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紅い玉

3/15





 蔵の中は薄暗く、埃っぽかった。天井近くにある小さな丸い窓からうっすらと光が差し込んでいる。棚には陶器や金色のローソク立てなどの神具が並べられていた。 「よし、じゃあ手分けしてやろう。はやくしないと遊ぶ時間が減ってしまう」  勇斗と真弘は床の掃き掃除、光太は棚に並べられている神具の手入れをすることになった。  黙々と掃除を進めていると、棚の隙間に落ちた桐箱を勇斗は見つけた。ホウキの柄で手繰り寄せ、箱を手に取る。すると突然蓋が外れ、中から巻物が飛び出してきた。 「うわわっ」  勇斗は巻物を拾い上げようと腰をかがめた。  広がった巻物には角が生えた怪物が描かれていた。鬼のように見えるし、悪魔のようにも見えた。  その横にはギザギザした円形が描かれ、血のように赤く塗りつぶされている。  巻物の下部は見たこともない文字が書かれていた。 『次元を歪めし紅の核 聖域に封ずる 封印が解かれしとき 二つの世界に再び災厄が訪れる』  勇斗の頭に、文字の意味が流れ込んできた。 「な、何で読めるのだろ?」  不思議な現象に勇斗は困惑した。 「勇斗にいちゃん、そんなもの見てないで、はやく手を動かして」 「あ、うん、ごめんね」  勇斗は慌てて巻物を桐箱にしまいこんだ。立ちあがろうとしたとき、床に長方形のくぼみを見つけた。 「何でこんなところにくぼみが」  くぼみが気になった勇斗は再びかがんで周辺の床を調べ始めた。くぼみの周辺の床だけ、少し色が違う。耳をすますと、床下から微かに風の音がした。 「下に空間でもあるのかな」  勇斗が光太に尋ねようと立ち上がったとき、「あっ」と声が聞こえた。  ゴトっと固い音と一緒に、カチッという音がした。 「やっべー、落とした」  光太は脚立から飛び降り、床に転がっている真鍮の花瓶を持ち上げ、くるくると回した。 「壊れてない。セーフっ!」  どうやら棚の上にある神具を落としてしまったようだ。 「光太、危ないよ」 「すまんすまん」 「そういや、光太、あのくぼみは――あれ?」  くぼみから、取っ手が飛び出ていた。 「何、これ?」 「こんなの知らんぞ。なんか入ってんのかな? ちょっと開けてみるか」  光太は「んぎぎ」と顔を真っ赤にして取っ手を引っ張り上げた。重たい音とともに埃が舞い上がり、床下へ続く梯子が姿を現した。 「地下への入り口――」 「蔵にこんなのがあるなんて……俺、何度もここ掃除してるけど全然気づかんかった」  光太は身をかがめ、梯子の続く先をじっと眺めている。 「結構深そうだな」 「もしかして、降りようとしてる?」 「当たり前だろ。こんなのスッゲーワクワクするじゃん」  光太は目を輝かせながら両手でガッツポーズをした。 「でも真っ暗だよ。危ないよ」 「大丈夫だって!」  興奮気味の光太はダンボールを引っ張り出してきて、中から懐中電灯を三本取り出す。明かりが付くことを確認したあと、勇斗と真弘に一本ずつ手渡した。 「よし、じゃあ地下に向けてレッツゴー!」  光太と真弘は梯子で下に降りていった。一人残された勇斗はオロオロと周りを見渡していた。 「勇斗ー。はやく来いよー!」  梯子の下から光太の声が聞こえる。 「わ、分かったよ」  勇斗はおそるおそる梯子に足をかけ、ゆっくりと降りていった。  梯子を降り始めて五分くらい経過した。暗くて、長い。いつまで続くのだろう、永遠に終わらないのではないかと考えると、急に寒気が走った。息が上がってきたとき、ようやくスニーカーの底が固い地面に触れた。 「お、ようやく来たか。スッゲー深かったよな。ここはもしかして地球の裏側?」  懐中電灯の光を顎下から当てた光太の顔が闇に浮かぶ。 「なんだか寒い」  たどり着いた場所はひんやりとしていた。懐中電灯の光が周辺を照らすと、岩の壁が見える。洞窟のようだった。 「奥に続いてるみたいだな。行ってみるか」  光太は懐中電灯の光を洞窟の奥に向け、歩き出した。真弘は何も喋ることなく、光太の後をついていった。 「ま、待ってよぅ」  道はどんどん狭くなっていった。天井も低くなり、体をかがめて歩かないと頭をぶつけてしまう。 「この先に何があるのかなー。お宝かなー」  前方で光太の陽気な声が聞こえる。 「もう帰ろうよ」 「ここまで来て何言ってんだ。行けるところまで行ってみるぞ」 「勇斗にいちゃん、もしかして、怖いの? おれは平気だよ。全然平気」  抑揚のない声で真弘が言う。  岩をくりぬいて作られたような通路を進んでいくと、道が二手に分かれていた。 「うーん、どっちに進むか。俺の勘なら右だな」 「にいちゃん、おれは左だと思う」 「勇斗はどっちだと思う?」 「え、えーと、えーと――光太が決めてよ」 「んー、じゃあ右行くか」  光太についていき、右の道を進む。足元を照らすと、岩の間に微かに水が流れていた。滑らないように慎重に歩く。  歩いても歩いても、同じような景色が続く。 「ねぇ、やっぱり引き返そうよ。どこまで続いてるのか分からないよ」  勇斗が立ち止まったとき、ガララという音が聞こえた。足元に違和感を感じる。 「え?」  次の瞬間、足場が崩れた。 「うわあああああああああーっ」  勇斗は悲痛な叫び声を上げながら、落下した。 「勇斗ーっ!」  バシャンと水しぶきがあがる。水に浮く大きな葉っぱの上に勇斗の体は乗っていた。 「た、助かったの?」  衝撃を葉っぱが吸収してくれたおかげか、痛みはなかった。 「ここ、どこ?」  広い空間だった。何故か明るい。 「根っこ? しかも光ってるし」  岩壁に絡みついた無数の根がうっすらと発光していた。気になって眺めていると、葉っぱが傾き、勇斗の体は水に落ちた。 「うわああああああ! 助けてぇ!」  情けない声が洞窟内に響き渡った。 「あれ?」  勇斗の上半身が水面から出ていた。あまり深くなかったようだ。立ち上がるとお尻がジンジンした。 「痛いぃ」  勇斗は泣きべそをかきながらズブズブと水の中を歩き、地面までたどり着いた。  服はずぶ濡れで、ポケットに入れていたスマホも水浸しだった。懐中電灯は落ちた時に無くしてしまったようだ。 「最悪」  幸い、ここは明るいので懐中電灯なしでも歩くことができる。  水滴を垂らしながらトボトボ歩いていると、根っこに覆われた小さな祠を見つけた。古びた煙管が供えられている。一体誰が何の目的で供えたのだろう? 「おーい」  光太の声が聞こえた。勇斗は急いで声がする方向へと走ると、階段から懐中電灯の光が伸びていた。 「光太!」 「勇斗!」  親友の姿を見た勇斗は胸がいっぱいになった。 「無事でよかった。マジ焦ったぞ。怪我してないか?」 「うん、大丈夫」 「真弘が待ってる。戻ろうぜ」  勇斗は光太のあとに続き、石の階段を登っていった。 「そういや勇斗、懐中電灯は?」 「無くしちゃった」 「マジかよ。じゃあスマホは? ライト付くだろ?」 「壊れたみたい――」 「最悪じゃん。つーか、何でずぶ濡れなの?」  光太が勇斗の服を触り、言った。 「落ちたところが大きな水溜りで。それでスマホも水浸しになっちゃった」 「運がいいのか悪いのか。ほら、これ使ってくれ」  階段を登った先で勇斗は光太の懐中電灯を受け取った。 「いいの?」 「俺は自分のスマホのライトで進むから」  光太はブルーグレーのスマホを取り出し、ライトを起動する。 「あと、お前の濡れたスマホ、俺が持っといてやるよ。濡れたまんまじゃマズいと思うし」 「う、うん」  勇斗は光太に濡れたスマホを手渡した。 「勇斗、俺が悪いやつだったらスマホそのままパクられてんぞ」 「え?」 「あのなぁ――」  光太はため息をついた。 「にいちゃーん!」  真弘の声が聞こえる。 「ま、いいや。行くぞ」  光太の後を追うと、少し広い空間に出た。さっきの場所とは違い、懐中電灯の明かりがないと真っ暗だ。 「勇斗、これ見てくれよ」  光太が懐中電灯を向けた先には大きな石造りの扉がそびえ立っていた。扉には四芒星のマークが刻まれている。  勇斗はそのマークに見覚えがあった。パーカーの左の袖をめくり、アザを見つめる。 「この奥に絶対スゲーもんがあると思うんだよな」  光太は扉を両手で押していたが、開く様子は全くなかった。 「勇斗にいちゃん、押してみてよ」  真弘がボソリと言う。 「え、光太で無理なら僕がやっても絶対無理だって」 「ものは、試し」  真弘に言われるがまま、勇斗は扉に手をかけた。 「うっ」  左手首に痛みを感じた。いつもより激しい痛み。焼けるように熱い。  勇斗がパーカーの袖を肘の上まで捲り上げると、アザから眩い光が溢れ出した。 「え、え? な、何これ」  戸惑っていると、扉が鈍い音を響かせた。まるで勇斗たちを招き入れるように、ゆっくりと開き始めた。 「開いた。つーか何だよその光――」 「ぼ、僕にも分からないよ」 「ねぇ、はやく行こう」  真弘はスタスタと開いた扉の中へと消えていった。 「お、おい真弘、待てよ」  扉の先の部屋の中央には台座があり、サッカーボールほどの大きさの紅い球が乗っていた。トゲが生え、ドクドクと脈打ち、禍々しい光を放っている。 「なんだありゃ。気持ち悪りぃ」 「あ、あれは――」  勇斗は巻物に描かれた絵を思い出した。瞬間、激しい頭痛に襲われた。両手で頭を押さえ、うずくまる。 「ああ、ああ――」 「ど、どうした勇斗、大丈夫か」  頭がぐるぐるする。  ――封印を解いてはいけない。  誰かの声が脳内に響き渡った。痛みを堪え、顔を上げると真弘が球に手を伸ばしていた。 「ま、真弘くん――だめ――」  急に部屋全体が揺れ始めた。天井から砂と石がボロボロと落ちてくる。 「う、嘘だろ、こんなところで地震?」  大きな石が、光太の肩に直撃した。 「ぐあっ」  衝撃で光太の手からスマホが落下する。 「くぅ、いてぇ。おい真弘、逃げるぞ。真弘!」  真弘は兄の呼びかけに応えることなく、パタリと倒れた。 「真弘っ!」  紅い球がゆっくり宙に浮かぶ。同時に周辺の空間が歪み始めた。 「な、何だよ……これ……ってうわああ」  光太の体がヒュンと扉の外へと飛んでいった。 「こ、光太?」  歪みは次第に広がり、部屋全体を包み込むほど巨大なものとなった。  意識が飛んだ。  気づくと、闇の中だった。 「ここは、どこ? 光太ー! 真弘くーん!」  勇斗の叫び声は虚しく消えていった。  ふと自分の体を見下ろすと、肌色しかなかった。華奢な体が露わとなっている。 「ひゃあぁっ」  思わず股間を両手で覆ってしまった。 「わけわかんないよ」  勇斗は何もない空間に座り込み、ボーッとした。次第に涙が溢れ出てきた。 「お母さん、お父さん。誰か助けてよ。怖いよぅ」  ぐしゃぐしゃの顔を上げると、闇の彼方に光が見えた。  行かなければならない気がした――  勇斗は立ち上がり、光に向かって歩き出した。床はないのに歩くことができる。水の上を歩いているような不思議な感覚だった。  光の正体は、剣と鎧だった。オーラを纏っている。  その傍に、裸の少年が倒れていた。サラサラとしたブラウンの髪にあどけない顔立ち。 「僕?」  倒れている少年の顔は、勇斗そっくりだった。顔のパーツが全て勇斗と同じ。違う点は、引き締まった肉体と、アザが右手首にあることだ。  勇斗は少年の手に触れた。無意識だった。刹那、お互いのアザが光り出した。  光が、弾けた。



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 蔵の中は薄暗く、埃っぽかった。天井近くにある小さな丸い窓からうっすらと光が差し込んでいる。棚には陶器や金色のローソク立てなどの神具が並べられていた。 「よし、じゃあ手分けしてやろう。はやくしないと遊ぶ時間が減ってしまう」  勇斗と真弘は床の掃き掃除、光太は棚に並べられている神具の手入れをすることになった。  黙々と掃除を進めていると、棚の隙間に落ちた桐箱を勇斗は見つけた。ホウキの柄で手繰り寄せ、箱を手に取る。すると突然蓋が外れ、中から巻物が飛び出してきた。 「うわわっ」  勇斗は巻物を拾い上げようと腰をかがめた。  広がった巻物には角が生えた怪物が描かれていた。鬼のように見えるし、悪魔のようにも見えた。  その横にはギザギザした円形が描かれ、血のように赤く塗りつぶされている。  巻物の下部は見たこともない文字が書かれていた。 『次元を歪めし紅の核 聖域に封ずる 封印が解かれしとき 二つの世界に再び災厄が訪れる』  勇斗の頭に、文字の意味が流れ込んできた。 「な、何で読めるのだろ?」  不思議な現象に勇斗は困惑した。 「勇斗にいちゃん、そんなもの見てないで、はやく手を動かして」 「あ、うん、ごめんね」  勇斗は慌てて巻物を桐箱にしまいこんだ。立ちあがろうとしたとき、床に長方形のくぼみを見つけた。 「何でこんなところにくぼみが」  くぼみが気になった勇斗は再びかがんで周辺の床を調べ始めた。くぼみの周辺の床だけ、少し色が違う。耳をすますと、床下から微かに風の音がした。 「下に空間でもあるのかな」  勇斗が光太に尋ねようと立ち上がったとき、「あっ」と声が聞こえた。  ゴトっと固い音と一緒に、カチッという音がした。 「やっべー、落とした」  光太は脚立から飛び降り、床に転がっている真鍮の花瓶を持ち上げ、くるくると回した。 「壊れてない。セーフっ!」  どうやら棚の上にある神具を落としてしまったようだ。 「光太、危ないよ」 「すまんすまん」 「そういや、光太、あのくぼみは――あれ?」  くぼみから、取っ手が飛び出ていた。 「何、これ?」 「こんなの知らんぞ。なんか入ってんのかな? ちょっと開けてみるか」  光太は「んぎぎ」と顔を真っ赤にして取っ手を引っ張り上げた。重たい音とともに埃が舞い上がり、床下へ続く梯子が姿を現した。 「地下への入り口――」 「蔵にこんなのがあるなんて……俺、何度もここ掃除してるけど全然気づかんかった」  光太は身をかがめ、梯子の続く先をじっと眺めている。 「結構深そうだな」 「もしかして、降りようとしてる?」 「当たり前だろ。こんなのスッゲーワクワクするじゃん」  光太は目を輝かせながら両手でガッツポーズをした。 「でも真っ暗だよ。危ないよ」 「大丈夫だって!」  興奮気味の光太はダンボールを引っ張り出してきて、中から懐中電灯を三本取り出す。明かりが付くことを確認したあと、勇斗と真弘に一本ずつ手渡した。 「よし、じゃあ地下に向けてレッツゴー!」  光太と真弘は梯子で下に降りていった。一人残された勇斗はオロオロと周りを見渡していた。 「勇斗ー。はやく来いよー!」  梯子の下から光太の声が聞こえる。 「わ、分かったよ」  勇斗はおそるおそる梯子に足をかけ、ゆっくりと降りていった。  梯子を降り始めて五分くらい経過した。暗くて、長い。いつまで続くのだろう、永遠に終わらないのではないかと考えると、急に寒気が走った。息が上がってきたとき、ようやくスニーカーの底が固い地面に触れた。 「お、ようやく来たか。スッゲー深かったよな。ここはもしかして地球の裏側?」  懐中電灯の光を顎下から当てた光太の顔が闇に浮かぶ。 「なんだか寒い」  たどり着いた場所はひんやりとしていた。懐中電灯の光が周辺を照らすと、岩の壁が見える。洞窟のようだった。 「奥に続いてるみたいだな。行ってみるか」  光太は懐中電灯の光を洞窟の奥に向け、歩き出した。真弘は何も喋ることなく、光太の後をついていった。 「ま、待ってよぅ」  道はどんどん狭くなっていった。天井も低くなり、体をかがめて歩かないと頭をぶつけてしまう。 「この先に何があるのかなー。お宝かなー」  前方で光太の陽気な声が聞こえる。 「もう帰ろうよ」 「ここまで来て何言ってんだ。行けるところまで行ってみるぞ」 「勇斗にいちゃん、もしかして、怖いの? おれは平気だよ。全然平気」  抑揚のない声で真弘が言う。  岩をくりぬいて作られたような通路を進んでいくと、道が二手に分かれていた。 「うーん、どっちに進むか。俺の勘なら右だな」 「にいちゃん、おれは左だと思う」 「勇斗はどっちだと思う?」 「え、えーと、えーと――光太が決めてよ」 「んー、じゃあ右行くか」  光太についていき、右の道を進む。足元を照らすと、岩の間に微かに水が流れていた。滑らないように慎重に歩く。  歩いても歩いても、同じような景色が続く。 「ねぇ、やっぱり引き返そうよ。どこまで続いてるのか分からないよ」  勇斗が立ち止まったとき、ガララという音が聞こえた。足元に違和感を感じる。 「え?」  次の瞬間、足場が崩れた。 「うわあああああああああーっ」  勇斗は悲痛な叫び声を上げながら、落下した。 「勇斗ーっ!」  バシャンと水しぶきがあがる。水に浮く大きな葉っぱの上に勇斗の体は乗っていた。 「た、助かったの?」  衝撃を葉っぱが吸収してくれたおかげか、痛みはなかった。 「ここ、どこ?」  広い空間だった。何故か明るい。 「根っこ? しかも光ってるし」  岩壁に絡みついた無数の根がうっすらと発光していた。気になって眺めていると、葉っぱが傾き、勇斗の体は水に落ちた。 「うわああああああ! 助けてぇ!」  情けない声が洞窟内に響き渡った。 「あれ?」  勇斗の上半身が水面から出ていた。あまり深くなかったようだ。立ち上がるとお尻がジンジンした。 「痛いぃ」  勇斗は泣きべそをかきながらズブズブと水の中を歩き、地面までたどり着いた。  服はずぶ濡れで、ポケットに入れていたスマホも水浸しだった。懐中電灯は落ちた時に無くしてしまったようだ。 「最悪」  幸い、ここは明るいので懐中電灯なしでも歩くことができる。  水滴を垂らしながらトボトボ歩いていると、根っこに覆われた小さな祠を見つけた。古びた煙管が供えられている。一体誰が何の目的で供えたのだろう? 「おーい」  光太の声が聞こえた。勇斗は急いで声がする方向へと走ると、階段から懐中電灯の光が伸びていた。 「光太!」 「勇斗!」  親友の姿を見た勇斗は胸がいっぱいになった。 「無事でよかった。マジ焦ったぞ。怪我してないか?」 「うん、大丈夫」 「真弘が待ってる。戻ろうぜ」  勇斗は光太のあとに続き、石の階段を登っていった。 「そういや勇斗、懐中電灯は?」 「無くしちゃった」 「マジかよ。じゃあスマホは? ライト付くだろ?」 「壊れたみたい――」 「最悪じゃん。つーか、何でずぶ濡れなの?」  光太が勇斗の服を触り、言った。 「落ちたところが大きな水溜りで。それでスマホも水浸しになっちゃった」 「運がいいのか悪いのか。ほら、これ使ってくれ」  階段を登った先で勇斗は光太の懐中電灯を受け取った。 「いいの?」 「俺は自分のスマホのライトで進むから」  光太はブルーグレーのスマホを取り出し、ライトを起動する。 「あと、お前の濡れたスマホ、俺が持っといてやるよ。濡れたまんまじゃマズいと思うし」 「う、うん」  勇斗は光太に濡れたスマホを手渡した。 「勇斗、俺が悪いやつだったらスマホそのままパクられてんぞ」 「え?」 「あのなぁ――」  光太はため息をついた。 「にいちゃーん!」  真弘の声が聞こえる。 「ま、いいや。行くぞ」  光太の後を追うと、少し広い空間に出た。さっきの場所とは違い、懐中電灯の明かりがないと真っ暗だ。 「勇斗、これ見てくれよ」  光太が懐中電灯を向けた先には大きな石造りの扉がそびえ立っていた。扉には四芒星のマークが刻まれている。  勇斗はそのマークに見覚えがあった。パーカーの左の袖をめくり、アザを見つめる。 「この奥に絶対スゲーもんがあると思うんだよな」  光太は扉を両手で押していたが、開く様子は全くなかった。 「勇斗にいちゃん、押してみてよ」  真弘がボソリと言う。 「え、光太で無理なら僕がやっても絶対無理だって」 「ものは、試し」  真弘に言われるがまま、勇斗は扉に手をかけた。 「うっ」  左手首に痛みを感じた。いつもより激しい痛み。焼けるように熱い。  勇斗がパーカーの袖を肘の上まで捲り上げると、アザから眩い光が溢れ出した。 「え、え? な、何これ」  戸惑っていると、扉が鈍い音を響かせた。まるで勇斗たちを招き入れるように、ゆっくりと開き始めた。 「開いた。つーか何だよその光――」 「ぼ、僕にも分からないよ」 「ねぇ、はやく行こう」  真弘はスタスタと開いた扉の中へと消えていった。 「お、おい真弘、待てよ」  扉の先の部屋の中央には台座があり、サッカーボールほどの大きさの紅い球が乗っていた。トゲが生え、ドクドクと脈打ち、禍々しい光を放っている。 「なんだありゃ。気持ち悪りぃ」 「あ、あれは――」  勇斗は巻物に描かれた絵を思い出した。瞬間、激しい頭痛に襲われた。両手で頭を押さえ、うずくまる。 「ああ、ああ――」 「ど、どうした勇斗、大丈夫か」  頭がぐるぐるする。  ――封印を解いてはいけない。  誰かの声が脳内に響き渡った。痛みを堪え、顔を上げると真弘が球に手を伸ばしていた。 「ま、真弘くん――だめ――」  急に部屋全体が揺れ始めた。天井から砂と石がボロボロと落ちてくる。 「う、嘘だろ、こんなところで地震?」  大きな石が、光太の肩に直撃した。 「ぐあっ」  衝撃で光太の手からスマホが落下する。 「くぅ、いてぇ。おい真弘、逃げるぞ。真弘!」  真弘は兄の呼びかけに応えることなく、パタリと倒れた。 「真弘っ!」  紅い球がゆっくり宙に浮かぶ。同時に周辺の空間が歪み始めた。 「な、何だよ……これ……ってうわああ」  光太の体がヒュンと扉の外へと飛んでいった。 「こ、光太?」  歪みは次第に広がり、部屋全体を包み込むほど巨大なものとなった。  意識が飛んだ。  気づくと、闇の中だった。 「ここは、どこ? 光太ー! 真弘くーん!」  勇斗の叫び声は虚しく消えていった。  ふと自分の体を見下ろすと、肌色しかなかった。華奢な体が露わとなっている。 「ひゃあぁっ」  思わず股間を両手で覆ってしまった。 「わけわかんないよ」  勇斗は何もない空間に座り込み、ボーッとした。次第に涙が溢れ出てきた。 「お母さん、お父さん。誰か助けてよ。怖いよぅ」  ぐしゃぐしゃの顔を上げると、闇の彼方に光が見えた。  行かなければならない気がした――  勇斗は立ち上がり、光に向かって歩き出した。床はないのに歩くことができる。水の上を歩いているような不思議な感覚だった。  光の正体は、剣と鎧だった。オーラを纏っている。  その傍に、裸の少年が倒れていた。サラサラとしたブラウンの髪にあどけない顔立ち。 「僕?」  倒れている少年の顔は、勇斗そっくりだった。顔のパーツが全て勇斗と同じ。違う点は、引き締まった肉体と、アザが右手首にあることだ。  勇斗は少年の手に触れた。無意識だった。刹那、お互いのアザが光り出した。  光が、弾けた。



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