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第28話 天法院の食堂でⅡ

ー/ー



「……ズィルバー君。とりあえず君のベッドはそちら側で良いかな?」

 レーキが数日前までアガートのモノであったベッドを指し示すと、ズィルバーはぺこりと頭を下げて大荷物をベッドの上に置いた。

「そちらの物入れと机も君が使って良い。……ああ、改めて名乗ろう。俺はレーキ・ヴァーミリオン。今年で三学年生になる。見ての通り鳥人(アーラ・ペンナ)で……グラナートの出身だ」
「あ、あの、レーキサマ、小生は……ズィルバー・ヴァイスと申しますデス。あの、その……ニクスから参りました、デス!」

 やはり、ズィルバーの共通語(コモン)の発音には不思議な(なま)りがある。
 ニクスと言えば北方にある大国で、ここヴァローナとはかなり距離が離れている。武の国とも言われ、豊かな鉱山が多く金属加工業が盛んだとも聞いた事があった。

「随分遠くから来たんだな。俺の事はレーキでいいよ。……少なくとも様は要らない」
「……ではレーキサン、とお呼びしてもよろしいでますデス?」
「ああ。それでも構わない」
「ありがとうます、デス!」

 ズィルバーがまた、ぺこりと頭を下げる。その顔は相変わらず一切見えない。顔どころか(はだ)の一片ですら、ズィルバーは完全に隠している。そこまでして膚を隠したい理由とは何だろう? レーキにはそれが解らなかったが、新入生がそうしたいと言うなら彼の意思を尊重するべきだ。
 そんな事を考えて、押し黙ってしまったレーキをズィルバーは小首を傾げて見つめてくる。(ひとみ)の姿形ははっきり見えなくても視線は確かに感じる。

「……レーキサン、あの、その……小生の共通語は変でしょうますデスカ?」
「あ、いや、少し訛りがあるけど、ちゃんと通じている」
「良かった、デス!」

 表情が見えない代わりにズィルバーの両手は雄弁で、ほっと胸をなで下ろす仕草をしている所を見ると、安堵しているのだろう。

「荷物を解いて寛ぐと良い。……もう黒いマントは用意してあるか?」
「ハイ! ありがとう、ますデス! ヴァローナ天法院(てんほういん)の黒マント、ちゃんとあるますデス!」
「そうか。俺は天法院に来た時まだ入学するつもりは無かったから、慌てて準備したんだ。今君が荷物を置いてるベッドの前の主に教わって」
「卒業の先輩様、でますかデス」
「そうだ。俺たちの先輩で……春からはここの教師になる人だ」
 君にもそのうち紹介する。レーキがそう言うと、ズィルバーは手を打ち鳴らして喜んだ。
「スゴイ、デス! 小生がヴァローナ天法院の、先生様とお知り合いになられますデス!」



 ズィルバーは早々に背負い袋の中身を作り付けの棚に移して、今は自分の物になったばかりの机を楽しそうに検分している。ふと、疑問が湧いたレーキは、そのご機嫌な背中に問いかけた。

「……そう言えば君は何故はるばるヴァローナへ? ニクスにも立派な天法院があるんだろう?」
「……ソレは……ニクスの天法院は卒業したらみんなニクスの天法士団に入る約束ますデス。小生の父上はソレでは小生が苦労する思うますデス。それで小生をりゅ、りゅ……」
「……留学させた?」
「ソレますデス!」

 五大国には、それぞれに国の貴色を冠した『天法士団』が設立されている。有事にあっては、天法による戦闘と医療によって各国の騎士団を助け、平時においては王族貴族の相談役、医療者として人々の尊敬を集める『天法士団』は、多くの天法士にとっては憧れの所属先であった。

「……小生は故郷の町から出た事がありませんますデス。共通語もへたますデス。ニクスの『純白の天法士団』はとても厳しいといいますデス。父上は心配した、デス!」
「なるほど」

 しかし、そのために遠い外国に息子を送り出すということは、ズィルバーの父上という人はかなり思い切った人物なの知れない。それともニクスの天法士団が、それだけ厳しい環境だと言う事だろうか?

「小生の故郷で天法士(てんほうし)になったひと、いませんますデス。大人はみんな職人なるデス。だけど小生は特別ますデス。天分とても沢山、デス」

 訥々と語るズィルバーの話を纏めると、どうやらズィルバーの周囲では、子供の頃から不思議な現象が起こっていたらしい。それを心配した両親が旅の天法士に相談した所『この子には天法士としての才能があるかも知れない。教育を受けさせると良い』そう勧められた、と。
 ズィルバーの両親は方々手を尽くして息子の才能を伸ばしてくれる師を探した。その師がヴァローナの天法院出身で、ズィルバーが教育を受けるならヴァローナが良いと言う事になったらしい。
 ズィルバーの父上は特別な息子を甘やかして育てすぎたと感じていたのか、高級な下宿生活では無く、様々な人々と生活を共にすることになる寮に放り込んで息子の自立を促す事にした、ようだ。

「……それで、小生は寮にきましたますデス!」

 これまでのいきさつを語り終えて、ズィルバーは満足そうにふすーっと息を鳴らした。

「……なるほど。そうか。君は良い両親に育てられたんだな」
「えへへ……父上も母上も優しい、素敵ますデス!」

 真っ直ぐ誇らしげに両親を語るズィルバーが、レーキには少しばかり(まぶ)しい。レーキにとって両親と言えるのは養父母だけで、山の村の家が燃えてしまった今となっては、本当の両親の手がかりは皆無だ。
 全く会いたくないと言えば、嘘になるだろう。だが会った所でどんな事を言えば良いのか、どんな顔をすれば良いのかも想像することすら出来なかった。

「……レーキサンは、どうしてグラナートからヴァローナきたますデス?」
「それは追い追い話そう。短い話でも無いから。……それより、君は腹減ってないか?」
「ハイ! ぺこぺこ、デス!」

 すでに昼を告げる鐘が鳴って久しい。レーキは椅子から立ち上がって扉を指した。

「それじゃあ、食堂に行こう。食べ物はトークンと引き換えに貰うんだ。食堂の場所も覚えて貰わないと」
「ハイ、ますデス……あの、レーキサン、ご飯、食堂で食べなくちゃダメますデス?」
「……いや。食器をきちんと食堂に戻しさえすれば何処で食べても問題ない。俺も時々寮の部屋で食事をする事もある」

 ズィルバーのフードの下から、安堵の気配がする。やはりこの新入生は、他人に膚や顔を見られたくないのだ。レーキはそう確信した。



 食堂への道すがら、レーキはズィルバーに簡単に天法院の各棟を紹介する。
 三年前は天法院に入るかどうかも解らぬまま、アガートと一緒に歩いた歩廊を、今度は新入生と一緒に歩いている。その事が、とても懐かしいと同時に温かい。
 食堂には相変わらず沢山の人々がいて、騒がしく、活気に満ちている。三年前には圧倒された光景が、今では日常の一部になっている。そんな風に思う日が来るなんて、レーキには思わぬ事だった。

「……いっぱい人! います、デス!」

 ズィルバーはやはり圧倒されたようで、レーキの羽の陰に隠れるように後じさった。

「……大丈夫。みんな飯を食いに来てるんだ。俺たちと同じだ」
「……!!」

 ズィルバーの表情は見えないが、おろおろと怯えている事はよく解った。新入生を安心させようと、レーキは彼の肩に手を置いた。びくりっとその肩が跳ねる。恐る恐るこちらを見上げてくる新入生に、レーキは微笑みかけた。

「大丈夫。みんな飯を食うのに夢中で君が来た事にも気付いてない。だから君が怯える事は無い」
「レーキ、サン……」
「ほら、これが食堂のトークンだ。これ一つで一食分の食事と交換できる。……これは君に上げる。俺も新入生の頃、先輩にこれを貰って嬉しかったから」
「ありがとます、デス……」

 掌に落とされたトークンをぎゅっと胸元に握りしめて、ズィルバーは(うつむ)いた。その姿はまるで何かに祈るようで。
 やがて、なけなしの勇気を振り絞ったのか、ズィルバーは顔を上げた。

「ご飯、食べましょう、デス。レーキサン」
「……ああ、そうしよう」

 二人はそろって食堂に足を踏み入れた。


次のエピソードへ進む 第29話 禁忌


みんなのリアクション

「……ズィルバー君。とりあえず君のベッドはそちら側で良いかな?」
 レーキが数日前までアガートのモノであったベッドを指し示すと、ズィルバーはぺこりと頭を下げて大荷物をベッドの上に置いた。
「そちらの物入れと机も君が使って良い。……ああ、改めて名乗ろう。俺はレーキ・ヴァーミリオン。今年で三学年生になる。見ての通り|鳥人《アーラ・ペンナ》で……グラナートの出身だ」
「あ、あの、レーキサマ、小生は……ズィルバー・ヴァイスと申しますデス。あの、その……ニクスから参りました、デス!」
 やはり、ズィルバーの|共通語《コモン》の発音には不思議な|訛《なま》りがある。
 ニクスと言えば北方にある大国で、ここヴァローナとはかなり距離が離れている。武の国とも言われ、豊かな鉱山が多く金属加工業が盛んだとも聞いた事があった。
「随分遠くから来たんだな。俺の事はレーキでいいよ。……少なくとも様は要らない」
「……ではレーキサン、とお呼びしてもよろしいでますデス?」
「ああ。それでも構わない」
「ありがとうます、デス!」
 ズィルバーがまた、ぺこりと頭を下げる。その顔は相変わらず一切見えない。顔どころか|膚《はだ》の一片ですら、ズィルバーは完全に隠している。そこまでして膚を隠したい理由とは何だろう? レーキにはそれが解らなかったが、新入生がそうしたいと言うなら彼の意思を尊重するべきだ。
 そんな事を考えて、押し黙ってしまったレーキをズィルバーは小首を傾げて見つめてくる。|眸《ひとみ》の姿形ははっきり見えなくても視線は確かに感じる。
「……レーキサン、あの、その……小生の共通語は変でしょうますデスカ?」
「あ、いや、少し訛りがあるけど、ちゃんと通じている」
「良かった、デス!」
 表情が見えない代わりにズィルバーの両手は雄弁で、ほっと胸をなで下ろす仕草をしている所を見ると、安堵しているのだろう。
「荷物を解いて寛ぐと良い。……もう黒いマントは用意してあるか?」
「ハイ! ありがとう、ますデス! ヴァローナ|天法院《てんほういん》の黒マント、ちゃんとあるますデス!」
「そうか。俺は天法院に来た時まだ入学するつもりは無かったから、慌てて準備したんだ。今君が荷物を置いてるベッドの前の主に教わって」
「卒業の先輩様、でますかデス」
「そうだ。俺たちの先輩で……春からはここの教師になる人だ」
 君にもそのうち紹介する。レーキがそう言うと、ズィルバーは手を打ち鳴らして喜んだ。
「スゴイ、デス! 小生がヴァローナ天法院の、先生様とお知り合いになられますデス!」
 ズィルバーは早々に背負い袋の中身を作り付けの棚に移して、今は自分の物になったばかりの机を楽しそうに検分している。ふと、疑問が湧いたレーキは、そのご機嫌な背中に問いかけた。
「……そう言えば君は何故はるばるヴァローナへ? ニクスにも立派な天法院があるんだろう?」
「……ソレは……ニクスの天法院は卒業したらみんなニクスの天法士団に入る約束ますデス。小生の父上はソレでは小生が苦労する思うますデス。それで小生をりゅ、りゅ……」
「……留学させた?」
「ソレますデス!」
 五大国には、それぞれに国の貴色を冠した『天法士団』が設立されている。有事にあっては、天法による戦闘と医療によって各国の騎士団を助け、平時においては王族貴族の相談役、医療者として人々の尊敬を集める『天法士団』は、多くの天法士にとっては憧れの所属先であった。
「……小生は故郷の町から出た事がありませんますデス。共通語もへたますデス。ニクスの『純白の天法士団』はとても厳しいといいますデス。父上は心配した、デス!」
「なるほど」
 しかし、そのために遠い外国に息子を送り出すということは、ズィルバーの父上という人はかなり思い切った人物なの知れない。それともニクスの天法士団が、それだけ厳しい環境だと言う事だろうか?
「小生の故郷で|天法士《てんほうし》になったひと、いませんますデス。大人はみんな職人なるデス。だけど小生は特別ますデス。天分とても沢山、デス」
 訥々と語るズィルバーの話を纏めると、どうやらズィルバーの周囲では、子供の頃から不思議な現象が起こっていたらしい。それを心配した両親が旅の天法士に相談した所『この子には天法士としての才能があるかも知れない。教育を受けさせると良い』そう勧められた、と。
 ズィルバーの両親は方々手を尽くして息子の才能を伸ばしてくれる師を探した。その師がヴァローナの天法院出身で、ズィルバーが教育を受けるならヴァローナが良いと言う事になったらしい。
 ズィルバーの父上は特別な息子を甘やかして育てすぎたと感じていたのか、高級な下宿生活では無く、様々な人々と生活を共にすることになる寮に放り込んで息子の自立を促す事にした、ようだ。
「……それで、小生は寮にきましたますデス!」
 これまでのいきさつを語り終えて、ズィルバーは満足そうにふすーっと息を鳴らした。
「……なるほど。そうか。君は良い両親に育てられたんだな」
「えへへ……父上も母上も優しい、素敵ますデス!」
 真っ直ぐ誇らしげに両親を語るズィルバーが、レーキには少しばかり|眩《まぶ》しい。レーキにとって両親と言えるのは養父母だけで、山の村の家が燃えてしまった今となっては、本当の両親の手がかりは皆無だ。
 全く会いたくないと言えば、嘘になるだろう。だが会った所でどんな事を言えば良いのか、どんな顔をすれば良いのかも想像することすら出来なかった。
「……レーキサンは、どうしてグラナートからヴァローナきたますデス?」
「それは追い追い話そう。短い話でも無いから。……それより、君は腹減ってないか?」
「ハイ! ぺこぺこ、デス!」
 すでに昼を告げる鐘が鳴って久しい。レーキは椅子から立ち上がって扉を指した。
「それじゃあ、食堂に行こう。食べ物はトークンと引き換えに貰うんだ。食堂の場所も覚えて貰わないと」
「ハイ、ますデス……あの、レーキサン、ご飯、食堂で食べなくちゃダメますデス?」
「……いや。食器をきちんと食堂に戻しさえすれば何処で食べても問題ない。俺も時々寮の部屋で食事をする事もある」
 ズィルバーのフードの下から、安堵の気配がする。やはりこの新入生は、他人に膚や顔を見られたくないのだ。レーキはそう確信した。
 食堂への道すがら、レーキはズィルバーに簡単に天法院の各棟を紹介する。
 三年前は天法院に入るかどうかも解らぬまま、アガートと一緒に歩いた歩廊を、今度は新入生と一緒に歩いている。その事が、とても懐かしいと同時に温かい。
 食堂には相変わらず沢山の人々がいて、騒がしく、活気に満ちている。三年前には圧倒された光景が、今では日常の一部になっている。そんな風に思う日が来るなんて、レーキには思わぬ事だった。
「……いっぱい人! います、デス!」
 ズィルバーはやはり圧倒されたようで、レーキの羽の陰に隠れるように後じさった。
「……大丈夫。みんな飯を食いに来てるんだ。俺たちと同じだ」
「……!!」
 ズィルバーの表情は見えないが、おろおろと怯えている事はよく解った。新入生を安心させようと、レーキは彼の肩に手を置いた。びくりっとその肩が跳ねる。恐る恐るこちらを見上げてくる新入生に、レーキは微笑みかけた。
「大丈夫。みんな飯を食うのに夢中で君が来た事にも気付いてない。だから君が怯える事は無い」
「レーキ、サン……」
「ほら、これが食堂のトークンだ。これ一つで一食分の食事と交換できる。……これは君に上げる。俺も新入生の頃、先輩にこれを貰って嬉しかったから」
「ありがとます、デス……」
 掌に落とされたトークンをぎゅっと胸元に握りしめて、ズィルバーは|俯《うつむ》いた。その姿はまるで何かに祈るようで。
 やがて、なけなしの勇気を振り絞ったのか、ズィルバーは顔を上げた。
「ご飯、食べましょう、デス。レーキサン」
「……ああ、そうしよう」
 二人はそろって食堂に足を踏み入れた。