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第34話 ウバの畑で

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 やけに暑い夏が訪れて、ヴァローナはうだるような残暑に()かれた。その残暑も『黄色の月』を迎えて和らぎ、近頃はようやく過ごしやすくなってきた。
 もう季節は実りの秋。学究の館、近隣の村々でも果実酒(ワイン)にする赤紫色のウバ(ブドウ)の小振りな果実が、あたり一面の畑にたわわに実って収穫の時期を迎えていた。
 ヴァローナのワインは甘口で口当たりも良く、若いモノから熟成されたモノまで人気が高い。高級品は近隣諸国にも輸出されており、『ヴァローナの果実酒』と言えばワインの代名詞にもなっている。
 この時期はどの農家も、収穫とワイン仕込みの人手が足りない。学究の館から、手伝いの人員を頼むと言うことも多かった。そんな時、貧乏学生はこぞって収穫に参加する。飯は保証されているし、手間賃もはずんで貰えるからだ。
 今年はレーキも、ズィルバーと一緒に街の近くの農家に雇われた。授業を休んで休日の『諸原(しょげん)の日』を含んだ三日間住み込みで働く。
 初めはレーキ一人でこの仕事を受けようかと思っていたが、近頃、時々素顔を(さら)すようになったズィルバーが「小生もお供したいデス!」と言い出した。これもいい社会勉強になるだろう。レーキは承諾(しょうだく)し、結局二人でウバ摘みをすることになったのだ。



「それじゃ、わたしが二人にウバの摘みかたを教えるね」

 レーキたちの指導役になったのは、お世話になる農家の娘だった。年の頃はズィルバーと変わらない十五、六歳くらい。そばかすの散った顔が明るい褐色で、元気の良さそうな娘だ。

「わたしはレサン。よろしくね!」
「俺はレーキだ。よろしく頼む」
「小生はズィルバーと申しマス。この度はよろしくお願いいたしマス!」

 フードを目深に被ったズィルバーのやけに(かしこ)まった挨拶に、レサンはくすぐったそうにくすくすと笑って頷いた。
 ズィルバーはアガートに共通語のレッスンを頼んで、このひと夏、放課後に練習していたようだ。この頃は訛りは残るものの語彙は各段に増えていた。

「じゃあ早速始めるね! 熟したウバは柔らかいから……こう、優しく手に持ってね? そしたらこのツルの所をちょきん! 後は優しく籠に入れて、籠がいっぱいになったらあっちの納屋に持って行ってね。そこで母さんたちが実を選別するから」
「ああ、解った。収穫用のハサミはこれか?」
「そうそう」
「小生はハサミを二つお借りしても宜しいデスか?」
「ああ、あなたは腕が四つ有るもんね。……スゴいね! それも天法? あなたたち天法院の学生なんでしょ?」
「はい。小生たちは天法院の学生デス。ですが小生の腕は生まれつきデス。天法ではありまセン。それに学生は天法院の外で天法を使ってはならない決まりなのデス」
「そっかー。残念! せっかく天法が間近で見られると思ってたのに!」

 明るく笑うレサンは、それ以上ズィルバーの腕については深く聞いてこない。そう言う種族の亜人なのだと、納得しているようだ。

「さあ! さっさと収穫始めよう! ウバの実が熟れすぎたら困るもの!」

 レサンの発破を合図に、レーキとズィルバーは収穫を始める。最初は柔らかい実に遠慮して恐る恐る。熟したウバの実がそう簡単に傷つかないと解ってからは、手早く大胆に。
 レーキとズィルバーの隣ではレサンが、その隣にはレサンの父親、他にも雇われた者たちが黙々とウバの実を摘んでは、納屋に運んで行く。
 納屋では、レサンとよく似た彼女の母親と仲間たちが傷付いた実や過熟した実を手早くより分けている。ワインに出来ない実は、皮ごと絞って果実水にするという。
 早朝から収穫を始めて、もう何度畑と納屋を往復しただろうか。レーキはふと手を止めて、首にかけていた布で額の汗を拭った。
 時折、低木の連なるウバ畑を吹き抜ける風が心地良い。残暑の季節は過ぎたとは言え、今日の天気は晴天で。労働していると暑さを感じるほどによく晴れ渡っていた。

 ──この緑と赤紫色の畑の上を飛んで見たらさぞかし気持ちが良いだろうな。

 ウバ畑をわたる風のように、この快晴の秋の空を飛ぶ。それは鳥人にこそ許された大いなる喜びだ。だが、レーキは盗賊団を(いた)んだ日から大空を飛ぶことを止めていた。
 飛べない訳ではない。ただ不用意に空を飛んで墜落することが怖くなったのだ。

「……ちょっと疲れちゃった? もう直、昼ご飯だよ!」

 空を見上げて一息ついていたレーキに、レサンも額の汗を拭いながら明るい声で言う。

「昼ご飯は母さんお手製のウバ料理なの。ウバの葉でお肉とか色々包むのよ!」
「へえ。ウバの葉が料理に使えるとは知らなかった。食べるのが楽しみだ」
「母さんはこの辺りじゃ一番の料理上手だから。期待するといいよ!」
「……ああ、想像するだけで……小生はもうお腹ぺこぺこデス……!」

 四本腕で、黙々とウバの実を摘んでいたズィルバーが情けない声を出した。腕が多い分、ズィルバーは他人より腹が減るのが早いのだろうか。そんな少年の様子に、レサンは弾けるように笑った。



 昼を告げる鐘が遠く、街中から微かに農村に届く。ウバを摘んでいた人々が、やれやれと作業の手を止める。レーキとズィルバーもまた、その鐘に気付いて顔を上げた。

「さあ! お昼ご飯の時間だよ! 納屋の前に行って!」

 ウバの実で満杯になった籠を軽々と小脇に抱えて、レサンはおさげ髪をなびかせ、踊り出しそうな足取りで納屋へと向かっている。レーキたちも籠を手に急いで後を追った。
 納屋の前には、簡易なテーブルが(しつら)えられていた。その前で、レサンの母親が皿になにやら料理を並べているようだ。

「母さん! わたしも手伝う!」

 駆け寄って手早く籠を置いてくる娘に、母親は優しい笑みを向ける。

「あらあら。走ったら危ないよ」
「大丈夫! ウバも潰れてないわ!」
「まあまあ。まずは手を洗ってらっしゃい」
「はーい!」

 母親とレサンは、顔こそよく似ていたが性格は全く違っているようだ。ようやく追いついてきた学生二人に向かって、レサンは「井戸はこっちよ!」と、言いながら元気よく駆け出して行く。
 冷たい井戸の水で顔と手を洗うと、指先はわずかにウバの赤紫色に染まり始めていた。

「……三日もウバ摘みしたら、指なんかウバ色になっちゃうわよ」

 きゃらきゃらと花が(こぼ)れるように少女が笑う。レーキとズィルバーも、その笑みに誘われて破顔した。

「さあ! ご飯並べるの手伝ってね!」
「ああ」
「はいデス!」

 三人はレサンを先頭にして、食卓に駆け出していった。



 昼食に舌鼓を打って、ウバを絞った果実水で食後の一息をつく。ウバの実の果実水は甘さの中に(ほの)かに渋みと酸味が内包されている。一気に体の疲れが癒やされていく。そんな気がする。
 確かにレサンの母親は料理上手で、昼食はとても旨かった。ズィルバーはウバの葉で挽き肉を包んだ料理をおかわりした。

「あんたは四本の腕で良く働いてくれた。たんとお食べ」
「ありがとうございマス!」

 レサンの父親は、食後にパイプを一服しながらにこにこと笑った。
 食事のためにフードを脱いだズィルバーに、蟲人と出会ったことのない一同は始めこそ驚いた様子だった。
 だが、ズィルバーが自分は蟲人の天法院生だと自己紹介すると納得してくれたようだった。何より、彼が四本腕を生かして人一倍働いていたことを、みなは知っていた。働き者は働き者に優しかったのだ。

「……はあ~っ美味しかったデス!」
「ああ。旨かった……出来たらあのウバの葉巻き肉料理の作り方を教えて貰いたい」
「あらあら。それならお祖母ちゃん直伝のレシピを教えてあげる。わたしはね、もっとみんながウバ料理を作るようになれば良いなーと思うの」

 レサンの母親は喜んで、レーキにレシピを伝授してくれる。レサンはなかなかお料理に興味を持ってくれないの、と困ったように笑いながら。
 一刻半ほどの休憩を取って、一同はウバ摘みの作業を再開した。それは日が沈む直前まで続いた。



「……それじゃあ、二人とも。おやすみなさい。明日もよろしくね!」

 レサンは灯りのカンテラを手にして、離れの扉を閉めた。レーキとズィルバーは仕事の間、レサンの家に寝泊まりすることになっていた。
 二人は天法院の学生と言うことで、特別に離れをあてがわれていた。今はレサンたちが用意してくれた堅い板にたっぷりと藁を敷き、シーツをかけただけの寝台に横たわっている。
 暗闇の中でレーキは天井を見つめる。この仕事を終えれば、とうとうセクールスから命じられた資金が目標額に達する。ようやく、ようやくだ。
 これでまた一歩、目標である死の王との対面に近付けたような気がする。

「……ねえ、レーキサン。もう寝ていマスか?」
「……いや。まだ起きているよ」

 遠慮がちに訊ねてくるズィルバーに、レーキは彼が寝ているはずの寝台を振り返って応じた。

「あの、デスね……レーキサンはウバ摘みをして、お金をもらったら……それで何をしマスか?」
「俺か? ……俺は試したい儀式のために祭壇を買うよ。そのために今まで貯金してきたんだ。君は?」
「……小生は……働いてお金を貰うこと自体が初めてデス。だからどうしていいのか解らなくて……それでレーキサンに使い道を聞きまシタ」
「なるほど。……使い道が思いつかないなら……今は貯金しておくと良い。いつか思わぬことで金がいるようになるかもしれない。少なくとも俺はそうだった」

 それも、初めて聞いた時には耳を疑うほどの金額だった。苦笑まじりに告げたレーキに、ズィルバーは頷いたようだった。

「そう、デスね……貯金しマス。あ、でも、一つダケ……買いたいモノが有りマス……それだけ、それだけは買いマス」
「ああ、そうすると良い。……所で買いたいモノって何だか聞いてもいいか?」
「えへへ……それは、内緒、デス……」

 好奇心に負けてレーキが訊ねると、ズィルバーはふふふと笑った。昼間の疲労に身を任せ、その語尾が次第に小さくなっていく。その内小さな寝息を立てて、少年は眠りについたようだ。

「……おやすみ」
 小さく呟いて、レーキもまた目を閉じた。


次のエピソードへ進む 第35話 最後の『学究祭』


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 やけに暑い夏が訪れて、ヴァローナはうだるような残暑に|灼《や》かれた。その残暑も『黄色の月』を迎えて和らぎ、近頃はようやく過ごしやすくなってきた。
 もう季節は実りの秋。学究の館、近隣の村々でも|果実酒《ワイン》にする赤紫色の|ウバ《ブドウ》の小振りな果実が、あたり一面の畑にたわわに実って収穫の時期を迎えていた。
 ヴァローナのワインは甘口で口当たりも良く、若いモノから熟成されたモノまで人気が高い。高級品は近隣諸国にも輸出されており、『ヴァローナの果実酒』と言えばワインの代名詞にもなっている。
 この時期はどの農家も、収穫とワイン仕込みの人手が足りない。学究の館から、手伝いの人員を頼むと言うことも多かった。そんな時、貧乏学生はこぞって収穫に参加する。飯は保証されているし、手間賃もはずんで貰えるからだ。
 今年はレーキも、ズィルバーと一緒に街の近くの農家に雇われた。授業を休んで休日の『|諸原《しょげん》の日』を含んだ三日間住み込みで働く。
 初めはレーキ一人でこの仕事を受けようかと思っていたが、近頃、時々素顔を|晒《さら》すようになったズィルバーが「小生もお供したいデス!」と言い出した。これもいい社会勉強になるだろう。レーキは|承諾《しょうだく》し、結局二人でウバ摘みをすることになったのだ。
「それじゃ、わたしが二人にウバの摘みかたを教えるね」
 レーキたちの指導役になったのは、お世話になる農家の娘だった。年の頃はズィルバーと変わらない十五、六歳くらい。そばかすの散った顔が明るい褐色で、元気の良さそうな娘だ。
「わたしはレサン。よろしくね!」
「俺はレーキだ。よろしく頼む」
「小生はズィルバーと申しマス。この度はよろしくお願いいたしマス!」
 フードを目深に被ったズィルバーのやけに|畏《かしこ》まった挨拶に、レサンはくすぐったそうにくすくすと笑って頷いた。
 ズィルバーはアガートに共通語のレッスンを頼んで、このひと夏、放課後に練習していたようだ。この頃は訛りは残るものの語彙は各段に増えていた。
「じゃあ早速始めるね! 熟したウバは柔らかいから……こう、優しく手に持ってね? そしたらこのツルの所をちょきん! 後は優しく籠に入れて、籠がいっぱいになったらあっちの納屋に持って行ってね。そこで母さんたちが実を選別するから」
「ああ、解った。収穫用のハサミはこれか?」
「そうそう」
「小生はハサミを二つお借りしても宜しいデスか?」
「ああ、あなたは腕が四つ有るもんね。……スゴいね! それも天法? あなたたち天法院の学生なんでしょ?」
「はい。小生たちは天法院の学生デス。ですが小生の腕は生まれつきデス。天法ではありまセン。それに学生は天法院の外で天法を使ってはならない決まりなのデス」
「そっかー。残念! せっかく天法が間近で見られると思ってたのに!」
 明るく笑うレサンは、それ以上ズィルバーの腕については深く聞いてこない。そう言う種族の亜人なのだと、納得しているようだ。
「さあ! さっさと収穫始めよう! ウバの実が熟れすぎたら困るもの!」
 レサンの発破を合図に、レーキとズィルバーは収穫を始める。最初は柔らかい実に遠慮して恐る恐る。熟したウバの実がそう簡単に傷つかないと解ってからは、手早く大胆に。
 レーキとズィルバーの隣ではレサンが、その隣にはレサンの父親、他にも雇われた者たちが黙々とウバの実を摘んでは、納屋に運んで行く。
 納屋では、レサンとよく似た彼女の母親と仲間たちが傷付いた実や過熟した実を手早くより分けている。ワインに出来ない実は、皮ごと絞って果実水にするという。
 早朝から収穫を始めて、もう何度畑と納屋を往復しただろうか。レーキはふと手を止めて、首にかけていた布で額の汗を拭った。
 時折、低木の連なるウバ畑を吹き抜ける風が心地良い。残暑の季節は過ぎたとは言え、今日の天気は晴天で。労働していると暑さを感じるほどによく晴れ渡っていた。
 ──この緑と赤紫色の畑の上を飛んで見たらさぞかし気持ちが良いだろうな。
 ウバ畑をわたる風のように、この快晴の秋の空を飛ぶ。それは鳥人にこそ許された大いなる喜びだ。だが、レーキは盗賊団を|悼《いた》んだ日から大空を飛ぶことを止めていた。
 飛べない訳ではない。ただ不用意に空を飛んで墜落することが怖くなったのだ。
「……ちょっと疲れちゃった? もう直、昼ご飯だよ!」
 空を見上げて一息ついていたレーキに、レサンも額の汗を拭いながら明るい声で言う。
「昼ご飯は母さんお手製のウバ料理なの。ウバの葉でお肉とか色々包むのよ!」
「へえ。ウバの葉が料理に使えるとは知らなかった。食べるのが楽しみだ」
「母さんはこの辺りじゃ一番の料理上手だから。期待するといいよ!」
「……ああ、想像するだけで……小生はもうお腹ぺこぺこデス……!」
 四本腕で、黙々とウバの実を摘んでいたズィルバーが情けない声を出した。腕が多い分、ズィルバーは他人より腹が減るのが早いのだろうか。そんな少年の様子に、レサンは弾けるように笑った。
 昼を告げる鐘が遠く、街中から微かに農村に届く。ウバを摘んでいた人々が、やれやれと作業の手を止める。レーキとズィルバーもまた、その鐘に気付いて顔を上げた。
「さあ! お昼ご飯の時間だよ! 納屋の前に行って!」
 ウバの実で満杯になった籠を軽々と小脇に抱えて、レサンはおさげ髪をなびかせ、踊り出しそうな足取りで納屋へと向かっている。レーキたちも籠を手に急いで後を追った。
 納屋の前には、簡易なテーブルが|設《しつら》えられていた。その前で、レサンの母親が皿になにやら料理を並べているようだ。
「母さん! わたしも手伝う!」
 駆け寄って手早く籠を置いてくる娘に、母親は優しい笑みを向ける。
「あらあら。走ったら危ないよ」
「大丈夫! ウバも潰れてないわ!」
「まあまあ。まずは手を洗ってらっしゃい」
「はーい!」
 母親とレサンは、顔こそよく似ていたが性格は全く違っているようだ。ようやく追いついてきた学生二人に向かって、レサンは「井戸はこっちよ!」と、言いながら元気よく駆け出して行く。
 冷たい井戸の水で顔と手を洗うと、指先はわずかにウバの赤紫色に染まり始めていた。
「……三日もウバ摘みしたら、指なんかウバ色になっちゃうわよ」
 きゃらきゃらと花が|零《こぼ》れるように少女が笑う。レーキとズィルバーも、その笑みに誘われて破顔した。
「さあ! ご飯並べるの手伝ってね!」
「ああ」
「はいデス!」
 三人はレサンを先頭にして、食卓に駆け出していった。
 昼食に舌鼓を打って、ウバを絞った果実水で食後の一息をつく。ウバの実の果実水は甘さの中に|仄《ほの》かに渋みと酸味が内包されている。一気に体の疲れが癒やされていく。そんな気がする。
 確かにレサンの母親は料理上手で、昼食はとても旨かった。ズィルバーはウバの葉で挽き肉を包んだ料理をおかわりした。
「あんたは四本の腕で良く働いてくれた。たんとお食べ」
「ありがとうございマス!」
 レサンの父親は、食後にパイプを一服しながらにこにこと笑った。
 食事のためにフードを脱いだズィルバーに、蟲人と出会ったことのない一同は始めこそ驚いた様子だった。
 だが、ズィルバーが自分は蟲人の天法院生だと自己紹介すると納得してくれたようだった。何より、彼が四本腕を生かして人一倍働いていたことを、みなは知っていた。働き者は働き者に優しかったのだ。
「……はあ~っ美味しかったデス!」
「ああ。旨かった……出来たらあのウバの葉巻き肉料理の作り方を教えて貰いたい」
「あらあら。それならお祖母ちゃん直伝のレシピを教えてあげる。わたしはね、もっとみんながウバ料理を作るようになれば良いなーと思うの」
 レサンの母親は喜んで、レーキにレシピを伝授してくれる。レサンはなかなかお料理に興味を持ってくれないの、と困ったように笑いながら。
 一刻半ほどの休憩を取って、一同はウバ摘みの作業を再開した。それは日が沈む直前まで続いた。
「……それじゃあ、二人とも。おやすみなさい。明日もよろしくね!」
 レサンは灯りのカンテラを手にして、離れの扉を閉めた。レーキとズィルバーは仕事の間、レサンの家に寝泊まりすることになっていた。
 二人は天法院の学生と言うことで、特別に離れをあてがわれていた。今はレサンたちが用意してくれた堅い板にたっぷりと藁を敷き、シーツをかけただけの寝台に横たわっている。
 暗闇の中でレーキは天井を見つめる。この仕事を終えれば、とうとうセクールスから命じられた資金が目標額に達する。ようやく、ようやくだ。
 これでまた一歩、目標である死の王との対面に近付けたような気がする。
「……ねえ、レーキサン。もう寝ていマスか?」
「……いや。まだ起きているよ」
 遠慮がちに訊ねてくるズィルバーに、レーキは彼が寝ているはずの寝台を振り返って応じた。
「あの、デスね……レーキサンはウバ摘みをして、お金をもらったら……それで何をしマスか?」
「俺か? ……俺は試したい儀式のために祭壇を買うよ。そのために今まで貯金してきたんだ。君は?」
「……小生は……働いてお金を貰うこと自体が初めてデス。だからどうしていいのか解らなくて……それでレーキサンに使い道を聞きまシタ」
「なるほど。……使い道が思いつかないなら……今は貯金しておくと良い。いつか思わぬことで金がいるようになるかもしれない。少なくとも俺はそうだった」
 それも、初めて聞いた時には耳を疑うほどの金額だった。苦笑まじりに告げたレーキに、ズィルバーは頷いたようだった。
「そう、デスね……貯金しマス。あ、でも、一つダケ……買いたいモノが有りマス……それだけ、それだけは買いマス」
「ああ、そうすると良い。……所で買いたいモノって何だか聞いてもいいか?」
「えへへ……それは、内緒、デス……」
 好奇心に負けてレーキが訊ねると、ズィルバーはふふふと笑った。昼間の疲労に身を任せ、その語尾が次第に小さくなっていく。その内小さな寝息を立てて、少年は眠りについたようだ。
「……おやすみ」
 小さく呟いて、レーキもまた目を閉じた。