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黒い疑惑

12/19





 明博の言葉が妙に引っかかった。 「のかと思ってな…。」  その言葉が何度も何度も、耳に蘇る。 (アイツは、知っている?)  疑念が湧き上がる。  朋美と、俺と、朋実の両親しか知らない事実。  朋美が襲われて、無惨に貞操を散らされたという事実。  それを何故、明博が知っている?  誰かの口から、学内に噂が流れた?あり得なくはない。  だがその可能性が低いだろうことも分かっていた。  朋美は確かに、大学でも多数の男性に告白されていたらしい。  それ故に、思い余っての犯行の可能性はもちろん0じゃない。  だがもし、そうだったとして、それを言いふらすかといえば、その可能性は限りなく低いのではないだろうか。 「心が深く傷ついた」  確かに、なんとでも取れる言い方ではある。  俺と喧嘩したから。大学で心無い言葉を浴びせかけられたから。告白の際に強引に迫られたから…心が傷つくことは様々だろう。  だがアイツは言った「心が傷ついた」と。  その含みのある言い方が、俺には引っかかった。  明博は何かを知っている。それは間違いがない。  俺は明博の家に走り出していた。聞き出さないと。あの言葉の意味を。  聞き出さないと、アイツが何を知っているのかを。  結果として俺の行動は徒労に終わった。  明博の家にたどり着いた俺は、彼の母親から意外な話を聞かされた。 「あの子ね、もう一月以上もうちに帰ってきてないのよ。何かショックなことがあったらしくてね、人生について考えたいからしばらく一人になりたいって、家を出ていってしまったの。週に1度位連絡が入るから、そこまで心配しているわけじゃないんだけどね。慶介くんは、あの子の行き先…しらないかしら。」  一月以上も前に家から出ている…  妙な胸騒ぎした。何があったんだ明博…  そう思いを巡らっせていると再び俺のスマホが着信を告げた。  明博からかとおもい、ディスプレーを確認もせずすぐに出る。 「慶介くんか、娘が…娘が…。」  朋実の父親の切羽詰まった声、その後ろで何かが割れるような音。  また朋美になにかあったのかと慌てて、すぐに向かうとだけ告げ俺は再び走り出した。  冬坂家にたどり着いた俺は、その場を呆然と眺めるしか無かった。  先程までおじさん、おばさんと話をしていたリビングは、強盗にでも入られたのかと思うほどに、ひどい惨状になっていた。  椅子は倒れ、机もひっくり返り、幾つものカップやグラス、皿が床でバラバラになっている。  そしてその中心に、座り込んだままうつろな目を宙に向けている朋美。  僅かの時間の間に何があった…  つい先程、ようやく落ち着いて静かな寝息を立てていた朋美が、何故こんな姿になっているんだろうか。この惨状は朋美がやったのか。  色々な疑問が浮かんでは消える。 「なにが、あったんですか…。」  床に座り込み、荒い息を吐いているおじさんに問いかける。 「分からない。朋美の電話に着信があったようなんだが、それを見たら突然暴れだしたんだ…私でも抑え込めないような、酷い暴れ方だった…。」  疲れ切った表情と声でおじさんは答えた。  着信?朋美のスマホに?  ふとあたりを見回してみる。床に見慣れたiPhoneが落ちていた。  朋美の誕生日に買ってやった、Andmeshのカバーがついているから間違いない。  俺はそっとそれを手に取り、表示されている通知画面を見た。  そういう…事だったのか…。  俺の中で全ての点と点が線でつながった。  だから朋美は…  怒りで目の前が真っ赤に染まったようだった。  握り込んだ拳、手のひらに爪が食い込んで血が流れた。 「おじさん、朋美をお願いします。二度と電話に近づけないでください。」 「君はどうするんだ。」 「……決着を…付けてきます。万一の時は…朋美をお願いします。」  それだけを言うと俺は、何か言っているおじさんを振り返ることなく家を出た。



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黒い疑惑

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 明博の言葉が妙に引っかかった。 「のかと思ってな…。」  その言葉が何度も何度も、耳に蘇る。 (アイツは、知っている?)  疑念が湧き上がる。  朋美と、俺と、朋実の両親しか知らない事実。  朋美が襲われて、無惨に貞操を散らされたという事実。  それを何故、明博が知っている?  誰かの口から、学内に噂が流れた?あり得なくはない。  だがその可能性が低いだろうことも分かっていた。  朋美は確かに、大学でも多数の男性に告白されていたらしい。  それ故に、思い余っての犯行の可能性はもちろん0じゃない。  だがもし、そうだったとして、それを言いふらすかといえば、その可能性は限りなく低いのではないだろうか。 「心が深く傷ついた」  確かに、なんとでも取れる言い方ではある。  俺と喧嘩したから。大学で心無い言葉を浴びせかけられたから。告白の際に強引に迫られたから…心が傷つくことは様々だろう。  だがアイツは言った「心が傷ついた」と。  その含みのある言い方が、俺には引っかかった。  明博は何かを知っている。それは間違いがない。  俺は明博の家に走り出していた。聞き出さないと。あの言葉の意味を。  聞き出さないと、アイツが何を知っているのかを。  結果として俺の行動は徒労に終わった。  明博の家にたどり着いた俺は、彼の母親から意外な話を聞かされた。 「あの子ね、もう一月以上もうちに帰ってきてないのよ。何かショックなことがあったらしくてね、人生について考えたいからしばらく一人になりたいって、家を出ていってしまったの。週に1度位連絡が入るから、そこまで心配しているわけじゃないんだけどね。慶介くんは、あの子の行き先…しらないかしら。」  一月以上も前に家から出ている…  妙な胸騒ぎした。何があったんだ明博…  そう思いを巡らっせていると再び俺のスマホが着信を告げた。  明博からかとおもい、ディスプレーを確認もせずすぐに出る。 「慶介くんか、娘が…娘が…。」  朋実の父親の切羽詰まった声、その後ろで何かが割れるような音。  また朋美になにかあったのかと慌てて、すぐに向かうとだけ告げ俺は再び走り出した。  冬坂家にたどり着いた俺は、その場を呆然と眺めるしか無かった。  先程までおじさん、おばさんと話をしていたリビングは、強盗にでも入られたのかと思うほどに、ひどい惨状になっていた。  椅子は倒れ、机もひっくり返り、幾つものカップやグラス、皿が床でバラバラになっている。  そしてその中心に、座り込んだままうつろな目を宙に向けている朋美。  僅かの時間の間に何があった…  つい先程、ようやく落ち着いて静かな寝息を立てていた朋美が、何故こんな姿になっているんだろうか。この惨状は朋美がやったのか。  色々な疑問が浮かんでは消える。 「なにが、あったんですか…。」  床に座り込み、荒い息を吐いているおじさんに問いかける。 「分からない。朋美の電話に着信があったようなんだが、それを見たら突然暴れだしたんだ…私でも抑え込めないような、酷い暴れ方だった…。」  疲れ切った表情と声でおじさんは答えた。  着信?朋美のスマホに?  ふとあたりを見回してみる。床に見慣れたiPhoneが落ちていた。  朋美の誕生日に買ってやった、Andmeshのカバーがついているから間違いない。  俺はそっとそれを手に取り、表示されている通知画面を見た。  そういう…事だったのか…。  俺の中で全ての点と点が線でつながった。  だから朋美は…  怒りで目の前が真っ赤に染まったようだった。  握り込んだ拳、手のひらに爪が食い込んで血が流れた。 「おじさん、朋美をお願いします。二度と電話に近づけないでください。」 「君はどうするんだ。」 「……決着を…付けてきます。万一の時は…朋美をお願いします。」  それだけを言うと俺は、何か言っているおじさんを振り返ることなく家を出た。



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