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第43話 魔獣退治

ー/ー



「ふう。やっと着いた!」

 狭い坑道がぶち当たった遺跡は、飾り気も無ければ何も無い小部屋で、天井の角には古くなった蜘蛛(くも)の巣が(ほこり)をかぶっていた。
 光源はカンテラ一つしか無いにも関わらず、遺跡の壁は(ほの)明るく、青白く光っているように感じる。お陰ではっきりと遺跡の形が見て取れた。
 人工的に加工された石を巧みに組み合わせて、遺跡の壁は築かれている。この石は何と言う石なのだろう。心を穏やかに静めるような不思議な輝きの石だった。
 壁を(へだ)てて、人と何者かが争う声がする。先に遺跡に着いた狩人たちは早速、魔獣退治を始めているようだ。

「あたしたちも急ぎましょう。獲物がいなくなっちゃう!」

 クロスボウを構えながら、ネリネはウィルに合図する。
 休息の時に事前に打ち合わせていたのは、ウィルとネリネが時間差で敵の前に飛び出し、片っ端から魔獣を退治すると言う、作戦とも呼べないような荒っぽいモノだった。

「うしっ! コレ、頼んだぜ!」

 レーキにカンテラを預けてから、舌なめずりでもしそうな表情で、ウィルは先立って部屋を出る。双剣を抜き放ち、油断なく気を配って魔獣を探す。
 小部屋を出ると、左右に小部屋と同じ材質で作られた廊下が伸びていた。
 廊下には、坑道と繋がった小部屋と同じ位の大きさの部屋が行儀良く並んでいる。
 ウィルは人の声がする方向を避けて、右手の廊下に進んだ。その後ろをネリネが、カンテラを掲げたレーキが続く。
 ウィルが隣の小部屋の入り口に立つ。中の気配を伺い、何かを感じてにぃっと歯をむき出して笑う。
 入り口は狭く、人一人通るのがやっとの大きさで、部屋の中から何かの気配がする。
 ネリネは頷いて、クロスボウを構え直す。ウィルは『作戦』に従って、迷わずに小部屋に飛び込んだ。それと同時に、ぎゃんっと何者か獣が悲鳴を上げる。

「二匹!」

 ウィルの報告に続いて、ネリネが小部屋に踏み込む。
 二人を照らすように、レーキはカンテラを小部屋の中へ向けた。
 その小部屋には二匹のトリュコスが待ち構えていた。部屋の右側にいた一頭を、ウィルの双剣が鮮やかに切り裂いている。首筋から血液を吹き出して、トリュコスは絶命していた。
 次の瞬間、もう一頭の首筋にネリネのクロスボウから放たれた矢が、二本続けざまに命中する。
 為す術もなく、残ったトリュコスは断末魔の悲鳴を上げて床に倒れ伏した。

「……ふうん。そこそこやるじゃない。それにコレなら毛皮の価値を落としてないわ」

 ウィルの倒したトリュコスの傷口を検分してネリネは立ち上がり、自分が倒したトリュコスの角に青い塗料を塗りつけた。後で死骸を回収するのは、町が雇ったポーターの役目で、その時に誰が何頭魔獣を退治したのか解るように、目印を付ける決まりになっていた。

「あんたもな。かなりいい腕だ」

 ウィルも、魔獣の角に支給されていた緑色の塗料を塗り、ネリネを見てにっと笑った。

「……さ、次行きましょ。この部屋には何も無いようだしね」

 ネリネの言う通り、この小部屋には二頭のトリュコスの死骸以外に目に付くものは無い。
 装飾もなく、遺物の一つもない。大きさまで坑道と繋がった小部屋と変わらない。
 三人は並んでいた小部屋を虱潰(しらみつぶ)しに当たって、合計五頭のトリュコスとかち合った。
 他の狩人たちが狩った分と合わせると、かなり大きな群れになるだろう。
 小部屋の中に、少し大きな部屋に繋がっている部屋が見つかった。その部屋には既に他の狩人たちが入っていて、印の付けられたトリュコスの死骸が放置されていた。
 その部屋の先にも別の部屋が繋がっているようだ。

「調査に入った学者が作った簡単な見取り図があるの。それ見せて貰ったんだけどね、それに()るとこの先は大きな部屋になってる。その部屋の先にさらに大きなホール。ホールじゃないほうに遺跡の外に通じてるらしい階段があって、大きな部屋を挟んで同じ様に小部屋が並ぶ構造になってるの」

 埃の積もった床に、ネリネは簡単な図を書いた。遺跡は、ほぼ左右対称になっているようだった。

「そのホールにね、壁画と玉座らしきモノが有るらしいの。そこは後でじっくり調査するつもりだけど、まずは魔獣退治ね」
「それなら、大きな部屋とやらに行ってここと反対側の小部屋が並ぶ辺りを調べた方が良いんじゃねえか? ホールよりトリュコスが巣を作ってる可能性が高い」
「そうね。トリュコスは元々木の虚とか小さな洞窟とかを寝床にするの。だから狭い空間を好んで棲処(すみか)にするはず」

 事情を完全には飲み込めていない様子のレーキに、ネリネは丁寧に説明する。

「なるほど、解った」

 ネリネとウィルは、魔獣退治の経験も魔獣の生態に対する知識も持っているようだ。
 レーキも、グラナートとアスールの森にいた魔獣の生態については、いささか知っていた。だが、その他の魔獣については、一度か二度本で読んだきりだ。実体験の伴わない知識は弱い。それを痛感する。

「……まず大きな部屋に出ましょ。それから大勢反対側に向かってるようならホールに向かう」

 三人は指針を決めて、大きな部屋へ向かった。そこにもトリュコスの死骸があった。

「んー。あっち側はもう狩り尽くされてるかなー?」

 反対側への入り口を見やって、ネリネは大きな部屋を検分し始める。ホールに続いている入り口は大きく、三人がいっぺんに出入り出来る程の広さがあった。

「……っ!!」

 ホールから争う気配がする。ホールには、既に狩人たちが入っているようだ。悲鳴と怒号が上がった。ホールの仲間は、随分苦戦しているらしい。

「……お! 良いところに! あんたらも手伝ってくれ!」

 ホールから、大きめのクロスボウを手にした男が大きな部屋に飛び込んできた。その男は埃と血に塗れていたが、自分自身に大きな怪我は無い様だった。

「トリルだ! トリルが居たんだよ! かなり大きい! それも二頭!」
「え!?」

 レーキも本で読んだことがある。トリルはトリュコスを従える巨大な魔獣で、トリュコスに似た三つの首に一つの大きな胴、三つの植物のツタに似た尾を持つという。
 体長は狼より少し大きめなトリュコスを三頭合わせたよりももっと大きく、別名を『トリュコスの王』とも言った。

「お! そいつは良い! 加勢に行こうぜ!」

 強敵を前に、好戦的な眼差しを隠そうともしないウィルが唇を舐める。

「そうね。トリルが暴れて遺跡が傷だらけになったら大変だわ!」

 珍しく、ウィルとネリネの意図がすんなり重なった。レーキとしても否やはない。実物のトリルを一目見てみたいと言う好奇心にも勝てなかった。
 他の狩人たちを呼びに行くという男を残して、三人はホールへ向かった。



 ホールは巨大な空間だった。
 狩人として参加している天法士が、持続時間の長い『光球』を打ち上げたのだろう。ホールは天井まではっきりと見えている。
 天井は狩人たちの頭上はるかに高く、鳥人であるレーキならば、飛び回ることさえ出来そうだ。
 壁一面に竜人か竜王らしき影、動植物と何かの儀式の場面、人間と亜人、様々な種類の壁画が、今では見られなくなった古代の様式で描かれている。
 ホールの端は十数段高くなって、その上には周囲の材質と同じ青白く光る、石造りの玉座が設えられていた。かつてはこのホールで、何らかの儀式が行われていたのかもしれない。
 今は二頭のトリルに占拠され、その周りを十数頭のトリュコスが守りを固め、それを十人ほどの狩人たちが取り囲んでいた。
 トリュコスたちは、自分たちの王と女王を守ろうと必死に抵抗している。既に事切れたトリュコスの死骸が、ホールのあちこちに転がっていた。

「ちぃっ! 出遅れたぜ!」

 踊るような足取りで、ウィルはトリュコスの群に向かって駆け出して行った。
 双剣を振るい、牙を剥き出して襲いかかってくるトリュコスを次々と斬り伏せる。その横顔は直ぐに返り血で赤く染まった。

「アイツ……張り切っちゃって、まあ!」

 ネリネはトリュコスとトリルを狙って、クロスボウで矢を射掛ける。
 幾本か矢がトリルの身体に突き立ったが、どちらのトリルもその程度では、疲労の色も見せなかった。トリルは三つの首を器用に使い、狩人たちの攻撃をいなしている。
 有る者は剣を使い、有る者は弓を使い、有る者は天法で。トリュコスは見る間に数を減らしていく。

「……よっしゃ!」

 ネリネの放った矢が一頭のトリルの大きな(ひとみ)を一つ射抜く。トリルはホールを揺らすほど大きな悲鳴を上げて、天を仰ぐ。その隙を狩人たちは見逃さない。無防備に(さら)された喉に向かって矢と『氷槍』とが尽き立った。
 どうっと巨大なトリルの一頭が、玉座の階段を滑り落ちる。悲痛な遠吠えと共に。もう一頭のトリルが玉座から飛び降りて、狩人たちに襲いかかった。
 三つの首に狙われて、体勢を崩す狩人たちの中にあって、ウィルはただ一人残りのトリルの前に立っていた。
 トリルの植物にも似た三つの尾が鞭のようにしなって、三方向からウィルに殺到する。遺跡の床が穿(うが)たれる程の衝撃。
 だがウィルはその場所には既に居ない。予備動作も見せずに飛び上がり、振りかざす刃はトリルの首の一つを捉える。赤い血潮がトリルの首の一つから間欠泉のように噴き出した。

「ひとぉーつ!」

 切り裂いた首の数を数える余裕さえ見せて、ウィルは凄惨な笑みを浮かべる。それは心底強敵と死合うことを喜びとする鬼人の笑みだった。
 トリルの牙を、爪を巧みにかいくぐり、笑いながら、ウィルはトリルに死をもたらす一撃を加えていく。
 やがて、トリルはフラフラと足元もおぼつかず、攻撃も空を切るようになってきた。

「……じゃあな、でっかいの」

 しなやかなバネのように。ウィルは双剣を構えてトリルに肉薄する。

「……お前に会えて、楽しかったぜ……!」

 ウィルが(ささや)く。同時に手にしていた双剣が、トリルの無傷の首を確実に捉える。駆け抜けざまにウィルの双剣は、トリルの二つの首筋を切り裂いた。
 トリルは膝を突き、巨体がぐらりと傾く。恨めしそうな三対の眸がじっとウィルを見つめて、急速に光を失って行った。
 数匹残っていたトリュコスも、狩り尽くされる。狩人たちの中にもトリュコス、あるいはトリルに手傷を負わされた者も居るようだ。怪我を負った者は、ホールの入り口まで後退して天法士の手当てを受けている。

「……ふう」

 双剣にべったりと(まとい)付いた魔獣の血を拭って、ウィルは二振りを鞘に収めた。


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「ふう。やっと着いた!」
 狭い坑道がぶち当たった遺跡は、飾り気も無ければ何も無い小部屋で、天井の角には古くなった|蜘蛛《くも》の巣が|埃《ほこり》をかぶっていた。
 光源はカンテラ一つしか無いにも関わらず、遺跡の壁は|仄《ほの》明るく、青白く光っているように感じる。お陰ではっきりと遺跡の形が見て取れた。
 人工的に加工された石を巧みに組み合わせて、遺跡の壁は築かれている。この石は何と言う石なのだろう。心を穏やかに静めるような不思議な輝きの石だった。
 壁を|隔《へだ》てて、人と何者かが争う声がする。先に遺跡に着いた狩人たちは早速、魔獣退治を始めているようだ。
「あたしたちも急ぎましょう。獲物がいなくなっちゃう!」
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 休息の時に事前に打ち合わせていたのは、ウィルとネリネが時間差で敵の前に飛び出し、片っ端から魔獣を退治すると言う、作戦とも呼べないような荒っぽいモノだった。
「うしっ! コレ、頼んだぜ!」
 レーキにカンテラを預けてから、舌なめずりでもしそうな表情で、ウィルは先立って部屋を出る。双剣を抜き放ち、油断なく気を配って魔獣を探す。
 小部屋を出ると、左右に小部屋と同じ材質で作られた廊下が伸びていた。
 廊下には、坑道と繋がった小部屋と同じ位の大きさの部屋が行儀良く並んでいる。
 ウィルは人の声がする方向を避けて、右手の廊下に進んだ。その後ろをネリネが、カンテラを掲げたレーキが続く。
 ウィルが隣の小部屋の入り口に立つ。中の気配を伺い、何かを感じてにぃっと歯をむき出して笑う。
 入り口は狭く、人一人通るのがやっとの大きさで、部屋の中から何かの気配がする。
 ネリネは頷いて、クロスボウを構え直す。ウィルは『作戦』に従って、迷わずに小部屋に飛び込んだ。それと同時に、ぎゃんっと何者か獣が悲鳴を上げる。
「二匹!」
 ウィルの報告に続いて、ネリネが小部屋に踏み込む。
 二人を照らすように、レーキはカンテラを小部屋の中へ向けた。
 その小部屋には二匹のトリュコスが待ち構えていた。部屋の右側にいた一頭を、ウィルの双剣が鮮やかに切り裂いている。首筋から血液を吹き出して、トリュコスは絶命していた。
 次の瞬間、もう一頭の首筋にネリネのクロスボウから放たれた矢が、二本続けざまに命中する。
 為す術もなく、残ったトリュコスは断末魔の悲鳴を上げて床に倒れ伏した。
「……ふうん。そこそこやるじゃない。それにコレなら毛皮の価値を落としてないわ」
 ウィルの倒したトリュコスの傷口を検分してネリネは立ち上がり、自分が倒したトリュコスの角に青い塗料を塗りつけた。後で死骸を回収するのは、町が雇ったポーターの役目で、その時に誰が何頭魔獣を退治したのか解るように、目印を付ける決まりになっていた。
「あんたもな。かなりいい腕だ」
 ウィルも、魔獣の角に支給されていた緑色の塗料を塗り、ネリネを見てにっと笑った。
「……さ、次行きましょ。この部屋には何も無いようだしね」
 ネリネの言う通り、この小部屋には二頭のトリュコスの死骸以外に目に付くものは無い。
 装飾もなく、遺物の一つもない。大きさまで坑道と繋がった小部屋と変わらない。
 三人は並んでいた小部屋を|虱潰《しらみつぶ》しに当たって、合計五頭のトリュコスとかち合った。
 他の狩人たちが狩った分と合わせると、かなり大きな群れになるだろう。
 小部屋の中に、少し大きな部屋に繋がっている部屋が見つかった。その部屋には既に他の狩人たちが入っていて、印の付けられたトリュコスの死骸が放置されていた。
 その部屋の先にも別の部屋が繋がっているようだ。
「調査に入った学者が作った簡単な見取り図があるの。それ見せて貰ったんだけどね、それに|拠《よ》るとこの先は大きな部屋になってる。その部屋の先にさらに大きなホール。ホールじゃないほうに遺跡の外に通じてるらしい階段があって、大きな部屋を挟んで同じ様に小部屋が並ぶ構造になってるの」
 埃の積もった床に、ネリネは簡単な図を書いた。遺跡は、ほぼ左右対称になっているようだった。
「そのホールにね、壁画と玉座らしきモノが有るらしいの。そこは後でじっくり調査するつもりだけど、まずは魔獣退治ね」
「それなら、大きな部屋とやらに行ってここと反対側の小部屋が並ぶ辺りを調べた方が良いんじゃねえか? ホールよりトリュコスが巣を作ってる可能性が高い」
「そうね。トリュコスは元々木の虚とか小さな洞窟とかを寝床にするの。だから狭い空間を好んで|棲処《すみか》にするはず」
 事情を完全には飲み込めていない様子のレーキに、ネリネは丁寧に説明する。
「なるほど、解った」
 ネリネとウィルは、魔獣退治の経験も魔獣の生態に対する知識も持っているようだ。
 レーキも、グラナートとアスールの森にいた魔獣の生態については、いささか知っていた。だが、その他の魔獣については、一度か二度本で読んだきりだ。実体験の伴わない知識は弱い。それを痛感する。
「……まず大きな部屋に出ましょ。それから大勢反対側に向かってるようならホールに向かう」
 三人は指針を決めて、大きな部屋へ向かった。そこにもトリュコスの死骸があった。
「んー。あっち側はもう狩り尽くされてるかなー?」
 反対側への入り口を見やって、ネリネは大きな部屋を検分し始める。ホールに続いている入り口は大きく、三人がいっぺんに出入り出来る程の広さがあった。
「……っ!!」
 ホールから争う気配がする。ホールには、既に狩人たちが入っているようだ。悲鳴と怒号が上がった。ホールの仲間は、随分苦戦しているらしい。
「……お! 良いところに! あんたらも手伝ってくれ!」
 ホールから、大きめのクロスボウを手にした男が大きな部屋に飛び込んできた。その男は埃と血に塗れていたが、自分自身に大きな怪我は無い様だった。
「トリルだ! トリルが居たんだよ! かなり大きい! それも二頭!」
「え!?」
 レーキも本で読んだことがある。トリルはトリュコスを従える巨大な魔獣で、トリュコスに似た三つの首に一つの大きな胴、三つの植物のツタに似た尾を持つという。
 体長は狼より少し大きめなトリュコスを三頭合わせたよりももっと大きく、別名を『トリュコスの王』とも言った。
「お! そいつは良い! 加勢に行こうぜ!」
 強敵を前に、好戦的な眼差しを隠そうともしないウィルが唇を舐める。
「そうね。トリルが暴れて遺跡が傷だらけになったら大変だわ!」
 珍しく、ウィルとネリネの意図がすんなり重なった。レーキとしても否やはない。実物のトリルを一目見てみたいと言う好奇心にも勝てなかった。
 他の狩人たちを呼びに行くという男を残して、三人はホールへ向かった。
 ホールは巨大な空間だった。
 狩人として参加している天法士が、持続時間の長い『光球』を打ち上げたのだろう。ホールは天井まではっきりと見えている。
 天井は狩人たちの頭上はるかに高く、鳥人であるレーキならば、飛び回ることさえ出来そうだ。
 壁一面に竜人か竜王らしき影、動植物と何かの儀式の場面、人間と亜人、様々な種類の壁画が、今では見られなくなった古代の様式で描かれている。
 ホールの端は十数段高くなって、その上には周囲の材質と同じ青白く光る、石造りの玉座が設えられていた。かつてはこのホールで、何らかの儀式が行われていたのかもしれない。
 今は二頭のトリルに占拠され、その周りを十数頭のトリュコスが守りを固め、それを十人ほどの狩人たちが取り囲んでいた。
 トリュコスたちは、自分たちの王と女王を守ろうと必死に抵抗している。既に事切れたトリュコスの死骸が、ホールのあちこちに転がっていた。
「ちぃっ! 出遅れたぜ!」
 踊るような足取りで、ウィルはトリュコスの群に向かって駆け出して行った。
 双剣を振るい、牙を剥き出して襲いかかってくるトリュコスを次々と斬り伏せる。その横顔は直ぐに返り血で赤く染まった。
「アイツ……張り切っちゃって、まあ!」
 ネリネはトリュコスとトリルを狙って、クロスボウで矢を射掛ける。
 幾本か矢がトリルの身体に突き立ったが、どちらのトリルもその程度では、疲労の色も見せなかった。トリルは三つの首を器用に使い、狩人たちの攻撃をいなしている。
 有る者は剣を使い、有る者は弓を使い、有る者は天法で。トリュコスは見る間に数を減らしていく。
「……よっしゃ!」
 ネリネの放った矢が一頭のトリルの大きな|眸《ひとみ》を一つ射抜く。トリルはホールを揺らすほど大きな悲鳴を上げて、天を仰ぐ。その隙を狩人たちは見逃さない。無防備に|晒《さら》された喉に向かって矢と『氷槍』とが尽き立った。
 どうっと巨大なトリルの一頭が、玉座の階段を滑り落ちる。悲痛な遠吠えと共に。もう一頭のトリルが玉座から飛び降りて、狩人たちに襲いかかった。
 三つの首に狙われて、体勢を崩す狩人たちの中にあって、ウィルはただ一人残りのトリルの前に立っていた。
 トリルの植物にも似た三つの尾が鞭のようにしなって、三方向からウィルに殺到する。遺跡の床が|穿《うが》たれる程の衝撃。
 だがウィルはその場所には既に居ない。予備動作も見せずに飛び上がり、振りかざす刃はトリルの首の一つを捉える。赤い血潮がトリルの首の一つから間欠泉のように噴き出した。
「ひとぉーつ!」
 切り裂いた首の数を数える余裕さえ見せて、ウィルは凄惨な笑みを浮かべる。それは心底強敵と死合うことを喜びとする鬼人の笑みだった。
 トリルの牙を、爪を巧みにかいくぐり、笑いながら、ウィルはトリルに死をもたらす一撃を加えていく。
 やがて、トリルはフラフラと足元もおぼつかず、攻撃も空を切るようになってきた。
「……じゃあな、でっかいの」
 しなやかなバネのように。ウィルは双剣を構えてトリルに肉薄する。
「……お前に会えて、楽しかったぜ……!」
 ウィルが|囁《ささや》く。同時に手にしていた双剣が、トリルの無傷の首を確実に捉える。駆け抜けざまにウィルの双剣は、トリルの二つの首筋を切り裂いた。
 トリルは膝を突き、巨体がぐらりと傾く。恨めしそうな三対の眸がじっとウィルを見つめて、急速に光を失って行った。
 数匹残っていたトリュコスも、狩り尽くされる。狩人たちの中にもトリュコス、あるいはトリルに手傷を負わされた者も居るようだ。怪我を負った者は、ホールの入り口まで後退して天法士の手当てを受けている。
「……ふう」
 双剣にべったりと|纏《まとい》付いた魔獣の血を拭って、ウィルは二振りを鞘に収めた。