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疵跡

16/19





 あれから3ヶ月の月日が流れていた。  明博はすべての罪を認め、二度と俺達の前に姿を表さないと誓い、遠くへと引っ越していった。大学も辞めていた。  もちろん、行き先を俺たちに告げることもなく、俺たちが聞くこともなかった。  幼馴染の三人は…二度と戻らない存在となった。 「けい…すけ…。」  窓から差し込む柔らかい日差しを浴びて、朋美が目を覚ました。  ゆっくりと上体を持ち上げている。 「泣いてる…の?」  俺の顔を見て、朋美は小首を傾げた。 「あぁ‥ちょっとな。」  最も憎んでいて、最も馴れ合って、最も笑い合っていた友を思い出した。  二度と会うことも、二度と笑いあうことも出来ない、最低で最高の男を。 (なぁ、実はさ。俺はお前ほど嫌ってはいなかったんだぜ…)  心のなかでそっと呟く。  朋美はまだ、過去の傷から抜け出せてはいなかった。  今でも夢にうなされるし、落ち着いていたかと思ったら、突然フラッシュバックに襲われて、暴れることも有る。  俺に抱きしめられることも、時々苦痛に感じることも有るらしい。  不幸中の幸いなことは、妊娠していなかったことだった。  もし、これで朋美があいつの子を宿していたら。彼女の心は保たなかっただろう。  3ヶ月…思い出すには辛く、忘れるには早く、変わるには短い時間。 「ね…慶介…キス…してほしいな…。」  日差しを受けてキラキラと煌く朋美は、ゆっくりと両手を広げて俺を見つめる。  俺は黙って朋美に近づくと、軽く彼女を腕の中に抱きしめて、唇を重ねる。  短い、軽く触れるだけのキス。  大丈夫だから…少しずつでも触れ合っていきたいから。  1ヶ月が経過した時に、朋美はそう言った。  まだ思い出して、怖いけど、それでも慶介とずっと居たいから。  頑張って乗り越えたいから。  そう言ってくれた朋美を、心の底から愛おしいと思った。  自然と俺のことを慶介くんではなく、慶介と呼んでくれたことが嬉しかった。  大学の方は、大まかに事情を伝えて休学扱いになっているそうだ。  まだ男性が近くにいるだけで、緊張してパニック症状を起こす朋美には  出席は厳しいだろうという判断だと聞いた。  時は流れている。  俺たちもいつまでも同じところで、足踏みしているわけにもいかない。  辛くても、苦しくても、先に進まなければならない。それが生きるということ。  でも生きることは孤独じゃない。一人じゃない。  だから俺は朋美の傍にいる。いつでも支えられるように。 「慶介…私ね、必ず貴方に、私の全部を捧げるから。その覚悟ができたら、本気で受け止めて欲しい…。お願いしても、いいかな。」  不意に朋美が言った。  どうしたんだろうか突然と、俺は怪訝な顔をしてしまう。 「いつまでもね、私がこんなだと、慶介は失望して離れていってしまうんじゃないかって怖くなる。私の中で慶介に全部捧げたいって気持ちはある。今も。だけど怖い。だからね、覚悟が、勇気が…出来たときにね。拒絶しないでほしいの。」  縋るような目でこちらを見る朋美。 「前から思っていたけどさ。朋美って…実は結構馬鹿だよな。」 「え…ひどい…人が本気で話しているのに。」 「いや、確実に馬鹿だよ。だってさ…俺はお前から一生離れることなんて出来ないって、まだ気がついていないんだから。」  朋美の頬を涙が伝う。 「なくなよ、バカ…。」 「馬鹿じゃない…もん…。」 「なくな…俺の最愛の人…。」 「うん…うん…。」  そっと朋美を抱きしめる。  まだ疵跡は消えない。悲しみも苦しみも癒えてはいない。  だけど、少しだけ前を向けるようになった。  小さな変化だけど、それでも先に進んでいける。  この先どうなるかなんて、神ならざる俺達に分かるはずもないけど…。  願わくばこの手を一生離さないでいけますように…  俺はそう、神に祈った。  朋美に不条理な試練を与えた神だけど。  このくらいの願いは叶えてくださいと。  そっと、しずかに、真心を込めて…



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疵跡

16/19

 あれから3ヶ月の月日が流れていた。  明博はすべての罪を認め、二度と俺達の前に姿を表さないと誓い、遠くへと引っ越していった。大学も辞めていた。  もちろん、行き先を俺たちに告げることもなく、俺たちが聞くこともなかった。  幼馴染の三人は…二度と戻らない存在となった。 「けい…すけ…。」  窓から差し込む柔らかい日差しを浴びて、朋美が目を覚ました。  ゆっくりと上体を持ち上げている。 「泣いてる…の?」  俺の顔を見て、朋美は小首を傾げた。 「あぁ‥ちょっとな。」  最も憎んでいて、最も馴れ合って、最も笑い合っていた友を思い出した。  二度と会うことも、二度と笑いあうことも出来ない、最低で最高の男を。 (なぁ、実はさ。俺はお前ほど嫌ってはいなかったんだぜ…)  心のなかでそっと呟く。  朋美はまだ、過去の傷から抜け出せてはいなかった。  今でも夢にうなされるし、落ち着いていたかと思ったら、突然フラッシュバックに襲われて、暴れることも有る。  俺に抱きしめられることも、時々苦痛に感じることも有るらしい。  不幸中の幸いなことは、妊娠していなかったことだった。  もし、これで朋美があいつの子を宿していたら。彼女の心は保たなかっただろう。  3ヶ月…思い出すには辛く、忘れるには早く、変わるには短い時間。 「ね…慶介…キス…してほしいな…。」  日差しを受けてキラキラと煌く朋美は、ゆっくりと両手を広げて俺を見つめる。  俺は黙って朋美に近づくと、軽く彼女を腕の中に抱きしめて、唇を重ねる。  短い、軽く触れるだけのキス。  大丈夫だから…少しずつでも触れ合っていきたいから。  1ヶ月が経過した時に、朋美はそう言った。  まだ思い出して、怖いけど、それでも慶介とずっと居たいから。  頑張って乗り越えたいから。  そう言ってくれた朋美を、心の底から愛おしいと思った。  自然と俺のことを慶介くんではなく、慶介と呼んでくれたことが嬉しかった。  大学の方は、大まかに事情を伝えて休学扱いになっているそうだ。  まだ男性が近くにいるだけで、緊張してパニック症状を起こす朋美には  出席は厳しいだろうという判断だと聞いた。  時は流れている。  俺たちもいつまでも同じところで、足踏みしているわけにもいかない。  辛くても、苦しくても、先に進まなければならない。それが生きるということ。  でも生きることは孤独じゃない。一人じゃない。  だから俺は朋美の傍にいる。いつでも支えられるように。 「慶介…私ね、必ず貴方に、私の全部を捧げるから。その覚悟ができたら、本気で受け止めて欲しい…。お願いしても、いいかな。」  不意に朋美が言った。  どうしたんだろうか突然と、俺は怪訝な顔をしてしまう。 「いつまでもね、私がこんなだと、慶介は失望して離れていってしまうんじゃないかって怖くなる。私の中で慶介に全部捧げたいって気持ちはある。今も。だけど怖い。だからね、覚悟が、勇気が…出来たときにね。拒絶しないでほしいの。」  縋るような目でこちらを見る朋美。 「前から思っていたけどさ。朋美って…実は結構馬鹿だよな。」 「え…ひどい…人が本気で話しているのに。」 「いや、確実に馬鹿だよ。だってさ…俺はお前から一生離れることなんて出来ないって、まだ気がついていないんだから。」  朋美の頬を涙が伝う。 「なくなよ、バカ…。」 「馬鹿じゃない…もん…。」 「なくな…俺の最愛の人…。」 「うん…うん…。」  そっと朋美を抱きしめる。  まだ疵跡は消えない。悲しみも苦しみも癒えてはいない。  だけど、少しだけ前を向けるようになった。  小さな変化だけど、それでも先に進んでいける。  この先どうなるかなんて、神ならざる俺達に分かるはずもないけど…。  願わくばこの手を一生離さないでいけますように…  俺はそう、神に祈った。  朋美に不条理な試練を与えた神だけど。  このくらいの願いは叶えてくださいと。  そっと、しずかに、真心を込めて…



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