表示設定
表示設定
目次 目次




アルトⅡ

ー/ー



 下校時刻のチャイムが鳴った。

 校門を出たアルトの横を、当然のように光太が歩いていた。

「なぜ、ついてくる」

「お前一人じゃ危なっかしいからな」

 光太は大きくため息をついた。

「今日だって目立ちすぎなんだよ。授業じゃ変なこと言うし、休み時間には急に筋トレ始めるし。そんなことしてたら、勇斗じゃないってバレるだろ」

「ああ、すまない」

 アルトは素直に答えた。だが、ユートという少年のことをほとんど知らない以上、真似などできるはずもなかった。

「今のボクに、完全にユートのふりをしろと言われても無理だ」

「あぁ、もう……」

 光太は頭を掻いた。

「せめて家ではちゃんとやれよ。勇斗の母ちゃんに怪しまれてないのか?」

「なるべく会話は避けている。今のところ、怪しまれてはいないはずだ」

「それ、絶対怪しまれてるぞ」

 光太がぼやく。

「せめて家族といたときのことを思い出して、自然にしてみるとか、できない?」

「家族……」

 その言葉に、アルトの意識は過去へ引き戻された。

 アルトは孤児だった。物心ついた頃には、キーナという村の孤児院で暮らしていた。両親の顔は知らない。

 孤児院での暮らしは、遊んで、食べて、寝るだけの穏やかな日々だった。よく泥だらけになって院長に怒られたが、それでも不満はなかった。

 だが、平穏な日々は長く続かなかった。

 アルトが十歳のとき、ソレイン王国の兵士たちが孤児院を訪れた。兵士たちは子どもたち全員に、美しい装飾が施されたサークレットを順番に試していった。だが、どの子どもにもサイズが合わず、頭に収まらなかった。

「ここもダメかな。おい、きみで最後だ。来なさい」

 兵士に声をかけられ、アルトは怯えた。

「怖がらなくていい」

 兵士がサークレットをアルトの頭に乗せる。すると不思議なことに、サークレットは彼の頭にぴたりと収縮して装着された。

 周囲がざわついた。

「つ、ついに! 勇者が見つかったぞ! 王に報告だ!」

 歓喜の声が上がる。

 兵士が何を言っているのか、幼い少年には理解できなかった。

 日が昇り始める前、無理やり起こされたアルトは、寝ぼけ眼のまま兵士に手を引かれた。

「どうしてあの子にそんなことをさせるのですか! アルトはまだ子ども。危険すぎます!」

 院長が兵士に詰め寄っていた。

「世界の危機なのです。我々は一刻も早く魔神に対抗できる力を手にしなければいけない」

「そんな……でも」

「この子は、人類の希望なのです。院長、わかってください」

 院長は膝から崩れ、両手で顔を覆った。

 太陽が輝き出した頃、アルトは孤児院を去った。

「おじさん、ボク、どこに行くの? 院長は? みんなは?」

 兵士は、終始無言だった。

 ソレイン王国に着いてからは、地獄のような毎日だった。朝から晩まで剣術と魔法の特訓。休む暇はほとんど与えられなかった。同年代の子どもと遊ぶことは、決して許されなかった。

 次第に、アルトから感情というものが抜け落ちていった。勇者として魔神を倒す。それだけを胸に秘め、自身を鍛え上げていった。

「おーい、間違ってるぞ。勇斗の家はあっちだ」

 光太の声で、アルトは我に返った。

「……すまない」

 しばらく歩くと、けたたましい鳴き声が聞こえた。

 電信柱の下で、一匹の子猫が二羽のカラスにつつかれていた。

「あっ」

 光太が足を止める。

「助けてやらねぇと」

 だがアルトは、そのまま通り過ぎた。

「おい、手伝えよ」

「どうしてだ?」

 アルトの言葉に、光太は眉をひそめた。

「どうしてって、猫が困ってるだろ」

「わからない。助けることに、何の価値がある?」

 光太の顔が変わる。目つきが鋭くなった。

「お前、情ってもんねーのかよ」

「弱い者は強い者に狩られる。戦う力を持たない者が死ぬのは、戦場では自然な結果だ」

 アルトは淡々と言った。

「……お前、ほんと最低だな」

 光太は吐き捨て、学生鞄を振り回しながらカラスへ突っ込んでいった。

 度を越した愚かさに、うんざりした。

 アルトは振り返らず、その場を離れた。

 一人になると、急に周囲が静かに感じられた。

 学校があると動きにくい。元の世界へ戻る方法を探るなら、休みの日を使うしかないだろう。

 ソレイン王国の様子も気になる。今頃、大騒ぎになっているのだろうか。あちらと連絡が取れる手段があればいいのだが。

 顎に左手を当てながら早足で歩いていると、前方から軽い衝撃を受けた。

「どこ見て歩いてんだ、この野郎」

 学ランを着崩した丸刈りの男子だった。胸元には青いネームプレートがついている。

「青か。確か、この学校では上級生を示すのだったな」

「あぁ? 何わけわかんねえこと言ってんだ、一年坊主」

 丸刈りはにやつきながらアルトの肩に手を回した。

「ちょっと付き合えよ。ストレス溜まってんだよ」

「関係ない。他を当たれ」

 アルトが言うと、丸刈りの顔が歪んだ。

 次の瞬間、拳が飛んできた。アルトは受け止めた。返しの拳は、相手の顎先でぴたりと止まった。

 丸刈りは青ざめた。

「すまない。あまり目立つなと言われている。どこかへ行ってくれ」

「な、なんだよこいつ……」

 丸刈りは這うように逃げていった。
 

「おかえり、勇斗」

 家に入ると、勇斗の母親が声をかけてきた。

 アルトは軽く会釈だけして、自室へ戻った。黄色い服に着替え、机の前に座った。

 今日も、何も進んでいない。

「勇斗ー、ごはんよー!」

 階下から声が飛ぶ。

 アルトは無言で立ち上がり、ダイニングへ向かった。

 テーブルには料理が並んでいた。白いご飯、味噌汁、ローストビーフ、サラダ、プリン。どれもアルトには馴染みのないものだった。

「退院してから元気がないから、好きなものいっぱい作ったのよ。しっかり食べなさいね」

 アルトは言葉に詰まった。誰かが、自分のために食事を作る。それが妙に落ち着かなかった。

「どうしたの? 体調悪い?」

「……いや。大丈夫だ。いただきます」

 アルトは箸を左手で持った。慣れない道具だったが、使えないわけではない。

「何で左手で持ってるの? 勇斗、右利きでしょ」

 アルトははっとして、箸を右手に持ち替えた。ぎこちなさは、むしろ増した。

「こうやって持つの」

 アルトの右手に、温かい手がそっと添えられた。肌と肌が触れる。じんわりと熱が伝わる。

「す、すまない」

 反射的に肩が強張った。アルトは体を縮こませ、食事を再開した。

「ねえ、勇斗。美味しい?」

「……はい。美味しいです」

「そう。よかった」

 勇斗の母は微笑んだ。

 アルトは味噌汁をすすった。温かかった。

 食べ終えたあとも、アルトはすぐには立ち上がれなかった。胸の奥に引っかかるものの正体が、自分でもわからなかったからだ。

 ようやく食器を流しへ運んだ。

 振り返ると、勇斗の母が少し不思議そうな顔でこちらを見ていた。

 アルトは眉をひそめた。

 洗面台で歯磨きを終え、階段へ向かおうとすると、勇斗の母が声をかけてきた。

「ごめん、上がるついでにお父さんの部屋の電気消しておいて」

 廊下の奥を見ると、扉の隙間から灯りが漏れていた。

 アルトは、勇斗の父の部屋へ入った。

 見慣れない品が並んでいる。机の上には写真立てがあった。

「これが……シャシンか」

 アルトは写真を手に取る。そこには、自分と同じ顔の少年と、さっきまで話していた女、そして見知らぬ男が笑っていた。

「この人が、ユートの父か」

 写真の中の三人は、楽しそうだった。

「ボクには関係ない」

 写真立てを戻したが、アルトはすぐには部屋を出なかった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 謎の少女


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 下校時刻のチャイムが鳴った。
 校門を出たアルトの横を、当然のように光太が歩いていた。
「なぜ、ついてくる」
「お前一人じゃ危なっかしいからな」
 光太は大きくため息をついた。
「今日だって目立ちすぎなんだよ。授業じゃ変なこと言うし、休み時間には急に筋トレ始めるし。そんなことしてたら、勇斗じゃないってバレるだろ」
「ああ、すまない」
 アルトは素直に答えた。だが、ユートという少年のことをほとんど知らない以上、真似などできるはずもなかった。
「今のボクに、完全にユートのふりをしろと言われても無理だ」
「あぁ、もう……」
 光太は頭を掻いた。
「せめて家ではちゃんとやれよ。勇斗の母ちゃんに怪しまれてないのか?」
「なるべく会話は避けている。今のところ、怪しまれてはいないはずだ」
「それ、絶対怪しまれてるぞ」
 光太がぼやく。
「せめて家族といたときのことを思い出して、自然にしてみるとか、できない?」
「家族……」
 その言葉に、アルトの意識は過去へ引き戻された。
 アルトは孤児だった。物心ついた頃には、キーナという村の孤児院で暮らしていた。両親の顔は知らない。
 孤児院での暮らしは、遊んで、食べて、寝るだけの穏やかな日々だった。よく泥だらけになって院長に怒られたが、それでも不満はなかった。
 だが、平穏な日々は長く続かなかった。
 アルトが十歳のとき、ソレイン王国の兵士たちが孤児院を訪れた。兵士たちは子どもたち全員に、美しい装飾が施されたサークレットを順番に試していった。だが、どの子どもにもサイズが合わず、頭に収まらなかった。
「ここもダメかな。おい、きみで最後だ。来なさい」
 兵士に声をかけられ、アルトは怯えた。
「怖がらなくていい」
 兵士がサークレットをアルトの頭に乗せる。すると不思議なことに、サークレットは彼の頭にぴたりと収縮して装着された。
 周囲がざわついた。
「つ、ついに! 勇者が見つかったぞ! 王に報告だ!」
 歓喜の声が上がる。
 兵士が何を言っているのか、幼い少年には理解できなかった。
 日が昇り始める前、無理やり起こされたアルトは、寝ぼけ眼のまま兵士に手を引かれた。
「どうしてあの子にそんなことをさせるのですか! アルトはまだ子ども。危険すぎます!」
 院長が兵士に詰め寄っていた。
「世界の危機なのです。我々は一刻も早く魔神に対抗できる力を手にしなければいけない」
「そんな……でも」
「この子は、人類の希望なのです。院長、わかってください」
 院長は膝から崩れ、両手で顔を覆った。
 太陽が輝き出した頃、アルトは孤児院を去った。
「おじさん、ボク、どこに行くの? 院長は? みんなは?」
 兵士は、終始無言だった。
 ソレイン王国に着いてからは、地獄のような毎日だった。朝から晩まで剣術と魔法の特訓。休む暇はほとんど与えられなかった。同年代の子どもと遊ぶことは、決して許されなかった。
 次第に、アルトから感情というものが抜け落ちていった。勇者として魔神を倒す。それだけを胸に秘め、自身を鍛え上げていった。
「おーい、間違ってるぞ。勇斗の家はあっちだ」
 光太の声で、アルトは我に返った。
「……すまない」
 しばらく歩くと、けたたましい鳴き声が聞こえた。
 電信柱の下で、一匹の子猫が二羽のカラスにつつかれていた。
「あっ」
 光太が足を止める。
「助けてやらねぇと」
 だがアルトは、そのまま通り過ぎた。
「おい、手伝えよ」
「どうしてだ?」
 アルトの言葉に、光太は眉をひそめた。
「どうしてって、猫が困ってるだろ」
「わからない。助けることに、何の価値がある?」
 光太の顔が変わる。目つきが鋭くなった。
「お前、情ってもんねーのかよ」
「弱い者は強い者に狩られる。戦う力を持たない者が死ぬのは、戦場では自然な結果だ」
 アルトは淡々と言った。
「……お前、ほんと最低だな」
 光太は吐き捨て、学生鞄を振り回しながらカラスへ突っ込んでいった。
 度を越した愚かさに、うんざりした。
 アルトは振り返らず、その場を離れた。
 一人になると、急に周囲が静かに感じられた。
 学校があると動きにくい。元の世界へ戻る方法を探るなら、休みの日を使うしかないだろう。
 ソレイン王国の様子も気になる。今頃、大騒ぎになっているのだろうか。あちらと連絡が取れる手段があればいいのだが。
 顎に左手を当てながら早足で歩いていると、前方から軽い衝撃を受けた。
「どこ見て歩いてんだ、この野郎」
 学ランを着崩した丸刈りの男子だった。胸元には青いネームプレートがついている。
「青か。確か、この学校では上級生を示すのだったな」
「あぁ? 何わけわかんねえこと言ってんだ、一年坊主」
 丸刈りはにやつきながらアルトの肩に手を回した。
「ちょっと付き合えよ。ストレス溜まってんだよ」
「関係ない。他を当たれ」
 アルトが言うと、丸刈りの顔が歪んだ。
 次の瞬間、拳が飛んできた。アルトは受け止めた。返しの拳は、相手の顎先でぴたりと止まった。
 丸刈りは青ざめた。
「すまない。あまり目立つなと言われている。どこかへ行ってくれ」
「な、なんだよこいつ……」
 丸刈りは這うように逃げていった。
「おかえり、勇斗」
 家に入ると、勇斗の母親が声をかけてきた。
 アルトは軽く会釈だけして、自室へ戻った。黄色い服に着替え、机の前に座った。
 今日も、何も進んでいない。
「勇斗ー、ごはんよー!」
 階下から声が飛ぶ。
 アルトは無言で立ち上がり、ダイニングへ向かった。
 テーブルには料理が並んでいた。白いご飯、味噌汁、ローストビーフ、サラダ、プリン。どれもアルトには馴染みのないものだった。
「退院してから元気がないから、好きなものいっぱい作ったのよ。しっかり食べなさいね」
 アルトは言葉に詰まった。誰かが、自分のために食事を作る。それが妙に落ち着かなかった。
「どうしたの? 体調悪い?」
「……いや。大丈夫だ。いただきます」
 アルトは箸を左手で持った。慣れない道具だったが、使えないわけではない。
「何で左手で持ってるの? 勇斗、右利きでしょ」
 アルトははっとして、箸を右手に持ち替えた。ぎこちなさは、むしろ増した。
「こうやって持つの」
 アルトの右手に、温かい手がそっと添えられた。肌と肌が触れる。じんわりと熱が伝わる。
「す、すまない」
 反射的に肩が強張った。アルトは体を縮こませ、食事を再開した。
「ねえ、勇斗。美味しい?」
「……はい。美味しいです」
「そう。よかった」
 勇斗の母は微笑んだ。
 アルトは味噌汁をすすった。温かかった。
 食べ終えたあとも、アルトはすぐには立ち上がれなかった。胸の奥に引っかかるものの正体が、自分でもわからなかったからだ。
 ようやく食器を流しへ運んだ。
 振り返ると、勇斗の母が少し不思議そうな顔でこちらを見ていた。
 アルトは眉をひそめた。
 洗面台で歯磨きを終え、階段へ向かおうとすると、勇斗の母が声をかけてきた。
「ごめん、上がるついでにお父さんの部屋の電気消しておいて」
 廊下の奥を見ると、扉の隙間から灯りが漏れていた。
 アルトは、勇斗の父の部屋へ入った。
 見慣れない品が並んでいる。机の上には写真立てがあった。
「これが……シャシンか」
 アルトは写真を手に取る。そこには、自分と同じ顔の少年と、さっきまで話していた女、そして見知らぬ男が笑っていた。
「この人が、ユートの父か」
 写真の中の三人は、楽しそうだった。
「ボクには関係ない」
 写真立てを戻したが、アルトはすぐには部屋を出なかった。