疵跡
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あれから3ヶ月の月日が流れていた。 明博はすべての罪を認め、二度と俺達の前に姿を表さないと誓い、遠くへと引っ越していった。大学も辞めていた。 もちろん、行き先を俺たちに告げることもなく、俺たちが聞くこともなかった。 幼馴染の三人は…二度と戻らない存在となった。 「けい…すけ…。」 窓から差し込む柔らかい日差しを浴びて、朋美が目を覚ました。 ゆっくりと上体を持ち上げている。 「泣いてる…の?」 俺の顔を見て、朋美は小首を傾げた。 「あぁ‥ちょっとな。」 最も憎んでいて、最も馴れ合って、最も笑い合っていた友を思い出した。 二度と会うことも、二度と笑いあうことも出来ない、最低で最高の男を。 (なぁ、実はさ。俺はお前ほど嫌ってはいなかったんだぜ…) 心のなかでそっと呟く。 朋美はまだ、過去の傷から抜け出せてはいなかった。 今でも夢にうなされるし、落ち着いていたかと思ったら、突然フラッシュバックに襲われて、暴れることも有る。 俺に抱きしめられることも、時々苦痛に感じることも有るらしい。 不幸中の幸いなことは、妊娠していなかったことだった。 もし、これで朋美があいつの子を宿していたら。彼女の心は保たなかっただろう。 3ヶ月…思い出すには辛く、忘れるには早く、変わるには短い時間。 「ね…慶介…キス…してほしいな…。」 日差しを受けてキラキラと煌く朋美は、ゆっくりと両手を広げて俺を見つめる。 俺は黙って朋美に近づくと、軽く彼女を腕の中に抱きしめて、唇を重ねる。 短い、軽く触れるだけのキス。 大丈夫だから…少しずつでも触れ合っていきたいから。 1ヶ月が経過した時に、朋美はそう言った。 まだ思い出して、怖いけど、それでも慶介とずっと居たいから。 頑張って乗り越えたいから。 そう言ってくれた朋美を、心の底から愛おしいと思った。 自然と俺のことを慶介くんではなく、慶介と呼んでくれたことが嬉しかった。 大学の方は、大まかに事情を伝えて休学扱いになっているそうだ。 まだ男性が近くにいるだけで、緊張してパニック症状を起こす朋美には 出席は厳しいだろうという判断だと聞いた。 時は流れている。 俺たちもいつまでも同じところで、足踏みしているわけにもいかない。 辛くても、苦しくても、先に進まなければならない。それが生きるということ。 でも生きることは孤独じゃない。一人じゃない。 だから俺は朋美の傍にいる。いつでも支えられるように。 「慶介…私ね、必ず貴方に、私の全部を捧げるから。その覚悟ができたら、本気で受け止めて欲しい…。お願いしても、いいかな。」 不意に朋美が言った。 どうしたんだろうか突然と、俺は怪訝な顔をしてしまう。 「いつまでもね、私がこんなだと、慶介は失望して離れていってしまうんじゃないかって怖くなる。私の中で慶介に全部捧げたいって気持ちはある。今も。だけど怖い。だからね、覚悟が、勇気が…出来たときにね。拒絶しないでほしいの。」 縋るような目でこちらを見る朋美。 「前から思っていたけどさ。朋美って…実は結構馬鹿だよな。」 「え…ひどい…人が本気で話しているのに。」 「いや、確実に馬鹿だよ。だってさ…俺はお前から一生離れることなんて出来ないって、まだ気がついていないんだから。」 朋美の頬を涙が伝う。 「なくなよ、バカ…。」 「馬鹿じゃない…もん…。」 「なくな…俺の最愛の人…。」 「うん…うん…。」 そっと朋美を抱きしめる。 まだ疵跡は消えない。悲しみも苦しみも癒えてはいない。 だけど、少しだけ前を向けるようになった。 小さな変化だけど、それでも先に進んでいける。 この先どうなるかなんて、神ならざる俺達に分かるはずもないけど…。 願わくばこの手を一生離さないでいけますように… 俺はそう、神に祈った。 朋美に不条理な試練を与えた神だけど。 このくらいの願いは叶えてくださいと。 そっと、しずかに、真心を込めて…
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