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見張りの塔

7/15





 体全体が軋むように痛い。  重いまぶたを持ち上げると、ぼやけた視界の先に木張りの天井が見えた。  ここは、どこ――  勇斗は体を起こそうとした。瞬間、全身の筋肉が悲鳴をあげた。 「いっ、あぐぁぁ」  自分の声とは思えない、ガラガラした声が絞り出されるように吐き出される。 「おーっ、目が覚めたみたいだな!」  ガチャっと扉が開く音と共に、朗らかで明るい声が飛び込んでくる。  顔を声の方向に向けると、見知らぬ一人の少年が立っていた。人のような体の作りだが、おかしな箇所がいくつかある。頭部にある狼のような耳。後部からはフサフサの尻尾がひょこひょこと動いていた。 「君、は――」  喉の奥がジンジンと痛み、うまく声が出せなかった。 「ちょっと、ごめん」  ケモミミ少年は布団をめくり、勇斗の体にそっと手を触れた。 「ゆっくり息を吸って、そして吐いて」  勇斗は言われるがままに呼吸をした。すると、身体の中に温かさを感じた。 「続けるぞ」  掌が、勇斗の身体の上でゆっくりと動く。だんだんと、痛みが和らいでいった。  勇斗は目を閉じ、穏やかな感覚に身を委ねた。 「よし、これで大丈夫。体起こしてみて」  勇斗は上体を起こし、ベッドの端に座る。すると、木製のコップのふちが口元に当たった。 「飲んで」  少しずつ水を体内に流し込む。体中が潤う感覚。思えば、ここに来てから初めての飲水だった。水を一気に飲み干した勇斗は、深く息を吐いた。 「あ、ありがとう」 「ホッホ、ようやくお目覚めかいの」 「あ、じいちゃん!」  長く裾を引く茶色いローブを着た人物が、杖をつきながらゆっくりと部屋に入ってきた。フードをかぶっているので顔はよく分からないが、ふわふわしたヒゲをたくわえている。しゃがれた声から、その人物は老人だと分かった。 「あの、貴方は?」 「覚えておらぬか」 「いえ、初めまして――です」 「ふむ――お主、名前は」 「日向勇斗といいます」 「ユートか。なるほど」 「オレはミュール。モッケ族のミュールだ。よろしく!」  ミュールと名乗ったケモミミの少年は白い歯をこぼし、人懐っこい笑顔を見せた。 「ホッホ、先を越されてしまったの」  老人はフードを外し、素顔を見せた。 「ひゃっ」  黄色い瞳が右と左、そして額についていた。 「ワシはロン。怖がらせてしまったかの。三つ目はオル族の特徴でな、生まれつきこうなんじゃよ」  モッケ族にオル族。この世界には色んな種族がいるようだ。 「あ、いえ、大丈夫です。ロンさん、ここはどこですか?」 「ワシの家じゃよ」 「どうして、僕は貴方の家に?」 「お主は森で倒れていたんじゃよ」 「オレとじーちゃんでここまで運んだんだぜ」 「それから一週間も寝ていたがの」 「一週間も――」  勇斗は自身の体を見る。包帯でグルグル巻きにされた胴体。右手には大きな傷跡があった。  だんだん、思い出してきた。魔族を殺してしまったこと。大鹿に襲われたこと。そしてランパがやられてしまったこと―― 「そ、そうだランパは?」 「もう一人の小僧なら無事じゃよ。隣の部屋でイビキをかいて、よー寝ておる」 「そ、そう。よかった――」  安堵した瞬間、不意にお腹の音が鳴った。 「あ――」 「ハラ減ってんだな」 「栄養のあるものを食べるといい。ミュールや、準備してやりなさい」 「分かった。任せて」  ミュールは早足で部屋を出ていった。 「あ、いや。大丈夫です」  再び、グゥとお腹の音が鳴る。勇斗は顔を赤くして、もじもじした。 「我慢しなくていいんじゃよ」 「すみません――」 「あと、これを着なさい。その格好じゃ寒いじゃろ」  ロンは棚から黒色の下着とオレンジ色のチュニックのような服を取り出し、勇斗に手渡した。 「これは」 「昔、ワシの知り合いが着ていた服じゃ」 「服まで、いいのですか」 「構わんよ。今じゃ誰も着るやつがいないからの」 「あ、ありがとうございます」  勇斗は立ち上がり、手渡された服に着替えた。ピッタリのサイズだった。ふと、部屋の隅に目をやると、勇斗が装備していた剣と鎧が置かれていた。 「あれ?」  確か、鎧は大鹿にやられたときにボロボロになったはずだ。しかし、目の前の鎧は傷ひとつ付いていない。まるで何もなかったように、黄金色の輝きを放っている。 「どうした?」 「いえ、壊れたはずの鎧が綺麗になってるなと思いまして」 「あの鎧は特別じゃからの」 「特別?」 「まぁ、向こうで話すとするかの。ワシも聞きたいことが山ほどある。ついてきなさい」  勇斗はモヤモヤしつつ、部屋から出た。  隣の部屋からグオーっと声が聞こえる。そっと扉を開けるとランパが鼻ちょうちんを膨らませ、口からよだれを垂らして寝ている姿が見えた。 「ランパ、よかった」  扉をそっと閉め、廊下を抜ける。  キッチンでは、ミュールが鼻歌を歌いながら鍋をお玉でグルグル回していた。 「さぁ、座りなさい」  勇斗は木製の椅子に腰掛けた。 「さて、さっきの話の続きじゃが」  ロンは頬杖をつき、勇斗の顔をじっと見つめた。 「あの鎧は剣と共に、はるか昔に精霊界で作られたものじゃ。剣は聖剣クトネシス、鎧は精霊器ラクメトと呼ばれておる。扱う者と一緒に成長し、壊れても自己修復される不思議な力があるという」 「何のために作られたのですか?」 「地上を荒らしまわっていた魔神を倒すためじゃ。ルークという者が武具を身に付け、魔神を封印したと言われておる。勇者ルークとして、今でも語り継がれる武勇伝じゃの」 「そ、そんな凄いものを僕が、何で」 「お主、これらをどこで手に入れた」 「えっと」  勇斗はこれまでの経緯をロンに話した―― 「ふーむ、不思議な話じゃのう」 「驚かないのですか?」 「ホッホ。まぁな」  ロンはヒゲを触りつつ、天井を見上げた。 「何故、僕はその伝説の武具を装備できるのでしょうか」 「それは、お主に資格があるからじゃの。資格なき者は、持ち上げることすらできん」 「そう、なのですか」  何で、僕なんかが――  勇斗は唇を噛んだ。 「お待たせ。できたよー!」  ミュールがテーブルの上に料理を並べ始めた。大きなパンと白いシチュー。クリーミーな香りが食欲を刺激する。 「冷めないうちに食べなさい」 「い、いただきます」  勇斗がスプーンでシチューをすくった瞬間、バァンという音と共にバタバタと床を鳴らす音が近づいてきた。 「ハラへったーっ! オイラにも食わせろーっ!」  ランパがぴょんと椅子に乗り、勇斗の目の前に置かれていたパンを頬張り始めた。 「うんめぇー」  パンくずを床にこぼしながら、ランパは満面の笑みでパンを平らげた。 「ちょ、ちょっとランパ。いつ目が覚めたのさ。というか、それ僕の分なんだけど」 「今さっき。いい匂いがすると思ったら、ユートだけずるいぞー」  ランパは勇斗のシチューに手を伸ばそうとした。反射的に勇斗はランパの手を止める。 「ホッホ。元気じゃのう。ミュール、この小さいのにも出してやりなさい」 「わ、分かった」 「ところで、お前ら誰だ?」  ランパはロンとミュールの顔を、くりっとした瞳で見つめた。  食事が終わり、ミュールは皿を片付け始めた。 「ユートよ。伝説の武具について、もう少し話しておかねばならん」 「はい」 「伝説の武具は元々ソレイン王国で大切に保管されてきた。じゃが三年前、このミケーレ大陸によくないことが起こった」 「よくないこと?」 「封印されていた魔神が復活したのじゃ。そして配下の魔族を引き連れ、各地を襲い出した」  ガシャンと、何かが割れる音がした。 「ご、ごめん。皿割っちゃった」  ミュールは床に散った破片を拾い集める。さっきまで見せていた笑顔はなく、表情は曇っていた。 「――国王は魔神に対抗するため、伝説の武具を装備できる者を探した。そして見つかったのがアルトという少年じゃった」 「アルト――」 「アルトは厳しい訓練を受け、魔神に立ち向かうための力をつけた。文武両道。剣術も魔法も完璧にこなしておったの。性格にちと難があったが」 「よく知ってんだな」 「ワシがアルトを訓練したからの。こう見えて、王国の騎士団長をしていたのじゃよ」 「ええっ」  最初見たときは魔法使いみたいな格好だったので、騎士団長と聞いてびっくりした。 「ほえー、ジジイってすげーんだな」 「ランパ、口が悪い」 「構わんよ。そして半年前、アルトは勇者として魔神討伐の旅に出た。そして魔神と共に行方不明になった」 「行方不明?」 「その知らせが届いたのは一週間前。ちょうど、お主がこの世界にやってきた頃じゃ」 「えっ――」 「そしてワシがお主を見つけた。その時はアルトが見つかったと安堵したわい。なにせ、顔も声もそっくりだったからの」 「そっくりって、僕とアルトって似ているのですか?」 「似ているもなにも、全く同じじゃ。性格以外はの」  僕と同じ顔をした勇者アルト。あの真っ暗な空間で倒れていたのは、もしかして―― 「ううぅっ」  勇斗は胸がソワソワし、息苦しさを感じた。視線が宙を泳ぐ。 「どうしたんだユート、腹でも壊したか?」 「いや、ちょっと気分が悪くなっちゃって」 「ホッホ、一気に話しすぎたかの。外の空気でも吸って気分転換してきなさい」 「は、はい――」  玄関の扉を開くと、まばゆい光が差し込んできた。 「うわぁ!」  勇斗の目に飛び込んできたのは、透き通った青空と白い雲だった。たくさんの鳥が優雅に飛んでいる。強い風で、勇斗の服がなびいた。 「た、高い――」  とんでもなく高い場所に勇斗は立っていた。昔、家族で都心にある展望台に行ったことがあるが、それ以上だ。 「ホッホ、ミケーレ大陸全体がよく見えるじゃろ」  勇斗は目を輝かせ、四方を見渡した。広大な砂漠。雪化粧された山。きらめく海。噴煙を上げる火山。全てが新鮮だった。 「ねぇ、ランパも見なよ。すごいよ」 「オ、オイラは別にいいぞ」  ランパは両手を腰に当てたまま、玄関前から一歩も動かなかった。 「どうしたチビ。お前もよーく見てみろよ」  ミュールはランパを抱えた。 「や、やめろ! オイラはいい! あとチビっていうな!」  ジタバタするランパをガッチリ抱えたミュールは、遠くを眺めている勇斗の横についた。 「ピャーーーッ、高いーーーッ」  ランパの口から、泡が溢れた。 「ありゃ、気絶した」 「ランパって、高いところ苦手なのかな?」 「仕方ないやつだなぁ」  ミュールはランパを連れ、小屋へと戻っていった。 「――ロンさんはこんなところに一人で住んでいるのですか?」 「そうじゃよ。ここは見張りの塔といっての、オル族の始祖が大昔に建てた塔なのじゃ」  ロンは杖に頬ずき、にっこり微笑んだ。 「不便じゃないですか?」 「ホッホ、ワシにはこんなことができるからの」  ロンは何かをブツブツ唱えると、ボワっと煙を上げた。煙が晴れると、そこには一羽のフクロウが宙に浮いていた。 「変身した!?」  フクロウへと姿を変えたロンは静かに滑空する。塔の周りをぐるっと一周した後、勇斗の前に戻ってきた。 「さて、ユートよ」  フクロウ姿のまま、ロンが語りかける。 「お主は元の世界に戻るため、精霊樹へと向かうのじゃったな」 「は、はい」 「精霊樹は、はるか北。誰もたどり着くことができない聖域にあると言われている」 「ふぇっ?」  素っ頓狂な声が出てしまった。誰もたどり着くことができないって―― 「北に向かうとして、今のお主ではすぐに死んでしまうじゃろう。魔神は消えたようじゃが、今でも魔族は活発に活動しておる」 「うっ――」  全て死にかけた。事実だった。 「どうやったかは知らぬが、あんなマグレは二度と起こらんじゃろうし」  ロンの翼の先には、一直線に焼けこげた跡が見えた。あれは僕がやったのだろうか。あまり覚えていない。 「ど、どうしたら――」 「修行じゃ」 「へ?」 「ワシが、お主を鍛えてやる」  勇斗の表情が、スーッと消えた。



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 体全体が軋むように痛い。  重いまぶたを持ち上げると、ぼやけた視界の先に木張りの天井が見えた。  ここは、どこ――  勇斗は体を起こそうとした。瞬間、全身の筋肉が悲鳴をあげた。 「いっ、あぐぁぁ」  自分の声とは思えない、ガラガラした声が絞り出されるように吐き出される。 「おーっ、目が覚めたみたいだな!」  ガチャっと扉が開く音と共に、朗らかで明るい声が飛び込んでくる。  顔を声の方向に向けると、見知らぬ一人の少年が立っていた。人のような体の作りだが、おかしな箇所がいくつかある。頭部にある狼のような耳。後部からはフサフサの尻尾がひょこひょこと動いていた。 「君、は――」  喉の奥がジンジンと痛み、うまく声が出せなかった。 「ちょっと、ごめん」  ケモミミ少年は布団をめくり、勇斗の体にそっと手を触れた。 「ゆっくり息を吸って、そして吐いて」  勇斗は言われるがままに呼吸をした。すると、身体の中に温かさを感じた。 「続けるぞ」  掌が、勇斗の身体の上でゆっくりと動く。だんだんと、痛みが和らいでいった。  勇斗は目を閉じ、穏やかな感覚に身を委ねた。 「よし、これで大丈夫。体起こしてみて」  勇斗は上体を起こし、ベッドの端に座る。すると、木製のコップのふちが口元に当たった。 「飲んで」  少しずつ水を体内に流し込む。体中が潤う感覚。思えば、ここに来てから初めての飲水だった。水を一気に飲み干した勇斗は、深く息を吐いた。 「あ、ありがとう」 「ホッホ、ようやくお目覚めかいの」 「あ、じいちゃん!」  長く裾を引く茶色いローブを着た人物が、杖をつきながらゆっくりと部屋に入ってきた。フードをかぶっているので顔はよく分からないが、ふわふわしたヒゲをたくわえている。しゃがれた声から、その人物は老人だと分かった。 「あの、貴方は?」 「覚えておらぬか」 「いえ、初めまして――です」 「ふむ――お主、名前は」 「日向勇斗といいます」 「ユートか。なるほど」 「オレはミュール。モッケ族のミュールだ。よろしく!」  ミュールと名乗ったケモミミの少年は白い歯をこぼし、人懐っこい笑顔を見せた。 「ホッホ、先を越されてしまったの」  老人はフードを外し、素顔を見せた。 「ひゃっ」  黄色い瞳が右と左、そして額についていた。 「ワシはロン。怖がらせてしまったかの。三つ目はオル族の特徴でな、生まれつきこうなんじゃよ」  モッケ族にオル族。この世界には色んな種族がいるようだ。 「あ、いえ、大丈夫です。ロンさん、ここはどこですか?」 「ワシの家じゃよ」 「どうして、僕は貴方の家に?」 「お主は森で倒れていたんじゃよ」 「オレとじーちゃんでここまで運んだんだぜ」 「それから一週間も寝ていたがの」 「一週間も――」  勇斗は自身の体を見る。包帯でグルグル巻きにされた胴体。右手には大きな傷跡があった。  だんだん、思い出してきた。魔族を殺してしまったこと。大鹿に襲われたこと。そしてランパがやられてしまったこと―― 「そ、そうだランパは?」 「もう一人の小僧なら無事じゃよ。隣の部屋でイビキをかいて、よー寝ておる」 「そ、そう。よかった――」  安堵した瞬間、不意にお腹の音が鳴った。 「あ――」 「ハラ減ってんだな」 「栄養のあるものを食べるといい。ミュールや、準備してやりなさい」 「分かった。任せて」  ミュールは早足で部屋を出ていった。 「あ、いや。大丈夫です」  再び、グゥとお腹の音が鳴る。勇斗は顔を赤くして、もじもじした。 「我慢しなくていいんじゃよ」 「すみません――」 「あと、これを着なさい。その格好じゃ寒いじゃろ」  ロンは棚から黒色の下着とオレンジ色のチュニックのような服を取り出し、勇斗に手渡した。 「これは」 「昔、ワシの知り合いが着ていた服じゃ」 「服まで、いいのですか」 「構わんよ。今じゃ誰も着るやつがいないからの」 「あ、ありがとうございます」  勇斗は立ち上がり、手渡された服に着替えた。ピッタリのサイズだった。ふと、部屋の隅に目をやると、勇斗が装備していた剣と鎧が置かれていた。 「あれ?」  確か、鎧は大鹿にやられたときにボロボロになったはずだ。しかし、目の前の鎧は傷ひとつ付いていない。まるで何もなかったように、黄金色の輝きを放っている。 「どうした?」 「いえ、壊れたはずの鎧が綺麗になってるなと思いまして」 「あの鎧は特別じゃからの」 「特別?」 「まぁ、向こうで話すとするかの。ワシも聞きたいことが山ほどある。ついてきなさい」  勇斗はモヤモヤしつつ、部屋から出た。  隣の部屋からグオーっと声が聞こえる。そっと扉を開けるとランパが鼻ちょうちんを膨らませ、口からよだれを垂らして寝ている姿が見えた。 「ランパ、よかった」  扉をそっと閉め、廊下を抜ける。  キッチンでは、ミュールが鼻歌を歌いながら鍋をお玉でグルグル回していた。 「さぁ、座りなさい」  勇斗は木製の椅子に腰掛けた。 「さて、さっきの話の続きじゃが」  ロンは頬杖をつき、勇斗の顔をじっと見つめた。 「あの鎧は剣と共に、はるか昔に精霊界で作られたものじゃ。剣は聖剣クトネシス、鎧は精霊器ラクメトと呼ばれておる。扱う者と一緒に成長し、壊れても自己修復される不思議な力があるという」 「何のために作られたのですか?」 「地上を荒らしまわっていた魔神を倒すためじゃ。ルークという者が武具を身に付け、魔神を封印したと言われておる。勇者ルークとして、今でも語り継がれる武勇伝じゃの」 「そ、そんな凄いものを僕が、何で」 「お主、これらをどこで手に入れた」 「えっと」  勇斗はこれまでの経緯をロンに話した―― 「ふーむ、不思議な話じゃのう」 「驚かないのですか?」 「ホッホ。まぁな」  ロンはヒゲを触りつつ、天井を見上げた。 「何故、僕はその伝説の武具を装備できるのでしょうか」 「それは、お主に資格があるからじゃの。資格なき者は、持ち上げることすらできん」 「そう、なのですか」  何で、僕なんかが――  勇斗は唇を噛んだ。 「お待たせ。できたよー!」  ミュールがテーブルの上に料理を並べ始めた。大きなパンと白いシチュー。クリーミーな香りが食欲を刺激する。 「冷めないうちに食べなさい」 「い、いただきます」  勇斗がスプーンでシチューをすくった瞬間、バァンという音と共にバタバタと床を鳴らす音が近づいてきた。 「ハラへったーっ! オイラにも食わせろーっ!」  ランパがぴょんと椅子に乗り、勇斗の目の前に置かれていたパンを頬張り始めた。 「うんめぇー」  パンくずを床にこぼしながら、ランパは満面の笑みでパンを平らげた。 「ちょ、ちょっとランパ。いつ目が覚めたのさ。というか、それ僕の分なんだけど」 「今さっき。いい匂いがすると思ったら、ユートだけずるいぞー」  ランパは勇斗のシチューに手を伸ばそうとした。反射的に勇斗はランパの手を止める。 「ホッホ。元気じゃのう。ミュール、この小さいのにも出してやりなさい」 「わ、分かった」 「ところで、お前ら誰だ?」  ランパはロンとミュールの顔を、くりっとした瞳で見つめた。  食事が終わり、ミュールは皿を片付け始めた。 「ユートよ。伝説の武具について、もう少し話しておかねばならん」 「はい」 「伝説の武具は元々ソレイン王国で大切に保管されてきた。じゃが三年前、このミケーレ大陸によくないことが起こった」 「よくないこと?」 「封印されていた魔神が復活したのじゃ。そして配下の魔族を引き連れ、各地を襲い出した」  ガシャンと、何かが割れる音がした。 「ご、ごめん。皿割っちゃった」  ミュールは床に散った破片を拾い集める。さっきまで見せていた笑顔はなく、表情は曇っていた。 「――国王は魔神に対抗するため、伝説の武具を装備できる者を探した。そして見つかったのがアルトという少年じゃった」 「アルト――」 「アルトは厳しい訓練を受け、魔神に立ち向かうための力をつけた。文武両道。剣術も魔法も完璧にこなしておったの。性格にちと難があったが」 「よく知ってんだな」 「ワシがアルトを訓練したからの。こう見えて、王国の騎士団長をしていたのじゃよ」 「ええっ」  最初見たときは魔法使いみたいな格好だったので、騎士団長と聞いてびっくりした。 「ほえー、ジジイってすげーんだな」 「ランパ、口が悪い」 「構わんよ。そして半年前、アルトは勇者として魔神討伐の旅に出た。そして魔神と共に行方不明になった」 「行方不明?」 「その知らせが届いたのは一週間前。ちょうど、お主がこの世界にやってきた頃じゃ」 「えっ――」 「そしてワシがお主を見つけた。その時はアルトが見つかったと安堵したわい。なにせ、顔も声もそっくりだったからの」 「そっくりって、僕とアルトって似ているのですか?」 「似ているもなにも、全く同じじゃ。性格以外はの」  僕と同じ顔をした勇者アルト。あの真っ暗な空間で倒れていたのは、もしかして―― 「ううぅっ」  勇斗は胸がソワソワし、息苦しさを感じた。視線が宙を泳ぐ。 「どうしたんだユート、腹でも壊したか?」 「いや、ちょっと気分が悪くなっちゃって」 「ホッホ、一気に話しすぎたかの。外の空気でも吸って気分転換してきなさい」 「は、はい――」  玄関の扉を開くと、まばゆい光が差し込んできた。 「うわぁ!」  勇斗の目に飛び込んできたのは、透き通った青空と白い雲だった。たくさんの鳥が優雅に飛んでいる。強い風で、勇斗の服がなびいた。 「た、高い――」  とんでもなく高い場所に勇斗は立っていた。昔、家族で都心にある展望台に行ったことがあるが、それ以上だ。 「ホッホ、ミケーレ大陸全体がよく見えるじゃろ」  勇斗は目を輝かせ、四方を見渡した。広大な砂漠。雪化粧された山。きらめく海。噴煙を上げる火山。全てが新鮮だった。 「ねぇ、ランパも見なよ。すごいよ」 「オ、オイラは別にいいぞ」  ランパは両手を腰に当てたまま、玄関前から一歩も動かなかった。 「どうしたチビ。お前もよーく見てみろよ」  ミュールはランパを抱えた。 「や、やめろ! オイラはいい! あとチビっていうな!」  ジタバタするランパをガッチリ抱えたミュールは、遠くを眺めている勇斗の横についた。 「ピャーーーッ、高いーーーッ」  ランパの口から、泡が溢れた。 「ありゃ、気絶した」 「ランパって、高いところ苦手なのかな?」 「仕方ないやつだなぁ」  ミュールはランパを連れ、小屋へと戻っていった。 「――ロンさんはこんなところに一人で住んでいるのですか?」 「そうじゃよ。ここは見張りの塔といっての、オル族の始祖が大昔に建てた塔なのじゃ」  ロンは杖に頬ずき、にっこり微笑んだ。 「不便じゃないですか?」 「ホッホ、ワシにはこんなことができるからの」  ロンは何かをブツブツ唱えると、ボワっと煙を上げた。煙が晴れると、そこには一羽のフクロウが宙に浮いていた。 「変身した!?」  フクロウへと姿を変えたロンは静かに滑空する。塔の周りをぐるっと一周した後、勇斗の前に戻ってきた。 「さて、ユートよ」  フクロウ姿のまま、ロンが語りかける。 「お主は元の世界に戻るため、精霊樹へと向かうのじゃったな」 「は、はい」 「精霊樹は、はるか北。誰もたどり着くことができない聖域にあると言われている」 「ふぇっ?」  素っ頓狂な声が出てしまった。誰もたどり着くことができないって―― 「北に向かうとして、今のお主ではすぐに死んでしまうじゃろう。魔神は消えたようじゃが、今でも魔族は活発に活動しておる」 「うっ――」  全て死にかけた。事実だった。 「どうやったかは知らぬが、あんなマグレは二度と起こらんじゃろうし」  ロンの翼の先には、一直線に焼けこげた跡が見えた。あれは僕がやったのだろうか。あまり覚えていない。 「ど、どうしたら――」 「修行じゃ」 「へ?」 「ワシが、お主を鍛えてやる」  勇斗の表情が、スーッと消えた。



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