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第17話 新たな出会い

ー/ー



学究祭(がっきゅうさい)』の二日目。
 昨日よりはいくばくか買い出しを早く済ませてくれたクランたち通学生組のお陰で、軽食店の準備は素早く終わった。
 今日も張り切って厨房に立とうと、万端用意していたレーキに、クランは告げる。

「あ、お前今日は遅番な。昼過ぎまで休憩」
「……え、いいのか?」
「結局昨日は休み無しだったろ? ……おれもだけど。お前だって行きたいトコとか有るだろうし。……おれもだけど。だから昼過ぎまで『祭』を見て回っていいぞ」
「……要するにお前、昼まで休みたいんだな?」
「まあな! せっかく『祭』だっていうのにさー! まだ何も見てないし何も食ってないし!」
「……わかった。それなら俺も休ませてもらう。昼の(かね)が鳴ったら戻ってくればいいか?」
「おう! ゆっくりでいいからな!」

 急に、ぽっかり空白の時間ができた。レーキはエプロンを片付けると、自分の代わりに調理担当になった生徒に一言「頼む」と伝えて教室を出た。
 まずは見てみたいと思っていた二学年生の展示を見に教室棟へ向かおう。そう決めて、一人教室棟の二階への階段を上りだした途端。

「……おーい! レーキ! まずどこ行く?」

 クランのやかましい声が、背中を追って来た。



 二学年生の展示。そう言ったレーキの提案は即座に「つまんない」と却下された。

「まずは『剣統院(けんとういん)』で剣士の模擬戦見てーそれから『商究院(しょうきゅういん)』の屋台冷やかしてー……『音楽院』に行く時間はあるかな?」
「……無いだろうな。それより二学年生の……」
「レーキ、レーキ、レーキ・ヴァーミリオンくん? 勉強はいつでもできる! 明日も展示はやってるし。でも楽しみは一度逃したら取り返しなんてつかないんだよぉー!」
「……はぁ……」

 まるで、駄々をこねる子供のようだ。厄介な相手に捕まってしまった。溜め息をつくしか無い。今日のクランは、なぜか自分と『祭』を堪能する気で満々のようだ。
 仕方ない。二学年生の展示は明日見に行くことにしよう。諦めの表情を浮かべて、レーキは先立って歩き出したクランを追いかける。
 『剣統院』への道すがら、クランの知り合いらしい『商究院』の生徒一人と合流した。

「あ、こいつはレーキね。一学年生の特待生」
「こんちわーオウロっス! へー特待生か~すごいっスね~よろしくっス~」
「レーキ、こいつはオウロ。『商究院』の一年。今回の店に協力してくれたのはこいつの実家ね」
「……レーキ、です。よろしく」

 初対面の二人は、互いに空の両手を差し出して見せる。ヴァローナ流の挨拶だった。
 クランとオウロは幼馴染(おさななじみ)で、ともに実家は『学究の館』にある宿屋と商家だという。
初等校(しょとうこう)』、つまり子供たちが初めて学びを得る学校時代からいつでも一緒で、二人揃って同じ商売の道に進むと思っていたと。

「……おれがさ、有り余るほどの天分があるっぽいってわかっちゃってさ……せっかく竜王様が授けてくれた才能を無駄にするのは惜しいからさーそれで『天法院(てんほういん)』に進んじゃったわ・け」
「……と言っても適性試験でちょーと成績が良かった程度なんスけどね~まあ親御さんもノリノリみたいっスから」

 幼馴染らしい気のおけないやり取りに挟まれて、レーキは部外者の苦い笑みを浮かべる他ない。

「あ、剣統院にも幼馴染がいてさー! そいつ結構いいとこの商店の息子なんだけど、なんでか剣術とか格闘とかそう言うのにのめり込んじゃってさーそれでとうとう剣統院にまで行っちゃった変わったやつなんだよ」
「そいつグラーヴォって言って、この界隈じゃ『喧嘩で負けたこと無い』ってヤツなんスよ。ガタイも恵まれてるし……でも魔獣が……ぜんぜんダメなんスよね~ちっちゃくて可愛くてふわふわのレプスって魔獣ですらコワイって……」
「そーそー。いかつい顔してるくせに『魔獣コワイー』って……」
「レプスは前歯が鋭いから……噛まれたら大怪我になることもある。怖いと思うのは仕方ないと思うが」
「……レーキ。真顔で言うな。真顔で。ここは笑って受け流しとくトコだぞ」
「……あ。そう、か。……すまん」

 レーキにはこう言う時、会話の勝手と言うヤツが解らない。冗談が理解できない訳では無いが、会話のノリや暗黙の了解というモノに馴染みがない。

「まったく。ま、お前はそう言うヤツだった。まあ、とにかくグラーヴォは人間相手なら負けなしだから」
「後でグラーヴォも紹介するっスよ。今日は一年代表で二年と試合するらしいっスから~……その後で~」
「おっと。あいつの試合に間に合わなくなっちゃう! 急ごうぜ!」

 軽口でからかっているようで、幼馴染のことを純粋に信頼している。三人の関係性がレーキには少し(まぶ)しい。
 急ぎ足で三人は『祭』を楽しむ人々でごった返す通りを抜けて、街の北西にある『剣統院』へと向かった。



 門の前に立ってみれば、なるほど『剣統院』の建物は質実剛健な作りで。まるで(きび)しい騎士や戦士の横顔のようだった。
 天法院と大きく違うのは、実習に使うのであろう円形の剣闘場と広い練兵場が付属している所だろうか。
 その他の建物も城か砦のような作りで、この『剣統院』全体が一個の演習場なのだ。それは、学問の街にあっては異質な存在であった。
 それは当然のことだった。万が一この街が何者かの侵略を受けたとき、騎士たち、兵士たちの砦となるのもまたこの『剣統院』である。



「……まだ始まってない! 間に合った!」

 ぐるりを木製で階段状の観覧席に取り囲まれた、小型の円形剣闘場の一角に、一般の観客が試合を見学できる席があった。
 レーキたち三人は、滑り込みでその席についた。そこそこ注目される試合なのだろう。観客席は八割がた埋まっている。
 剣闘場の盤面に登っているのは二人。
 体格もよく、鋼鉄のプレート鎧を着て刃を潰した大剣を両手で構えた選手が一人。
 いかつい顔に緊張をみなぎらせて、大剣を固く握りしめているように見えた。
 こちらが、グラーヴォだろうか?
 もう一人はグラーヴォらしい選手より若干背も低く、黒髪をそのまま晒し鎧も胸当てだけ。
 緊張している様子もなく、両手に幾分細身の両刃の剣を持っていて、右手の剣は左手のそれより少し長い。これも刃を潰してあるのだろうが、両手で剣を扱うには相当の膂力(りょりょく)が必要だろう。それをその選手は軽々と扱っていた。

「……どっちがそうなんだ?」
「大剣持ってる大きいほう!」
「相手は軽装っスね……あんなんで重剣士と勝負になるんスかね~?」
「グラーヴォー! やっちまえー!!!」

 クランが叫んだその瞬間。試合開始を告げるラッパが鳴った。
 それを合図に。グラーヴォが雄叫びを上げて対戦相手に迫る。左半身に身を捻って切っ先を下ろし、それから力任せに大剣を右上に振り上げた。
 対戦相手はそれを予期していたように左に半歩、身を(かわ)す。
 グラーヴォは振り上げた大剣の軌道(きどう)を無理やりに変えてそのまま左へ振り下ろす。あの大剣で切られれば、きっとひとたまりもない。グラーヴォの一撃一撃は、とてつもなく重い。
 それを。対戦相手の二年生は左手に持った短い方の両刃剣だけで、受け流す。敵の勢いを使って剣を滑らせるように。気勢を殺して受け止めてしまう。

「……ああ、くそっ! 惜しい!」

 隣でクランが悪態をつく。
 違う。惜しくなんか無い。グラーヴォが戦っているのは、何枚も上手の相手だ。遊ばれている。
 レーキにはそれが直感でわかった。
 少年の頃、盗賊の砦で戦闘訓練をする仲間たちを見てきた。彼らは所詮は盗賊だったが、それでも命をかけて戦いに望む者が持つ鬼気(きき)を持っていた。どうすれば相手は倒れ、死に、『カタがつく』のか。戦う者は皆それを知ろうと、必死になって剣を振っていた。
 二年生の対戦相手はたしかにそれを知っていて、だがそれを上手に抑え込んでいる。本物の手練だけが持つ鬼気を。
 グラーヴォは何度も大剣を振り上げ切り上げ、果敢に攻め立てる。対戦相手は防戦に回っているように見せて、(たく)みに貰ってはいけない一撃を殺してしまっている。
 一合(いちごう)二合(にごう)、仕掛けるほどに、打ち合うほどに。大剣に、プレート鎧の重さに耐えかねたのか、グラーヴォの動きが次第、精彩(せいさい)を欠き出した。
 それを待っていたように。二年生は両手に持った双剣で容赦のない連撃を加える。
 グラーヴォはそれを大剣で受け止めようとするが、全ては受け止めきれないのだろう。プレート鎧を叩く鋭い高音が辺りに響きだした。
 刃を潰した剣だ。鎧も着ている。大きなダメージは無いだろうが、鉄の塊で何度も殴られれば相当痛いだろう。

「……グラ……!!!」
「ああ……そんなっス……!!!」

 心配でたまらない。そんな表情で、二人の幼馴染は試合の決着を見守っている。
 とうとう、グラーヴォが片膝をついた。その喉元に素早く右手の長剣を突きつけて、二年生は黙って審判である教師を見やる。

『勝者、二年生代表ウィリディス・レスタベリ!』

 剣統院には、声の大きさを拡大する天法のかかった法具(ほうぐ)が有るのだろう。大音量で勝者が告げられる。
 ゴクリと息を呑む一拍。次の瞬間、『剣統院』の剣闘場は勝者を(たた)える割れんばかりの歓声に包まれた。



「……グラーヴォ!!」

 敗者となった幼馴染を心配して、クランとオウロの二人は、剣士用控え室の天幕に駆け込んだ。
 レーキもようやく二人を追いかける。剣闘場のそばに作られた天幕は医務所も兼ねているようで、三人が到着する頃には、グラーヴォはプレート鎧を脱がされ、数多く負った傷の手当を受けているようだった。

「……良かった……生きてる……!」
「人を勝手に殺すな! ……()ぅ……っ!」
「……傷、痛むっスか?」
「ああ、少しな……」
「……もーっ! なんで?! 最初は勝ってるっぽかったのに! なんでお前が負けちゃうんだよぉー!」
「ホントに信じられないっス~!」

 幼馴染たちの言葉に、グラーヴォは(うつむ)いて唇を噛んだ。

「……違う。完敗だ……先輩が強いのはわかってたけど……どっか『自分の方が体格も上だ。負けるはずねぇ』って思っちまった……! そんなんで勝てるわけがねぇ……!」

 初対面のレーキには掛ける言葉がない。黙って成り行きを見守っていたその背後で、声がした。

「……ふうん。傷は大した事なさそうじゃねぇか。一年坊主」

 そこにいたのは、ウィリディスと呼ばれていた二年生代表だった。
 ウィリディスは、碧色に見える(ひとみ)を細めて、にいっと笑った。それから手にしていた『治癒水(ちゆすい)』用の薬壜(くすりびん)を後輩に放り投げる。グラーヴォは(あわ)てて、それを受け取った。

「……先、輩!?」
「お前、どうして自分が負けたか解るか? お前には『理解』が足りない。自分のこと、相手のこと、剣闘場という場所、秋という季節、今という時刻。なんに対しても圧倒的に『理解』が足りてねぇんだ」
「……っ」
「お前は確かに体格が恵まれてる。だからかもしれねぇが、『技術』ってものを軽んじてる。剣ってものはただ闇雲に振り回せば当たるってモンでもないんだぜ? 技術を身につければお前のデッカイって長所が必ず生きてくる。それから相手を知れ。どうしてオレがお前相手に軽装で戦ったのか。そのことの意味をよぉく考えろ。そして……己の限界ってやつを知れ」
「……先輩……!」

 己に足りないもの。それを教えるウィリディスの言葉に、先ほどまで悔しさに唇を噛んでいたグラーヴォは素直に感じ入っているようだった。
 今度は決意を固めるために、唇を噛んでグラーヴォはまっすぐに先輩を見上げた。

「はい! ……『理解』して……今度はぜってー負けねぇ、ですっ!」
「んー。意気は買うがなー。まずは言葉遣いからどうにかしろ」
「はいっす!」

 警戒心満々の幼馴染たちを尻目に、勝者と敗者の剣士二人は意気投合しているようだ。お互いの健闘を称え合って、自分の肩に拳を当てる略式の敬礼を交わしている。
 どうもこのウィリディスという二年生、そう悪い人間ではないようだ。あの時の、鬼気だと思ったものは気のせいだったのか?
 レーキは、笑い合う先輩、後輩二人の横顔を代わる代わるに見つめる。
 その視線に気づいたのか、ウィリディスは(いぶか)しげに部外者三人をぐるっと見回した。

「……所でさ。お前らは何モンだ?」
「あ! 先輩! コイツらは自分の幼馴染っす! ……ってアンタ誰だ?」

 グラーヴォは(おどろ)いた様子で、全くの部外者であるレーキを(にら)みつける。その視線の鋭さに、レーキはわずかにたじろいだ。

「あー! こいつは今日紹介するって言ってたおれのクラスメイト!」
「ああ! 『天法院』の特待生か!」

 あらかじめ聞かされていたのだろう。グラーヴォは得心(とくしん)がいったようで厳しい表情を崩し、はにかんだような笑みを浮かべて頭を()いた。笑うとグラーヴォのいかつい顔に、少年らしさがにじみ出る。『剣統院』の一年生ということは、クランと同い年なのであろうか。

「……初めて会うってのに、なんだかかっこ悪いとこ見せちまったな……」
「いや。君は(すご)かった。あの一撃を(もら)ったら……俺はそのまま死の王様に会いに行くハメになりそうだ」
「うんうん。そうだよな! こいつは凄いやつなんだよ! 騎士の生まれでもないのに一年代表になるような凄腕(すごうで)なんだからさ!」
「……って、なんでクランが得意げなんスか~?」
「そうだぞ。代表になったのはお前じゃなくて自分なんだからな!」
「てへへへっ」

 冗談のような幼馴染たちのやり取りに囲まれて、レーキも思わず笑ってしまう。その場が静まるのを待って、グラーヴォは真面目な顔で自己紹介する。

「……こほん。自分はグラーヴォ。剣統院の一年生で……十六っす」
「……俺はレーキ。天法院の一学年生で、今年、十八になった」
「え! レーキってばそんなに年上だったけ……? やべぇ……今度から敬語のほうが良いデ、スカ……?」
「なんだか落ち着かないから……『絶対』やめてくれ、クラン」

 レーキがため息をつく。クランとオウロが笑い、グラーヴォは先輩がくれた治癒水を飲みだした。
 和みだした雰囲気の中で。いつの間に天幕を出ていったのやら、ウィリディスの姿は消えていた。



 『天法院』のローブを着たレーキとクラン、ヴァローナ商人風私服姿のオウロ、そして『剣統院』の制服を着たグラーヴォ。
 四人は背丈もバラバラで、小太りのクラン、痩せ気味のオウロ、中肉中背のレーキ、ガッチリとしたグラーヴォと、体格もバラバラだった。
 凸凹(でこぼこ)四人組は、『商法院』の屋台を巡る。
 クランとグラーヴォは美味そうな匂いを漂わせている食べ物の屋台を見つけて突撃していった。
 焼いた肉を挟んだパン、串に刺した果物の飴がけ、揚げたてでかりかりになった芋料理、薄焼きクレープに甘味を挟んだもの、果実水……目に映ったものを片っ端から持ちきれないほど手にしてせわしなく飲み、食べている。
 オウロは幼馴染二人を尻目に、装飾品や衣料品の屋台を見ては冷やかして、装飾品の質の善し悪しなどをレーキに教えてくれた。

「オレっちは将来『宝石』を商う商人になりたいんっス。まあ、実家は野菜と果物の問屋なんで……なかなか言い出せないんスけどね~」

 三人の幼馴染で、一番しっかり自分の将来を見据えているのはオウロのようだ。

「……ここだけの話っスよ~。レーキさん、は口が堅そうだから言ったっス。言葉にするとなんだかホントになるような気がするっスから~」

 オウロはそう言って笑った。

「レーキ、でいい。その……『自分がいつかこうなりたい』と思えることがあるのは、とても素晴らしいことだと思う」

 他人から押し付けられたものでも、ただ置かれた場所から逃げ出したいと思うことでも無い。しっかりと前を見据えて憧れを語れる者の強さと(まぶ)しさ。
 かつて、祭の喧騒の外でただ殴られぬことを喜んでいた頃。夢想だにしなかった未来にいま、自分は立っている。

「……そうっスね~。オレっちもそう思うっスよ……レーキ! オレっちたちもなんか食おうっス~!」
「ああ!」

 記憶の中の蚊帳の外の祭、空想していた祭より、実際に参加した祭はもっとずっと──楽しい!
 レーキは笑った。今日一番の笑顔で。嬉しくて楽しくて、泣き出しそうになるのを(こら)えながら。


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『|学究祭《がっきゅうさい》』の二日目。
 昨日よりはいくばくか買い出しを早く済ませてくれたクランたち通学生組のお陰で、軽食店の準備は素早く終わった。
 今日も張り切って厨房に立とうと、万端用意していたレーキに、クランは告げる。
「あ、お前今日は遅番な。昼過ぎまで休憩」
「……え、いいのか?」
「結局昨日は休み無しだったろ? ……おれもだけど。お前だって行きたいトコとか有るだろうし。……おれもだけど。だから昼過ぎまで『祭』を見て回っていいぞ」
「……要するにお前、昼まで休みたいんだな?」
「まあな! せっかく『祭』だっていうのにさー! まだ何も見てないし何も食ってないし!」
「……わかった。それなら俺も休ませてもらう。昼の|鐘《かね》が鳴ったら戻ってくればいいか?」
「おう! ゆっくりでいいからな!」
 急に、ぽっかり空白の時間ができた。レーキはエプロンを片付けると、自分の代わりに調理担当になった生徒に一言「頼む」と伝えて教室を出た。
 まずは見てみたいと思っていた二学年生の展示を見に教室棟へ向かおう。そう決めて、一人教室棟の二階への階段を上りだした途端。
「……おーい! レーキ! まずどこ行く?」
 クランのやかましい声が、背中を追って来た。
 二学年生の展示。そう言ったレーキの提案は即座に「つまんない」と却下された。
「まずは『|剣統院《けんとういん》』で剣士の模擬戦見てーそれから『|商究院《しょうきゅういん》』の屋台冷やかしてー……『音楽院』に行く時間はあるかな?」
「……無いだろうな。それより二学年生の……」
「レーキ、レーキ、レーキ・ヴァーミリオンくん? 勉強はいつでもできる! 明日も展示はやってるし。でも楽しみは一度逃したら取り返しなんてつかないんだよぉー!」
「……はぁ……」
 まるで、駄々をこねる子供のようだ。厄介な相手に捕まってしまった。溜め息をつくしか無い。今日のクランは、なぜか自分と『祭』を堪能する気で満々のようだ。
 仕方ない。二学年生の展示は明日見に行くことにしよう。諦めの表情を浮かべて、レーキは先立って歩き出したクランを追いかける。
 『剣統院』への道すがら、クランの知り合いらしい『商究院』の生徒一人と合流した。
「あ、こいつはレーキね。一学年生の特待生」
「こんちわーオウロっス! へー特待生か~すごいっスね~よろしくっス~」
「レーキ、こいつはオウロ。『商究院』の一年。今回の店に協力してくれたのはこいつの実家ね」
「……レーキ、です。よろしく」
 初対面の二人は、互いに空の両手を差し出して見せる。ヴァローナ流の挨拶だった。
 クランとオウロは|幼馴染《おさななじみ》で、ともに実家は『学究の館』にある宿屋と商家だという。
『|初等校《しょとうこう》』、つまり子供たちが初めて学びを得る学校時代からいつでも一緒で、二人揃って同じ商売の道に進むと思っていたと。
「……おれがさ、有り余るほどの天分があるっぽいってわかっちゃってさ……せっかく竜王様が授けてくれた才能を無駄にするのは惜しいからさーそれで『|天法院《てんほういん》』に進んじゃったわ・け」
「……と言っても適性試験でちょーと成績が良かった程度なんスけどね~まあ親御さんもノリノリみたいっスから」
 幼馴染らしい気のおけないやり取りに挟まれて、レーキは部外者の苦い笑みを浮かべる他ない。
「あ、剣統院にも幼馴染がいてさー! そいつ結構いいとこの商店の息子なんだけど、なんでか剣術とか格闘とかそう言うのにのめり込んじゃってさーそれでとうとう剣統院にまで行っちゃった変わったやつなんだよ」
「そいつグラーヴォって言って、この界隈じゃ『喧嘩で負けたこと無い』ってヤツなんスよ。ガタイも恵まれてるし……でも魔獣が……ぜんぜんダメなんスよね~ちっちゃくて可愛くてふわふわのレプスって魔獣ですらコワイって……」
「そーそー。いかつい顔してるくせに『魔獣コワイー』って……」
「レプスは前歯が鋭いから……噛まれたら大怪我になることもある。怖いと思うのは仕方ないと思うが」
「……レーキ。真顔で言うな。真顔で。ここは笑って受け流しとくトコだぞ」
「……あ。そう、か。……すまん」
 レーキにはこう言う時、会話の勝手と言うヤツが解らない。冗談が理解できない訳では無いが、会話のノリや暗黙の了解というモノに馴染みがない。
「まったく。ま、お前はそう言うヤツだった。まあ、とにかくグラーヴォは人間相手なら負けなしだから」
「後でグラーヴォも紹介するっスよ。今日は一年代表で二年と試合するらしいっスから~……その後で~」
「おっと。あいつの試合に間に合わなくなっちゃう! 急ごうぜ!」
 軽口でからかっているようで、幼馴染のことを純粋に信頼している。三人の関係性がレーキには少し|眩《まぶ》しい。
 急ぎ足で三人は『祭』を楽しむ人々でごった返す通りを抜けて、街の北西にある『剣統院』へと向かった。
 門の前に立ってみれば、なるほど『剣統院』の建物は質実剛健な作りで。まるで|厳《きび》しい騎士や戦士の横顔のようだった。
 天法院と大きく違うのは、実習に使うのであろう円形の剣闘場と広い練兵場が付属している所だろうか。
 その他の建物も城か砦のような作りで、この『剣統院』全体が一個の演習場なのだ。それは、学問の街にあっては異質な存在であった。
 それは当然のことだった。万が一この街が何者かの侵略を受けたとき、騎士たち、兵士たちの砦となるのもまたこの『剣統院』である。
「……まだ始まってない! 間に合った!」
 ぐるりを木製で階段状の観覧席に取り囲まれた、小型の円形剣闘場の一角に、一般の観客が試合を見学できる席があった。
 レーキたち三人は、滑り込みでその席についた。そこそこ注目される試合なのだろう。観客席は八割がた埋まっている。
 剣闘場の盤面に登っているのは二人。
 体格もよく、鋼鉄のプレート鎧を着て刃を潰した大剣を両手で構えた選手が一人。
 いかつい顔に緊張をみなぎらせて、大剣を固く握りしめているように見えた。
 こちらが、グラーヴォだろうか?
 もう一人はグラーヴォらしい選手より若干背も低く、黒髪をそのまま晒し鎧も胸当てだけ。
 緊張している様子もなく、両手に幾分細身の両刃の剣を持っていて、右手の剣は左手のそれより少し長い。これも刃を潰してあるのだろうが、両手で剣を扱うには相当の|膂力《りょりょく》が必要だろう。それをその選手は軽々と扱っていた。
「……どっちがそうなんだ?」
「大剣持ってる大きいほう!」
「相手は軽装っスね……あんなんで重剣士と勝負になるんスかね~?」
「グラーヴォー! やっちまえー!!!」
 クランが叫んだその瞬間。試合開始を告げるラッパが鳴った。
 それを合図に。グラーヴォが雄叫びを上げて対戦相手に迫る。左半身に身を捻って切っ先を下ろし、それから力任せに大剣を右上に振り上げた。
 対戦相手はそれを予期していたように左に半歩、身を|躱《かわ》す。
 グラーヴォは振り上げた大剣の|軌道《きどう》を無理やりに変えてそのまま左へ振り下ろす。あの大剣で切られれば、きっとひとたまりもない。グラーヴォの一撃一撃は、とてつもなく重い。
 それを。対戦相手の二年生は左手に持った短い方の両刃剣だけで、受け流す。敵の勢いを使って剣を滑らせるように。気勢を殺して受け止めてしまう。
「……ああ、くそっ! 惜しい!」
 隣でクランが悪態をつく。
 違う。惜しくなんか無い。グラーヴォが戦っているのは、何枚も上手の相手だ。遊ばれている。
 レーキにはそれが直感でわかった。
 少年の頃、盗賊の砦で戦闘訓練をする仲間たちを見てきた。彼らは所詮は盗賊だったが、それでも命をかけて戦いに望む者が持つ|鬼気《きき》を持っていた。どうすれば相手は倒れ、死に、『カタがつく』のか。戦う者は皆それを知ろうと、必死になって剣を振っていた。
 二年生の対戦相手はたしかにそれを知っていて、だがそれを上手に抑え込んでいる。本物の手練だけが持つ鬼気を。
 グラーヴォは何度も大剣を振り上げ切り上げ、果敢に攻め立てる。対戦相手は防戦に回っているように見せて、|巧《たく》みに貰ってはいけない一撃を殺してしまっている。
 |一合《いちごう》、|二合《にごう》、仕掛けるほどに、打ち合うほどに。大剣に、プレート鎧の重さに耐えかねたのか、グラーヴォの動きが次第、|精彩《せいさい》を欠き出した。
 それを待っていたように。二年生は両手に持った双剣で容赦のない連撃を加える。
 グラーヴォはそれを大剣で受け止めようとするが、全ては受け止めきれないのだろう。プレート鎧を叩く鋭い高音が辺りに響きだした。
 刃を潰した剣だ。鎧も着ている。大きなダメージは無いだろうが、鉄の塊で何度も殴られれば相当痛いだろう。
「……グラ……!!!」
「ああ……そんなっス……!!!」
 心配でたまらない。そんな表情で、二人の幼馴染は試合の決着を見守っている。
 とうとう、グラーヴォが片膝をついた。その喉元に素早く右手の長剣を突きつけて、二年生は黙って審判である教師を見やる。
『勝者、二年生代表ウィリディス・レスタベリ!』
 剣統院には、声の大きさを拡大する天法のかかった|法具《ほうぐ》が有るのだろう。大音量で勝者が告げられる。
 ゴクリと息を呑む一拍。次の瞬間、『剣統院』の剣闘場は勝者を|讃《たた》える割れんばかりの歓声に包まれた。
「……グラーヴォ!!」
 敗者となった幼馴染を心配して、クランとオウロの二人は、剣士用控え室の天幕に駆け込んだ。
 レーキもようやく二人を追いかける。剣闘場のそばに作られた天幕は医務所も兼ねているようで、三人が到着する頃には、グラーヴォはプレート鎧を脱がされ、数多く負った傷の手当を受けているようだった。
「……良かった……生きてる……!」
「人を勝手に殺すな! ……|痛《つ》ぅ……っ!」
「……傷、痛むっスか?」
「ああ、少しな……」
「……もーっ! なんで?! 最初は勝ってるっぽかったのに! なんでお前が負けちゃうんだよぉー!」
「ホントに信じられないっス~!」
 幼馴染たちの言葉に、グラーヴォは|俯《うつむ》いて唇を噛んだ。
「……違う。完敗だ……先輩が強いのはわかってたけど……どっか『自分の方が体格も上だ。負けるはずねぇ』って思っちまった……! そんなんで勝てるわけがねぇ……!」
 初対面のレーキには掛ける言葉がない。黙って成り行きを見守っていたその背後で、声がした。
「……ふうん。傷は大した事なさそうじゃねぇか。一年坊主」
 そこにいたのは、ウィリディスと呼ばれていた二年生代表だった。
 ウィリディスは、碧色に見える|眸《ひとみ》を細めて、にいっと笑った。それから手にしていた『|治癒水《ちゆすい》』用の|薬壜《くすりびん》を後輩に放り投げる。グラーヴォは|慌《あわ》てて、それを受け取った。
「……先、輩!?」
「お前、どうして自分が負けたか解るか? お前には『理解』が足りない。自分のこと、相手のこと、剣闘場という場所、秋という季節、今という時刻。なんに対しても圧倒的に『理解』が足りてねぇんだ」
「……っ」
「お前は確かに体格が恵まれてる。だからかもしれねぇが、『技術』ってものを軽んじてる。剣ってものはただ闇雲に振り回せば当たるってモンでもないんだぜ? 技術を身につければお前のデッカイって長所が必ず生きてくる。それから相手を知れ。どうしてオレがお前相手に軽装で戦ったのか。そのことの意味をよぉく考えろ。そして……己の限界ってやつを知れ」
「……先輩……!」
 己に足りないもの。それを教えるウィリディスの言葉に、先ほどまで悔しさに唇を噛んでいたグラーヴォは素直に感じ入っているようだった。
 今度は決意を固めるために、唇を噛んでグラーヴォはまっすぐに先輩を見上げた。
「はい! ……『理解』して……今度はぜってー負けねぇ、ですっ!」
「んー。意気は買うがなー。まずは言葉遣いからどうにかしろ」
「はいっす!」
 警戒心満々の幼馴染たちを尻目に、勝者と敗者の剣士二人は意気投合しているようだ。お互いの健闘を称え合って、自分の肩に拳を当てる略式の敬礼を交わしている。
 どうもこのウィリディスという二年生、そう悪い人間ではないようだ。あの時の、鬼気だと思ったものは気のせいだったのか?
 レーキは、笑い合う先輩、後輩二人の横顔を代わる代わるに見つめる。
 その視線に気づいたのか、ウィリディスは|訝《いぶか》しげに部外者三人をぐるっと見回した。
「……所でさ。お前らは何モンだ?」
「あ! 先輩! コイツらは自分の幼馴染っす! ……ってアンタ誰だ?」
 グラーヴォは|驚《おどろ》いた様子で、全くの部外者であるレーキを|睨《にら》みつける。その視線の鋭さに、レーキはわずかにたじろいだ。
「あー! こいつは今日紹介するって言ってたおれのクラスメイト!」
「ああ! 『天法院』の特待生か!」
 あらかじめ聞かされていたのだろう。グラーヴォは|得心《とくしん》がいったようで厳しい表情を崩し、はにかんだような笑みを浮かべて頭を|掻《か》いた。笑うとグラーヴォのいかつい顔に、少年らしさがにじみ出る。『剣統院』の一年生ということは、クランと同い年なのであろうか。
「……初めて会うってのに、なんだかかっこ悪いとこ見せちまったな……」
「いや。君は|凄《すご》かった。あの一撃を|貰《もら》ったら……俺はそのまま死の王様に会いに行くハメになりそうだ」
「うんうん。そうだよな! こいつは凄いやつなんだよ! 騎士の生まれでもないのに一年代表になるような|凄腕《すごうで》なんだからさ!」
「……って、なんでクランが得意げなんスか~?」
「そうだぞ。代表になったのはお前じゃなくて自分なんだからな!」
「てへへへっ」
 冗談のような幼馴染たちのやり取りに囲まれて、レーキも思わず笑ってしまう。その場が静まるのを待って、グラーヴォは真面目な顔で自己紹介する。
「……こほん。自分はグラーヴォ。剣統院の一年生で……十六っす」
「……俺はレーキ。天法院の一学年生で、今年、十八になった」
「え! レーキってばそんなに年上だったけ……? やべぇ……今度から敬語のほうが良いデ、スカ……?」
「なんだか落ち着かないから……『絶対』やめてくれ、クラン」
 レーキがため息をつく。クランとオウロが笑い、グラーヴォは先輩がくれた治癒水を飲みだした。
 和みだした雰囲気の中で。いつの間に天幕を出ていったのやら、ウィリディスの姿は消えていた。
 『天法院』のローブを着たレーキとクラン、ヴァローナ商人風私服姿のオウロ、そして『剣統院』の制服を着たグラーヴォ。
 四人は背丈もバラバラで、小太りのクラン、痩せ気味のオウロ、中肉中背のレーキ、ガッチリとしたグラーヴォと、体格もバラバラだった。
 |凸凹《でこぼこ》四人組は、『商法院』の屋台を巡る。
 クランとグラーヴォは美味そうな匂いを漂わせている食べ物の屋台を見つけて突撃していった。
 焼いた肉を挟んだパン、串に刺した果物の飴がけ、揚げたてでかりかりになった芋料理、薄焼きクレープに甘味を挟んだもの、果実水……目に映ったものを片っ端から持ちきれないほど手にしてせわしなく飲み、食べている。
 オウロは幼馴染二人を尻目に、装飾品や衣料品の屋台を見ては冷やかして、装飾品の質の善し悪しなどをレーキに教えてくれた。
「オレっちは将来『宝石』を商う商人になりたいんっス。まあ、実家は野菜と果物の問屋なんで……なかなか言い出せないんスけどね~」
 三人の幼馴染で、一番しっかり自分の将来を見据えているのはオウロのようだ。
「……ここだけの話っスよ~。レーキさん、は口が堅そうだから言ったっス。言葉にするとなんだかホントになるような気がするっスから~」
 オウロはそう言って笑った。
「レーキ、でいい。その……『自分がいつかこうなりたい』と思えることがあるのは、とても素晴らしいことだと思う」
 他人から押し付けられたものでも、ただ置かれた場所から逃げ出したいと思うことでも無い。しっかりと前を見据えて憧れを語れる者の強さと|眩《まぶ》しさ。
 かつて、祭の喧騒の外でただ殴られぬことを喜んでいた頃。夢想だにしなかった未来にいま、自分は立っている。
「……そうっスね~。オレっちもそう思うっスよ……レーキ! オレっちたちもなんか食おうっス~!」
「ああ!」
 記憶の中の蚊帳の外の祭、空想していた祭より、実際に参加した祭はもっとずっと──楽しい!
 レーキは笑った。今日一番の笑顔で。嬉しくて楽しくて、泣き出しそうになるのを|堪《こら》えながら。