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西の遺跡

ー/ー



 耳をつんざくような怒声に、勇斗は目を覚ました。

「テメェなぁ、魔法が使えるから仲間に入れてやったのに、なんだよあれは!」

「ご、ごめんなさいっス」

 勇斗はベッドを降り、窓辺に寄った。厚手の布をめくり、隙間から通りを見下ろす。

 金髪の男が、額に包帯を巻いた少年を怒鳴りつけていた。チカップだった。草原で出会った、あの少年だ。

「テメェが魔法を制御できなかったせいで、仲間が死にかけたんだぞ!」

 男はチカップの髪をつかみ、その顔を石畳に叩きつけた。さらに鉄靴で容赦なく踏みつける。短い悲鳴が何度も上がった。

 通りの人々は足を止めた。だが、誰も止めに入らない。ただ遠巻きに眺めるだけだった。

 身震いがして鳥肌が立った。胸の奥が重く沈んだ。

「もうオレの前に姿を見せるんじゃねーぞ」

 金髪の男は舌打ちし、去っていった。

 チカップはふらふらと立ち上がり、よろめきながら路地裏へ消えた。

 勇斗は布を閉じ、深く息を吐いた。

 ベッドではランパが鼻ちょうちんを膨らませて眠っていた。

「ユート、起きてるか? 朝メシだぞ」

 扉の向こうからミュールの声がした。

「う、うん。すぐ行くよ」
 

 食事を済ませ、宿を出る。街は朝から騒がしかった。

「まずは市場で準備だ。それから砂漠を渡るぞ」

 ミュールが保存食や薬を買い込んでいるあいだも、勇斗の頭からチカップの顔が離れなかった。

「よし、遺跡に向かって出発だ!」

 ランパが張り切った声を上げた。

「お前たち、西の遺跡に行くのか?」

 声の主を見て、勇斗は身をこわばらせた。チカップを痛めつけていた金髪の男だ。

「そうだけど?」

 ミュールが腕を組んで見上げる。

「あそこは行かない方が身のためだ。運が良くても、生きて帰れるとは限らねぇ」

「アンタ、行ったのか?」

「まぁな。でも結果は散々だった。お宝は見つからねぇし、魔族に追い回されるし、新入りの魔法は暴発。パーティは壊滅寸前だ」

 男は苛立たしげに鼻を鳴らした。

「あの」

 勇斗は思わず口を開いた。

「何だ?」

 鋭い目が向けられる。

 チカップのことを聞きたかった。だが、うまく言葉が出なかった。

 男は冷たく笑った。

「立派な鎧のお坊ちゃん。死にたくなかったら、探検ごっこなんてやめておうちに帰るんだな」

 金髪の男は、去っていった。

 勇斗の手は震えていた。
 

 西の遺跡は、巨大な砂岩の崖を削って作られていた。風化した壁面には彫刻が残り、夕日に染まった外観はどこか神々しく見えた。

 だが、入口をくぐった瞬間、その印象は消えた。

 冷気と湿った臭いが鼻を刺す。天井の穴から差し込む細い光が、砂埃を照らしていた。静まり返った回廊に、四人の靴音だけが響く。

 しばらく歩くと、広間に出た。

「行き止まりかな」

 勇斗は中央に立ち、周囲を見回した。広いだけで、何もない。異様なほど静かだった。

 ふと足元を見る。自分の立っている場所だけ、砂の盛り上がり方が不自然だった。

 まずい、と思った。

 ザリッ――ゴウゥゥン!

 床が崩れた。

「うわっ!」

 全身が暗闇へ引きずり込まれる。回転しながら落ち、途中で何かに肩をぶつけた。さらに落ちる。十メートル以上は落ちた気がした。

 激しい衝撃が全身に走った。

「う、ううっ……」

 気づけば、瓦礫と砂に埋もれていた。全身がひどく痛い。鎧がなければ死んでいたかもしれない。

 歯を食いしばり、瓦礫をどかして這い出す。口の中の砂を吐き捨て、周囲を見回した。

 狭い空間の壁には燭台があり、弱い炎が揺れている。その灯りの中で、白い骨がいくつも転がっていた。

 ここで死んだ者たちのなれの果てだと気づいた瞬間、冷や汗が噴き出した。

 そのとき、背後で無数の羽音が爆ぜた。

 振り向くと、巨大なコウモリが五匹、宙を舞っていた。小さな手には棘のついた細い棒が握られている。

「魔族!」

 剣を抜こうとした。だが、巨大コウモリたちの方が速かった。

「うわぁっ!」

 棘の棒が鎧を打ち、鈍い痛みが骨まで響く。風圧で頬が切れた。剣を抜くことができず、身を守ることしかできない。

 ここは逃げるしかない。

 勇斗は痛みに耐え、通路へ飛び込んだ。後ろから巨大コウモリたちが追ってくる。羽音がすぐ背後まで迫っていた。

 足がもつれそうになる。止まったら終わりだと思った瞬間、つま先が砂を噛んだ。

「あっ」

 勇斗は前につんのめり、顔から砂に突っ込んだ。

 その瞬間だった。

 頭上でグシャッという嫌な音がして、断末魔の悲鳴が響いた。

 おそるおそる顔を上げる。通路の壁の両側から、無数の槍が突き出していた。巨大コウモリたちは串刺しになり、黒い液体を滴らせている。

 もし転んでいなかったら――そう思った瞬間、全身がぞっとした。

 近くの小部屋に転がり込む。壁にもたれたが、息はなかなか整わなかった。手が震え、喉はからからだった。

 ここで死んだらどうなる。誰にも見つけられず、骨になって砂に埋もれて終わるのか。

 嫌だ。まだ、死にたくない。

 壁づたいに出口を探そうとした、そのときだった。

「ユート!」

 声が聞こえた。

 勇斗は顔を上げた。通路の先に、仲間たちの姿がある。

「ようやく見つけた。大丈夫か?」

 ランパが駆け寄ってくる。

「ランパ……どうしてここが」

「精霊はな、契約した人間がどこにいるか、なんとなくわかるんだ」

 ランパは、にっと笑った。

「ユートっ! 心配してましたのよ!」

 ソーマの声は本気で震えていた。

「無事でよかったよ」

 ミュールが白い歯を見せた。

 三人の顔を見た途端、全身の力が抜けた。

「みんな……」

 声がかすれた。次の瞬間、涙がこぼれた。

「落ち着いたか? ほら、これ飲め」

 ミュールから水袋を渡され、勇斗は一気に飲み干した。冷たい水が乾いた喉に染みる。

「……ありがとう」

「よし。早いとこ大精霊を見つけるぞ」
 

 迷路のような地下を進んだ末、四人の前に巨大な石の扉が現れた。篝火の炎が、刻まれた模様を赤く照らしている。

 四芒星。勇斗の左手首にある痣と、まったく同じ形だった。

 同時に、勇斗の左手首が熱を持った。痣が光り出す。石の扉が低い音を立てて、ゆっくりと開いた。

 扉の奥には巨大な空間が広がっていた。

 中央で、ひとつの炎が静かに揺れている。

 勇斗が一歩踏み出した、その瞬間だった。

 炎がふわりと宙に浮き上がった。

「な、何だ?」

 炎は高く昇り、激しく燃え上がる。やがて見上げるほどの高さで、巨大な龍に姿を変えた。

 勇斗たちは、ただ見上げることしかできなかった。

 ――記憶を。

 しゃがれた女の声が、脳内に直接響いた。

「うっ……!」

 激しい頭痛が勇斗を襲う。視界がぐらりと揺れた。

 足元が消えたような感覚に襲われる。

 勇斗の意識は闇に沈んだ。


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 耳をつんざくような怒声に、勇斗は目を覚ました。
「テメェなぁ、魔法が使えるから仲間に入れてやったのに、なんだよあれは!」
「ご、ごめんなさいっス」
 勇斗はベッドを降り、窓辺に寄った。厚手の布をめくり、隙間から通りを見下ろす。
 金髪の男が、額に包帯を巻いた少年を怒鳴りつけていた。チカップだった。草原で出会った、あの少年だ。
「テメェが魔法を制御できなかったせいで、仲間が死にかけたんだぞ!」
 男はチカップの髪をつかみ、その顔を石畳に叩きつけた。さらに鉄靴で容赦なく踏みつける。短い悲鳴が何度も上がった。
 通りの人々は足を止めた。だが、誰も止めに入らない。ただ遠巻きに眺めるだけだった。
 身震いがして鳥肌が立った。胸の奥が重く沈んだ。
「もうオレの前に姿を見せるんじゃねーぞ」
 金髪の男は舌打ちし、去っていった。
 チカップはふらふらと立ち上がり、よろめきながら路地裏へ消えた。
 勇斗は布を閉じ、深く息を吐いた。
 ベッドではランパが鼻ちょうちんを膨らませて眠っていた。
「ユート、起きてるか? 朝メシだぞ」
 扉の向こうからミュールの声がした。
「う、うん。すぐ行くよ」
 食事を済ませ、宿を出る。街は朝から騒がしかった。
「まずは市場で準備だ。それから砂漠を渡るぞ」
 ミュールが保存食や薬を買い込んでいるあいだも、勇斗の頭からチカップの顔が離れなかった。
「よし、遺跡に向かって出発だ!」
 ランパが張り切った声を上げた。
「お前たち、西の遺跡に行くのか?」
 声の主を見て、勇斗は身をこわばらせた。チカップを痛めつけていた金髪の男だ。
「そうだけど?」
 ミュールが腕を組んで見上げる。
「あそこは行かない方が身のためだ。運が良くても、生きて帰れるとは限らねぇ」
「アンタ、行ったのか?」
「まぁな。でも結果は散々だった。お宝は見つからねぇし、魔族に追い回されるし、新入りの魔法は暴発。パーティは壊滅寸前だ」
 男は苛立たしげに鼻を鳴らした。
「あの」
 勇斗は思わず口を開いた。
「何だ?」
 鋭い目が向けられる。
 チカップのことを聞きたかった。だが、うまく言葉が出なかった。
 男は冷たく笑った。
「立派な鎧のお坊ちゃん。死にたくなかったら、探検ごっこなんてやめておうちに帰るんだな」
 金髪の男は、去っていった。
 勇斗の手は震えていた。
 西の遺跡は、巨大な砂岩の崖を削って作られていた。風化した壁面には彫刻が残り、夕日に染まった外観はどこか神々しく見えた。
 だが、入口をくぐった瞬間、その印象は消えた。
 冷気と湿った臭いが鼻を刺す。天井の穴から差し込む細い光が、砂埃を照らしていた。静まり返った回廊に、四人の靴音だけが響く。
 しばらく歩くと、広間に出た。
「行き止まりかな」
 勇斗は中央に立ち、周囲を見回した。広いだけで、何もない。異様なほど静かだった。
 ふと足元を見る。自分の立っている場所だけ、砂の盛り上がり方が不自然だった。
 まずい、と思った。
 ザリッ――ゴウゥゥン!
 床が崩れた。
「うわっ!」
 全身が暗闇へ引きずり込まれる。回転しながら落ち、途中で何かに肩をぶつけた。さらに落ちる。十メートル以上は落ちた気がした。
 激しい衝撃が全身に走った。
「う、ううっ……」
 気づけば、瓦礫と砂に埋もれていた。全身がひどく痛い。鎧がなければ死んでいたかもしれない。
 歯を食いしばり、瓦礫をどかして這い出す。口の中の砂を吐き捨て、周囲を見回した。
 狭い空間の壁には燭台があり、弱い炎が揺れている。その灯りの中で、白い骨がいくつも転がっていた。
 ここで死んだ者たちのなれの果てだと気づいた瞬間、冷や汗が噴き出した。
 そのとき、背後で無数の羽音が爆ぜた。
 振り向くと、巨大なコウモリが五匹、宙を舞っていた。小さな手には棘のついた細い棒が握られている。
「魔族!」
 剣を抜こうとした。だが、巨大コウモリたちの方が速かった。
「うわぁっ!」
 棘の棒が鎧を打ち、鈍い痛みが骨まで響く。風圧で頬が切れた。剣を抜くことができず、身を守ることしかできない。
 ここは逃げるしかない。
 勇斗は痛みに耐え、通路へ飛び込んだ。後ろから巨大コウモリたちが追ってくる。羽音がすぐ背後まで迫っていた。
 足がもつれそうになる。止まったら終わりだと思った瞬間、つま先が砂を噛んだ。
「あっ」
 勇斗は前につんのめり、顔から砂に突っ込んだ。
 その瞬間だった。
 頭上でグシャッという嫌な音がして、断末魔の悲鳴が響いた。
 おそるおそる顔を上げる。通路の壁の両側から、無数の槍が突き出していた。巨大コウモリたちは串刺しになり、黒い液体を滴らせている。
 もし転んでいなかったら――そう思った瞬間、全身がぞっとした。
 近くの小部屋に転がり込む。壁にもたれたが、息はなかなか整わなかった。手が震え、喉はからからだった。
 ここで死んだらどうなる。誰にも見つけられず、骨になって砂に埋もれて終わるのか。
 嫌だ。まだ、死にたくない。
 壁づたいに出口を探そうとした、そのときだった。
「ユート!」
 声が聞こえた。
 勇斗は顔を上げた。通路の先に、仲間たちの姿がある。
「ようやく見つけた。大丈夫か?」
 ランパが駆け寄ってくる。
「ランパ……どうしてここが」
「精霊はな、契約した人間がどこにいるか、なんとなくわかるんだ」
 ランパは、にっと笑った。
「ユートっ! 心配してましたのよ!」
 ソーマの声は本気で震えていた。
「無事でよかったよ」
 ミュールが白い歯を見せた。
 三人の顔を見た途端、全身の力が抜けた。
「みんな……」
 声がかすれた。次の瞬間、涙がこぼれた。
「落ち着いたか? ほら、これ飲め」
 ミュールから水袋を渡され、勇斗は一気に飲み干した。冷たい水が乾いた喉に染みる。
「……ありがとう」
「よし。早いとこ大精霊を見つけるぞ」
 迷路のような地下を進んだ末、四人の前に巨大な石の扉が現れた。篝火の炎が、刻まれた模様を赤く照らしている。
 四芒星。勇斗の左手首にある痣と、まったく同じ形だった。
 同時に、勇斗の左手首が熱を持った。痣が光り出す。石の扉が低い音を立てて、ゆっくりと開いた。
 扉の奥には巨大な空間が広がっていた。
 中央で、ひとつの炎が静かに揺れている。
 勇斗が一歩踏み出した、その瞬間だった。
 炎がふわりと宙に浮き上がった。
「な、何だ?」
 炎は高く昇り、激しく燃え上がる。やがて見上げるほどの高さで、巨大な龍に姿を変えた。
 勇斗たちは、ただ見上げることしかできなかった。
 ――記憶を。
 しゃがれた女の声が、脳内に直接響いた。
「うっ……!」
 激しい頭痛が勇斗を襲う。視界がぐらりと揺れた。
 足元が消えたような感覚に襲われる。
 勇斗の意識は闇に沈んだ。