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暗雲

6/19





 朋美は一週間ほどの後に退院したらしい。  俺はおじさんから、明確な拒絶をされて、彼女に連絡をすることもあうことも出来なくなっていた。  朋美がそれでも会いたいと言ってくれれば、状況は変わったのかもしれないが、朋美はおじさん以上に、俺とあうことを拒絶していた。  正直、絶望しか無かった。  愛しているのに、大切に思っているのに、今までの15年もこれからの数え切れない時間も、一緒に過ごしていけると信じていたのに…。  あっけなく消えてしまった俺の希望。何も手につかなかった。  ただ息をして、飯を食べるだけの存在になってしまっていた。  会社は辞めていた。  朋美のことが頭から離れず、仕事にならない状態が続き、解雇に近い形で処分された。  だがそんな事は、今の俺にとってどうでもいいことだった。  朋美に会いたい…それだけが俺の思考の全てだった。  玄関のチャイムが鳴った。  あれから誰とも交流せず、誰とも話をせず、ただ1人の世界に閉じこもっていた俺に、誰がなんの用事だろうかと不審に思いながら、玄関へと向かいドアを開ける。  そこに立っていたのはおばさんだった。 「慶介くん…朋美のことで、話したいことがあるの…少し良いかしら。」  それを拒む事は俺には出来ない。  だまっておばさんをリビングへと案内し、お茶を入れて自分も腰を下ろす。 「まずは、主人のことを謝らせてほしいの…。」 「いえ…おじさんの気持ちを考えたら…」 「でもね、謝らせてほしいの…私も主人も…本当にあの子を愛しているの。あの子の幸せが、私たちの全て…そう思えるくらいには。だから…主人もね気持ちの持っていき場所がないの…。」  おばさんはそこで言葉を切ると、姿勢を正して俺に土下座をした。  それは綺麗な土下座だった。  遙年下の若造でしか無い俺に、背筋を伸ばし上体を傾ける。三指までついている。 「や、止めてください!朋美のお母さんにそんな事させれない!」  俺は必死で止める。  おばさんはそんな俺を見て、薄く笑ってくれた。悲しみの色の濃い表情の中に薄っすらとした笑いを込めて俺を見てくれた。 「私はね、主人とは意見が違っていて…ずっとあの子を見てきたから…今のあの子をね支えることが出来るのは、あの子が昔からずっとずっと追いかけていたあなただと思うの…。」  おばさんの視線が、ぼんやり宙を見上げる。その当時のことを思い出しているのだろうか。口元に優しい笑みが浮かんでいる。  そしてゆっくりと視線を俺に向ける。 「慶介くんはご存知?あの子、昔からあなたのことばかりで…同じ幼馴染の明博くんのことなんか殆ど話さないのに、貴方のことだけは私が聞かなくても話していたのよ…。」 「え…朋美がですか?」  おばさんの言葉で俺は告白されたときの事を思い出していた。 「中学の頃から…ううん、初めてあったときから特別に感じていた…。」  不意に涙が溢れてきた。俺はこんなに朋美に愛されていたのだと。  それなのにその朋美には会えないのだと。 「慶介さん…苦しむことに、今以上に苦しむことになっても…朋美のそばにいてくれますか?朋美を…愛してくれますか?」  不意におばさんが言う。その目は指すように鋭かった。  迂闊な、いい加減な返答をした瞬間に、俺を刺すとでも言いたげな強い視線だった。 「俺は…朋美が俺のことを心の底から憎んで、嫌悪して、恨んで、本心から俺とは一緒に居たくないと言わない限り…アイツのそばから離れる事はないです。」  強くそう答えた。 「分かりました…そこまであの子を愛してくれて、ありがとう…私は、私の責任で、あなたをあの子に逢わせます。すべての責任は私が取ります。だからあなたはあの子を支えることだけ、考えて…。」  俺はただ無言で頷いた。



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 朋美は一週間ほどの後に退院したらしい。  俺はおじさんから、明確な拒絶をされて、彼女に連絡をすることもあうことも出来なくなっていた。  朋美がそれでも会いたいと言ってくれれば、状況は変わったのかもしれないが、朋美はおじさん以上に、俺とあうことを拒絶していた。  正直、絶望しか無かった。  愛しているのに、大切に思っているのに、今までの15年もこれからの数え切れない時間も、一緒に過ごしていけると信じていたのに…。  あっけなく消えてしまった俺の希望。何も手につかなかった。  ただ息をして、飯を食べるだけの存在になってしまっていた。  会社は辞めていた。  朋美のことが頭から離れず、仕事にならない状態が続き、解雇に近い形で処分された。  だがそんな事は、今の俺にとってどうでもいいことだった。  朋美に会いたい…それだけが俺の思考の全てだった。  玄関のチャイムが鳴った。  あれから誰とも交流せず、誰とも話をせず、ただ1人の世界に閉じこもっていた俺に、誰がなんの用事だろうかと不審に思いながら、玄関へと向かいドアを開ける。  そこに立っていたのはおばさんだった。 「慶介くん…朋美のことで、話したいことがあるの…少し良いかしら。」  それを拒む事は俺には出来ない。  だまっておばさんをリビングへと案内し、お茶を入れて自分も腰を下ろす。 「まずは、主人のことを謝らせてほしいの…。」 「いえ…おじさんの気持ちを考えたら…」 「でもね、謝らせてほしいの…私も主人も…本当にあの子を愛しているの。あの子の幸せが、私たちの全て…そう思えるくらいには。だから…主人もね気持ちの持っていき場所がないの…。」  おばさんはそこで言葉を切ると、姿勢を正して俺に土下座をした。  それは綺麗な土下座だった。  遙年下の若造でしか無い俺に、背筋を伸ばし上体を傾ける。三指までついている。 「や、止めてください!朋美のお母さんにそんな事させれない!」  俺は必死で止める。  おばさんはそんな俺を見て、薄く笑ってくれた。悲しみの色の濃い表情の中に薄っすらとした笑いを込めて俺を見てくれた。 「私はね、主人とは意見が違っていて…ずっとあの子を見てきたから…今のあの子をね支えることが出来るのは、あの子が昔からずっとずっと追いかけていたあなただと思うの…。」  おばさんの視線が、ぼんやり宙を見上げる。その当時のことを思い出しているのだろうか。口元に優しい笑みが浮かんでいる。  そしてゆっくりと視線を俺に向ける。 「慶介くんはご存知?あの子、昔からあなたのことばかりで…同じ幼馴染の明博くんのことなんか殆ど話さないのに、貴方のことだけは私が聞かなくても話していたのよ…。」 「え…朋美がですか?」  おばさんの言葉で俺は告白されたときの事を思い出していた。 「中学の頃から…ううん、初めてあったときから特別に感じていた…。」  不意に涙が溢れてきた。俺はこんなに朋美に愛されていたのだと。  それなのにその朋美には会えないのだと。 「慶介さん…苦しむことに、今以上に苦しむことになっても…朋美のそばにいてくれますか?朋美を…愛してくれますか?」  不意におばさんが言う。その目は指すように鋭かった。  迂闊な、いい加減な返答をした瞬間に、俺を刺すとでも言いたげな強い視線だった。 「俺は…朋美が俺のことを心の底から憎んで、嫌悪して、恨んで、本心から俺とは一緒に居たくないと言わない限り…アイツのそばから離れる事はないです。」  強くそう答えた。 「分かりました…そこまであの子を愛してくれて、ありがとう…私は、私の責任で、あなたをあの子に逢わせます。すべての責任は私が取ります。だからあなたはあの子を支えることだけ、考えて…。」  俺はただ無言で頷いた。



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