旅立ち
ー/ー 勇斗とランパは、ロンに案内され、塔の地下へ向かっていた。
螺旋階段の先は、深く、暗かった。聞こえるのは足音と、カンテラの火の音だけだった。
「おいジジイ、この階段まだ続くのかよ!」
ランパの声が暗がりに響く。
「ホッホ。もうすぐじゃ」
やがて階段は途切れ、広い空間に出た。
「あそこに壁画があるのじゃが、見えるかの?」
風化した壁に、カンテラの光が当たる。相当古い壁画には、一本の大樹と三体の生き物が描かれていた。
中央に大きく描かれている樹は、精霊樹だとロンが言った。精霊樹は、この世界が生まれたときから大地に根付いていたと言われているらしい。
「そのまわりにおるのが始祖精霊たち。各種族の祖とされる存在よ」
ロンは順に、オル族の祖であるコタ、モッケ族の祖であるレブン、そして最後に異形を指した。
「これがヴェン。魔族の祖じゃ」
描かれていたのは、翼を持つ蛇のような生き物だった。
見た瞬間、冷や汗が噴き出した。吐き気に似た嫌悪が、じわりとこみ上げた。
「ヴェンは、マナの女神チキサに滅ぼされたと伝わっておる」
ロンはぼそりと言ったあと、先へ進んだ。
石に囲まれた通路を抜けると、巨大な扉が現れた。表面には四芒星が刻まれている。
「これ……神社の地下の扉に似てる」
勇斗が左手首を見ると、痣が淡く光っていた。
「コタ様は予言を残しておる。別の世界から来た少年が、この扉を開くとな」
重い音を響かせ、扉がゆっくりと開き始めた。
ロンは一歩、静かに後ろへ下がった。
勇斗とランパは慎重に、扉の先へと足を踏み入れた。
部屋は青白く光っていた。
中央の台座には、小さな石と一本の木の枝が置かれている。
――よく来ました。ランパ、そして新たな勇者よ。
声が響いた。
「誰だ!」
ランパが身構えた。
――私はコタ。始祖精霊の一体です。
台座の石が淡く光った。
「始祖精霊……?」
勇斗は思わず背筋を伸ばした。
――私の魂は、あなたたちの目の前にある精霊石に封じられています。精霊は死ぬと、こうして石になるのです。
「精霊って、死ぬんですか?」
おそるおそる、勇斗が尋ねる。
――人間よりは長く生きます。ですが、永遠ではありません。深い傷を負えば、死ぬこともあります。
胃のあたりが気持ち悪くなった。ランパも死ぬことがあるのだ、とそのとき初めて実感した。もし、ランパが死んでしまったら、自分はどうしたらよいのだろう。考えれば考えるほど、不安になってくる。
――さて、ここからが本題ですが……あっ、目が回る!
「こっから話してるのか?」
ランパが台座の上の精霊石を指で摘み、くるくると回していた。
――ランパ、久しぶりですね。まずは回すのをやめなさい。
「久しぶりって……オイラ、お前のこと知らないぞ?」
――覚えていないのも無理はありません。あなたの記憶は封じられているのですから。
「封じられてる?」
ランパが不思議そうに首を傾げた。
――ランパの記憶は、四大精霊が預かっています。
「四大精霊?」
――炎、水、風、大地を司る大精霊たちです。ミケーレ大陸の各地に眠る彼らを目覚めさせれば、ランパの記憶は戻るでしょう。
「じゃあ、ランパの記憶を戻すには、その四大精霊を探さないといけないんですね」
――その通りです。
「ユート、オイラ、記憶を取り戻したい。このままじゃ、なんか嫌だ」
ランパが勇斗を見上げた。
本当は、一直線に精霊樹に向かいたいところだ。でも、ランパの記憶も取り戻してあげたい。まわり道になりそうだが、どうしても彼を放っておけない気持ちになった。
――マナの聖域へ入るには、伝説の武具に四大精霊の力を宿さねばなりません。
勇斗は息を呑んだ。
つまり、精霊樹へ行くには、四大精霊を目覚めさせなければならない。その旅の中で、ランパの記憶も戻っていくのだ。
「四大精霊がどこにいるかは、どうすればわかるんですか?」
――この枝が、あなたたちを導くでしょう。
「枝?」
突如、ランパの目の前に、大ぶりの枝が煙とともに出現した。
――それは、精霊樹の枝。もともとあなたの持ち物です。さぁ、手に取りなさい。
ランパは、精霊樹の枝を片手でひょいと掴んだ。とたん、枝の葉が一枚一枚、淡い光を帯び始めた。
「これ、知ってる。オイラの大事なものだ」
ランパの目がうっすら潤んだ。
――そろそろ時間です。私も還るときが来ました。
「待ってください。まだ――」
なぜ自分が伝説の武具を装備できる資格があるのか、なぜ新たな勇者なのか。聞きたいことは山ほどあった。しかし、精霊石が放つ光は、徐々に消えていった。
――旅路に幸あれ。
精霊石は小さく縮み、ふわりとランパのポーチへ収まった。
部屋には静けさだけが残った。
翌朝。勇斗は伝説の武具をまとい、見張りの塔の屋上に立っていた。朝日が遠くから差し込み、世界を少しずつ明るくしていく。
「長いようで短い付き合いじゃったの」
振り向くと、ロンがやわらかな顔で立っていた。
ロンの隣には大きな荷物を背負ったミュールがいた。彼もついてきてくれるのだ。
「ロンさん、今までありがとうございました」
勇斗は深く頭を下げた。
「無事に帰れるよう祈っておるよ」
「あの……ロンさんは一緒に来てくれないんですか」
ロンは呆れたように鼻を鳴らした。
「年寄りをかつぎ出すんじゃない。ワシはワシの役目を果たしたまでじゃ」
ロンの三つの目が勇斗を見据えた。
「それとも、まだ怖いか?」
勇斗は黙った。
怖い。もちろん怖い。これから先、また魔族に襲われるかもしれない。死ぬかもしれない。考えれば考えるほど、心がすり減っていった。
「ユート、心配するな。オイラがついてる!」
ランパが、精霊樹の枝を振り上げた。
「魔族が出たら、オレがぶちのめしてやるから安心しろ」
ミュールは、両手に装着された爪付きガントレットをカチカチと打ち鳴らした。
「ホッホ。心強い仲間がおるではないか。お主はもう、一人ではない」
その言葉で、勇斗は少しだけ肩の力が抜けた。
「あれ? なんか枝が動いてるぞ。何だこりゃ」
ランパが手にしている枝から、光が一直線に伸びた。ぐいっと引っ張られ、ランパの体が欄干のほうへ寄っていった。
「ピャアアアア! 怖い、やめろー!」
ランパは泡を吹いて気絶した。勇斗は慌てて抱きとめる。
「高いところ、苦手なんだね……」
光の先は、遠くの砂漠へ伸びていた。
「あの砂漠のどこかに、四大精霊がいるんだ」
「よし、行こうぜ!」
ミュールが尻尾を大きく振った。
「それでは、気をつけての」
勇斗たちは見張りの塔を下りた。
外へ出る直前、勇斗は一度だけ振り返った。眠った部屋も、食卓も、何度も倒れた広間も、全部この塔の中にある。短い間だったのに、妙にさみしい。
扉の向こうには森が広がっていた。ざわざわと葉がこすれる音がした。
勇斗は、つばを飲み込んだ。
やっぱり怖い。でも、行くしかない。精霊樹にたどり着き、元の世界に帰る手がかりを掴むために。
「おーい! 早く来いよー!」
先を行くミュールが振り返って叫ぶ。ランパは両手を振っていた。
勇斗は、震える手を握りしめた。
深呼吸をする。
そして、一歩を踏み出した。
螺旋階段の先は、深く、暗かった。聞こえるのは足音と、カンテラの火の音だけだった。
「おいジジイ、この階段まだ続くのかよ!」
ランパの声が暗がりに響く。
「ホッホ。もうすぐじゃ」
やがて階段は途切れ、広い空間に出た。
「あそこに壁画があるのじゃが、見えるかの?」
風化した壁に、カンテラの光が当たる。相当古い壁画には、一本の大樹と三体の生き物が描かれていた。
中央に大きく描かれている樹は、精霊樹だとロンが言った。精霊樹は、この世界が生まれたときから大地に根付いていたと言われているらしい。
「そのまわりにおるのが始祖精霊たち。各種族の祖とされる存在よ」
ロンは順に、オル族の祖であるコタ、モッケ族の祖であるレブン、そして最後に異形を指した。
「これがヴェン。魔族の祖じゃ」
描かれていたのは、翼を持つ蛇のような生き物だった。
見た瞬間、冷や汗が噴き出した。吐き気に似た嫌悪が、じわりとこみ上げた。
「ヴェンは、マナの女神チキサに滅ぼされたと伝わっておる」
ロンはぼそりと言ったあと、先へ進んだ。
石に囲まれた通路を抜けると、巨大な扉が現れた。表面には四芒星が刻まれている。
「これ……神社の地下の扉に似てる」
勇斗が左手首を見ると、痣が淡く光っていた。
「コタ様は予言を残しておる。別の世界から来た少年が、この扉を開くとな」
重い音を響かせ、扉がゆっくりと開き始めた。
ロンは一歩、静かに後ろへ下がった。
勇斗とランパは慎重に、扉の先へと足を踏み入れた。
部屋は青白く光っていた。
中央の台座には、小さな石と一本の木の枝が置かれている。
――よく来ました。ランパ、そして新たな勇者よ。
声が響いた。
「誰だ!」
ランパが身構えた。
――私はコタ。始祖精霊の一体です。
台座の石が淡く光った。
「始祖精霊……?」
勇斗は思わず背筋を伸ばした。
――私の魂は、あなたたちの目の前にある精霊石に封じられています。精霊は死ぬと、こうして石になるのです。
「精霊って、死ぬんですか?」
おそるおそる、勇斗が尋ねる。
――人間よりは長く生きます。ですが、永遠ではありません。深い傷を負えば、死ぬこともあります。
胃のあたりが気持ち悪くなった。ランパも死ぬことがあるのだ、とそのとき初めて実感した。もし、ランパが死んでしまったら、自分はどうしたらよいのだろう。考えれば考えるほど、不安になってくる。
――さて、ここからが本題ですが……あっ、目が回る!
「こっから話してるのか?」
ランパが台座の上の精霊石を指で摘み、くるくると回していた。
――ランパ、久しぶりですね。まずは回すのをやめなさい。
「久しぶりって……オイラ、お前のこと知らないぞ?」
――覚えていないのも無理はありません。あなたの記憶は封じられているのですから。
「封じられてる?」
ランパが不思議そうに首を傾げた。
――ランパの記憶は、四大精霊が預かっています。
「四大精霊?」
――炎、水、風、大地を司る大精霊たちです。ミケーレ大陸の各地に眠る彼らを目覚めさせれば、ランパの記憶は戻るでしょう。
「じゃあ、ランパの記憶を戻すには、その四大精霊を探さないといけないんですね」
――その通りです。
「ユート、オイラ、記憶を取り戻したい。このままじゃ、なんか嫌だ」
ランパが勇斗を見上げた。
本当は、一直線に精霊樹に向かいたいところだ。でも、ランパの記憶も取り戻してあげたい。まわり道になりそうだが、どうしても彼を放っておけない気持ちになった。
――マナの聖域へ入るには、伝説の武具に四大精霊の力を宿さねばなりません。
勇斗は息を呑んだ。
つまり、精霊樹へ行くには、四大精霊を目覚めさせなければならない。その旅の中で、ランパの記憶も戻っていくのだ。
「四大精霊がどこにいるかは、どうすればわかるんですか?」
――この枝が、あなたたちを導くでしょう。
「枝?」
突如、ランパの目の前に、大ぶりの枝が煙とともに出現した。
――それは、精霊樹の枝。もともとあなたの持ち物です。さぁ、手に取りなさい。
ランパは、精霊樹の枝を片手でひょいと掴んだ。とたん、枝の葉が一枚一枚、淡い光を帯び始めた。
「これ、知ってる。オイラの大事なものだ」
ランパの目がうっすら潤んだ。
――そろそろ時間です。私も還るときが来ました。
「待ってください。まだ――」
なぜ自分が伝説の武具を装備できる資格があるのか、なぜ新たな勇者なのか。聞きたいことは山ほどあった。しかし、精霊石が放つ光は、徐々に消えていった。
――旅路に幸あれ。
精霊石は小さく縮み、ふわりとランパのポーチへ収まった。
部屋には静けさだけが残った。
翌朝。勇斗は伝説の武具をまとい、見張りの塔の屋上に立っていた。朝日が遠くから差し込み、世界を少しずつ明るくしていく。
「長いようで短い付き合いじゃったの」
振り向くと、ロンがやわらかな顔で立っていた。
ロンの隣には大きな荷物を背負ったミュールがいた。彼もついてきてくれるのだ。
「ロンさん、今までありがとうございました」
勇斗は深く頭を下げた。
「無事に帰れるよう祈っておるよ」
「あの……ロンさんは一緒に来てくれないんですか」
ロンは呆れたように鼻を鳴らした。
「年寄りをかつぎ出すんじゃない。ワシはワシの役目を果たしたまでじゃ」
ロンの三つの目が勇斗を見据えた。
「それとも、まだ怖いか?」
勇斗は黙った。
怖い。もちろん怖い。これから先、また魔族に襲われるかもしれない。死ぬかもしれない。考えれば考えるほど、心がすり減っていった。
「ユート、心配するな。オイラがついてる!」
ランパが、精霊樹の枝を振り上げた。
「魔族が出たら、オレがぶちのめしてやるから安心しろ」
ミュールは、両手に装着された爪付きガントレットをカチカチと打ち鳴らした。
「ホッホ。心強い仲間がおるではないか。お主はもう、一人ではない」
その言葉で、勇斗は少しだけ肩の力が抜けた。
「あれ? なんか枝が動いてるぞ。何だこりゃ」
ランパが手にしている枝から、光が一直線に伸びた。ぐいっと引っ張られ、ランパの体が欄干のほうへ寄っていった。
「ピャアアアア! 怖い、やめろー!」
ランパは泡を吹いて気絶した。勇斗は慌てて抱きとめる。
「高いところ、苦手なんだね……」
光の先は、遠くの砂漠へ伸びていた。
「あの砂漠のどこかに、四大精霊がいるんだ」
「よし、行こうぜ!」
ミュールが尻尾を大きく振った。
「それでは、気をつけての」
勇斗たちは見張りの塔を下りた。
外へ出る直前、勇斗は一度だけ振り返った。眠った部屋も、食卓も、何度も倒れた広間も、全部この塔の中にある。短い間だったのに、妙にさみしい。
扉の向こうには森が広がっていた。ざわざわと葉がこすれる音がした。
勇斗は、つばを飲み込んだ。
やっぱり怖い。でも、行くしかない。精霊樹にたどり着き、元の世界に帰る手がかりを掴むために。
「おーい! 早く来いよー!」
先を行くミュールが振り返って叫ぶ。ランパは両手を振っていた。
勇斗は、震える手を握りしめた。
深呼吸をする。
そして、一歩を踏み出した。
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