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西の遺跡

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 耳をつんざくような怒声で、勇斗は目が覚めた。 「テメェなぁ、すごい魔法が使えるからオレたちのメンバーに入れてやったのに、何だよあれは!」 「ご、ごめんなさいっス」  勇斗はベッドから離れ、窓の外に目をやった。窓に掛かっている厚手の布をチラッとめくり、隙間から通りを見下ろす。 「あれ、チカップくん?」  額に包帯を巻いた少年――チカップが鎧をまとった若い男の前でひざまずき、頭を地面に擦り付けていた。 「テメェが魔法をコントロールできなかったせいでメンバーが死にかけたんだぞ」 「ごめんなさい、ごめんなさい」 「うるせぇッ」  チカップは蹴り飛ばされ、仰向けになった。 「遺跡のお宝も見つけられなかったし、散々だよ。あぁ?」 「ごふっ、ぐえぇっ」  腹を何度も踏みつけられたチカップの顔が、苦痛で歪む。目、鼻、口から液体が溢れ出していた。 「――ちょっと何? 喧嘩?」 「――子供が倒れているぞ」  ガヤガヤと、人が集まってきた。 「チッ、もうオレたちの前に姿を見せるんじゃねーぞ」  男は走ってその場を離れた。 「君、大丈夫かい?」  通行人がチカップに声をかける。 「へ、平気っス」  フラフラしながら立ち上がったチカップは、腹部を押さえながら、おぼつかない足取りで路地裏に消えていった。  勇斗は布を戻し、後ろに向き直り、深呼吸をした。薄暗い部屋。ベッドではランパが鼻ちょうちんを膨らませ、よだれを垂らしながら寝ている。  コンコンと、ノック音が鳴った。扉の向こう側からミュールの声が聞こえる。 「ユート、起きてるか? 朝食だぞ」 「う、うん。起きてる。すぐ行くよ」  気持ちよさそうに寝ていたランパを起こし、勇斗は宿の一階へ向かった。  食事と朝風呂を済ませた一行は、宿をあとにした。  ギラっと輝く太陽。行き交う人々。ムンムンとした熱気。街は、すでに賑わいを見せていた。  勇斗はチカップが消えた路地裏を覗いた。ゴミばかりだった。固い地面には、血の跡が点々としていた。 「ユート、どうしたんだ? 置いていくぞ」 「な、何でもないよ」 「じゃあ聞き込み開始ね」  行き交う人々に精霊について尋ね回ったが、ほとんどの人は知らないと言うばかりだった。しかし、昔からこの街に住む者たちの中には、遺跡にまつわる伝承を語ってくれる人もいた。 「はるか昔、遺跡に一筋の炎が降り注いだ。その炎は竜のような姿に変わり、荒れ狂う砂嵐を静めた。人々は竜を火の精霊として畏敬し、毎晩祈りを捧げた――っていう話だったね」  勇斗は聞いたことを整理し、スラスラと述べた。 「ちょっと神秘的ね」 「まぁ、今ではほとんど忘れ去られているようだけどな」  腕を組んだミュールは苦笑いした。 「お前たちも西の遺跡に行くのか?」  声をかけてきた人物を見て、勇斗はビクッとした。チカップに暴行をしていた男だ。二階からではよく見えなかったが、顔には怪我の跡が生々しく残っていた。身につけている白銀の鎧も傷だらけだ。 「アンタ、ひどい怪我だけど、大丈夫か? それにお前たちもって」 「ああ、オレも行ってきたところだ。冒険者の血が騒いでな。仲間たちと一緒に遺跡へ潜ったんだ。だがあそこは侵入者を阻む仕掛けが山ほどあった。宝の一つも見つけられなかったし、魔族に仲間もやられてしまったしで散々だったよ」  男は深いため息をついた。 「へへん、オイラたちなら楽勝だ。お宝見つけて見せびらかしてやるよ」 「チビスケ、目的が違うだろ」 「威勢の良いガキだな。まぁ、せいぜい死なないように気をつけるんだな」  男は腕組みをし、鼻で笑った。 「あの」 「何だ?」  チカップが何をしたのか、勇斗は聞こうとした。しかし、思うように言葉が出せなかった。  オロオロとした勇斗を見て、男は舌打ちをした。 「何もないなら行くぞ?」 「え、はい、すみません」 「じゃあな、立派な鎧のお坊ちゃん。探検ごっこはやめて早くお家に帰るんだな」  男は冷笑しながら、去っていった。 「ユート、どうしたの? あの男に何か聞きたいことでもあったの?」  ソーマが心配そうな目をしながら、勇斗の震える手を握った。 「ううん、何でもない――」    街から出て三十分ほど歩くと、オアシスに着いた。白い花が浮かぶ水面が、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。周囲の木々や花々が、砂漠の単調な景色に鮮やかなアクセントを加えていた。 「ちょっと休憩しよう」  勇斗たちは木陰で腰を下ろし、手足を伸ばした。吹き抜ける涼やかな風が心地よい。 「あ、レオタプよ」  遠くの砂上で、レオタプの群れが優雅に泳いでいた。野生だろうか。憩いの場に、可愛らしい鳴き声が響き渡る。 「可愛いわね。また乗れるかしら」 「僕はもうこりごりだよ」  ジェットコースター以上のスリルが、フラッシュバックした。 「お、見てみろ」  レオタプたちが泳いでいく先に、うっすらと建造物が見える。 「あれが遺跡だな。よし、行くぞ」  ランパはひょいと立ち上がり、走り出した。ミュールとソーマも続く。 「あ、みんな待ってよ」  ガサガサ―― 「ん?」  後方から、草の揺れる音がした。気になって振り向くも、誰もいなかった。 「気のせいかな?」  灼熱の砂漠に、遺跡は静かに佇んでいた。古びた石造りの建物だ。日差しを反射する白い石は、所々ひび割れ、崩れかけている。風が吹くたびに砂塵が舞い上がる。 「相当昔の建物みたいね」  遺跡の内部に足を踏み入れると、外の熱気とは対照的にひんやりとした空気が漂ってきた。天井には、かすかに光の差し込む穴がいくつかあり、その光が砂埃にまみれた空間を静かに照らしている。  通路をまっすぐ進むと、祭壇がある広々とした部屋に辿り着いた。 「何だよ、これ」  ミュールが険しい表情をした。  祭壇の周囲と部屋の壁に、血痕があった。焼けこげた跡と鋭く抉られたような傷跡も見える。 「お宝はどこかなー」  呑気な声を出し、ランパが部屋を駆け回る。 「おいチビスケ、気をつけろよ」 「へっ?」  ランパが壁に手をついた瞬間、カチッという音が響いた。刹那、部屋の入り口が鉄格子で封鎖された。 「ひぇっ、閉じ込められた?」 「上を見ろっ!」  天井には黒い何かがへばりつき、蠢いていた。 「何だ、ありゃ?」 「魔族だ、気をつけろ、みんな!」  ミュールは素早くガントレットを装着し、構えた。  降ってきたものは、二匹の大きなサソリだった。体長は二メートルほどで、甲殻が黒光りしている。尻尾の先端についているのは針ではなく、人間の骸骨のようなものだった。ギロチンのような巨大ハサミを振り下ろし、地面が揺れる。 「ひえええっ、身持ち悪い」  骸骨サソリは八本の足を素早く動かし、部屋全体を縦横無尽に駆け出した。いきなりピタッと動きを止めたあと、尻尾についている骸骨の空洞からおぞましい叫び声を放った。 「うああああっ」  勇斗は体がぐにゃりとした感覚を覚える。音波攻撃に耐えきれなくなった勇斗は地面に両膝をついてしまった。  瞬間、勇斗の足元が崩れた。 「ユートっ!」  落ちる。落ち続ける。衝撃が一回、身体全体を襲った。そしてまたすぐに落ちる。  勇斗の体は瓦礫と砂に埋もれていた。 「う、ううっ――」  夏野神社の地下で落下したときのことを、勇斗は思い出した。あのときは水面に浮かぶ葉っぱの上に落下したので怪我はなかったが、今回はもろに衝撃を受けてしまった。全身が痛む。  勇斗は瓦礫をどかし、砂の中から身を這いずり出した。口の中に入った砂をペッペと吐きながら、辺りを見渡す。 「みんなは――」  天井を見上げると、黒い穴がぽっかりと空いていた。仲間の声は聞こえない。壁には燭台が均等に配置され、暗い通路をゆらゆらと照らしていた。  勇斗はよろよろしながら、通路を奥に進む。  背後から無数の羽ばたき音が聞こえた。 「え?」  振り向くと、巨大なコウモリが五匹、宙を浮いていた。小さな手に、棘がついた細い棒が握られている。 「ひっ、魔族!」  鞘に収められた剣が抜かれる前に、巨大なコウモリたちは襲いかかってきた。 「うわあああっ」  衝撃が次々と勇斗の身体を襲う。両手でガードするのが精一杯だった。このままでは埒があかないと思った勇斗は駆け出した。  走った。通路の先に、分かれ道が見えた。右か左か。迷っている暇はなかった。勇斗は咄嗟の判断で左の道を選んだ。 「うわっ」  勇斗は足元に転がっていた瓦礫に気づかず、思い切り顔を砂にめり込ませた。  瞬間、頭上からグシャっという嫌な音と、断末魔の悲鳴が聞こえた。そろりと顔を上に向けると、壁の両側から突き出た無数の鋭い槍が見えた。串刺しになった巨大コウモリから、黒い液体がポタポタと滴っている。  もし、転んでいなかったら――と思った勇斗はゾッとした。  砂を這いつくばりながら、前進する。  少し開けた場所に辿り着いた勇斗は、床に転がっている、朽ちた鞘に収められている小さな短剣を見つけた。一瞬、お宝かと思ったが、見る限りあまり価値はなさそうだった。 「何かの役に立つかな」  勇斗は周りをキョロキョロした後、短剣を拾い上げた。  進んでも進んでも、同じような通路が続いた。どこをどう進めばランパたちと合流できるのか。そもそもみんなは無事なのだろうか――  足が限界に近づいた勇斗は、座り込んだ。  時間だけが、先に進む。  ガントレットに覆われた手と指が震えてきた。みんなに会いたい。このまま死んでしまうのか。誰か助けてほしい―― 「ユート?」  声が聞こえてきた。顔を上げると、ランパの顔があった。 「ら、らんぱ――」  勇斗はかすれた声で、目の前にいる樹の精霊の名前を呟いた。 「無事だったみたいだな。全然見つからなくてハラハラしたんだぞ」 「ユートっ!」  勢いよく、ソーマが勇斗に抱きついた。 「わっぷ」 「心配したんだから。死んじゃってたらどうしようかと、私、わたし――」 「ご、ごめん」  勇斗はピンクの髪をそっと撫でた。 「コラーっ! イチャイチャするなーっ!」  ランパは地団駄を踏んだ。 「まぁ、無事で、よかったよ」  壁にもたれかかったミュールは白い歯をこぼす。しかし、その表情は少し歪んでいた。だいぶ疲労が溜まっている様子だった。 「みんな、大丈夫なの?」 「二人とも、必死に戦ってくれて。おかげで私は怪我せずに済んだの」  相当激しい戦いだったようだ。ランパとミュールの服は至る所で裂け、肌からは鮮血がにじみ出ていた。 「そんな――」 「大丈夫だって。さぁ、はやく精霊を見つけよう」  ミュールがフーッと大きな息を吐く。 「う、うん」 「そういや、これなんだ?」  ランパは、朽ちた短剣を拾い上げた。 「たまたま見つけたんだよ。何かの役に立つかなと思って、持ってきちゃったんだけど」 「ふーん、オイラの短剣の方が立派だな、こりゃ」  ランパはそう言うと、朽ちた短剣をミュールが背負うリュックに放り込んだ。  迷路のような遺跡内を歩き回った一行の目の前に、篝火で照らされた大きな石の扉が姿を現した。 「またこの模様だ」  石の扉には勇斗の左腕にあるアザと同じ模様が刻まれている。  アザが光を放ち、扉がゆっくりと鈍い音を立てながら開く。  扉の奥には、巨大な空間が広がっていた。中央には石の台。その上に、くすんだ色をした珠が置かれていた。 「あれは」  勇斗が石の台に近づこうとした瞬間、珠が重力に逆らってスッと宙に浮いた。次第に珠は炎を纏い、色を真紅に染め上げた。 「な、何だ?」  見上げるほどの高さまで昇った球が、ひときわ大きく輝くと、炎は巨大な竜へと姿を変えた。  一行は仰向いて、目を見開く。 「記憶を――」  しゃがれた女性の声が、脳内に響き渡った。同時に激しい頭痛。  意識が、遠のいた。



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西の遺跡

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