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第71話 ただのカァラ

ー/ー



「……もう、いらない」

 最後に小さなダクル(ナツメヤシ)の実を、何個も口いっぱいに頬張って子供は満足した。
 ぱんぱんに大きくなったお腹をかかえて、子供はけふうと声を()らす。
 二人は街の中、小さな噴水の有る公園に設えられたベンチに並んで座っていた。

「おじさんはなんで、ご飯くれる?」
「……正直に言うと、お前が気になったからだ」
「なんで?」
「俺のマントをめくって下を見てみろ」

 子供はレーキのマントをちらりとめくった。そして、その下にあった黒い羽に驚いたように眼を見開いて、レーキの顔と羽を見比べる。

「黒い、はね……?」
「そうだ。俺も黒い羽なんだ」
「……おじさんは、誰? ……おとう、さん?」
「いや違う。俺はレーキ・ヴァーミリオンだ。お前は?」
「カァラはカァラ。ただのカァラ」
「カァラ。それがお前の名前か?」
「うん」

 カァラは頷いて、ベンチに腰掛けたまま、足をぶらぶらと揺らしている。

「同じ、黒いはねだから、ご飯くれた?」
「そうだ。同族のよしみってヤツだ」
「同族?」
「同じ仲間、と言うことだ」
「なかま……初めて見た」

 レーキも黒い羽の鳥人には、初めて出会った。
 この子もまた、自分と同じ様に捨てられたのだろうか?

「お前、親は?」
「いない。おかあさんは動かなくなっちゃったから。おとうさんは初めからいない」

 動かなくなっちゃったから。死の概念すら教えられていないほど、カァラは幼い。そのことにレーキは愕然(がくぜん)とする。

「おかあさんが動かなくなって、くさい臭いがするようになって、カァラはその家にいられなくなった。だから、街で暮らしてる」

 カァラは淡々と事実だけを言う。そこに悲しみや困惑は見えない。

「……お母さんは、ただ動かなくなったんじゃない。死の王様の国へ行ったんだ」
「死の王さまの国?」
「ヒトが動かなくなって腐っていくことを、『死ぬ』と言うんだ。死ぬと魂はみんな死の王様の国へ行く。そして、良い行いをした者は平穏に、悪い行いをした者はその罰を受けながら暮らす」
「おかあさんも、死ぬ?」
「ああ、そうだ。そして、そんなときは『死んだ』と言う」
「死んだ。おかあさんは、死んだ」

 覚えたての言葉を反芻(はんすう)するように、カァラは死んだとくり返す。

「レーキは物知り。……ねえ、おかあさんは今しあわせ?」

 レーキは一瞬返答に困った。死の王と謁見(えつけん)したことはあっても死の国をのぞいたことはない。ましてやカァラの母親に会ったこともないのだから。

「……多分、な。平穏に暮らしているだろう」

 そうであって欲しい。希望を込めて、レーキはそう言った。



 カァラを連れて、レーキは宿屋に入った。宿屋の主人には難色をしめされたが、宿代を倍額払うと告げると喜んで部屋に通してくれた。
 宿の部屋に、湯を張った広口の桶を用意して貰った。グラナートの宿には風呂の設備がない。身体の汚れが気になるときには、こうして桶に湯を張って全身を拭くのだ。

「まずは髪と身体の汚れを落とそう。それから服を買いに行く。カァラ、服を脱いでお湯に入れ」
「どうして汚れを落とす?」
「汚いままだと服屋に入れないからだ」

 カァラはその答えに納得したようで、レーキの命令に従った。
 子供らしい遠慮のなさで、ぼろ布のような服をぱっと脱ぐとカァラは桶の湯に浸かった。

「……あ、お前、女の子か」

 話し方と表情の見えない顔のせいで、レーキはカァラが男の子だと思いこんでいた。
 まあ、こんな小さな子供だ。男も女もないか。レーキは浴用の海綿(スポンジ)にたっぷりと湯を染み込ませて、カァラを洗った。薄汚れていた膚をこすってやると、健康的な褐色が現れる。
 カァラは大人しく身を任せて、黙ってお湯に浸かっていた。
 ごしごしと洗っても、カァラの羽の色は変わらない。闇夜のように暗く、黒いままだ。
 最後に黒い髪を石鹸(せつけん)で洗って、カァラをお湯から引き上げると、彼女はうとうと船を()いでいた。

「ほら、終わったぞ。寝るな、起きろ」

 柔らかい布で全身を拭いてやる。カァラは眼をこすって、どうにか眠気に抗おうとしているようだ。

「仕方ない。服は俺が買ってくる。お前はここで寝ていろ」
「やだ。カァラも、行く……」

 湯を浴びる前に着ていたぼろ服を拾い上げて、カァラはそれを再び着ようとする。

「それは着るな。せっかく身体を洗ったんだ。こっちを着ろ」

 レーキは自分の着替え用の服をカァラに渡した。レーキにはぴったりのシャツだが、カァラが着るとブカブカのワンピースのようだ。
 靴は無いので歩かせることは出来ない。眠たげなカァラを腕に抱いて、レーキは古着屋に向かった。

「今日は何になさいましょう。お客様」

 古着屋の主人は品の良さそうな老婦人で、レーキたちを微笑みで出迎えた。

「この子のための服が欲しいんだ。このまま俺の服を着せておく訳にも行かないから」
「かしこまりました。お坊ちゃんはお好きな色は?」
「あ、いや、この子は女の子だ」
「あら。これは失礼いたしました。お嬢ちゃん、お好きな色はなあに?」

 老婦人は優しく、カァラに訊ねる。
 カァラは無表情のまま、「……黒。色の名前は黒しか知らない」と言った。
 老婦人は困ったように、眉を寄せた。

「あらあら。ここには黒は置いていないのよ……」
「どんな色でも良い。サイズが合えば」

 レーキがそう助け船を出すと、老婦人は在庫を探し始めた。
 女の子らしい白色のワンピースと桃色の上着、白いサンダル、それからちょうどよいサイズの下着を揃えた。全てを身につけると、カァラはすっかり女の子らしい姿になった。

「うんうん。これは見違えましたわ」
「カァラ、よく似合っている」

 カァラはスカートの端を()まんで、何かを確かめるようにその場でくるくると回っている。
 服の代金を払い、ついでにカァラの黒い羽を隠すためのケープも買った。
 服装を整えて宿に戻る前に、念のためカァラの親の消息を訊いて回った。カァラが語ったことが嘘だとは思えないが、親が生きていて誘拐したと誤解されたくはない。
 数人に訊ねてみたが、みな、その子は孤児で母親は死んで発見されたと言う。
 それで、レーキは納得してカァラを連れて宿に戻った。宿の主人はカァラが女の子だと知ると、ひどく驚いた。
 夕食は宿の食堂で摂った。あれもこれも食べたがるカァラを抑えて、辛味の少ないカレラスープとピタパンだけを注文する。昼間あれだけ食べたのだから、夜はこれで十分だ。
 カァラは不服そうな顔もせず、黙々と夕食を食べた。

 ──さあ、これからどうしたものか。

 つい、成り行きでカァラを連れて来てしまった。だが、自分は彼女の父親でも縁者でもない。しかも、明日にはこの国を旅立つ者だ。
 でも。この子は黒い羽の鳥人だ。この国で、それはひどい差別につながる。このままこの国に彼女を置いて行ったら。きっと自分は後悔するだろう。

『最後まで、責任を持って』

 食堂の女性の声が、脳裏を過る。
 それで、レーキは決心する。

「なあ、カァラ。お前はこれからどうしたい?」
「どう?」

 カァラは首を傾げる。綺麗に洗われた黒い髪が、照明のしたでつやつやと光っている。

「例えば、俺と一緒に行く気はないか? ヴァローナへ」
「ヴァローナ?」
「ヴァローナと言うのは、隣の、別の国だ。そこでなら、お前はここにいるより平穏に暮らせるだろう。黒はヴァローナでは学問の色だから」
「……」

 カァラは表情を変えぬまま、じっと空になった皿を見つめている。彼女なりに懸命に考えているのだ。レーキはカァラが結論を出すまで、静かに彼女を見守った。

「そこに行けばごはん、食べれる?」
「ああ。ここの飯よりは薄味に感じるがな、パンはとても美味い」
「レーキといっしょに?」
「ああ。ヴァローナまで一緒に行こう」

 カァラはそれだけ聞くと、こくんと頷いた。

「行く。レーキといっしょに」



 翌朝、ようやく夜が明けた頃。
 レーキはソファの上で目を覚ました。
 ちびすけとは言え一応女の子だ。ベッドはカァラに(ゆず)って、レーキはソファで眠ったのだ。
 身を起こすと、カァラはすでに目を覚ましていた。ベッドの上で辺りを見回して、レーキと目が合う。カァラは無表情の顔にわずかに不思議そうな眼をして、レーキを見ている。

「……どうした? おはよう。カァラ」
「おはよう。レーキ。全部ゆめかと思った」
「夢じゃない。今日はこれから船に乗るぞ。目が覚めたなら、服を着替えろ」

 買ったばかりの服で寝かせる訳にも行かなかったので、昨日は寝間着代わりにレーキのシャツを着せてカァラを寝かしつけた。
 カァラはベッドから跳ね起きて、昨日買ったばかりの服に着替えようとする。小さな手ではなかなか上手く着付ける事が出来ずに、カァラは苦戦しているようだ。

「ああ、まだ一人では無理か。……ほら、こっちにおいで」

 ソファに近付いてきたカァラに、レーキは服を着せてやった。ワンピース、桃色の上着、ケープまでをしっかり着込んで、カァラはどこか満足げに胸を張った。それからくるくると、その場で回りだす。

「何をしてるんだ?」
「こうすると、服がふわふわして面白い」
「そうか」

 レーキはカァラが満足するまで放っておこうと、自分の支度を始めた。
 持ち物を確認し、腰のポーチを身に付ける。荷物入りの背嚢(はいのう)を用意して、マントを着込んだ。この国を出るまではマントは着ておこうと決めている。
 そうこうする内に。飽きたのか目が回ったのか、カァラは回ることを止めてレーキをじっと見つめている。

「……どうして、レーキのはねは半分別の色?」
「ああ。これはな、銀色、と言うんだ。そうだな……俺の羽は半分、使い物にならなくなって、それで新しい羽を、(もら)った」
「銀色、銀色……それは銀色」

 カァラは新しく覚えた言葉を復唱する。

「……新しいはね、カァラももらえる?」
「俺の場合は、たまたま羽を作れるヤツと知り合ったんだ。普通は作れないし、貰えない」

 脳裏にちらりとシーモスのしたり顔が浮かんで、レーキは苦笑する。

「銀色、ピカピカでいいのに。黒よりずっといい」
「羽が駄目になったときも、羽を貰った時も、かなり痛かったからな。それでも欲しいか?」
「……なら、いらない」

 子供は全く正直だ。


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「……もう、いらない」
 最後に小さな|ダクル《ナツメヤシ》の実を、何個も口いっぱいに頬張って子供は満足した。
 ぱんぱんに大きくなったお腹をかかえて、子供はけふうと声を|漏《も》らす。
 二人は街の中、小さな噴水の有る公園に設えられたベンチに並んで座っていた。
「おじさんはなんで、ご飯くれる?」
「……正直に言うと、お前が気になったからだ」
「なんで?」
「俺のマントをめくって下を見てみろ」
 子供はレーキのマントをちらりとめくった。そして、その下にあった黒い羽に驚いたように眼を見開いて、レーキの顔と羽を見比べる。
「黒い、はね……?」
「そうだ。俺も黒い羽なんだ」
「……おじさんは、誰? ……おとう、さん?」
「いや違う。俺はレーキ・ヴァーミリオンだ。お前は?」
「カァラはカァラ。ただのカァラ」
「カァラ。それがお前の名前か?」
「うん」
 カァラは頷いて、ベンチに腰掛けたまま、足をぶらぶらと揺らしている。
「同じ、黒いはねだから、ご飯くれた?」
「そうだ。同族のよしみってヤツだ」
「同族?」
「同じ仲間、と言うことだ」
「なかま……初めて見た」
 レーキも黒い羽の鳥人には、初めて出会った。
 この子もまた、自分と同じ様に捨てられたのだろうか?
「お前、親は?」
「いない。おかあさんは動かなくなっちゃったから。おとうさんは初めからいない」
 動かなくなっちゃったから。死の概念すら教えられていないほど、カァラは幼い。そのことにレーキは|愕然《がくぜん》とする。
「おかあさんが動かなくなって、くさい臭いがするようになって、カァラはその家にいられなくなった。だから、街で暮らしてる」
 カァラは淡々と事実だけを言う。そこに悲しみや困惑は見えない。
「……お母さんは、ただ動かなくなったんじゃない。死の王様の国へ行ったんだ」
「死の王さまの国?」
「ヒトが動かなくなって腐っていくことを、『死ぬ』と言うんだ。死ぬと魂はみんな死の王様の国へ行く。そして、良い行いをした者は平穏に、悪い行いをした者はその罰を受けながら暮らす」
「おかあさんも、死ぬ?」
「ああ、そうだ。そして、そんなときは『死んだ』と言う」
「死んだ。おかあさんは、死んだ」
 覚えたての言葉を|反芻《はんすう》するように、カァラは死んだとくり返す。
「レーキは物知り。……ねえ、おかあさんは今しあわせ?」
 レーキは一瞬返答に困った。死の王と|謁見《えつけん》したことはあっても死の国をのぞいたことはない。ましてやカァラの母親に会ったこともないのだから。
「……多分、な。平穏に暮らしているだろう」
 そうであって欲しい。希望を込めて、レーキはそう言った。
 カァラを連れて、レーキは宿屋に入った。宿屋の主人には難色をしめされたが、宿代を倍額払うと告げると喜んで部屋に通してくれた。
 宿の部屋に、湯を張った広口の桶を用意して貰った。グラナートの宿には風呂の設備がない。身体の汚れが気になるときには、こうして桶に湯を張って全身を拭くのだ。
「まずは髪と身体の汚れを落とそう。それから服を買いに行く。カァラ、服を脱いでお湯に入れ」
「どうして汚れを落とす?」
「汚いままだと服屋に入れないからだ」
 カァラはその答えに納得したようで、レーキの命令に従った。
 子供らしい遠慮のなさで、ぼろ布のような服をぱっと脱ぐとカァラは桶の湯に浸かった。
「……あ、お前、女の子か」
 話し方と表情の見えない顔のせいで、レーキはカァラが男の子だと思いこんでいた。
 まあ、こんな小さな子供だ。男も女もないか。レーキは浴用の|海綿《スポンジ》にたっぷりと湯を染み込ませて、カァラを洗った。薄汚れていた膚をこすってやると、健康的な褐色が現れる。
 カァラは大人しく身を任せて、黙ってお湯に浸かっていた。
 ごしごしと洗っても、カァラの羽の色は変わらない。闇夜のように暗く、黒いままだ。
 最後に黒い髪を|石鹸《せつけん》で洗って、カァラをお湯から引き上げると、彼女はうとうと船を|漕《こ》いでいた。
「ほら、終わったぞ。寝るな、起きろ」
 柔らかい布で全身を拭いてやる。カァラは眼をこすって、どうにか眠気に抗おうとしているようだ。
「仕方ない。服は俺が買ってくる。お前はここで寝ていろ」
「やだ。カァラも、行く……」
 湯を浴びる前に着ていたぼろ服を拾い上げて、カァラはそれを再び着ようとする。
「それは着るな。せっかく身体を洗ったんだ。こっちを着ろ」
 レーキは自分の着替え用の服をカァラに渡した。レーキにはぴったりのシャツだが、カァラが着るとブカブカのワンピースのようだ。
 靴は無いので歩かせることは出来ない。眠たげなカァラを腕に抱いて、レーキは古着屋に向かった。
「今日は何になさいましょう。お客様」
 古着屋の主人は品の良さそうな老婦人で、レーキたちを微笑みで出迎えた。
「この子のための服が欲しいんだ。このまま俺の服を着せておく訳にも行かないから」
「かしこまりました。お坊ちゃんはお好きな色は?」
「あ、いや、この子は女の子だ」
「あら。これは失礼いたしました。お嬢ちゃん、お好きな色はなあに?」
 老婦人は優しく、カァラに訊ねる。
 カァラは無表情のまま、「……黒。色の名前は黒しか知らない」と言った。
 老婦人は困ったように、眉を寄せた。
「あらあら。ここには黒は置いていないのよ……」
「どんな色でも良い。サイズが合えば」
 レーキがそう助け船を出すと、老婦人は在庫を探し始めた。
 女の子らしい白色のワンピースと桃色の上着、白いサンダル、それからちょうどよいサイズの下着を揃えた。全てを身につけると、カァラはすっかり女の子らしい姿になった。
「うんうん。これは見違えましたわ」
「カァラ、よく似合っている」
 カァラはスカートの端を|摘《つ》まんで、何かを確かめるようにその場でくるくると回っている。
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 服装を整えて宿に戻る前に、念のためカァラの親の消息を訊いて回った。カァラが語ったことが嘘だとは思えないが、親が生きていて誘拐したと誤解されたくはない。
 数人に訊ねてみたが、みな、その子は孤児で母親は死んで発見されたと言う。
 それで、レーキは納得してカァラを連れて宿に戻った。宿の主人はカァラが女の子だと知ると、ひどく驚いた。
 夕食は宿の食堂で摂った。あれもこれも食べたがるカァラを抑えて、辛味の少ないカレラスープとピタパンだけを注文する。昼間あれだけ食べたのだから、夜はこれで十分だ。
 カァラは不服そうな顔もせず、黙々と夕食を食べた。
 ──さあ、これからどうしたものか。
 つい、成り行きでカァラを連れて来てしまった。だが、自分は彼女の父親でも縁者でもない。しかも、明日にはこの国を旅立つ者だ。
 でも。この子は黒い羽の鳥人だ。この国で、それはひどい差別につながる。このままこの国に彼女を置いて行ったら。きっと自分は後悔するだろう。
『最後まで、責任を持って』
 食堂の女性の声が、脳裏を過る。
 それで、レーキは決心する。
「なあ、カァラ。お前はこれからどうしたい?」
「どう?」
 カァラは首を傾げる。綺麗に洗われた黒い髪が、照明のしたでつやつやと光っている。
「例えば、俺と一緒に行く気はないか? ヴァローナへ」
「ヴァローナ?」
「ヴァローナと言うのは、隣の、別の国だ。そこでなら、お前はここにいるより平穏に暮らせるだろう。黒はヴァローナでは学問の色だから」
「……」
 カァラは表情を変えぬまま、じっと空になった皿を見つめている。彼女なりに懸命に考えているのだ。レーキはカァラが結論を出すまで、静かに彼女を見守った。
「そこに行けばごはん、食べれる?」
「ああ。ここの飯よりは薄味に感じるがな、パンはとても美味い」
「レーキといっしょに?」
「ああ。ヴァローナまで一緒に行こう」
 カァラはそれだけ聞くと、こくんと頷いた。
「行く。レーキといっしょに」
 翌朝、ようやく夜が明けた頃。
 レーキはソファの上で目を覚ました。
 ちびすけとは言え一応女の子だ。ベッドはカァラに|譲《ゆず》って、レーキはソファで眠ったのだ。
 身を起こすと、カァラはすでに目を覚ましていた。ベッドの上で辺りを見回して、レーキと目が合う。カァラは無表情の顔にわずかに不思議そうな眼をして、レーキを見ている。
「……どうした? おはよう。カァラ」
「おはよう。レーキ。全部ゆめかと思った」
「夢じゃない。今日はこれから船に乗るぞ。目が覚めたなら、服を着替えろ」
 買ったばかりの服で寝かせる訳にも行かなかったので、昨日は寝間着代わりにレーキのシャツを着せてカァラを寝かしつけた。
 カァラはベッドから跳ね起きて、昨日買ったばかりの服に着替えようとする。小さな手ではなかなか上手く着付ける事が出来ずに、カァラは苦戦しているようだ。
「ああ、まだ一人では無理か。……ほら、こっちにおいで」
 ソファに近付いてきたカァラに、レーキは服を着せてやった。ワンピース、桃色の上着、ケープまでをしっかり着込んで、カァラはどこか満足げに胸を張った。それからくるくると、その場で回りだす。
「何をしてるんだ?」
「こうすると、服がふわふわして面白い」
「そうか」
 レーキはカァラが満足するまで放っておこうと、自分の支度を始めた。
 持ち物を確認し、腰のポーチを身に付ける。荷物入りの|背嚢《はいのう》を用意して、マントを着込んだ。この国を出るまではマントは着ておこうと決めている。
 そうこうする内に。飽きたのか目が回ったのか、カァラは回ることを止めてレーキをじっと見つめている。
「……どうして、レーキのはねは半分別の色?」
「ああ。これはな、銀色、と言うんだ。そうだな……俺の羽は半分、使い物にならなくなって、それで新しい羽を、|貰《もら》った」
「銀色、銀色……それは銀色」
 カァラは新しく覚えた言葉を復唱する。
「……新しいはね、カァラももらえる?」
「俺の場合は、たまたま羽を作れるヤツと知り合ったんだ。普通は作れないし、貰えない」
 脳裏にちらりとシーモスのしたり顔が浮かんで、レーキは苦笑する。
「銀色、ピカピカでいいのに。黒よりずっといい」
「羽が駄目になったときも、羽を貰った時も、かなり痛かったからな。それでも欲しいか?」
「……なら、いらない」
 子供は全く正直だ。