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第16話 学究祭の朝

ー/ー



「『祭』の間、食堂は朝しか出さないからね! 食いっぱぐれるんじゃないよ!」

 すっかり顔なじみなった食堂の配膳係、獣人のアニル姉さんが開口一番そう叫んだ。
 朝食時間が始まった食堂は今日もいつにも増して騒がしく、アニル姉さんが叫んでいるのも無理もない。

「姉さん、アスール風スープ定食!」
「あいよ!」

 レーキも負けじと声を張り上げる。すっかりここの味付けにも慣れた。トークンと引き換えに食事を受け取り、空いた席を見つけると慌ててスープとパンをかきこんだ。
 通学生であるクランが食材を仕入れて学院にやってくるのは、もうじき。朝一時限の鐘が鳴る前の予定だ。
 それまでに寮生のメンバーで、店の最後のチェックをする。
 店の装飾よし、調理器具よし、宣伝用の看板とチラシよし、メニュー表もみんなで書いた。準備は万端だ。

「みんなー! おはよー! 遅れてごめんー!!」

 クランたち通学生数人は、朝一時限の鐘がなってしばらくしてから食材を山のように抱えて元気よくやってきた。途端にレーキたち調理担当は忙しくなる。
『学究祭』が始まるのは、二時限の始まりの鐘から。それまでに下ごしらえを終えなければならない。時間がない。

「……まずは時間がかかるジャムづくりから!」

 てきぱきと軽食を準備しながら、レーキは盗賊団の砦、食事時間の猛烈な忙しさを思い出した。
 あの時よりは、背丈も伸びて手際も良くなった。今ならもっとうまくやれる。どんなに忙しくても美味いものが作れる。そんな小さな自信とともに。湧き上がってくるのは。

 ……じいさんは、元気だろか。生きているんだろうか?

 そんな、郷愁(きょうしゅう)に似た感情だった。



「レーキ! 四番テーブル、ナランハ(オレンジ)果実水(ジュース)一つとハムサンド一つ!」
「わかった!」
「レーキ! 七番テーブルのモラドベリー(ムラサキイチゴ)のジャム付きパンまだ?!」
「もう出来てる!」

 クランの軽食店は、思っていた以上に繁盛した。食堂が閉まっている今、天法院に通う生徒や、『祭』を楽しみにして来たその家族、研究発表を見にやってきた天法士たち、他の専門院の生徒など、客にできる層は多岐にわたっていた。昼食時はそれこそ忙しさに振り回されて感傷に浸る間も、息つく暇もなかった。
 ローブを脱ぎ、ヴァローナ風の黒を基調とした普段着に白いエプロン姿のレーキは、長い白髪を束ねて頭に巻いた布に隠し、簡易厨房に立つのに少々邪魔な黒い羽を紐でくくって手際よく調理をこなしていく。

「自分で誘っといてアレだけど、お前料理人の修行でもしてたの?」
「……似たようなことは。ほら、四番テーブル上がったぞ!」
「……お前を誘って良かったよ! ホント!」

 接客係を進んで引き受けたクランは、ホクホク顔で料理をテーブルに運んでいく。七つ有るテーブルは今も満席で、客は教室の前まで並んでいる。確かに売り上げは期待できそうだ。
 そのまま昼を三刻(約三時間)ほど過ぎた時点で、今日の分の材料が尽きた。

「ふーっ。今日は店じまいだなー」

 最後の客が教室を出ていって、忙しさから開放されたクランが、やれやれと両肩を回して宣言する。

「みんなお疲れ様ー! それじゃ今日は後片付けして解散なー! 明日も今日と同じ時間で営業始めるから、よろしく!」

 クランの軽食店に参加したのは、総勢で十二人。今店内にいるのは宣伝と休憩に回っていない七人で、それぞれが口々に「お疲れ様ー!」と自分たちの健闘を称える。
 心地よい疲労感。『祭』はまだ後二日ある。気を抜く訳には行かないが、一時の達成感を味わうくらいは許されるだろう。

「レーキもお疲れ様」
「お疲れ様、クラン。……あ、そうだ。俺は明日の仕込みを少しやってから寮に戻ろうと思う。今日はジャム作りがぎりぎりだったからな」
「それならお前に鍵を預ける。火の始末してから戸締まりして担任に鍵返しといてくれ」
「わかった」
「あ、私は食器洗ってから帰るね」
「僕は掃除してから帰るよ」

 仲間たちはそれぞれに自分のやるべきことをわきまえていて、誰に言われるでもなく仕事をこなしている。
 自分も自分のやるべきことを、やれることをしよう。レーキは鍋に向かってコトコトとベリーのジャムを作り出した。



「それじゃあ、私先に帰るね。お疲れ様!」

 最後まで残っていた、食器洗い係だった女生徒が帰ろうと戸口に立つ。その時、その戸の向こうから、聞き覚えのある声がしたような気がした。

「……レーキ! レーキ! お客さんよ!」
「え……もう出せるものなんか……え?」
「よ!」
「アガート!」

 戸口に立っていたのは長身の青年、年齢不詳のルームメイト、アガートだった。

「お客さんはレーキの知り合いですか? 上級生ですよね?」
「そそ。寮で同室なんだよー。ルームメイトが店をやるっていうからさー折角だから見に来ちゃった。……けど、あちゃー。遅かったみたいだなーもう終わりだよね?」
「すみません。もう今日の分の材料がなくて……」

 申し訳無さそうに謝るレーキに、女生徒はふふっと微笑んで、「あら」と小首をかしげてみせた。

「あら、ジャムなら出来たてのが有るよね? パンとナランハの実ならちょっとだけ残り有るし」
「でも、それは……」
「ちゃんと売り上げになれば、クランも何も言わないと思うよ? せっかく来てくれたんだから、ね?」
「……ありがとう。それなら、果実水とジャムパンで良ければ、有ります」
「ありがたーい! 昼飯食いそびれてさー! 腹減ってたんだー!」

 アガートは、女生徒に向かってぱちんと片目をつぶって見せた。女生徒も、満更でもないような様子で嬉しそうに微笑む。

「……私、果実水作るね! レーキはパンお願い!」
「あ、果実水は俺が作るよ。あれ絞るの結構力いるだろ?」
「ありがと。じゃあ、私がジャム付きパンを作りまーす」

 クラスメイトと和気藹々(わきあいあい)と軽食を作るレーキを、アガートはいつもどおりの笑顔で見守った。



 アガートはジャム付きパンと果実水を平らげた。
 彼が「やっぱりお金は払うんだねぇ……」としょんぼり硬貨を払ったのを見届けて、女生徒は手を振って「またねー!」と言い置いて帰っていく。
 火の元を確認して、しまい忘れていた看板を教室に入れて。戸締まりを済まして鍵を返すまで、アガートは付き合ってくれた。すでに太陽は陰り始めて、学院内には一日目の展示を終えてぶらぶらと彷徨(さまよ)っている生徒たちも多い。
 レーキの目当てだった二学年生の展示もすでに終わっていて、がっかりと寮へと戻る道すがら、アガートは組んだ指に後頭部を預けながら隣を歩くルームメイトに聞いた。

「……で、どうだった? 初めての『学究祭』は」
「今日は……忙しくて忙しくて……あまり余裕がなくて。気がついたら終わっていた感じで。明日は展示とか見に行けるといいんですけど……二学年生の展示とかすごく興味がありますし」
「いいねーいいねー青春だねー」
「……そう言う『先輩』も青春って年頃じゃないんですか?」
「んー。そうかなー? そうかもね!」

 指摘されて、ようやくアガートは自分が青年であることを思い出したように、にかーっと笑ってみせた。

「……ま、君が楽しそうで何よりだよ」
「……ありがとう、ございます」

 この先輩は、何かと自分の心配をしてくれる。いつしかそれが当たり前のようになっていたけれども。
 この出会いも、また何物にも代えがたい貴重で大切なモノ。レーキは胸の奥がほっと温かくなっていくのを感じた。

「あの、そういえばアガートは一学年の頃『祭』で何をしたんですか?」
「え、オレ? オレはねー祭とかそう言うの興味なかったからなー図書館にこもって勉強してた。実技がいまいちだったからさー座学だけでも取り返そうって焦って必死になってさ。後から思うともっと楽しんでおけばよかったかなー? とか思う訳。だから君には言うんだよ。『楽しめる時に楽しんで』ってさ」
「そう、だったんですか……」
「あ、今はね、そこそこ余裕もできたし、オレもいろんな事楽しもうって思ってるよ。青春の時期ってやつは短いって言うぜ。だからその時その時を精一杯楽しまないと!」

 そういえば、初めて会ったときもアガートは机に向かっていたっけ。普段飄々(ひょうひょう)と課題をこなしているように見える先輩も、必死になった時期は合ったのだ。
 互いに、過去のことはあまり自分から話したがらないルームメイト同士だった。


次のエピソードへ進む 第17話 新たな出会い


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「『祭』の間、食堂は朝しか出さないからね! 食いっぱぐれるんじゃないよ!」
 すっかり顔なじみなった食堂の配膳係、獣人のアニル姉さんが開口一番そう叫んだ。
 朝食時間が始まった食堂は今日もいつにも増して騒がしく、アニル姉さんが叫んでいるのも無理もない。
「姉さん、アスール風スープ定食!」
「あいよ!」
 レーキも負けじと声を張り上げる。すっかりここの味付けにも慣れた。トークンと引き換えに食事を受け取り、空いた席を見つけると慌ててスープとパンをかきこんだ。
 通学生であるクランが食材を仕入れて学院にやってくるのは、もうじき。朝一時限の鐘が鳴る前の予定だ。
 それまでに寮生のメンバーで、店の最後のチェックをする。
 店の装飾よし、調理器具よし、宣伝用の看板とチラシよし、メニュー表もみんなで書いた。準備は万端だ。
「みんなー! おはよー! 遅れてごめんー!!」
 クランたち通学生数人は、朝一時限の鐘がなってしばらくしてから食材を山のように抱えて元気よくやってきた。途端にレーキたち調理担当は忙しくなる。
『学究祭』が始まるのは、二時限の始まりの鐘から。それまでに下ごしらえを終えなければならない。時間がない。
「……まずは時間がかかるジャムづくりから!」
 てきぱきと軽食を準備しながら、レーキは盗賊団の砦、食事時間の猛烈な忙しさを思い出した。
 あの時よりは、背丈も伸びて手際も良くなった。今ならもっとうまくやれる。どんなに忙しくても美味いものが作れる。そんな小さな自信とともに。湧き上がってくるのは。
 ……じいさんは、元気だろか。生きているんだろうか?
 そんな、|郷愁《きょうしゅう》に似た感情だった。
「レーキ! 四番テーブル、|ナランハ《オレンジ》の|果実水《ジュース》一つとハムサンド一つ!」
「わかった!」
「レーキ! 七番テーブルの|モラドベリー《ムラサキイチゴ》のジャム付きパンまだ?!」
「もう出来てる!」
 クランの軽食店は、思っていた以上に繁盛した。食堂が閉まっている今、天法院に通う生徒や、『祭』を楽しみにして来たその家族、研究発表を見にやってきた天法士たち、他の専門院の生徒など、客にできる層は多岐にわたっていた。昼食時はそれこそ忙しさに振り回されて感傷に浸る間も、息つく暇もなかった。
 ローブを脱ぎ、ヴァローナ風の黒を基調とした普段着に白いエプロン姿のレーキは、長い白髪を束ねて頭に巻いた布に隠し、簡易厨房に立つのに少々邪魔な黒い羽を紐でくくって手際よく調理をこなしていく。
「自分で誘っといてアレだけど、お前料理人の修行でもしてたの?」
「……似たようなことは。ほら、四番テーブル上がったぞ!」
「……お前を誘って良かったよ! ホント!」
 接客係を進んで引き受けたクランは、ホクホク顔で料理をテーブルに運んでいく。七つ有るテーブルは今も満席で、客は教室の前まで並んでいる。確かに売り上げは期待できそうだ。
 そのまま昼を三刻(約三時間)ほど過ぎた時点で、今日の分の材料が尽きた。
「ふーっ。今日は店じまいだなー」
 最後の客が教室を出ていって、忙しさから開放されたクランが、やれやれと両肩を回して宣言する。
「みんなお疲れ様ー! それじゃ今日は後片付けして解散なー! 明日も今日と同じ時間で営業始めるから、よろしく!」
 クランの軽食店に参加したのは、総勢で十二人。今店内にいるのは宣伝と休憩に回っていない七人で、それぞれが口々に「お疲れ様ー!」と自分たちの健闘を称える。
 心地よい疲労感。『祭』はまだ後二日ある。気を抜く訳には行かないが、一時の達成感を味わうくらいは許されるだろう。
「レーキもお疲れ様」
「お疲れ様、クラン。……あ、そうだ。俺は明日の仕込みを少しやってから寮に戻ろうと思う。今日はジャム作りがぎりぎりだったからな」
「それならお前に鍵を預ける。火の始末してから戸締まりして担任に鍵返しといてくれ」
「わかった」
「あ、私は食器洗ってから帰るね」
「僕は掃除してから帰るよ」
 仲間たちはそれぞれに自分のやるべきことをわきまえていて、誰に言われるでもなく仕事をこなしている。
 自分も自分のやるべきことを、やれることをしよう。レーキは鍋に向かってコトコトとベリーのジャムを作り出した。
「それじゃあ、私先に帰るね。お疲れ様!」
 最後まで残っていた、食器洗い係だった女生徒が帰ろうと戸口に立つ。その時、その戸の向こうから、聞き覚えのある声がしたような気がした。
「……レーキ! レーキ! お客さんよ!」
「え……もう出せるものなんか……え?」
「よ!」
「アガート!」
 戸口に立っていたのは長身の青年、年齢不詳のルームメイト、アガートだった。
「お客さんはレーキの知り合いですか? 上級生ですよね?」
「そそ。寮で同室なんだよー。ルームメイトが店をやるっていうからさー折角だから見に来ちゃった。……けど、あちゃー。遅かったみたいだなーもう終わりだよね?」
「すみません。もう今日の分の材料がなくて……」
 申し訳無さそうに謝るレーキに、女生徒はふふっと微笑んで、「あら」と小首をかしげてみせた。
「あら、ジャムなら出来たてのが有るよね? パンとナランハの実ならちょっとだけ残り有るし」
「でも、それは……」
「ちゃんと売り上げになれば、クランも何も言わないと思うよ? せっかく来てくれたんだから、ね?」
「……ありがとう。それなら、果実水とジャムパンで良ければ、有ります」
「ありがたーい! 昼飯食いそびれてさー! 腹減ってたんだー!」
 アガートは、女生徒に向かってぱちんと片目をつぶって見せた。女生徒も、満更でもないような様子で嬉しそうに微笑む。
「……私、果実水作るね! レーキはパンお願い!」
「あ、果実水は俺が作るよ。あれ絞るの結構力いるだろ?」
「ありがと。じゃあ、私がジャム付きパンを作りまーす」
 クラスメイトと|和気藹々《わきあいあい》と軽食を作るレーキを、アガートはいつもどおりの笑顔で見守った。
 アガートはジャム付きパンと果実水を平らげた。
 彼が「やっぱりお金は払うんだねぇ……」としょんぼり硬貨を払ったのを見届けて、女生徒は手を振って「またねー!」と言い置いて帰っていく。
 火の元を確認して、しまい忘れていた看板を教室に入れて。戸締まりを済まして鍵を返すまで、アガートは付き合ってくれた。すでに太陽は陰り始めて、学院内には一日目の展示を終えてぶらぶらと|彷徨《さまよ》っている生徒たちも多い。
 レーキの目当てだった二学年生の展示もすでに終わっていて、がっかりと寮へと戻る道すがら、アガートは組んだ指に後頭部を預けながら隣を歩くルームメイトに聞いた。
「……で、どうだった? 初めての『学究祭』は」
「今日は……忙しくて忙しくて……あまり余裕がなくて。気がついたら終わっていた感じで。明日は展示とか見に行けるといいんですけど……二学年生の展示とかすごく興味がありますし」
「いいねーいいねー青春だねー」
「……そう言う『先輩』も青春って年頃じゃないんですか?」
「んー。そうかなー? そうかもね!」
 指摘されて、ようやくアガートは自分が青年であることを思い出したように、にかーっと笑ってみせた。
「……ま、君が楽しそうで何よりだよ」
「……ありがとう、ございます」
 この先輩は、何かと自分の心配をしてくれる。いつしかそれが当たり前のようになっていたけれども。
 この出会いも、また何物にも代えがたい貴重で大切なモノ。レーキは胸の奥がほっと温かくなっていくのを感じた。
「あの、そういえばアガートは一学年の頃『祭』で何をしたんですか?」
「え、オレ? オレはねー祭とかそう言うの興味なかったからなー図書館にこもって勉強してた。実技がいまいちだったからさー座学だけでも取り返そうって焦って必死になってさ。後から思うともっと楽しんでおけばよかったかなー? とか思う訳。だから君には言うんだよ。『楽しめる時に楽しんで』ってさ」
「そう、だったんですか……」
「あ、今はね、そこそこ余裕もできたし、オレもいろんな事楽しもうって思ってるよ。青春の時期ってやつは短いって言うぜ。だからその時その時を精一杯楽しまないと!」
 そういえば、初めて会ったときもアガートは机に向かっていたっけ。普段|飄々《ひょうひょう》と課題をこなしているように見える先輩も、必死になった時期は合ったのだ。
 互いに、過去のことはあまり自分から話したがらないルームメイト同士だった。