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あの場所で…

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「私ね、ずっと…ずっとね、3人で居ることが幸せだと思ってたんだ。」  ある日の夕方。仕事から帰宅して、特にすることもなくYoutubeを流し見していた俺は、幼馴染の冬坂朋美ふゆさかともみからスマホで呼び出された。 「話したいことがあるから、いつものところに来て欲しい。」  聞き慣れた朋美の声だったが、すこし硬いようにも聞こえた。  何かあったのか、その僅かな声音の違いに違和感を覚えた俺は、手早く身支度を整えると、朋美の言う「いつものところ』へと向かう。  いつものところ…詳しく場所を指定しなくても、俺たちならそれで通じる。  家が近く、幼稚園からの付き合いが続いている、俺たち幼馴染の3人なら。  俺は橘慶介たちばなけいすけ。先程の電話の相手である朋美と、もう一人黒部明博くろべあきひろの3人は幼稚園で出会って以来、いつも一緒だった。  かれこれもう15年は一緒に過ごしてきた仲だ。  高校を出てからは、俺は就職し、明博と朋美は同じ大学に進学したので、少しばかり疎遠になってしまってはいるが、それでも最低、月1では一緒に遊びに出かけたりしている。それくらいに仲がいい。  いつものばしょ。それは俺たちが通っていた高校の近くにある、小さな神社の事。  いつ訪れても、人がいない小さくて寂れた神社。でも俺たちが子供のころ、ずっと過ごした場所だ。  暗くなるまで、境内で走り回ったものだ。  俺が中学で初めてレギュラーを取れずに、泣いていた時に朋美が慰めてくれたのも、朋美が先輩からしつこく交際を申し込まれて、困っていると相談を受けて、明博と俺でその先輩を呼び出したのも、全部この神社の境内だった。  何かあった時、俺たちはここに集まり、協力したり励ましたり、慰めたりする。  そういう特別な場所。  そんな場所に、朋美から呼び出された。何かあったのかと不安になる。  それと同時に、何で俺なんだろうかという疑問も浮かぶ。  朋美と明博は同じ大学に通っている。何かあった時は、まず明博に相談するんじゃないのだろうかという疑問が湧き上がる。  色んな思いが胸中に湧き上がるが、とにかく朋美に会えばわかる。  懸念を振り払うかのように、俺は足を早めた。  見慣れた神社の境内、茜色に染まるそこに、たったひとり立つ朋美。  見慣れた姿のはずなのに、夕日に照らされて、独り佇んでいる朋美は何故か絵画の様に見えた。  そう言えば、これほどしっかりと朋美を見たのはいつぶりだろうか。  すこしおっとりとしている朋美は、3人でいるときも出しゃばらず、俺と明博の後をニコニコしながらついてくる。だからこうして真正面からしっかりと見ることは、あまりなかったように思う。 「烏の濡れ羽色からすのぬればいろ」とは古典でならった言葉だけれども、その言葉を知った時、俺は真っ先に朋美の髪を思い出していた。それ程までに黒く艶やかな髪が、夕日に照らされているのは、とても不思議に見えた。  中学に上がるまでは、男のようだとからかわれていた体つきも、いつの間にそんなに女らしくなったのだろうかと考える。目線が外せない自分を自覚する。 (そういえば朋美は、中学ではそれほどだったけど、高校に上がった辺りで急にモテだしたんだよなぁ。急に大人びたんだよなぁ…。)  朋美が少女から女へと変わり始めた辺りから、俺は彼女をあまり見ないようにしていたのだと、今になってようやく俺は認識した。 「えっと、久しぶりだね、慶介。」  俺が黙って見つめていたことに耐えられなくなったのか、友美が言う。  少し恥ずかしそうに、身体を自分の手で抱きしめるように動く。  その時風が吹いた。  肩口できれいに揃えられた髪、眉毛の下辺りで揃えられた前髪がフワリと風に舞う。  その時、俺は自分の心臓が大きく鼓動を刻んだことを知った。  俺はその光景の美しさに言葉を失う。  友美も俺を見つめたまま何も言わない。  しばらく沈黙の時間が流れた。その時間は、俺が今までに経験したことのない  どこか落ち着かなくて、でも不快ではない不思議な時間であった。 「ちょっと、歩く?」 「あ、うん、そうだな。」  長い沈黙の後、朋美が切り出し、お俺が簡潔に返す。  それを合図に朋美がゆっくりと歩き始めたので、俺はその数歩後ろを黙ってついていく。  沈黙の散歩はどのくらい続いたのだろうか、不意に朋美が口を開いた。  歩みは止めず、こちらを振り向くこともなく、突然に。 「私ね、ずっと…ずっとね、3人で居ることが幸せだと思ってたんだ。」



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「私ね、ずっと…ずっとね、3人で居ることが幸せだと思ってたんだ。」  ある日の夕方。仕事から帰宅して、特にすることもなくYoutubeを流し見していた俺は、幼馴染の冬坂朋美ふゆさかともみからスマホで呼び出された。 「話したいことがあるから、いつものところに来て欲しい。」  聞き慣れた朋美の声だったが、すこし硬いようにも聞こえた。  何かあったのか、その僅かな声音の違いに違和感を覚えた俺は、手早く身支度を整えると、朋美の言う「いつものところ』へと向かう。  いつものところ…詳しく場所を指定しなくても、俺たちならそれで通じる。  家が近く、幼稚園からの付き合いが続いている、俺たち幼馴染の3人なら。  俺は橘慶介たちばなけいすけ。先程の電話の相手である朋美と、もう一人黒部明博くろべあきひろの3人は幼稚園で出会って以来、いつも一緒だった。  かれこれもう15年は一緒に過ごしてきた仲だ。  高校を出てからは、俺は就職し、明博と朋美は同じ大学に進学したので、少しばかり疎遠になってしまってはいるが、それでも最低、月1では一緒に遊びに出かけたりしている。それくらいに仲がいい。  いつものばしょ。それは俺たちが通っていた高校の近くにある、小さな神社の事。  いつ訪れても、人がいない小さくて寂れた神社。でも俺たちが子供のころ、ずっと過ごした場所だ。  暗くなるまで、境内で走り回ったものだ。  俺が中学で初めてレギュラーを取れずに、泣いていた時に朋美が慰めてくれたのも、朋美が先輩からしつこく交際を申し込まれて、困っていると相談を受けて、明博と俺でその先輩を呼び出したのも、全部この神社の境内だった。  何かあった時、俺たちはここに集まり、協力したり励ましたり、慰めたりする。  そういう特別な場所。  そんな場所に、朋美から呼び出された。何かあったのかと不安になる。  それと同時に、何で俺なんだろうかという疑問も浮かぶ。  朋美と明博は同じ大学に通っている。何かあった時は、まず明博に相談するんじゃないのだろうかという疑問が湧き上がる。  色んな思いが胸中に湧き上がるが、とにかく朋美に会えばわかる。  懸念を振り払うかのように、俺は足を早めた。  見慣れた神社の境内、茜色に染まるそこに、たったひとり立つ朋美。  見慣れた姿のはずなのに、夕日に照らされて、独り佇んでいる朋美は何故か絵画の様に見えた。  そう言えば、これほどしっかりと朋美を見たのはいつぶりだろうか。  すこしおっとりとしている朋美は、3人でいるときも出しゃばらず、俺と明博の後をニコニコしながらついてくる。だからこうして真正面からしっかりと見ることは、あまりなかったように思う。 「烏の濡れ羽色からすのぬればいろ」とは古典でならった言葉だけれども、その言葉を知った時、俺は真っ先に朋美の髪を思い出していた。それ程までに黒く艶やかな髪が、夕日に照らされているのは、とても不思議に見えた。  中学に上がるまでは、男のようだとからかわれていた体つきも、いつの間にそんなに女らしくなったのだろうかと考える。目線が外せない自分を自覚する。 (そういえば朋美は、中学ではそれほどだったけど、高校に上がった辺りで急にモテだしたんだよなぁ。急に大人びたんだよなぁ…。)  朋美が少女から女へと変わり始めた辺りから、俺は彼女をあまり見ないようにしていたのだと、今になってようやく俺は認識した。 「えっと、久しぶりだね、慶介。」  俺が黙って見つめていたことに耐えられなくなったのか、友美が言う。  少し恥ずかしそうに、身体を自分の手で抱きしめるように動く。  その時風が吹いた。  肩口できれいに揃えられた髪、眉毛の下辺りで揃えられた前髪がフワリと風に舞う。  その時、俺は自分の心臓が大きく鼓動を刻んだことを知った。  俺はその光景の美しさに言葉を失う。  友美も俺を見つめたまま何も言わない。  しばらく沈黙の時間が流れた。その時間は、俺が今までに経験したことのない  どこか落ち着かなくて、でも不快ではない不思議な時間であった。 「ちょっと、歩く?」 「あ、うん、そうだな。」  長い沈黙の後、朋美が切り出し、お俺が簡潔に返す。  それを合図に朋美がゆっくりと歩き始めたので、俺はその数歩後ろを黙ってついていく。  沈黙の散歩はどのくらい続いたのだろうか、不意に朋美が口を開いた。  歩みは止めず、こちらを振り向くこともなく、突然に。 「私ね、ずっと…ずっとね、3人で居ることが幸せだと思ってたんだ。」



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