。  それにまさる喜びなどないのだから。 「私が、こういう事を言うのは…おかしいことかもしれん…だが…慶介くん…君が一生、娘のそばに居てくれたら…そう思ってしまうよ。」  複雑な表情をしておじさんは言ってくれた。 「何度も言いましたけど…俺は、朋美が俺から離れたい、俺のことを嫌いになった…そう言わない限り、絶対にそばを離れません。15年も見てきたんです。そんな簡単に離れられる関係じゃないですよ。」  俺はまっすぐにおじさんを見てそう答えた。  おじさんは静かに、そうか…とだけ言った。  朋美が少し落ち着いた。  だから俺は一度部屋に戻ることにした。  何かあったら連絡してくださいと伝え、明日来ることも伝えおれは冬坂家を退去した。  その時、見計らったかのように、スマホから着信音が流れた。  ディスプレーを見ると「黒部明博」の名前が表示されていた。 「もしもし…。」 「おぉ、慶介か、ちょっと聞きたいことがあるんだが今いいか?」 「問題ないが、どうしたんだ。」 「いや、朋美がずっと休んでるみたいでな。お前なら理由を知っているんじゃないかと思って電話したんだ。朋美に連絡しても出ないからな。」  朋美が休んでいることを心配して、俺に連絡してきたのか。何処まで話すべきか。  しばし迷う。朋美の名誉のためにも事実は伝えられない。 「体調不良みたいだな。あそこのご両親、俺にも合わさせてくれないからなぁ。」  苦しい言い訳だと思うが、まだ一番説得があるであろう嘘をつく。 「ふぅんそうか…、俺はまたてっきり…。」 「てっきりなんだ?」 「のかと思ってな…。」 「なっ!」  通話はそこで終了した。強制的に終話されてしまったのだ。  明博は何を言った?何を知っている?もう学校中に知られているのか?  焦りながらリダイヤルをする。しかし電波が届かない場所にあるか電源が入っていないためお繋ぎできませんというガイダンスが無情に流れるだけだった。



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連鎖する悪意

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 俺はその昔に駅前で出会った不思議な男の、とりとめのない会話を朋美に語って聞かせていた。 「だからさ、俺はお前を汚れたとも思っていないし…いつの日か覚悟ができたら朋美の心がほしいと思ってる。だから、そう言う考えかただから…俺は汚れたと思えないんだ。信じてくれないか…俺が本当にそう思っていると。」  朋美はじっとしたまま、微動だにしなかった。  微かに重なった胸が動いていることで、呼吸をしていることがわかる。 「私…無理やり奪われたけど…散らされたけど…心は捧げてない…。」  小さな声で朋美が言った。 「私の心は…慶介くんに捧げるって‥ずっと決めていた。信じてくれる?」 「もちろん信じている…だから、もう汚されたとか汚れているとか、言わないでくれ…朋美は何も変わっていない…俺の好きな朋美のままなんだ。」  朋美の頭が俺の肩にもたれかかってくる。  俺は無意識に伸ばしたてで、その頭をなでた。  一瞬だけ、びくっと身体を硬直させたが、朋美は力を抜いてくれた。  まだ怖いのだろうな…と思う反面、それでも受け入れてくれたことが嬉しかった。  その後の朋美は、落ち着いた様子だった。  少し疲れたといい、ベッドに倒れ込むと、すぐに静かな寝息を立て始めた。  俺はその様子を見た後、静かに部屋を出た。  おじさんとおばさんに、状況を伝えるためにリビングへと向かった。 「少しは、落ち着いたのなら良かったわ…。」  疲労の色が濃く出ているが、それでもおばさんは優しく微笑んでくれた。  おれにご苦労さまと言ってくれる。 「誤解をしていたと言うのは、言い訳にならないな。君には酷いことをした。」  相変わらず沈痛な面持ちだったおじさんが俺に頭を下げる。 「いや…守れなかった…という意味では、責められるだけのことをしてしまったので。だから俺は何も思っていません。むしろ朋美が本当に愛されてると分かって嬉しいくらいです。」  俺の言葉に、おじさんはもう一度だけすまなかったと頭を下げた。 「俺は…お二人から、朋美の傍にいることを許してもらえただけで十分です。」  本心からそう思った。俺はまだ朋美の傍にいられる。  それにまさる喜びなどないのだから。 「私が、こういう事を言うのは…おかしいことかもしれん…だが…慶介くん…君が一生、娘のそばに居てくれたら…そう思ってしまうよ。」  複雑な表情をしておじさんは言ってくれた。 「何度も言いましたけど…俺は、朋美が俺から離れたい、俺のことを嫌いになった…そう言わない限り、絶対にそばを離れません。15年も見てきたんです。そんな簡単に離れられる関係じゃないですよ。」  俺はまっすぐにおじさんを見てそう答えた。  おじさんは静かに、そうか…とだけ言った。  朋美が少し落ち着いた。  だから俺は一度部屋に戻ることにした。  何かあったら連絡してくださいと伝え、明日来ることも伝えおれは冬坂家を退去した。  その時、見計らったかのように、スマホから着信音が流れた。  ディスプレーを見ると「黒部明博」の名前が表示されていた。 「もしもし…。」 「おぉ、慶介か、ちょっと聞きたいことがあるんだが今いいか?」 「問題ないが、どうしたんだ。」 「いや、朋美がずっと休んでるみたいでな。お前なら理由を知っているんじゃないかと思って電話したんだ。朋美に連絡しても出ないからな。」  朋美が休んでいることを心配して、俺に連絡してきたのか。何処まで話すべきか。  しばし迷う。朋美の名誉のためにも事実は伝えられない。 「体調不良みたいだな。あそこのご両親、俺にも合わさせてくれないからなぁ。」  苦しい言い訳だと思うが、まだ一番説得があるであろう嘘をつく。 「ふぅんそうか…、俺はまたてっきり…。」 「てっきりなんだ?」 「のかと思ってな…。」 「なっ!」  通話はそこで終了した。強制的に終話されてしまったのだ。  明博は何を言った?何を知っている?もう学校中に知られているのか?  焦りながらリダイヤルをする。しかし電波が届かない場所にあるか電源が入っていないためお繋ぎできませんというガイダンスが無情に流れるだけだった。



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