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第4話 レーキ・ヴァーミリオンの誕生

ー/ー



「とうとう明日だな」

 テッドが皿を洗いながら言う。彼は盗賊団の中では小柄なほうだった。この何年かで急に背たけの伸び出したレーキは、彼よりも頭半分ほど背が高くなっている。
 相変わらず、レーキと一番親しいのはテッドだった。一番年齢が近い、というのもあるかもしれない。
 レーキはうなずき返す。明日はとうとう初陣だ。近隣の村を(おそ)いに行く。
 今までも、略奪を行う仲間たちの後ろに人足としてついていったことはあった。
 だが、明日は初めて馬を与えられ、武器を取って近隣の村々を襲撃する。
 不安と、いくばくかの期待。そして小さな誇り。ようやく、本当に盗賊団のみんなの仲間になれる。足手まといの小さなガキじゃなく。


 夕食の後片付けを終えて。レーキは星の明るい空の下へと出た。
 今日の月は兄の月だけ。半月だった。おかげで星のまたたきが見える。
 レーキの鳥目は、滋味(じみ)のある食事を続けていくうちに改善されていった。この明るさならどうにか物が見える。
 思い切り羽を伸ばした。
 文字通り漆黒の羽を目一杯広げて、大きく伸びをするように、肩の筋肉を緊張させる。
 一打ち羽をふるえば、わずかに土ぼこりが舞う。思い切って羽ばたく。翼の下で風が生まれて、ふわりと体が軽くなって行く。完全に浮き上がる瞬間つま先が大地を蹴ると、レーキは空に浮かんでいた。


 鳥人(アーラ=ペンナ)は空を飛ぶ。それは必ずしも正解ではない。鳥人の中でも人との混血が進んだものは、羽が退化して飛べなくなる。混血の世代を重ねるごとに、鳥人は人へと近づいて、骨格もすっかり重くなってしまう。
 レーキの羽はしっかりと大きくて、骨格は軽く、空を(かけ)るための力を十分に備えていた。
 年頃になって骨格が固まって来ると、鳥人の子供たちは飛行訓練を始める。
 その時、本来なら親や年長者たちが先生役になってくれる。だが、レーキにはそんな人々はいない。盗賊団で暮らすうち、自己流でどうにか風を掴んだ。
 鳥人の癖に飛べないのかと言われたことが悔しくて。やけになって飛ぶことを覚えた。
 風は、空は、彼の味方だ。ミスを犯せば、そのまま墜落することもありえると、頭の何処かで理解していた。だが、空を飛んでいて恐ろしいと思ったことはほとんどなかった。
 上っていく風の渦を捕まえて、羽を広げて浮き上がる。上ってしまった後は風に身を委ねて、旋回しながら降りてくる。

 ──俺は薄情なのだろうか。

 夜空を緩やかに舞いながら、レーキは思う。
 盗賊たちとの暮らしは快適だ。それは養い親と、片眼を代償に手に入れた生活だった。
 養父と養母を憎んでいた。殺したいとまで思っていたかは今となっては分からない。
 でも、彼らは死んでしまった。
 レーキを助けようとはしなかった村人たち、石礫(いしつぶて)で彼を追った子供たち。
 みんな大嫌いだった。
 今は、彼らを殺したかもしれない盗賊たちと一緒に暮らしている。
 そんな生活を楽しいと感じている。

 ──いいきみだ。竜王様の罰が下ったんだ。レーキは嘲笑する。

 今のこの生活は、大勢の犠牲の上に成り立っている。汗水垂らして働いて全うに生きている人々の蓄えを、かすめとって俺たちは生きている。
 それで構わないと思う。力ずくで奪われたくないのなら、武装すればいい。それが無理なら逃げ出せばいい。弱いものが強いものに食べられる。それはとても当たり前のルールだ。
 でも、あの日あの時。村の広場で見た光景を忘れられない。死んでしまった大勢の村人たち。真っ赤に燃え盛る家々。死体には子供達もまじっていた。
 俺は盗賊なんだ。心の片隅にこびりついた光景を吹き飛ばそうと、一層速く風を切って飛ぶ。
 明日は初めて略奪を行う。これで一人前になれる。みんなと一緒になれる。

「……俺は、ヴァーミリオンの息子。レーキ・ヴァーミリオンなんだ!」

 天空高い所でびゅうびゅうと猛る風の中、レーキは思い切り叫んだ。
 自分に、仲間に、そして死の王の国に逝ってしまった村人達に向かって、言い聞かせるように。


 中天に月がかかる。少し大きめの、あれは兄の半月。双子の兄弟月の片割れだ。
 興奮を抑えきれない馬の鼻息、黒く塗り潰した馬具が立てる密やかな音。収穫を予想して笑いあう声。
 ヴァーミリオン・サンズはすっかり出発の準備を整えて、後は(かしら)の命令を待つばかり。
 皮鎧(かわよろい)をつけ、馬にまたがったレーキは出撃の(とき)を待っている。
 大人びた横顔は、とても(よわい)十三の子供には見えないほど落ち着き払っているように見えた。だが、本音を言えば緊張のあまり、無駄口たたく余裕もないのだ。

「緊張しすぎだ」

 テッドが小突いてくる。思わず照れ笑いが漏れると、レーキの表情にいくぶん少年らしさが戻る。

「いいか、野郎共。よく聞け。サンキニは小さい村だが、近くに金の取れる川がある。村人は金を隠しもっている可能性がある。徹底的に捜せ。はむかうなら殺せ」
「女は犯してもいいんですかい?」
「お前は止めたって()っちまうだろうが」
「へへへへ」

 誰かの軽口に、ぱらぱらと笑いが起こる。頭は唇の端を吊り上げて笑った。

「今日はいつもと違うことがある。今日からレーキが加わる」

 視線が、馬上の少年に向けられる。レーキは胸を張った。誇らしげに。

「お前もそこそこ腕が立つようになってきた。しっかり働けよ」

 はい。レーキは大きく応じる。頭はわずかに目を細めてうなずいた。

「いくぜっ!」

 号令に応える喊声(かんせい)が、アジトの空に大きく木霊して、消えた。


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「とうとう明日だな」
 テッドが皿を洗いながら言う。彼は盗賊団の中では小柄なほうだった。この何年かで急に背たけの伸び出したレーキは、彼よりも頭半分ほど背が高くなっている。
 相変わらず、レーキと一番親しいのはテッドだった。一番年齢が近い、というのもあるかもしれない。
 レーキはうなずき返す。明日はとうとう初陣だ。近隣の村を|襲《おそ》いに行く。
 今までも、略奪を行う仲間たちの後ろに人足としてついていったことはあった。
 だが、明日は初めて馬を与えられ、武器を取って近隣の村々を襲撃する。
 不安と、いくばくかの期待。そして小さな誇り。ようやく、本当に盗賊団のみんなの仲間になれる。足手まといの小さなガキじゃなく。
 夕食の後片付けを終えて。レーキは星の明るい空の下へと出た。
 今日の月は兄の月だけ。半月だった。おかげで星のまたたきが見える。
 レーキの鳥目は、|滋味《じみ》のある食事を続けていくうちに改善されていった。この明るさならどうにか物が見える。
 思い切り羽を伸ばした。
 文字通り漆黒の羽を目一杯広げて、大きく伸びをするように、肩の筋肉を緊張させる。
 一打ち羽をふるえば、わずかに土ぼこりが舞う。思い切って羽ばたく。翼の下で風が生まれて、ふわりと体が軽くなって行く。完全に浮き上がる瞬間つま先が大地を蹴ると、レーキは空に浮かんでいた。
 |鳥人《アーラ=ペンナ》は空を飛ぶ。それは必ずしも正解ではない。鳥人の中でも人との混血が進んだものは、羽が退化して飛べなくなる。混血の世代を重ねるごとに、鳥人は人へと近づいて、骨格もすっかり重くなってしまう。
 レーキの羽はしっかりと大きくて、骨格は軽く、空を|翔《かけ》るための力を十分に備えていた。
 年頃になって骨格が固まって来ると、鳥人の子供たちは飛行訓練を始める。
 その時、本来なら親や年長者たちが先生役になってくれる。だが、レーキにはそんな人々はいない。盗賊団で暮らすうち、自己流でどうにか風を掴んだ。
 鳥人の癖に飛べないのかと言われたことが悔しくて。やけになって飛ぶことを覚えた。
 風は、空は、彼の味方だ。ミスを犯せば、そのまま墜落することもありえると、頭の何処かで理解していた。だが、空を飛んでいて恐ろしいと思ったことはほとんどなかった。
 上っていく風の渦を捕まえて、羽を広げて浮き上がる。上ってしまった後は風に身を委ねて、旋回しながら降りてくる。
 ──俺は薄情なのだろうか。
 夜空を緩やかに舞いながら、レーキは思う。
 盗賊たちとの暮らしは快適だ。それは養い親と、片眼を代償に手に入れた生活だった。
 養父と養母を憎んでいた。殺したいとまで思っていたかは今となっては分からない。
 でも、彼らは死んでしまった。
 レーキを助けようとはしなかった村人たち、|石礫《いしつぶて》で彼を追った子供たち。
 みんな大嫌いだった。
 今は、彼らを殺したかもしれない盗賊たちと一緒に暮らしている。
 そんな生活を楽しいと感じている。
 ──いいきみだ。竜王様の罰が下ったんだ。レーキは嘲笑する。
 今のこの生活は、大勢の犠牲の上に成り立っている。汗水垂らして働いて全うに生きている人々の蓄えを、かすめとって俺たちは生きている。
 それで構わないと思う。力ずくで奪われたくないのなら、武装すればいい。それが無理なら逃げ出せばいい。弱いものが強いものに食べられる。それはとても当たり前のルールだ。
 でも、あの日あの時。村の広場で見た光景を忘れられない。死んでしまった大勢の村人たち。真っ赤に燃え盛る家々。死体には子供達もまじっていた。
 俺は盗賊なんだ。心の片隅にこびりついた光景を吹き飛ばそうと、一層速く風を切って飛ぶ。
 明日は初めて略奪を行う。これで一人前になれる。みんなと一緒になれる。
「……俺は、ヴァーミリオンの息子。レーキ・ヴァーミリオンなんだ!」
 天空高い所でびゅうびゅうと猛る風の中、レーキは思い切り叫んだ。
 自分に、仲間に、そして死の王の国に逝ってしまった村人達に向かって、言い聞かせるように。
 中天に月がかかる。少し大きめの、あれは兄の半月。双子の兄弟月の片割れだ。
 興奮を抑えきれない馬の鼻息、黒く塗り潰した馬具が立てる密やかな音。収穫を予想して笑いあう声。
 ヴァーミリオン・サンズはすっかり出発の準備を整えて、後は|頭《かしら》の命令を待つばかり。
 |皮鎧《かわよろい》をつけ、馬にまたがったレーキは出撃の|刻《とき》を待っている。
 大人びた横顔は、とても|齢《よわい》十三の子供には見えないほど落ち着き払っているように見えた。だが、本音を言えば緊張のあまり、無駄口たたく余裕もないのだ。
「緊張しすぎだ」
 テッドが小突いてくる。思わず照れ笑いが漏れると、レーキの表情にいくぶん少年らしさが戻る。
「いいか、野郎共。よく聞け。サンキニは小さい村だが、近くに金の取れる川がある。村人は金を隠しもっている可能性がある。徹底的に捜せ。はむかうなら殺せ」
「女は犯してもいいんですかい?」
「お前は止めたって|犯《や》っちまうだろうが」
「へへへへ」
 誰かの軽口に、ぱらぱらと笑いが起こる。頭は唇の端を吊り上げて笑った。
「今日はいつもと違うことがある。今日からレーキが加わる」
 視線が、馬上の少年に向けられる。レーキは胸を張った。誇らしげに。
「お前もそこそこ腕が立つようになってきた。しっかり働けよ」
 はい。レーキは大きく応じる。頭はわずかに目を細めてうなずいた。
「いくぜっ!」
 号令に応える|喊声《かんせい》が、アジトの空に大きく木霊して、消えた。