表示設定
表示設定
目次 目次




見張りの塔

ー/ー



 目を開けると、木張りの天井が見えた。体を起こしかけた瞬間、全身に痛みが走った。思わず唸ってしまった。

「お、目が覚めたみたいだな」

 朗らかな声とともに扉が開いた。

 入ってきたのは、紫色の服を着た少年だった。見た目は人間に近いが、頭には狼のような耳があり、腰の後ろあたりでは茶色い尻尾がゆらゆら揺れていた。

「ずっと寝てたから、体きついだろ」

 少年は、勇斗の体にそっと手を当てた。触れられた場所から、こわばった痛みが少しずつゆるんでいく。

「よし。これで少しは楽になるはずだ」

 勇斗は慎重に起き上がり、ベッドの端に腰を下ろした。

 すぐに木のコップが差し出された。

「はい、飲んで」

 少しずつ飲む。乾き切っていた体に、水が染み渡っていくのがわかった。思えば、この世界に来てから、まともに水を飲んだのは初めてだった。

「あ、ありがとう。きみは?」

 少年は白い歯を見せて笑った。

「オレはミュール。モッケ族だ。よろしくな!」

「モッケ族……」

「お前、何歳?」

「え、十三歳だけど」

「近いな。オレは今年で十四」

 ミュールが再び笑ったとき、扉の向こうから、杖の音が聞こえた。

「ホッホ。ようやく起きたかの」

 ローブ姿の老人がゆっくり部屋へ入ってくる。深くかぶったフードの下から、長い白髭がのぞいていた。

「あの、あなたは……」

「覚えておらぬか?」

「いえ……初めましてです」

「ふむ。お主、名前は?」

「日向勇斗です」

「ホホウ、なるほど」

 老人は何度かうなずき、それからフードを外した。

「ひっ」

 額にも、目があった。左右の目に加え、もう一つ。勇斗は言葉を失った。

「ワシはロン。怖がらせてしまったかの。三つ目はオル族の特徴でな、生まれつきこうなんじゃよ」

「あ、いえ、大丈夫です」

 驚きはした。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 モッケ族にオル族。この世界にはさまざまな種族がいるらしい。

「ここはどこですか?」

「ワシの家じゃよ」

「オレとじーちゃんでここまで運んだんだぜ」

 勇斗の記憶が戻り始めた。森。大鹿。砕けた鎧。血まみれの精霊――ランパ!

「あの、ランパは……?」

「チビなら隣で寝てる。ユートより先に起きて、必死に看病してたぞ」

 勇斗はほっと息をついた。その直後、腹が鳴った。思わず体が縮こまる。

「ホッホ。腹も減っておるじゃろう。ミュール、食事の支度じゃ」

「任せて!」

 ミュールが軽い足取りで飛び出していった。

「それから、これを着なさい。その格好では寒いじゃろう」

 オレンジ色のチュニックが差し出された。

「服まで……いいんですか」

「構わんよ。今は着る者もおらん」

「ありがとうございます」

 勇斗はベッドを下りた。だがすぐによろめいた。結局、ロンに手を借りながら着替えを済ませた。

 ふと部屋の隅に目をやる。

 剣と鎧が置かれていた。大鹿に砕かれたはずの鎧は、傷ひとつなく元に戻っている。

「どうした?」

「いえ……あの鎧、壊れたはずなのに」

「あれは、特別な武具じゃからの」

 ロンは、ふっと笑った。

「その話は向こうでしよう。ワシも聞きたいことが山ほどある」

 勇斗はうなずき、部屋を出た。

 隣の部屋から寝息が聞こえた。そっと扉を開けると、ランパが鼻ちょうちんを膨らませて眠っていた。

 勇斗はほっと息をついた。

 そっと近づき、肩からずれていた布をかけ直す。ランパはむにゃむにゃと寝言を漏らしただけで起きなかった。

 勇斗は少しだけ笑って、静かに扉を閉めた。
 

「さて、さっきの話の続きじゃが――その剣も鎧も、ただの武具ではない。名は聖剣クトネシスと精霊器ラクメト。勇者ルークがまとっていた武具じゃ」

「勇者ルーク?」

「大昔、魔神を封じた伝説の勇者じゃよ。葉巻を咥え、緑の煙をまとって戦ったと伝えられておる」

 葉巻。その言葉に、勇斗は思わず口を開けた。

「お主、その武具をどこで手に入れた?」

 勇斗は、自分の身に起きたことをかいつまんで話した。笑われても仕方ないと思っていたが、ロンは茶化すことなく、黙って耳を傾けていた。

「ふむ……」

「驚かないんですか?」

「驚きはする。だが否定はせん」

 勇斗は逆に言葉を失った。

「どうして僕が、その武具を装備できるんですか」

 ロンは勇斗をまっすぐ見た。

「それは、資格があるからじゃ」

 勇斗は絶句して息を呑んだ。

「資格なき者には、その武具はまともに扱えん。持ち上げることすら難しい。お主が装備できた時点で、答えは出とる」

 勇斗は口元を押さえた。どうして、この世界の生まれでもない、ただの中学生にそんな資格が? 訳がわからず不安になってきた。

「できたぞー!」

 ミュールがパンと白いシチューをテーブルに並べた。

「続きはあとじゃ。まずは食事にしよう」

「あ、はい。……いただきます」

 スプーンを取った、そのときだった。バァン、と扉が開いた。

「腹へったー! オイラにも食わせろー!」

 ランパが飛び込んできて、そのまま椅子へ飛び乗った。寝癖だらけの頭のまま、パンをがつがつかじり始めた。

「ちょ、ちょっとランパ。それ、僕の分なんだけど」

「いい匂いがしたら腹減るだろ! ユートだけずるいぞ!」

「ホッホ。元気で何よりじゃ。ミュール、この小さいのにも出してやりなさい」

「えー、また? 寝る前に食ったばかりじゃん」

 ミュールは文句を言いながらも皿を用意した。

 食事が一段落したころ、勇斗はランパのほうを向いた。

「ランパ、看病してくれてありがとう。あんなに怪我してたのに」

 ランパはげっぷをしてから答えた。

「精霊は回復が早いからな。でもユートの回復力もすごかったぞ。オイラは傷を洗って縫っただけだ」

 怪我の治りが早いことは、昔からよく言われていた。大怪我をしても、医者に驚かれるほど回復が早かったことがある。

「ユートよ。もう少し話しておかねばならん」

 ロンが静かに言った。

「伝説の武具は、ソレイン王国で大切に保管されてきた。二度と使われぬと皆が思っておった。だが三年前、状況が動いた。長い間身を潜めていた魔族が急に活発になり、各地を襲い始めたのじゃ。国王は確信した――魔神の封印が解かれたとな」

 ガシャン、と音がした。

「わっ、ご、ごめん」

 皿を落としたミュールが慌てて拾う。耳が少し伏せていた。

「ソレイン国王は、魔神に対抗するため、伝説の武具を扱える者を探した。そして見つかったのが、アルトという少年じゃ」

「アルト……」

 自分そっくりの少年が頭に浮かぶ。

「アルトは魔神の城へ向かった。だが、戻らなかった。城の最深部には、アルトも魔神もおらんかったそうじゃ」

 ロンはそこで一度言葉を切った。

「だから森でお主を見つけたとき、ワシは王国へ報告せねばと思った。だが、お主は元の世界などと言い出しての。まずは様子を見ることにしたのじゃ」

「僕とアルトは、そんなに似ているんですか」

「うむ。そっくりじゃの」

 勇斗は俯いた。闇の中で見た少年。あれがアルトだとしたら、彼は今、どこにいるのだろう。

「ユート、大丈夫か? 浮かない顔してるぞ?」

 ランパが顔をのぞき込んできた。

「ホッホ。ちょっと喋りすぎたかの。外の空気を吸ってくるとよい」

 ロンに促され、勇斗は扉を開けた。

 強い光が差し込み、思わず目を細めた。

「うわ……」

 透き通った青空と白い雲。鳥たちが優雅に輪を描いていた。強い風がチュニックの裾を揺らした。

「た、高い」

 勇斗は思わず目を輝かせ、世界を見渡した。広大な砂漠。雪化粧の山々。きらめく海。見えるものすべてが新鮮で、現実味がなかった。

「ここは見張りの塔。昔、オル族の始祖が建てた塔じゃ」

 ロンが隣に立つ。

「あの小さいのに聞いたが、お主は、精霊樹に行くのじゃな」

「は、はい」

「精霊樹は、ミケーレ大陸のはるか北。マナの聖域にあると言われておる。だが、今のお主ではそこへ着く前に死ぬ」

 断定され、勇斗はがっくりと肩を落とした。森での出来事がフラッシュバックした。

「ど、どうすれば……」

 ロンがにやりと笑う。

「ワシが鍛えてやる」

 勇斗の顔から血の気が引いた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 屈辱


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 目を開けると、木張りの天井が見えた。体を起こしかけた瞬間、全身に痛みが走った。思わず唸ってしまった。
「お、目が覚めたみたいだな」
 朗らかな声とともに扉が開いた。
 入ってきたのは、紫色の服を着た少年だった。見た目は人間に近いが、頭には狼のような耳があり、腰の後ろあたりでは茶色い尻尾がゆらゆら揺れていた。
「ずっと寝てたから、体きついだろ」
 少年は、勇斗の体にそっと手を当てた。触れられた場所から、こわばった痛みが少しずつゆるんでいく。
「よし。これで少しは楽になるはずだ」
 勇斗は慎重に起き上がり、ベッドの端に腰を下ろした。
 すぐに木のコップが差し出された。
「はい、飲んで」
 少しずつ飲む。乾き切っていた体に、水が染み渡っていくのがわかった。思えば、この世界に来てから、まともに水を飲んだのは初めてだった。
「あ、ありがとう。きみは?」
 少年は白い歯を見せて笑った。
「オレはミュール。モッケ族だ。よろしくな!」
「モッケ族……」
「お前、何歳?」
「え、十三歳だけど」
「近いな。オレは今年で十四」
 ミュールが再び笑ったとき、扉の向こうから、杖の音が聞こえた。
「ホッホ。ようやく起きたかの」
 ローブ姿の老人がゆっくり部屋へ入ってくる。深くかぶったフードの下から、長い白髭がのぞいていた。
「あの、あなたは……」
「覚えておらぬか?」
「いえ……初めましてです」
「ふむ。お主、名前は?」
「日向勇斗です」
「ホホウ、なるほど」
 老人は何度かうなずき、それからフードを外した。
「ひっ」
 額にも、目があった。左右の目に加え、もう一つ。勇斗は言葉を失った。
「ワシはロン。怖がらせてしまったかの。三つ目はオル族の特徴でな、生まれつきこうなんじゃよ」
「あ、いえ、大丈夫です」
 驚きはした。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
 モッケ族にオル族。この世界にはさまざまな種族がいるらしい。
「ここはどこですか?」
「ワシの家じゃよ」
「オレとじーちゃんでここまで運んだんだぜ」
 勇斗の記憶が戻り始めた。森。大鹿。砕けた鎧。血まみれの精霊――ランパ!
「あの、ランパは……?」
「チビなら隣で寝てる。ユートより先に起きて、必死に看病してたぞ」
 勇斗はほっと息をついた。その直後、腹が鳴った。思わず体が縮こまる。
「ホッホ。腹も減っておるじゃろう。ミュール、食事の支度じゃ」
「任せて!」
 ミュールが軽い足取りで飛び出していった。
「それから、これを着なさい。その格好では寒いじゃろう」
 オレンジ色のチュニックが差し出された。
「服まで……いいんですか」
「構わんよ。今は着る者もおらん」
「ありがとうございます」
 勇斗はベッドを下りた。だがすぐによろめいた。結局、ロンに手を借りながら着替えを済ませた。
 ふと部屋の隅に目をやる。
 剣と鎧が置かれていた。大鹿に砕かれたはずの鎧は、傷ひとつなく元に戻っている。
「どうした?」
「いえ……あの鎧、壊れたはずなのに」
「あれは、特別な武具じゃからの」
 ロンは、ふっと笑った。
「その話は向こうでしよう。ワシも聞きたいことが山ほどある」
 勇斗はうなずき、部屋を出た。
 隣の部屋から寝息が聞こえた。そっと扉を開けると、ランパが鼻ちょうちんを膨らませて眠っていた。
 勇斗はほっと息をついた。
 そっと近づき、肩からずれていた布をかけ直す。ランパはむにゃむにゃと寝言を漏らしただけで起きなかった。
 勇斗は少しだけ笑って、静かに扉を閉めた。
「さて、さっきの話の続きじゃが――その剣も鎧も、ただの武具ではない。名は聖剣クトネシスと精霊器ラクメト。勇者ルークがまとっていた武具じゃ」
「勇者ルーク?」
「大昔、魔神を封じた伝説の勇者じゃよ。葉巻を咥え、緑の煙をまとって戦ったと伝えられておる」
 葉巻。その言葉に、勇斗は思わず口を開けた。
「お主、その武具をどこで手に入れた?」
 勇斗は、自分の身に起きたことをかいつまんで話した。笑われても仕方ないと思っていたが、ロンは茶化すことなく、黙って耳を傾けていた。
「ふむ……」
「驚かないんですか?」
「驚きはする。だが否定はせん」
 勇斗は逆に言葉を失った。
「どうして僕が、その武具を装備できるんですか」
 ロンは勇斗をまっすぐ見た。
「それは、資格があるからじゃ」
 勇斗は絶句して息を呑んだ。
「資格なき者には、その武具はまともに扱えん。持ち上げることすら難しい。お主が装備できた時点で、答えは出とる」
 勇斗は口元を押さえた。どうして、この世界の生まれでもない、ただの中学生にそんな資格が? 訳がわからず不安になってきた。
「できたぞー!」
 ミュールがパンと白いシチューをテーブルに並べた。
「続きはあとじゃ。まずは食事にしよう」
「あ、はい。……いただきます」
 スプーンを取った、そのときだった。バァン、と扉が開いた。
「腹へったー! オイラにも食わせろー!」
 ランパが飛び込んできて、そのまま椅子へ飛び乗った。寝癖だらけの頭のまま、パンをがつがつかじり始めた。
「ちょ、ちょっとランパ。それ、僕の分なんだけど」
「いい匂いがしたら腹減るだろ! ユートだけずるいぞ!」
「ホッホ。元気で何よりじゃ。ミュール、この小さいのにも出してやりなさい」
「えー、また? 寝る前に食ったばかりじゃん」
 ミュールは文句を言いながらも皿を用意した。
 食事が一段落したころ、勇斗はランパのほうを向いた。
「ランパ、看病してくれてありがとう。あんなに怪我してたのに」
 ランパはげっぷをしてから答えた。
「精霊は回復が早いからな。でもユートの回復力もすごかったぞ。オイラは傷を洗って縫っただけだ」
 怪我の治りが早いことは、昔からよく言われていた。大怪我をしても、医者に驚かれるほど回復が早かったことがある。
「ユートよ。もう少し話しておかねばならん」
 ロンが静かに言った。
「伝説の武具は、ソレイン王国で大切に保管されてきた。二度と使われぬと皆が思っておった。だが三年前、状況が動いた。長い間身を潜めていた魔族が急に活発になり、各地を襲い始めたのじゃ。国王は確信した――魔神の封印が解かれたとな」
 ガシャン、と音がした。
「わっ、ご、ごめん」
 皿を落としたミュールが慌てて拾う。耳が少し伏せていた。
「ソレイン国王は、魔神に対抗するため、伝説の武具を扱える者を探した。そして見つかったのが、アルトという少年じゃ」
「アルト……」
 自分そっくりの少年が頭に浮かぶ。
「アルトは魔神の城へ向かった。だが、戻らなかった。城の最深部には、アルトも魔神もおらんかったそうじゃ」
 ロンはそこで一度言葉を切った。
「だから森でお主を見つけたとき、ワシは王国へ報告せねばと思った。だが、お主は元の世界などと言い出しての。まずは様子を見ることにしたのじゃ」
「僕とアルトは、そんなに似ているんですか」
「うむ。そっくりじゃの」
 勇斗は俯いた。闇の中で見た少年。あれがアルトだとしたら、彼は今、どこにいるのだろう。
「ユート、大丈夫か? 浮かない顔してるぞ?」
 ランパが顔をのぞき込んできた。
「ホッホ。ちょっと喋りすぎたかの。外の空気を吸ってくるとよい」
 ロンに促され、勇斗は扉を開けた。
 強い光が差し込み、思わず目を細めた。
「うわ……」
 透き通った青空と白い雲。鳥たちが優雅に輪を描いていた。強い風がチュニックの裾を揺らした。
「た、高い」
 勇斗は思わず目を輝かせ、世界を見渡した。広大な砂漠。雪化粧の山々。きらめく海。見えるものすべてが新鮮で、現実味がなかった。
「ここは見張りの塔。昔、オル族の始祖が建てた塔じゃ」
 ロンが隣に立つ。
「あの小さいのに聞いたが、お主は、精霊樹に行くのじゃな」
「は、はい」
「精霊樹は、ミケーレ大陸のはるか北。マナの聖域にあると言われておる。だが、今のお主ではそこへ着く前に死ぬ」
 断定され、勇斗はがっくりと肩を落とした。森での出来事がフラッシュバックした。
「ど、どうすれば……」
 ロンがにやりと笑う。
「ワシが鍛えてやる」
 勇斗の顔から血の気が引いた。