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第44話 遺跡の調査

ー/ー



「……はぁ~っ。アレを剣だけで倒すのね……」

 呟いたネリネの声音は、(あき)れと感心が相半ばする。

「お。見たか? オレの実力ってヤツを!」

 高揚と鬼気は影を潜め、ウィルの表情は常と変わらず陽気な色男に戻っていた。

「……見せつけられたわよ。さすが元雪白の騎士団ねー。ホントの戦闘バカってのがどんなモンなのか見せつけられたわ!」
「ふっ。まあな!」
「誉めてない! ……ワケじゃないか。でも、なんかムカつくから、やっぱり誉めてない!」

 ぷいっとそっぽを向いたネリネは、不機嫌に唇を尖らせる。そこに、狩人の一人が声を掛けて来た。

「おおーい、あんたら。動いてる魔獣はもう居ないぞ。それから、そっちの色男はこっちのトリルに印付けてくれ。あんたが一人でやっつけた様なモンだからなあ」
「解ったわ!」
「おう。貰えるモンは貰っとくぜ!」

 ネリネとウィルは、それぞれ自分が倒した獲物に印を付けに向かう。
 坑道がぶつかった小部屋の反対側に合った部屋を掃討していた狩人たちも、ホールに集まってきている。死者の一人もなく、怪我人は手当されて、これで無事に魔獣退治は済んだようだ。

「はあ……」

 レーキは長く深い息を吐いた。今でもまだ脳裏でウィルの双剣が(ひらめ)いているような気がする。
 鮮やかな手並み。それは殺戮(さつりく)で有ったのに。ただただ軽やかで美しかった。

「……ねえ、どうしたの? ぼーっとして。レーキは怪我とか無い?」

 戻ってきたネリネの、気遣わしげな一言でレーキは我に返る。自分には痛みも傷もない。荷物を下ろして検分し、そちらも無傷で有ることを確かめる。

「……ああ。俺は何ともない。荷物も問題ない」
「ならよかった! 本隊はこれからしばらくここで待機よ。あたしは遺跡の調査を始めるから、アナタは機材を持って付いて来て」

 他の狩人たちを見渡せば、彼らも獲物に印を付けたり使い終わった武器を手入れしたりとそれぞれに緊張を解いていた。
 遺跡本来の出入り口は、ひとまず封印されることになった。天法士が木の天法を使い、出入り口を葉の生い茂る数十本の樹木とツタとで塞いだ。トリュコスとトリルはそこから入り込んだと見られるからだ。
 魔獣の死骸を回収する役目を負ったポーターたちの到着を待って、狩人たちは金鉱を引き返す。それまでは魔獣の解体としばしの休息だ。

「……これは中に入れた火種の光量を増幅してくれる法具(ほうぐ)のカンテラよ。荷物の中にこれの脚が入ってるから……取り付けて、壁画を照らしてくれる? それ終わったら文房具入れ出して。あたしこの壁画を記録するわ」

 ネリネはてきぱきとレーキに指示して、画帳を広げ、壁画をスケッチし始めた。
 レーキは指示通りに特別に明るいカンテラに三脚を取り付けて、青白く(ほの)光る石に描かれた壁画に向けた。壁画は灯りに照らされて、色鮮やかに浮かび上がる。それは丁度、玉座と思しき椅子に竜人らしき人物像が腰掛けている図だった。
 手持ち無沙汰のウィルは、夢中でスケッチを続けるネリネの様子を腕組みして眺めている。

「……これは、古代王国期の様式ね。ほら! この描線はヴァローナの遺跡に広く分布してる、第二シェンナ王朝の特徴よ!」

 ネリネが夢中になると周りが見えなくなると言うのは本当のようだ。何か手伝えるかと声を掛けても、なんの返事も無い。
 観察にのめり込んで、彼女は誰に聞かせるでもなく口走る。

「……うーん。でもちょっと後期の特徴も入ってる。そもそもこの石の材質はなに? これ自体に何かを含ませてあるの? こんなに大きな遺跡なのに! まさか!! ワケわかんない!」

 独り言にしては大きな声量でぶつぶつと呟くネリネは、たっぷりと一刻半(約一時間半)の時間をかけて壁画の一部を写し取った。
 退屈してきたのか、ウィルはその辺りの汚れが少ない床に布を敷き、座り込んで双剣の手入れを始めている。レーキは邪魔にならぬようにランタンの側で待機していた。

「はあ……風景を精確に写し取る法具が欲しい……アレあったら資料作成がもっと楽になるのに!」
「ああ。だがあの法具は中々高価だ」

 レーキに向かってボヤきながら、ネリネはペンを置いた。

「……さ、あたしたちも休憩しましょうか。ちょっと疲れちゃった。……あ! そうだ! レーキ、お願い。あのスープ作って!」
「解った」

 魔獣に襲撃される心配は無くなった。煮炊きしたとしても問題は無いだろう。レーキは背嚢(はいのう)から材料と調理道具を取り出して、早速調理を始める。
 焚き火台に火を(おこ)し、調理用に取り分けておいた水を鍋へ注いでから材料を放り込む。
 こうして料理を作っていると、戦闘に直面して自分も気持ちが高揚していたと言うことが解った。鍋底を舐める炎を見つめていると、心が凪いでいく。調味料とスパイスで味を調(ととの)え、静かに鍋の中身をかき回していると、我ながら美味そうな香りが立ち上ってきた。上出来だ。

「……出来たぞ。食ってくれ」
「やった! ありがと! おいしそー!」

 木製のマグカップにスープを盛って、ネリネへ差し出す。それをじっと見ていたウィルが、にぃっと笑って手を差し出した。

「……ん? オレの分は?」
「……ああ、あんたも食うか?」

 食器は二人分しか持ってきていない。自分用のカップにスープを注ぎ、レーキが差し出そうとすると、ネリネは手を振ってそれを止めた。

「ああ、いいのいいの、レーキ。コイツの分なんて荷物に入れてないし」
「そんなつれないこと言うなよォー! お嬢ちゃんがレーキのスープが美味いって言うから楽しみにしてたんだぜぇー!」
「……そうねえ、食べたければ材料費と技術料のお金払いなさい! 今回レーキを雇ってるのはあたしなんだからね! ……うーん。この温かいスープ……やっぱり美味しいわぁ……!」

 ネリネはスープを一口(すす)って、うっとりと目を細める。ウィルは口惜しげに唇を曲げて、ネリネの口元に運ばれるカップを見つめる。

「……うむむ……おう! 払ってやる! それでそのスープが食えるなら払ってやるよ! ……ただ、今は持ち合わせが、ない……全く無い! 今回の魔獣退治の報酬が入ったら払う!」
「はあ……アンタ貯金もないの? 仕方ない。後払いでもいいわ。ちゃんと払うなら。契約成立よ。レーキ、コイツにスープを食べさせてあげて」

 勝ち誇ったように、ネリネは笑みを浮かべる。

「解った」

 レーキがスープを差し出すと、ウィルはまず香りを胸一杯に吸い込んだ。はーっと息を吐いてからスープを口にする。

「……ふぃーっ……おー! 確かにコレは美味いな……! この遺跡とやらは底冷えしやがるから、温かいモノが余計に染みるぜ……!」

 ごろごろと根菜類が入ったスープは、小腹も満たしてくれるだろう。しみじみとしたウィルの呟きに、レーキは安堵する。どうせ作るなら、食べた者に美味い言って貰いたい。それが調理をする者としての願いだ。
 ネリネとウィルはお代わりまでした。求めてもらえるのは嬉しいが、自分の分が無くなってしまう。また飯を作るからと二人を(なだ)めて、自分用のスープを確保する。
 三人は温かいスープを食べて休息をとると、それぞれの作業に戻った。



 一刻(約一時間)後、魔獣の死骸を回収に大勢のポーターたちが到着する。彼らは整然と魔獣を探し出して、印を記録してから実物を運び出した。トリルはあまりに巨大過ぎて、そのままでは運び出す事も出来ない。ポーターたちを待つ間に、獣の解体に馴れたレンジャーたちが集められて、皮や角、爪、牙などが回収された。どの道魔獣の肉は食べることも出来ない。トリュコスやトリルなどは(にかわ)などにして利用する事も出来ない。そのままこの遺跡に放置される事になるだろう。

「肉が全部無くなるまで放置して、後で骨を回収するのよ。トリルの骨は生半可な鋼より硬いから、いろいろ使えるの」

 ポーターたちの仕事を眺めていたレーキに、ネリネが話しかける。彼女はホール左半面の壁画を写し終わって、一息入れていた所だった。

「魔獣の死骸が魔獣を呼んだり、なんてことはないのか?」

 レーキの疑問に、ネリネはうーんと首を捻ってから答えた。

「……あるかもね。でも、入り口は塞いじゃったから大きな魔獣は入り込めないわ。万が一入り込んじゃったら……ま、また討伐隊を組織して退治するしかないわね。仕方ないけど」
「魔獣の肉が食えりゃーなー。現地で食料調達も出来るのによぉー」

 頭の後ろで指を組んで、ウィルは運び出されていく魔獣を眺めている。

「アンタなら魔獣くらい食べても何ともなさそう」
「流石のオレも、魔人にはなりたくねぇー」
「……さあて。レーキ、あたしたちはこのままここに残って調査続けるわよ。契約は二日間だったわね」

 ネリネはウィルの呟きを流して、レーキに向かって告げる。食料も燃料も十分用意してある。準備は万端だ。レーキは頷いた。

「……なあ。オレを護衛として雇わないか?」

 ウィルが、唐突に真っ直ぐネリネを見つめる。

「あんたたちと一緒にいると退屈しねぇし。このまま、ただ帰ってもつまらねぇしな」
「……どういう魂胆?」

 ネリネは、険を含んだ視線をウィルへと向けた。苦い経験がネリネの表情を暗くする。

「どうもこうもねぇ。ただの退屈しのぎさ。それに……オレはあんたのやってるコトにちょいと興味が湧いた。壁画を写した後は何をするんだ?」
「……」

 無邪気な少年のように。ウィルは笑っている。興味を抱いた、と言うのは本当のことなのだろう。ネリネは逡巡(しゅんじゅん)している。ウィルが居れば、何か荒事が起こった際に役に立ってくれることは間違いない。だが……

「ネリネ、俺がいる。だから、どうしても嫌なら……ウィルを帰しても大丈夫だ」

 レーキの言葉に、ネリネは顔を上げた。そして、失敗を振り払うようにぱんっと両掌で頬を叩いた。

「……ん。大丈夫。人手は必要だし、コイツの腕は確かだわ。……いい? ウィル。雇うからにはあたしの言うことはちゃんと聞いて貰うわ。賃金はこれだけ、後払いで。食料はちょっと足りないから支給は少なめよ。アンタの仕事はあたしとレーキの護衛。手すきの時はあたしの調査を手伝って貰う。それでいい?」
「ああ。いいぜ! 契約成立だ!」


次のエピソードへ進む 第45話 遺跡の『使い道』


みんなのリアクション

「……はぁ~っ。アレを剣だけで倒すのね……」
 呟いたネリネの声音は、|呆《あき》れと感心が相半ばする。
「お。見たか? オレの実力ってヤツを!」
 高揚と鬼気は影を潜め、ウィルの表情は常と変わらず陽気な色男に戻っていた。
「……見せつけられたわよ。さすが元雪白の騎士団ねー。ホントの戦闘バカってのがどんなモンなのか見せつけられたわ!」
「ふっ。まあな!」
「誉めてない! ……ワケじゃないか。でも、なんかムカつくから、やっぱり誉めてない!」
 ぷいっとそっぽを向いたネリネは、不機嫌に唇を尖らせる。そこに、狩人の一人が声を掛けて来た。
「おおーい、あんたら。動いてる魔獣はもう居ないぞ。それから、そっちの色男はこっちのトリルに印付けてくれ。あんたが一人でやっつけた様なモンだからなあ」
「解ったわ!」
「おう。貰えるモンは貰っとくぜ!」
 ネリネとウィルは、それぞれ自分が倒した獲物に印を付けに向かう。
 坑道がぶつかった小部屋の反対側に合った部屋を掃討していた狩人たちも、ホールに集まってきている。死者の一人もなく、怪我人は手当されて、これで無事に魔獣退治は済んだようだ。
「はあ……」
 レーキは長く深い息を吐いた。今でもまだ脳裏でウィルの双剣が|閃《ひらめ》いているような気がする。
 鮮やかな手並み。それは|殺戮《さつりく》で有ったのに。ただただ軽やかで美しかった。
「……ねえ、どうしたの? ぼーっとして。レーキは怪我とか無い?」
 戻ってきたネリネの、気遣わしげな一言でレーキは我に返る。自分には痛みも傷もない。荷物を下ろして検分し、そちらも無傷で有ることを確かめる。
「……ああ。俺は何ともない。荷物も問題ない」
「ならよかった! 本隊はこれからしばらくここで待機よ。あたしは遺跡の調査を始めるから、アナタは機材を持って付いて来て」
 他の狩人たちを見渡せば、彼らも獲物に印を付けたり使い終わった武器を手入れしたりとそれぞれに緊張を解いていた。
 遺跡本来の出入り口は、ひとまず封印されることになった。天法士が木の天法を使い、出入り口を葉の生い茂る数十本の樹木とツタとで塞いだ。トリュコスとトリルはそこから入り込んだと見られるからだ。
 魔獣の死骸を回収する役目を負ったポーターたちの到着を待って、狩人たちは金鉱を引き返す。それまでは魔獣の解体としばしの休息だ。
「……これは中に入れた火種の光量を増幅してくれる|法具《ほうぐ》のカンテラよ。荷物の中にこれの脚が入ってるから……取り付けて、壁画を照らしてくれる? それ終わったら文房具入れ出して。あたしこの壁画を記録するわ」
 ネリネはてきぱきとレーキに指示して、画帳を広げ、壁画をスケッチし始めた。
 レーキは指示通りに特別に明るいカンテラに三脚を取り付けて、青白く|仄《ほの》光る石に描かれた壁画に向けた。壁画は灯りに照らされて、色鮮やかに浮かび上がる。それは丁度、玉座と思しき椅子に竜人らしき人物像が腰掛けている図だった。
 手持ち無沙汰のウィルは、夢中でスケッチを続けるネリネの様子を腕組みして眺めている。
「……これは、古代王国期の様式ね。ほら! この描線はヴァローナの遺跡に広く分布してる、第二シェンナ王朝の特徴よ!」
 ネリネが夢中になると周りが見えなくなると言うのは本当のようだ。何か手伝えるかと声を掛けても、なんの返事も無い。
 観察にのめり込んで、彼女は誰に聞かせるでもなく口走る。
「……うーん。でもちょっと後期の特徴も入ってる。そもそもこの石の材質はなに? これ自体に何かを含ませてあるの? こんなに大きな遺跡なのに! まさか!! ワケわかんない!」
 独り言にしては大きな声量でぶつぶつと呟くネリネは、たっぷりと一刻半(約一時間半)の時間をかけて壁画の一部を写し取った。
 退屈してきたのか、ウィルはその辺りの汚れが少ない床に布を敷き、座り込んで双剣の手入れを始めている。レーキは邪魔にならぬようにランタンの側で待機していた。
「はあ……風景を精確に写し取る法具が欲しい……アレあったら資料作成がもっと楽になるのに!」
「ああ。だがあの法具は中々高価だ」
 レーキに向かってボヤきながら、ネリネはペンを置いた。
「……さ、あたしたちも休憩しましょうか。ちょっと疲れちゃった。……あ! そうだ! レーキ、お願い。あのスープ作って!」
「解った」
 魔獣に襲撃される心配は無くなった。煮炊きしたとしても問題は無いだろう。レーキは|背嚢《はいのう》から材料と調理道具を取り出して、早速調理を始める。
 焚き火台に火を|熾《おこ》し、調理用に取り分けておいた水を鍋へ注いでから材料を放り込む。
 こうして料理を作っていると、戦闘に直面して自分も気持ちが高揚していたと言うことが解った。鍋底を舐める炎を見つめていると、心が凪いでいく。調味料とスパイスで味を|調《ととの》え、静かに鍋の中身をかき回していると、我ながら美味そうな香りが立ち上ってきた。上出来だ。
「……出来たぞ。食ってくれ」
「やった! ありがと! おいしそー!」
 木製のマグカップにスープを盛って、ネリネへ差し出す。それをじっと見ていたウィルが、にぃっと笑って手を差し出した。
「……ん? オレの分は?」
「……ああ、あんたも食うか?」
 食器は二人分しか持ってきていない。自分用のカップにスープを注ぎ、レーキが差し出そうとすると、ネリネは手を振ってそれを止めた。
「ああ、いいのいいの、レーキ。コイツの分なんて荷物に入れてないし」
「そんなつれないこと言うなよォー! お嬢ちゃんがレーキのスープが美味いって言うから楽しみにしてたんだぜぇー!」
「……そうねえ、食べたければ材料費と技術料のお金払いなさい! 今回レーキを雇ってるのはあたしなんだからね! ……うーん。この温かいスープ……やっぱり美味しいわぁ……!」
 ネリネはスープを一口|啜《すす》って、うっとりと目を細める。ウィルは口惜しげに唇を曲げて、ネリネの口元に運ばれるカップを見つめる。
「……うむむ……おう! 払ってやる! それでそのスープが食えるなら払ってやるよ! ……ただ、今は持ち合わせが、ない……全く無い! 今回の魔獣退治の報酬が入ったら払う!」
「はあ……アンタ貯金もないの? 仕方ない。後払いでもいいわ。ちゃんと払うなら。契約成立よ。レーキ、コイツにスープを食べさせてあげて」
 勝ち誇ったように、ネリネは笑みを浮かべる。
「解った」
 レーキがスープを差し出すと、ウィルはまず香りを胸一杯に吸い込んだ。はーっと息を吐いてからスープを口にする。
「……ふぃーっ……おー! 確かにコレは美味いな……! この遺跡とやらは底冷えしやがるから、温かいモノが余計に染みるぜ……!」
 ごろごろと根菜類が入ったスープは、小腹も満たしてくれるだろう。しみじみとしたウィルの呟きに、レーキは安堵する。どうせ作るなら、食べた者に美味い言って貰いたい。それが調理をする者としての願いだ。
 ネリネとウィルはお代わりまでした。求めてもらえるのは嬉しいが、自分の分が無くなってしまう。また飯を作るからと二人を|宥《なだ》めて、自分用のスープを確保する。
 三人は温かいスープを食べて休息をとると、それぞれの作業に戻った。
 一刻(約一時間)後、魔獣の死骸を回収に大勢のポーターたちが到着する。彼らは整然と魔獣を探し出して、印を記録してから実物を運び出した。トリルはあまりに巨大過ぎて、そのままでは運び出す事も出来ない。ポーターたちを待つ間に、獣の解体に馴れたレンジャーたちが集められて、皮や角、爪、牙などが回収された。どの道魔獣の肉は食べることも出来ない。トリュコスやトリルなどは|膠《にかわ》などにして利用する事も出来ない。そのままこの遺跡に放置される事になるだろう。
「肉が全部無くなるまで放置して、後で骨を回収するのよ。トリルの骨は生半可な鋼より硬いから、いろいろ使えるの」
 ポーターたちの仕事を眺めていたレーキに、ネリネが話しかける。彼女はホール左半面の壁画を写し終わって、一息入れていた所だった。
「魔獣の死骸が魔獣を呼んだり、なんてことはないのか?」
 レーキの疑問に、ネリネはうーんと首を捻ってから答えた。
「……あるかもね。でも、入り口は塞いじゃったから大きな魔獣は入り込めないわ。万が一入り込んじゃったら……ま、また討伐隊を組織して退治するしかないわね。仕方ないけど」
「魔獣の肉が食えりゃーなー。現地で食料調達も出来るのによぉー」
 頭の後ろで指を組んで、ウィルは運び出されていく魔獣を眺めている。
「アンタなら魔獣くらい食べても何ともなさそう」
「流石のオレも、魔人にはなりたくねぇー」
「……さあて。レーキ、あたしたちはこのままここに残って調査続けるわよ。契約は二日間だったわね」
 ネリネはウィルの呟きを流して、レーキに向かって告げる。食料も燃料も十分用意してある。準備は万端だ。レーキは頷いた。
「……なあ。オレを護衛として雇わないか?」
 ウィルが、唐突に真っ直ぐネリネを見つめる。
「あんたたちと一緒にいると退屈しねぇし。このまま、ただ帰ってもつまらねぇしな」
「……どういう魂胆?」
 ネリネは、険を含んだ視線をウィルへと向けた。苦い経験がネリネの表情を暗くする。
「どうもこうもねぇ。ただの退屈しのぎさ。それに……オレはあんたのやってるコトにちょいと興味が湧いた。壁画を写した後は何をするんだ?」
「……」
 無邪気な少年のように。ウィルは笑っている。興味を抱いた、と言うのは本当のことなのだろう。ネリネは|逡巡《しゅんじゅん》している。ウィルが居れば、何か荒事が起こった際に役に立ってくれることは間違いない。だが……
「ネリネ、俺がいる。だから、どうしても嫌なら……ウィルを帰しても大丈夫だ」
 レーキの言葉に、ネリネは顔を上げた。そして、失敗を振り払うようにぱんっと両掌で頬を叩いた。
「……ん。大丈夫。人手は必要だし、コイツの腕は確かだわ。……いい? ウィル。雇うからにはあたしの言うことはちゃんと聞いて貰うわ。賃金はこれだけ、後払いで。食料はちょっと足りないから支給は少なめよ。アンタの仕事はあたしとレーキの護衛。手すきの時はあたしの調査を手伝って貰う。それでいい?」
「ああ。いいぜ! 契約成立だ!」