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死への誘い

5/15





 オレンジとグリーンで彩られた森の中を、勇斗とランパは歩いていた。 「ねぇ、さっきは勢いで契約しちゃったけど、精霊と契約したらどんなことができるの?」 「ニンゲンは契約した精霊を使役できるようになる。戦えって言われたら戦うし、守れって言われたら守る。ただ、精霊によっては見返りを求めるやつもいたりするぞ」  見返りと聞いて、ドキッとした。大切なものを奪われたりするのだろうか―― 「そんな顔で見るなよ。オイラは何も求めてないよ。ユートと一緒なだけで、それで十分さ」  ランパは無邪気な笑顔を勇斗に向ける。 「よ、よかった」 「あと、契約はいつでも破棄することができる。破棄したらお互いに契約していた間の記憶が全部なくなってしまうけどな」  ランパの表情が少し暗くなった。 「だ、大丈夫だよ。僕は絶対破棄なんてしないから」  正直、契約を破棄して記憶が飛んでしまったら元の世界に帰ることが困難になる。それだけは避けたい―― 「ありがとう、ユート」  ランパは微笑み、軽やかにスキップを始めた。 「ところで、精霊樹ってどこにあるの?」 「マナの流れを辿っていけばそのうち着くから大丈夫だって!」 「そのうちって――」  ランパに導かれるまま、勇斗は森を進んでいく。 「そもそも、マナって何?」 「マナは、なんかスゲーもの。オイラたち精霊の源で、精霊樹から作られてる。目には見えないけどその辺にたくさんあるんだ。マナがないと海や大地が枯れるし、精霊も消滅する。あと魔法を使うときもマナを使うんだぞ」 「魔法と精霊術って違うものなの?」 「基本的にはいっしょ。マナを使って発動させるんだ。違うところは魔法はその辺のマナを、精霊術は体の中のマナを使うってトコロ。精霊術は魔法より凄くて、精霊にしか使えないんだぞ」 「じゃあランパは両方使えるの?」 「んにゃ、精霊に魔法は使えない。そもそも魔法は精霊術を元に、ニンゲンや他の種族が作り出したものなんだ」 「へぇ、よく知ってるね」 「そりゃーオイラは凄い精霊だからな!」  ランパは得意げに鼻を膨らました。 「でも、元の世界に戻る方法は分からないんだよね」 「うっ――それとこれは別」  ランパは口を尖らせ、人差し指同士をちょんちょんし出す。 「ユート、イジワルだな」  口を膨らませたランパは、勇斗の顔をじっと見つめた。 「あ、危ない」  ランパは石につまずき、派手に転んだ。顔面から地面に激突する。 「いってー!」 「だ、大丈夫? 前見て歩かないからだよ」  テヘヘっと苦笑いするランパの額から、赤い液体が流れていた。 「精霊って、血が出るんだ」 「よくわかんないけど、出るもんは出るし、痛いのも感じる。ま、こんなもんすぐ治るから平気。そんなことよりさっさと行くぞ!」 「あ、待ってよ」  勇斗は走り出したランパの後を追った。  一時間ほど森を彷徨ったが、一向に景色は変わらない。足が疲れ、息が上がってきた。 「ランパ、そろそろ休憩しようよ。もうしんどいよ」 「ユート、体力ないなぁ」 「そんなこと言われても。喉も乾いたし、お腹も空いたよ」  考えてみれば、自宅を出てから食事をしていない。 「しょーがないなー。オイラが食いもん探してきてやるよ。ちょっと待ってろ。動くなよー!」  ランパは軽い身のこなしで木の奥に消えていった。 「はやく帰ってきてね」  勇斗は太い木にもたれかかった。深呼吸したあと空を見上げると、太陽が二つ輝いていた。  ガサガサと木が揺れた。何かが降ってくる。 「キキキキキキ」 「ひっ!」  勇斗の目の前に二匹の黒い生き物が降り立った。小さな人型で醜い容姿。ファンタジー作品でよく見かけるゴブリンという生き物にそれはよく似ている。一匹は手ぶらだったが、もう一匹は棍棒を握りしめていた。 「ま、魔族?」  二匹の魔族はニタっと笑い、赤く光る目で、勇斗を凝視した。 「た、助けてぇ、ランパー!」  返事は返ってこなかった。  魔族がジリジリと勇斗に近づく。 「く、くるなーっ!」  勇斗は鞘から剣を引き抜こうとしたが、手が震えてうまく抜けない。その姿を見た魔族の一匹がジャンプし、棍棒を頭部目がけて振り下ろした。 「ひっ」  とっさに両腕で頭をガードする。ガキンと、硬い音。衝撃が腕に伝わる。ガントレットで覆われていなかったら骨折していたかもしれない。  攻撃を防がれた魔族は後ろに跳躍し、距離をとった。  ――本気で殺しにきている。  勇斗は震える手で剣を引き抜き、へっぴり腰で構えた。 「キキキッ」  魔族は嘲笑ったあと、素早い動きで勇斗の懐に潜り込み、胴体に一撃を入れた。振動が骨まで響く。さらにもう一撃、次は足に衝撃が走る。 「がっ、ぐあっ」  衝撃が次々と勇斗を襲う。鎧で守られているとはいえ、痛い。このままではやられてしまう―― 「うわあああぁっ!」  勇斗は目をつむり、剣をでたらめに振り回した。 「ギッ!」  サクッと、何かが切れる感触がした。目を開けると、黒い液体を流して倒れている魔族が見えた。 「うっ――」  見た瞬間、勇斗は激しい嘔吐感に襲われた。握っていた剣を地面に落とし、右手で口を押さえる。涙が溢れてきた。 「キキーッ!」  もう一匹の魔族が慌てて同胞のもとに駆け寄る。動かない手から棍棒を奪った後、憎悪の目を勇斗に向けた。 「ギイイィィィッ!」  叫んだ魔族が突進してきた。 「うわあああああああ!」  ドカッという、重たい音。  あまたの木の実が、魔族の体に食い込んでいた。 「ギャアアアッ」  魔族は悲痛な叫び声を上げながら、勢いよく地面を転がる。 「大丈夫か、ユート」  ランパが勇斗に駆け寄ってきた。 「うぅ、痛いよぅ」  体全体がジンジンと痛む。しかし、あんなに殴られたのに鎧には傷一つ付いていなかった。 「あんにゃろ」  ランパは短剣を引き抜くと、仰向けになってピクピクしている魔族に向かって歩いていった。 「ギッ」  刃が喉仏に突き刺される。しばらくすると、魔族は完全に動かなくなった。 「あ――」  勇斗は呆然と立ち尽くしていた。 「ユート!」  ランパの声でハッとした。周りを見渡すと、二匹の魔族が動かないまま転がっている。 「やらなきゃ、ユートが死んでた」 「う、うん――」  殺してしまった。でもこれはランパの言う通り、正当防衛だ。そう自分に言い聞かせるのが精一杯だった。  やがて、二匹の魔族はサラサラと消滅した。  勇斗は剣を鞘に収め、ヨロヨロとしながら木の影に隠れる。  吐いた。 「落ち着いたかー? いっぱい果物採ってきたけど、食うかー?」  ランパの声が聞こえる。食べるとか、そんな気分ではなかった。  至近距離でガサガサと草が揺れる音がした。 「ひっ、また魔族?」  姿を現したのは、一匹の小動物だった。艶やかなベージュの毛に立派な角。 「あ、鹿だ」  魔族じゃなかった。この世界には普通の動物もいるのだと、勇斗は安堵した。  勇斗はトコトコと近づいてきた鹿を撫でようと右手を出した。  バキッと、硬いものが砕ける音。 「え?」  鹿の牙が、ガントレットごと勇斗の右手を貫通していた。 「ぎ、ぎゃあああああああっ!」  鹿が牙を抜くと、空いた穴から血がボタボタ溢れ出した。 「あ、うあああ――」  絶叫。勇斗は右手を押さえ、うずくまった。経験したことのない激痛に襲われる。  ゴッ!  次の瞬間、勇斗の体は吹き飛ばされた。大木に背中から激しく衝突する。  その衝撃で大木がバキッと折れた。 「ぐ、がはぁ」  勇斗の口から、赤い液体が吐き出される。鎧は砕け、バラバラと破片が地面に落下していった。  目が、霞む。 「グオオオオオオオオオオッ!」  鹿は雄叫びを上げ、体が徐々に巨大化する。最終的にその大きさは象よりも大きくなり、周りの木々が次々と薙ぎ倒されていった。 「こんな所で再び会うとはな、黄金色の鎧を纏う勇者よ」  耳につくがなり声が聞こえた。声の主が大鹿だと気づくのに時間はかからなかった。 「しゃ、喋る魔族――」 「あのときの恨み、晴らさせてもらおう」 「あ、ああぁぁぁ」  大きな脚が、勇斗を踏み潰そうとする。 「させねぇ!」  ランパの叫びと共に、無数の蔦が大鹿の脚に絡まった。動きが止まる。  その隙に、勇斗の体も蔦で巻かれる。ひょいと大鹿の視界外に放り投げられた。 「こしゃくな、精霊術か」  大鹿の脚に絡まった蔦がボロボロと崩れ落ちる。目線がランパに向けられた。  次の瞬間、大鹿は踊るように脚を踏み鳴らした。地面が激しく揺れる。大きなツノを振り上げると、その先に黒い魔法陣が出現した。 「これは魔法――くそッ」 「奈落の風よ、刃となり仇なす者を切り裂け――」  足元から巻き起こったどす黒い竜巻にランパは飲み込まれた。ミキサーにかけられたように、小さな体が切り刻まれていく。悲鳴は轟音に消され、赤い液体が無造作に飛び散った。  竜巻が止むと、ランパの体はグシャリと地面に叩きつけられた。 「ら、らんぱ――」  霞む視界の先に、赤黒く染まったランパが倒れている。 「さて、次は貴様だ」  大鹿は勇斗に視線を向け、ゆっくりと近づいてきた。  このままじゃ殺されてしまう。死ぬのは嫌だ。でも、どうすれば――    ――勇気は小さな一歩から生まれる。それがきっかけで、勇気はどんどん大きくなるんだ。だから頑張って、その一歩を踏み出してみろ!    急に光太の言葉が頭に浮かんできた。 「う、うおおっ!」  勇斗は痛みをこらえながら立ち上がり、叫んだ。鞘から剣を抜き、両手でしっかりと握り、剣先を大鹿に向ける。  無我夢中だった。何でこんなことをしているのか、理解できなかった。 「その体で立ち上がるか。苦しいだろう。すぐに楽にしてやる」  大鹿は再び脚を踏み鳴らした。 「漆黒の槍よ、貫け――」  大鹿の角の先に魔法陣が出現する。さっきよりも大きな魔法陣の中央から黒いエネルギー体が顔を覗かせた。  エネルギー体の形が、徐々に大きな槍状のものへと変化する。 「死ねっ」  巨大な槍が轟音と共に勇斗に向かって放たれた。 「うわあああああああああああああああああっ!」  勇斗は血を吐きながら思い切り叫んだ。  刹那、剣先に無数の光が集中。白い光は一気に膨らみ、バランスボールほどの大きさとなる。  巨大な波動が、直線上に勢いよく放たれた。 「馬鹿なっ」  光が闇を打ち消し、巨体を飲み込む。 「グオオオオオオオオッ!」  断末魔の悲鳴を轟かせ、大鹿の体が燃え上がる。やがてその巨体は黒い塊となった。 「あれは、精霊術――」  ランパがボソリと言う。 「あ、あぁ――」  勇斗は全身の力が抜け、うつ伏せに倒れ込んだ。 「こしゃくな、こしゃくなァーッ!」  憎悪が混ざった声が響き渡る。角が消し飛んだ黒い化け物は狂ったように暴れ出した。 「はい、そこまで」  謎の声がした後、大鹿の胴体が真っ二つに割れた。黒い血が撒き散らされる。 「魔神様――」そう呟き、大鹿は消滅した。 「やれやれ、ひどい有様じゃのう。おいミュール、運ぶの手伝ってくれんか」 「わかったよ、じーちゃん」  勇斗の耳に聞きなれない声が二つ届いた。  意識はそこで途切れた――



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 オレンジとグリーンで彩られた森の中を、勇斗とランパは歩いていた。 「ねぇ、さっきは勢いで契約しちゃったけど、精霊と契約したらどんなことができるの?」 「ニンゲンは契約した精霊を使役できるようになる。戦えって言われたら戦うし、守れって言われたら守る。ただ、精霊によっては見返りを求めるやつもいたりするぞ」  見返りと聞いて、ドキッとした。大切なものを奪われたりするのだろうか―― 「そんな顔で見るなよ。オイラは何も求めてないよ。ユートと一緒なだけで、それで十分さ」  ランパは無邪気な笑顔を勇斗に向ける。 「よ、よかった」 「あと、契約はいつでも破棄することができる。破棄したらお互いに契約していた間の記憶が全部なくなってしまうけどな」  ランパの表情が少し暗くなった。 「だ、大丈夫だよ。僕は絶対破棄なんてしないから」  正直、契約を破棄して記憶が飛んでしまったら元の世界に帰ることが困難になる。それだけは避けたい―― 「ありがとう、ユート」  ランパは微笑み、軽やかにスキップを始めた。 「ところで、精霊樹ってどこにあるの?」 「マナの流れを辿っていけばそのうち着くから大丈夫だって!」 「そのうちって――」  ランパに導かれるまま、勇斗は森を進んでいく。 「そもそも、マナって何?」 「マナは、なんかスゲーもの。オイラたち精霊の源で、精霊樹から作られてる。目には見えないけどその辺にたくさんあるんだ。マナがないと海や大地が枯れるし、精霊も消滅する。あと魔法を使うときもマナを使うんだぞ」 「魔法と精霊術って違うものなの?」 「基本的にはいっしょ。マナを使って発動させるんだ。違うところは魔法はその辺のマナを、精霊術は体の中のマナを使うってトコロ。精霊術は魔法より凄くて、精霊にしか使えないんだぞ」 「じゃあランパは両方使えるの?」 「んにゃ、精霊に魔法は使えない。そもそも魔法は精霊術を元に、ニンゲンや他の種族が作り出したものなんだ」 「へぇ、よく知ってるね」 「そりゃーオイラは凄い精霊だからな!」  ランパは得意げに鼻を膨らました。 「でも、元の世界に戻る方法は分からないんだよね」 「うっ――それとこれは別」  ランパは口を尖らせ、人差し指同士をちょんちょんし出す。 「ユート、イジワルだな」  口を膨らませたランパは、勇斗の顔をじっと見つめた。 「あ、危ない」  ランパは石につまずき、派手に転んだ。顔面から地面に激突する。 「いってー!」 「だ、大丈夫? 前見て歩かないからだよ」  テヘヘっと苦笑いするランパの額から、赤い液体が流れていた。 「精霊って、血が出るんだ」 「よくわかんないけど、出るもんは出るし、痛いのも感じる。ま、こんなもんすぐ治るから平気。そんなことよりさっさと行くぞ!」 「あ、待ってよ」  勇斗は走り出したランパの後を追った。  一時間ほど森を彷徨ったが、一向に景色は変わらない。足が疲れ、息が上がってきた。 「ランパ、そろそろ休憩しようよ。もうしんどいよ」 「ユート、体力ないなぁ」 「そんなこと言われても。喉も乾いたし、お腹も空いたよ」  考えてみれば、自宅を出てから食事をしていない。 「しょーがないなー。オイラが食いもん探してきてやるよ。ちょっと待ってろ。動くなよー!」  ランパは軽い身のこなしで木の奥に消えていった。 「はやく帰ってきてね」  勇斗は太い木にもたれかかった。深呼吸したあと空を見上げると、太陽が二つ輝いていた。  ガサガサと木が揺れた。何かが降ってくる。 「キキキキキキ」 「ひっ!」  勇斗の目の前に二匹の黒い生き物が降り立った。小さな人型で醜い容姿。ファンタジー作品でよく見かけるゴブリンという生き物にそれはよく似ている。一匹は手ぶらだったが、もう一匹は棍棒を握りしめていた。 「ま、魔族?」  二匹の魔族はニタっと笑い、赤く光る目で、勇斗を凝視した。 「た、助けてぇ、ランパー!」  返事は返ってこなかった。  魔族がジリジリと勇斗に近づく。 「く、くるなーっ!」  勇斗は鞘から剣を引き抜こうとしたが、手が震えてうまく抜けない。その姿を見た魔族の一匹がジャンプし、棍棒を頭部目がけて振り下ろした。 「ひっ」  とっさに両腕で頭をガードする。ガキンと、硬い音。衝撃が腕に伝わる。ガントレットで覆われていなかったら骨折していたかもしれない。  攻撃を防がれた魔族は後ろに跳躍し、距離をとった。  ――本気で殺しにきている。  勇斗は震える手で剣を引き抜き、へっぴり腰で構えた。 「キキキッ」  魔族は嘲笑ったあと、素早い動きで勇斗の懐に潜り込み、胴体に一撃を入れた。振動が骨まで響く。さらにもう一撃、次は足に衝撃が走る。 「がっ、ぐあっ」  衝撃が次々と勇斗を襲う。鎧で守られているとはいえ、痛い。このままではやられてしまう―― 「うわあああぁっ!」  勇斗は目をつむり、剣をでたらめに振り回した。 「ギッ!」  サクッと、何かが切れる感触がした。目を開けると、黒い液体を流して倒れている魔族が見えた。 「うっ――」  見た瞬間、勇斗は激しい嘔吐感に襲われた。握っていた剣を地面に落とし、右手で口を押さえる。涙が溢れてきた。 「キキーッ!」  もう一匹の魔族が慌てて同胞のもとに駆け寄る。動かない手から棍棒を奪った後、憎悪の目を勇斗に向けた。 「ギイイィィィッ!」  叫んだ魔族が突進してきた。 「うわあああああああ!」  ドカッという、重たい音。  あまたの木の実が、魔族の体に食い込んでいた。 「ギャアアアッ」  魔族は悲痛な叫び声を上げながら、勢いよく地面を転がる。 「大丈夫か、ユート」  ランパが勇斗に駆け寄ってきた。 「うぅ、痛いよぅ」  体全体がジンジンと痛む。しかし、あんなに殴られたのに鎧には傷一つ付いていなかった。 「あんにゃろ」  ランパは短剣を引き抜くと、仰向けになってピクピクしている魔族に向かって歩いていった。 「ギッ」  刃が喉仏に突き刺される。しばらくすると、魔族は完全に動かなくなった。 「あ――」  勇斗は呆然と立ち尽くしていた。 「ユート!」  ランパの声でハッとした。周りを見渡すと、二匹の魔族が動かないまま転がっている。 「やらなきゃ、ユートが死んでた」 「う、うん――」  殺してしまった。でもこれはランパの言う通り、正当防衛だ。そう自分に言い聞かせるのが精一杯だった。  やがて、二匹の魔族はサラサラと消滅した。  勇斗は剣を鞘に収め、ヨロヨロとしながら木の影に隠れる。  吐いた。 「落ち着いたかー? いっぱい果物採ってきたけど、食うかー?」  ランパの声が聞こえる。食べるとか、そんな気分ではなかった。  至近距離でガサガサと草が揺れる音がした。 「ひっ、また魔族?」  姿を現したのは、一匹の小動物だった。艶やかなベージュの毛に立派な角。 「あ、鹿だ」  魔族じゃなかった。この世界には普通の動物もいるのだと、勇斗は安堵した。  勇斗はトコトコと近づいてきた鹿を撫でようと右手を出した。  バキッと、硬いものが砕ける音。 「え?」  鹿の牙が、ガントレットごと勇斗の右手を貫通していた。 「ぎ、ぎゃあああああああっ!」  鹿が牙を抜くと、空いた穴から血がボタボタ溢れ出した。 「あ、うあああ――」  絶叫。勇斗は右手を押さえ、うずくまった。経験したことのない激痛に襲われる。  ゴッ!  次の瞬間、勇斗の体は吹き飛ばされた。大木に背中から激しく衝突する。  その衝撃で大木がバキッと折れた。 「ぐ、がはぁ」  勇斗の口から、赤い液体が吐き出される。鎧は砕け、バラバラと破片が地面に落下していった。  目が、霞む。 「グオオオオオオオオオオッ!」  鹿は雄叫びを上げ、体が徐々に巨大化する。最終的にその大きさは象よりも大きくなり、周りの木々が次々と薙ぎ倒されていった。 「こんな所で再び会うとはな、黄金色の鎧を纏う勇者よ」  耳につくがなり声が聞こえた。声の主が大鹿だと気づくのに時間はかからなかった。 「しゃ、喋る魔族――」 「あのときの恨み、晴らさせてもらおう」 「あ、ああぁぁぁ」  大きな脚が、勇斗を踏み潰そうとする。 「させねぇ!」  ランパの叫びと共に、無数の蔦が大鹿の脚に絡まった。動きが止まる。  その隙に、勇斗の体も蔦で巻かれる。ひょいと大鹿の視界外に放り投げられた。 「こしゃくな、精霊術か」  大鹿の脚に絡まった蔦がボロボロと崩れ落ちる。目線がランパに向けられた。  次の瞬間、大鹿は踊るように脚を踏み鳴らした。地面が激しく揺れる。大きなツノを振り上げると、その先に黒い魔法陣が出現した。 「これは魔法――くそッ」 「奈落の風よ、刃となり仇なす者を切り裂け――」  足元から巻き起こったどす黒い竜巻にランパは飲み込まれた。ミキサーにかけられたように、小さな体が切り刻まれていく。悲鳴は轟音に消され、赤い液体が無造作に飛び散った。  竜巻が止むと、ランパの体はグシャリと地面に叩きつけられた。 「ら、らんぱ――」  霞む視界の先に、赤黒く染まったランパが倒れている。 「さて、次は貴様だ」  大鹿は勇斗に視線を向け、ゆっくりと近づいてきた。  このままじゃ殺されてしまう。死ぬのは嫌だ。でも、どうすれば――    ――勇気は小さな一歩から生まれる。それがきっかけで、勇気はどんどん大きくなるんだ。だから頑張って、その一歩を踏み出してみろ!    急に光太の言葉が頭に浮かんできた。 「う、うおおっ!」  勇斗は痛みをこらえながら立ち上がり、叫んだ。鞘から剣を抜き、両手でしっかりと握り、剣先を大鹿に向ける。  無我夢中だった。何でこんなことをしているのか、理解できなかった。 「その体で立ち上がるか。苦しいだろう。すぐに楽にしてやる」  大鹿は再び脚を踏み鳴らした。 「漆黒の槍よ、貫け――」  大鹿の角の先に魔法陣が出現する。さっきよりも大きな魔法陣の中央から黒いエネルギー体が顔を覗かせた。  エネルギー体の形が、徐々に大きな槍状のものへと変化する。 「死ねっ」  巨大な槍が轟音と共に勇斗に向かって放たれた。 「うわあああああああああああああああああっ!」  勇斗は血を吐きながら思い切り叫んだ。  刹那、剣先に無数の光が集中。白い光は一気に膨らみ、バランスボールほどの大きさとなる。  巨大な波動が、直線上に勢いよく放たれた。 「馬鹿なっ」  光が闇を打ち消し、巨体を飲み込む。 「グオオオオオオオオッ!」  断末魔の悲鳴を轟かせ、大鹿の体が燃え上がる。やがてその巨体は黒い塊となった。 「あれは、精霊術――」  ランパがボソリと言う。 「あ、あぁ――」  勇斗は全身の力が抜け、うつ伏せに倒れ込んだ。 「こしゃくな、こしゃくなァーッ!」  憎悪が混ざった声が響き渡る。角が消し飛んだ黒い化け物は狂ったように暴れ出した。 「はい、そこまで」  謎の声がした後、大鹿の胴体が真っ二つに割れた。黒い血が撒き散らされる。 「魔神様――」そう呟き、大鹿は消滅した。 「やれやれ、ひどい有様じゃのう。おいミュール、運ぶの手伝ってくれんか」 「わかったよ、じーちゃん」  勇斗の耳に聞きなれない声が二つ届いた。  意識はそこで途切れた――



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