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第19話 選定試験

19/98





学究祭がっきゅうさい』が終わって、秋の季節も終わった。  木々はすっかり色を染め、やがて北から吹く風が枯れ葉を一枚、二枚と落とし始めた。  ヴァローナの冬は比較的温かった。雪が降っても長く積もることはなく、何日か陽の光に照らされれば、たやすく溶け消えてしまう。  『学究祭』での出会いの後、レーキはクランの幼馴染おさななじみ三人組とたまに街に出るようになった。  三人とは不思議と馬が合った。学習の合間の貴重な息抜きの時間がいつしか、レーキのささやかな楽しみになって行った。  枯れ葉がすっかり木々の枝から消えて、月が変わる。  それから、秋の月、『灰色の月』が終わって。一年の終わりの月である『黒の月』が巡ってきた。  黒の月の半ばに『天法院てんほういん』は、冬と春の間の休暇にはいり、一ヶ月以上、授業も実習も何もなくなってしまう。  遠方から来ている寮生は寮にとどまることも出来たが、大半の寮生は一年の終わりと始まりを家族と祝うために実家へと帰っていった。  残っているのはレーキのように故郷へ帰る余裕のない者と、アガートのような特殊な事情のある者だけだった。 「食堂も随分静かだね」  数少ない寮生のために食堂は開いていたが、普段よりもずっとメニューの数は少ない。レーキは朝食をとるために一人で食堂に赴いていた。 「そうねー。ちょっと寂しいけどアタシは楽できて手当も出るから得した感じ」  獣人のアニル姉さんはそう言って、ヴァローナ風で品の良い味付けの煮込み料理を器に盛ってくれた。  アニル姉さんも、普段の威勢の良さが足りないようだ。 「はい。ちょっとばかしオマケしといてやったよ。これ食って温まりな!」 「……ありがとう!」  天法院に人が少ない今は、暖房用のまきも節約されてしまう。天法を使えば火を使わずに暖を取る事も出来る。だが、そのために体力や精神力を大きく削られてしまう。現実的ではなかった。  食堂は煮炊きの火があるためか少しは暖かかったが、暖房の貧弱な学生寮や、もとより火の気を嫌う図書館などは、何枚衣を着込んでも底冷えするようだった。  温かい煮込み料理は腹に入るとじんわりと体を温めてくれる。体が温まってくると気力が湧いてくる。今日はこれから街に出なければならない。  休暇の間。ひょんなことから、レーキは週に三日オウロの実家を手伝うことになった。  貴重な現金収入の機会だ。有り難く働かせて貰うこととする。  物覚えは早いが、愛想が足りず外見も目立つレーキは、主に品出しと倉庫での力仕事を頼まれた。黙々と正確に仕事をこなしていくレーキを、オウロの両親はいたくめてくれた。 「お前さん力持ちだし覚えも早いし文句も言わないし、いいコだねぇ。オウロ、あんたどこでこんないいコと知り合ったんだい?」  オウロの母親は、包容力を感じさせる愛嬌あいきょうのある女性で、接客の一切を取り仕切っていた。 「クランの紹介っス~そのいいコ、実は天法院の特待生っスよ」 「おやまあ! お前様、法士様になりなさるのね? そんなお方にこんな裏方仕事させて……バチが当たらないかね?」 「接客仕事は苦手ですから……でも力仕事ならお役にてると思います。こき使ってやってください」 「まあまあ! ちっとも偉ぶらない法士様の見習いさんだこと! ますます気に入った!」 「いい友達だな……オウロ」 「へへへ~っス」  オウロの父親は寡黙だがよく働く男性で、倉庫仕事の合間に、ぽつりぽつりと呟くようにレーキに様々な青果の種類を教えてくれた。  よく働く、善良な人たちだ。もし自分の養い親がこんな人達だったなら。今頃自分の運命は大きく変わっていただろう。レーキは思う。  一緒に懸命に働いて、日々の糧に感謝し、平凡で慎ましく、しあわせな日々をグラナートの山奥の小さな村でおくる。それは素晴らしいことだ。  でも。何よりも大切な師匠に出会うことも、こんなにも楽しい日々を味あわせてくれる天法院に入学することもなかった。ラエティアやアガートやクランやオウロ、グラーヴォに出会うこともなかった。  だから。これで良い。俺はこれで良かったのだ。  優しい両親が羨ましくないと言ったら、嘘になる。それでも、レーキは運命というものに感謝した。  自習に仕事の手伝いに。忙しく追われている間に『黒の月』は過ぎた。 『黒の月』最後の夜。つまり今年最後の夜。  レーキはアガートと共に静かに寮の自室で過ごすことにした。  クランを始め友人たちは皆、家族と今年最後の夜を過ごす。それがヴァローナの習わしだった。邪魔は出来ない。  レーキには、もう家族と呼べる人は居ない。アガートは家族から勘当されている。  二人とも、将来家族になろうと約束した恋人も居なかった。 「お互い寂しい身の上だし? 丁度いいかもねー」  苦い笑い交じりのアガートの言葉に、レーキも力なくうなずいた。 「……でも、去年の今頃は師匠の具合が悪くて……ずっと心配で新年のお祝いなんて考える事も出来なかったな……」  感慨深かんがいぶかく、レーキがつぶく。アガートは笑って片目をつぶった。 「……その時はまさか次の年こんな場所で、こんなむさ苦しいのと新年を迎えるとは思ってなかったろ?」 「むさ苦しいかどうかは置いといて……考えても見なかったですね」 「オレも。まさかルームメイトが出来るとは思っても見なかったなー。ちょっとね。『ルームメイトなんて邪魔じゃまになるなー』って思ってたんだよ。君が来るまでは」 「……それは……すみません」  しゅんと落ち込んだレーキに、アガートはひらひらと手を振って言った。 「謝らない、謝らない。今は楽しいからねー本心君が来てくれてよかったと思ってるよ」 「それなら良かった。……ホッとしました」  アガートに、邪魔だと言われたくない。残された時間はほんの一年。アガートは三学年生になって、来年の今頃、『混沌の月』の休暇が終われば王珠おうじゅて卒業してしまう。  彼のかたわらにいる短い間、時間を知識を共有出来るほどに成長したい。レーキは心底からそう思った。  遠く、街の中心の尖塔せんとうで。時を知らせるかねがなり始めた。長かった今年が、十八歳になったこの年が終わる。 「……ああ、もう今年も終わりだね。あの鐘が鳴り終わったら新しい年だよ」 「……はい」  今年はいろいろな事があった。師匠を喪って呪いを受けて。ヴァローナに旅をして、天法院に入学し、様々な経験をした。  学識が深まった、簡単な天法を使えるようになった、幾人も友が出来た。  いつか歳をとって、この日々を懐かしく思い出す日がくるのか。  そんな日が訪れるように。生きなければ。長く長く、この呪いが解ける日まで。それが叶わないなら、せめて愛しい人々がみな天寿てんじゅを全うできるまで。  それが、今のレーキの切なる望みだった。  ◇◇◇  『黒の月』が過ぎて、始まりの月『混沌の月』が巡ってくる。『混沌の月』は一ヶ月がまるまる休暇の月だった。  休暇の間中、レーキはオウロの実家の手伝い仕事を続ける。  お陰で少し貯金もできた。思い切って新年の挨拶をしたためた手紙をアスールの森の中の村に出した。  休暇が終わると、思い思いに新年を迎えた生徒たちが学院に戻ってくる。寮、食堂、教室……生徒たちがいる場所はどこもいつも通りの活気を取り戻していく。いつしかレーキにはその喧騒けんそうが心地良いように感じられた。 「レーキ! 担任がすぐ訓練室に来いってさ!」  相変わらずさわがしいクランが教室に駆け込んできて叫んだ。クランは休暇で旨いものを食いすぎたのか、小太りの体型が更に丸くなっているようだった。 「ほら、あれだよ! 二学年目からの専門分野を決めるっていう……」 「ああ、『選定試験せんていしけん』か?」 「そうそう! 知ってるか? 『選定試験』で成績の悪かった奴は退学になるって言うぜ……?」  声を潜め、怪談でも語るように言ったクランに、レーキはいぶかしげに答える。 「それはうわさだろう? ……でも試験って何をするんだろうな?」 「うーん。先輩たちは『超簡単だった』とか言ってたけど……具体的な内容を教えてくんないんだよなー!」 「そうか……教えてくれないんじゃ対策立てようがないな」 「おれはお前の次の番だから……どんなだったかこっそり教えてくれよ。……じゃ、また後でな! 頑張れ!」  友人の激励げきれいを受けてレーキは訓練室と呼ばれる教室に向かった。  中年の坂を越えつつある禿頭とくとうの男性教師は、教室に現れた数人の生徒を見回して、 「期末試験は皆さん良い成績でした。よく頑張りました」  と告げた。生徒達から安堵の歓声が上がる。それが静まるのを待って教師は続けた。 「これから二学年から皆さんがどんな道に進むべきなのか、それを判定します」  まずこれを見てください。と、教師は自分の王珠を差し出した。 「王珠は持ち主の最も得意とする天分てんぶん系統の色で光ることは皆さんも知っていますね? 今、この王珠は私の系統色『白色』で光っています。原則的に王珠は持ち主以外の天分系統の色では光りませんが、例外として持ち主が許可した者の天分系統を知らせるという性質も持っています」  ああ、そうか。あの時、初めてマーロン師匠と出会ったあの時に、師匠が持たせてくれた王珠が師匠の色の水色でなく光ったのはそう言う事だったのか。  天法院に入学した今なら解る。王珠は天法士てんほうしにとって最も大切な物。肌身離さず身につけて、滅多めったに他人に渡したりはしない。  それを、弟子にしようと思っていたとはいえ、素性も解らぬ盗賊の小僧に一時預けてくれた。そんな思い出を師匠は沢山残してくれた。かき消えてなお心を暖かく照らしてくれる、小さな炎のような。そんな思い出。  過去の記憶に浸っていたレーキを、教師が現実に引き戻した。 「その例外を使って、今から皆さんの天分系統を明確にします。名を呼ばれた人から一人ずつ私の前に来なさい」  それを合図に、一人目の同級生が教師の前に立つ。彼の系統は水を表す黒。教師の王珠は彼が手にした途端しっとりと美しい黒色に染まった。 「……君の天分系統は『水』の『黒色』だね。二学年生からは『黒の教室・いち』に進みなさい」 「ありがとうございます!」  次々と同級生達の系統が確定していく。なるほど、これでは先輩たちも簡単としか言わないわけだ。ただ王珠を手に持つだけなのだから。対策の立てようがない。  ある者は『植物』と『いかずち』の『青色』、ある者は『鉱物』の『白色』、そしてある者は『土壌どじょう』の『黄色』。  皆がそれぞれの色で王珠を光らせる。まぶしいほどの光を放つ者もいればほの明るく光る者もいた。系統が重なる者も二人居たが、王珠の示した色は微妙に違っていた。例えて言うならば色濃いブルーと淡色のブルーの違いか。 「全く同じ色で王珠が光る事はまれです。親子で天分の系統が似る事はあっても同じ色になることはまず有りません。……さて、次はレーキ・ヴァーミリオンくん。最後は君の番です」 「……はい」  教師に呼ばれて、レーキは僅かに重い足取りで前に進み出る。  今更、緊張を感じてきた。俺はどんな系統で王珠を光らすことが出来るのだろう?  もし昔と天分が変わらないなら、それは赤い色であるはず。そもそも、王珠を光らせること事自体が出来るのだろうか?  この試験で、一定の天分が有る事を示せなければ、次の学年に進む事もおぼつかないという噂。才能のない生徒の足切りだと。  ──ええい。今更気に病んでも仕方のないことだ。  あの時、マーロン師匠の王珠は確かに光った。今だって出来るさ。自分を信じるしかない。  レーキは、担任が差し出す王珠をそっと両手で受け取る。  ──頼む、輝け、王珠……!  その瞬間。 「……!!」  目を焼くのではないかと思うほどの光量で、王珠があかく光りだした。あのときと同じ色。でも光はずっと強い……! 「……やった! 俺、やりました……!?」 「……レーキ、レーキ・ヴァーミリオンくん! 落ち着きなさい! 気持ちを静めて王珠に命じなさい! もっとおとなしく光るようにと!」  喜びを爆発させて叫ぶレーキに、担任教師はあわてて命じた。  確かにこのままでは眩しすぎる。静かに、静かに……王珠をなだめるようにそっと息を吐く。次第に、ギラギラと輝いていた王珠が優しく明るい紅色あかいろで光りだす。  このまま命じていったら、どこまで光量が変わるのだろう?  ふと、そんな好奇心に駆られてレーキは王珠に命じた。  もっと暗く、もっと……ゆっくりと明るく……もっと……  レーキが命じる通りに王珠は自在に光量を変える。それを見届けた担任教師はやれやれと溜め息をいて、王珠を取り上げた。 「君の天分の扱いは見事なものだが……人の王珠で遊んではいけません。君は『炎』の『紅色』。二学年から『赤の教室・』に進みなさい」 「……はい。ありがとうございました」  興奮から一転落ち着きを取り戻したレーキは、たしなめられてしょんぼりと頷いて感謝の言葉をべた。



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第19話 選定試験

19/98

学究祭がっきゅうさい』が終わって、秋の季節も終わった。  木々はすっかり色を染め、やがて北から吹く風が枯れ葉を一枚、二枚と落とし始めた。  ヴァローナの冬は比較的温かった。雪が降っても長く積もることはなく、何日か陽の光に照らされれば、たやすく溶け消えてしまう。  『学究祭』での出会いの後、レーキはクランの幼馴染おさななじみ三人組とたまに街に出るようになった。  三人とは不思議と馬が合った。学習の合間の貴重な息抜きの時間がいつしか、レーキのささやかな楽しみになって行った。  枯れ葉がすっかり木々の枝から消えて、月が変わる。  それから、秋の月、『灰色の月』が終わって。一年の終わりの月である『黒の月』が巡ってきた。  黒の月の半ばに『天法院てんほういん』は、冬と春の間の休暇にはいり、一ヶ月以上、授業も実習も何もなくなってしまう。  遠方から来ている寮生は寮にとどまることも出来たが、大半の寮生は一年の終わりと始まりを家族と祝うために実家へと帰っていった。  残っているのはレーキのように故郷へ帰る余裕のない者と、アガートのような特殊な事情のある者だけだった。 「食堂も随分静かだね」  数少ない寮生のために食堂は開いていたが、普段よりもずっとメニューの数は少ない。レーキは朝食をとるために一人で食堂に赴いていた。 「そうねー。ちょっと寂しいけどアタシは楽できて手当も出るから得した感じ」  獣人のアニル姉さんはそう言って、ヴァローナ風で品の良い味付けの煮込み料理を器に盛ってくれた。  アニル姉さんも、普段の威勢の良さが足りないようだ。 「はい。ちょっとばかしオマケしといてやったよ。これ食って温まりな!」 「……ありがとう!」  天法院に人が少ない今は、暖房用のまきも節約されてしまう。天法を使えば火を使わずに暖を取る事も出来る。だが、そのために体力や精神力を大きく削られてしまう。現実的ではなかった。  食堂は煮炊きの火があるためか少しは暖かかったが、暖房の貧弱な学生寮や、もとより火の気を嫌う図書館などは、何枚衣を着込んでも底冷えするようだった。  温かい煮込み料理は腹に入るとじんわりと体を温めてくれる。体が温まってくると気力が湧いてくる。今日はこれから街に出なければならない。  休暇の間。ひょんなことから、レーキは週に三日オウロの実家を手伝うことになった。  貴重な現金収入の機会だ。有り難く働かせて貰うこととする。  物覚えは早いが、愛想が足りず外見も目立つレーキは、主に品出しと倉庫での力仕事を頼まれた。黙々と正確に仕事をこなしていくレーキを、オウロの両親はいたくめてくれた。 「お前さん力持ちだし覚えも早いし文句も言わないし、いいコだねぇ。オウロ、あんたどこでこんないいコと知り合ったんだい?」  オウロの母親は、包容力を感じさせる愛嬌あいきょうのある女性で、接客の一切を取り仕切っていた。 「クランの紹介っス~そのいいコ、実は天法院の特待生っスよ」 「おやまあ! お前様、法士様になりなさるのね? そんなお方にこんな裏方仕事させて……バチが当たらないかね?」 「接客仕事は苦手ですから……でも力仕事ならお役にてると思います。こき使ってやってください」 「まあまあ! ちっとも偉ぶらない法士様の見習いさんだこと! ますます気に入った!」 「いい友達だな……オウロ」 「へへへ~っス」  オウロの父親は寡黙だがよく働く男性で、倉庫仕事の合間に、ぽつりぽつりと呟くようにレーキに様々な青果の種類を教えてくれた。  よく働く、善良な人たちだ。もし自分の養い親がこんな人達だったなら。今頃自分の運命は大きく変わっていただろう。レーキは思う。  一緒に懸命に働いて、日々の糧に感謝し、平凡で慎ましく、しあわせな日々をグラナートの山奥の小さな村でおくる。それは素晴らしいことだ。  でも。何よりも大切な師匠に出会うことも、こんなにも楽しい日々を味あわせてくれる天法院に入学することもなかった。ラエティアやアガートやクランやオウロ、グラーヴォに出会うこともなかった。  だから。これで良い。俺はこれで良かったのだ。  優しい両親が羨ましくないと言ったら、嘘になる。それでも、レーキは運命というものに感謝した。  自習に仕事の手伝いに。忙しく追われている間に『黒の月』は過ぎた。 『黒の月』最後の夜。つまり今年最後の夜。  レーキはアガートと共に静かに寮の自室で過ごすことにした。  クランを始め友人たちは皆、家族と今年最後の夜を過ごす。それがヴァローナの習わしだった。邪魔は出来ない。  レーキには、もう家族と呼べる人は居ない。アガートは家族から勘当されている。  二人とも、将来家族になろうと約束した恋人も居なかった。 「お互い寂しい身の上だし? 丁度いいかもねー」  苦い笑い交じりのアガートの言葉に、レーキも力なくうなずいた。 「……でも、去年の今頃は師匠の具合が悪くて……ずっと心配で新年のお祝いなんて考える事も出来なかったな……」  感慨深かんがいぶかく、レーキがつぶく。アガートは笑って片目をつぶった。 「……その時はまさか次の年こんな場所で、こんなむさ苦しいのと新年を迎えるとは思ってなかったろ?」 「むさ苦しいかどうかは置いといて……考えても見なかったですね」 「オレも。まさかルームメイトが出来るとは思っても見なかったなー。ちょっとね。『ルームメイトなんて邪魔じゃまになるなー』って思ってたんだよ。君が来るまでは」 「……それは……すみません」  しゅんと落ち込んだレーキに、アガートはひらひらと手を振って言った。 「謝らない、謝らない。今は楽しいからねー本心君が来てくれてよかったと思ってるよ」 「それなら良かった。……ホッとしました」  アガートに、邪魔だと言われたくない。残された時間はほんの一年。アガートは三学年生になって、来年の今頃、『混沌の月』の休暇が終われば王珠おうじゅて卒業してしまう。  彼のかたわらにいる短い間、時間を知識を共有出来るほどに成長したい。レーキは心底からそう思った。  遠く、街の中心の尖塔せんとうで。時を知らせるかねがなり始めた。長かった今年が、十八歳になったこの年が終わる。 「……ああ、もう今年も終わりだね。あの鐘が鳴り終わったら新しい年だよ」 「……はい」  今年はいろいろな事があった。師匠を喪って呪いを受けて。ヴァローナに旅をして、天法院に入学し、様々な経験をした。  学識が深まった、簡単な天法を使えるようになった、幾人も友が出来た。  いつか歳をとって、この日々を懐かしく思い出す日がくるのか。  そんな日が訪れるように。生きなければ。長く長く、この呪いが解ける日まで。それが叶わないなら、せめて愛しい人々がみな天寿てんじゅを全うできるまで。  それが、今のレーキの切なる望みだった。  ◇◇◇  『黒の月』が過ぎて、始まりの月『混沌の月』が巡ってくる。『混沌の月』は一ヶ月がまるまる休暇の月だった。  休暇の間中、レーキはオウロの実家の手伝い仕事を続ける。  お陰で少し貯金もできた。思い切って新年の挨拶をしたためた手紙をアスールの森の中の村に出した。  休暇が終わると、思い思いに新年を迎えた生徒たちが学院に戻ってくる。寮、食堂、教室……生徒たちがいる場所はどこもいつも通りの活気を取り戻していく。いつしかレーキにはその喧騒けんそうが心地良いように感じられた。 「レーキ! 担任がすぐ訓練室に来いってさ!」  相変わらずさわがしいクランが教室に駆け込んできて叫んだ。クランは休暇で旨いものを食いすぎたのか、小太りの体型が更に丸くなっているようだった。 「ほら、あれだよ! 二学年目からの専門分野を決めるっていう……」 「ああ、『選定試験せんていしけん』か?」 「そうそう! 知ってるか? 『選定試験』で成績の悪かった奴は退学になるって言うぜ……?」  声を潜め、怪談でも語るように言ったクランに、レーキはいぶかしげに答える。 「それはうわさだろう? ……でも試験って何をするんだろうな?」 「うーん。先輩たちは『超簡単だった』とか言ってたけど……具体的な内容を教えてくんないんだよなー!」 「そうか……教えてくれないんじゃ対策立てようがないな」 「おれはお前の次の番だから……どんなだったかこっそり教えてくれよ。……じゃ、また後でな! 頑張れ!」  友人の激励げきれいを受けてレーキは訓練室と呼ばれる教室に向かった。  中年の坂を越えつつある禿頭とくとうの男性教師は、教室に現れた数人の生徒を見回して、 「期末試験は皆さん良い成績でした。よく頑張りました」  と告げた。生徒達から安堵の歓声が上がる。それが静まるのを待って教師は続けた。 「これから二学年から皆さんがどんな道に進むべきなのか、それを判定します」  まずこれを見てください。と、教師は自分の王珠を差し出した。 「王珠は持ち主の最も得意とする天分てんぶん系統の色で光ることは皆さんも知っていますね? 今、この王珠は私の系統色『白色』で光っています。原則的に王珠は持ち主以外の天分系統の色では光りませんが、例外として持ち主が許可した者の天分系統を知らせるという性質も持っています」  ああ、そうか。あの時、初めてマーロン師匠と出会ったあの時に、師匠が持たせてくれた王珠が師匠の色の水色でなく光ったのはそう言う事だったのか。  天法院に入学した今なら解る。王珠は天法士てんほうしにとって最も大切な物。肌身離さず身につけて、滅多めったに他人に渡したりはしない。  それを、弟子にしようと思っていたとはいえ、素性も解らぬ盗賊の小僧に一時預けてくれた。そんな思い出を師匠は沢山残してくれた。かき消えてなお心を暖かく照らしてくれる、小さな炎のような。そんな思い出。  過去の記憶に浸っていたレーキを、教師が現実に引き戻した。 「その例外を使って、今から皆さんの天分系統を明確にします。名を呼ばれた人から一人ずつ私の前に来なさい」  それを合図に、一人目の同級生が教師の前に立つ。彼の系統は水を表す黒。教師の王珠は彼が手にした途端しっとりと美しい黒色に染まった。 「……君の天分系統は『水』の『黒色』だね。二学年生からは『黒の教室・いち』に進みなさい」 「ありがとうございます!」  次々と同級生達の系統が確定していく。なるほど、これでは先輩たちも簡単としか言わないわけだ。ただ王珠を手に持つだけなのだから。対策の立てようがない。  ある者は『植物』と『いかずち』の『青色』、ある者は『鉱物』の『白色』、そしてある者は『土壌どじょう』の『黄色』。  皆がそれぞれの色で王珠を光らせる。まぶしいほどの光を放つ者もいればほの明るく光る者もいた。系統が重なる者も二人居たが、王珠の示した色は微妙に違っていた。例えて言うならば色濃いブルーと淡色のブルーの違いか。 「全く同じ色で王珠が光る事はまれです。親子で天分の系統が似る事はあっても同じ色になることはまず有りません。……さて、次はレーキ・ヴァーミリオンくん。最後は君の番です」 「……はい」  教師に呼ばれて、レーキは僅かに重い足取りで前に進み出る。  今更、緊張を感じてきた。俺はどんな系統で王珠を光らすことが出来るのだろう?  もし昔と天分が変わらないなら、それは赤い色であるはず。そもそも、王珠を光らせること事自体が出来るのだろうか?  この試験で、一定の天分が有る事を示せなければ、次の学年に進む事もおぼつかないという噂。才能のない生徒の足切りだと。  ──ええい。今更気に病んでも仕方のないことだ。  あの時、マーロン師匠の王珠は確かに光った。今だって出来るさ。自分を信じるしかない。  レーキは、担任が差し出す王珠をそっと両手で受け取る。  ──頼む、輝け、王珠……!  その瞬間。 「……!!」  目を焼くのではないかと思うほどの光量で、王珠があかく光りだした。あのときと同じ色。でも光はずっと強い……! 「……やった! 俺、やりました……!?」 「……レーキ、レーキ・ヴァーミリオンくん! 落ち着きなさい! 気持ちを静めて王珠に命じなさい! もっとおとなしく光るようにと!」  喜びを爆発させて叫ぶレーキに、担任教師はあわてて命じた。  確かにこのままでは眩しすぎる。静かに、静かに……王珠をなだめるようにそっと息を吐く。次第に、ギラギラと輝いていた王珠が優しく明るい紅色あかいろで光りだす。  このまま命じていったら、どこまで光量が変わるのだろう?  ふと、そんな好奇心に駆られてレーキは王珠に命じた。  もっと暗く、もっと……ゆっくりと明るく……もっと……  レーキが命じる通りに王珠は自在に光量を変える。それを見届けた担任教師はやれやれと溜め息をいて、王珠を取り上げた。 「君の天分の扱いは見事なものだが……人の王珠で遊んではいけません。君は『炎』の『紅色』。二学年から『赤の教室・』に進みなさい」 「……はい。ありがとうございました」  興奮から一転落ち着きを取り戻したレーキは、たしなめられてしょんぼりと頷いて感謝の言葉をべた。



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