終わらない悲しみ
9/19
次の日の朋美は落ち着いているように見えた。 朝いちで彼女の部屋を訪れると、彼女はベッドの上で上半身を起こしていた。 「おはよう朋美。」 妙な感じを与えないように、あんまり感情を込めないように注意しながら声をかけてみる。 「うん、おはよう、慶介…。」 元気…ではないが、昨日のように取り乱しているわけでもない。 これなら少しは話ができるだろうか…そう思った俺は、ベッドの近くまで歩いていき、床に腰を下ろした。 朋美はこちらを見ようともせず、ぼんやりとベッドサイドの窓から外を見ていた。 「ねぇ…慶介くんは私のお願いを聞いてくれる?とても大切なお願い。」 窓の外から視線を外すことなく、朋美は言った。 「俺で…出来ることなら、聞くけれども…。」 どんなお願いがくるのか分からず、警戒してしまう。 「とっても簡単なことだよ…。私と慶介くん、二人のためになるお願い。」 「俺達の?」 「うん、私たちがこれから幸せになるためのお願い。」 あの一件以来、初めて聞いた前向きな言葉に、少しだけ心が沸き立つ。 朋美が戻った。馬鹿な俺はそんな都合のいいことを考えてしまった。 「俺たちが幸せになるためのお願いなら、聞くよ。」 「うん…ありがとう。慶介くんやっぱり優しいね…。」 朋美が視線を窓から俺の方へと向ける。そこには俺が大好きなあの柔らかな微笑が浮かんでいた。 「ね…慶介くん…。」 なのにい突然その微笑が消えた、急速にオレの心に不安が湧き上がる。 「私たち、別れよう。」 嫌な予感が的中してしまった。薄々考えてはいた。 俺がいて朋美が苦しむならその方法もと考えたことはある。 だけど、どうしてもその決断だけは出来なかった。愛していたから。 なのに朋美はあっさりとそれを口にした。 「お、俺のこと…嫌い、なのか?」 なんとばかげた問だろうか、話はもうそんなレベルのものではないというのに。 「ううん…大好き。慶介くんのこと、本当に大好き。誰よりも好き。世界で一番好き。誰にも渡したくない、私だけのものにしたいくらい好き。だからね、分れるの。」 自分の理論が絶対に間違っていないという顔、全く感情のこもっていない声。 「ごめん…。意味がわからない…。好きなら別れたくないよ。」 「私はね…貴方に捨てられる恐怖が消えないの。慶介くんはね、私を見てずっと悲しい顔をしているの。そんな二人がね、一緒にいて幸せなわけないじゃない。だからね、お互いにお別れしよう…。私は捨てられないため。慶介くんは、悲しくなくするために…ね。それが一番なの。」 「俺は!俺は朋美を捨てたりなんかしない!捨てられるくらいならこんなに苦しんだりしない!本当だ、信じてくれ!」 縋り付くように俺は言った。この提案だけは絶対に翻意させなくてはならない。 この提案を受け入れた時点で、絶対に俺たちは幸せになれないと思った。 だからしつこいくらいに食い下がる。 「康介くんはね…とっても優しいんだよ。だからね傷ついた私を見捨てられないの。でもね何年かして、ふと我に返った時に、絶対に後悔するんだよ…こんな傷物と付き合っていたことを。」 淋しそうな顔で、淡々というと朋美。 「馬鹿にするなよ!」 遂に俺の感情が爆発してしまった。悲しみと苦しみの中で藻搔いている朋美に、絶対にしないでおこうと思っていたのに、俺は語気を荒らげてしまった。 「傷物ってなんだ!お前は傷物じゃない、汚れてもいない。」 「汚れてるよ…初めてを奪われ…体中を触られ…慶介さえ触れていないところも。」 「それは…お前の意志か?お前の意志でしたことか?」 「そんな訳ない!私はずっと、いつの日か慶介とって思ってた!」 朋美の感情が爆発しかける。口調に感情がこもり始め目つきが変わる。 「なら!」 俺は短くそう言うと、強引に朋美を抱きしめた。 恐怖からなのか、朋美は俺の抱擁から逃れようと暴れる。 「いつの日か、お前が大丈夫になった時…お前の意志で、俺に抱かれてくれ…それで十分だから。俺にとってはそれがお前の初めてだから…。」 朋美の体がビクリと震えた。 「な…ちょっとだけ、話を聞いてくれるか…。」 問いかけてみる。返事はない。だが拒絶している様子もない。 だから俺は離し始めた。その昔、とある人から聞いた話を。
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