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草原

12/15





 森を抜けると、一気に視界が開けた。 「わあっ」  どこまでも続くような緑の海に、日向勇斗は目を奪われた。ブルースカイの空。遠くには山のシルエットがぼんやりと浮かぶ。駆け抜ける爽やかな風で、草花が波打ち、勇斗が身に纏っている黄金色の鎧の赤いマントがバサバサと揺れた。 「あの道をずーっとまっすぐ行って、山を越えたらソレイン王国だ」  狼のような耳と尻尾が特徴であるモッケ族の少年ミュールは地図を眺めた後、丘の下に見える街道を指差した。 「僕たちは、砂漠に行くのだよね」 「山を越える前に、北へ進む。そしたらセク砂漠だ。中央にホルタっていうオアシス都市があるね」  精霊樹の枝から放たれた光は砂漠に向かって伸びていた。まずはホルタという街で四大精霊に関する情報を集める必要がありそうだ。 「どれくらい歩けば着くのかな」 「んー、歩くなら一週間以上はかかりそうだな」  ミュールは眉をひそめ、頭をポリポリ掻いた。 「そ、そんなに? 電車とか、はやく移動できる乗り物はないの?」 「デンシャって何だ? 食えるのか?」  樹の精霊ランパはよだれを垂らし、目を輝かせた。小さな体を小刻みに動かし、後ろで結ったエメラルドグリーンの髪が揺れる。 「いや、食べれないよ。凄いスピードで走れる車輪のついた箱みたいな乗り物」 「へぇ、ユートの世界ってそんなもんがあるのか。馬車みたいなものかな」  馬車。本やゲームで見たことがある。あまりスピードは出なさそうだが、乗ると足が疲れなくて済みそうだ。 「どこかで借りれないかな?」 「そんな都合よくあるわけないよ。村とか街に行かないと」 「そ、そっか」  勇斗は肩を落とした後、果てしなく伸びる街道を見つめた。 「ま、ゆっくり行こうぜ。途中どっかに宿屋とかあるだろー」  ランパは軽やかな身のこなしで、ザーッと丘を滑り降りた。 「あ、待ってよランパ」 「疲れたら俺がおぶってやるから、安心しろって」  ミュールは白い歯をこぼし、ニカっと笑う。 「いや、いいよ。頑張って歩くよ」  勇斗とミュールはランパの後を追い、斜面を下った。  襲ってくる魔族を倒しつつ、勇斗たちは街道を進んでいた。 「そろそろ、どこかで休みたいよぅ。この辺に村とかないの?」 「あと少し行ったところにキーナっていう小さな村があるね」  地図の一点を指差したミュールが言う。 「そこの分かれ道を左に曲がって進んだら着くみたい」 「誰かいるぞ?」  街道が分岐する地点に、三人の人物が立ちすくんでいた。道の中央には屋根付きの荷台が横倒しになっており、箱や袋があたり一面に散乱している。 「全く、何であんな雑魚どもに」 「積荷、バラバラ」 「か、片付けるっス」  大柄で筋肉質の男と、スラっとした体つきの女性。そして頭に包帯を巻いた少年。運搬業者だろうか。 「あのー、どうかされましたか?」  勇斗の声に、男と女の背中がビクッと跳ね上がった。 「お兄さんたち、旅の方っスか? ちょっと手伝って欲しいっス」  額に包帯をバンダナのように巻いた少年が、ボサボサのアッシュグレーの髪を触りながら近づいてきた。身長は勇斗より少し低い。フード付きの大きなベージュのコートの先端は鳥の羽のようになっていて、風でひらひらとなびいている。 「どうしたの?」 「自分たち、馬車で荷物を運んでたんスけど、急に魔族に襲われちゃったんス。荷台はひっくり返り、馬も逃げちゃって――」 「おい、余計なこと喋るんじゃないよ!」  キッとした声が響く。スレンダーな体つきの女性が眉間にシワを寄せながら、少年の髪の毛を掴んだ。 「で、でもぉ」 「悪いね。これはアタシたちの問題だから、気を使わなくてもいい」 「はやく、どっか、いけ」  大柄の男が、一言一言を区切りながらゴツい声を出した。スキンヘッドが太陽の光でピカッと光る。強面だ。 「す、すみません」 「分かったならサッサと行きな」 「それにしてもお兄さん、ピカピカで豪華な鎧着てるっスね。頭につけているサークレットも綺麗だ。それ、どこで買ったんスか?」 「そうね、珍しいわねぇ」  女性は勇斗が着ている黄金色に輝く鎧――精霊器ラクメトをじっと見つめる。徐々に口角が上がり、不敵な笑みを見せた。 「えっと、これは伝説の――」 「おい、ユート。チビスケどこ行った?」  勇斗の声を遮るように、ミュールが大きな声を出した。 「え、あれ? いないね」  周りを見渡すと、ランパの姿がどこにもなかった。 「おい、小僧が、荷台を漁っている」 「はあぁっ!?」  大柄の男の声に反応した女性は血相を変える。包帯の少年を片手で突き飛ばし、横倒しになった荷台に向かって走り出した。 「ちょっとアンタ、商売道具に手を出すんじゃないよ!」 「このでっかいハコ、何が入ってんだー? 食いもんかー?」 「何も入ってないわよ。早く出ていきなさいこのガキンチョ!」 「うるさいオバサンだなー」  荷台の中から、ランパと女性が言い合っている声が聞こえる。 「ランパ、どうしたの?」  中を覗くと、大きな木箱の上にランパがあぐらをかいて座っていた。 「はやくどきなさい、そこには何も入ってないわよ!」 「ちょっと、ごめんよ」  ミュールはひょいと荷台の中に入り込み、木箱をランパごと外に引き出した。 「この箱の中は、見られたくないもんでも入ってるのかな?」 「――ただのガラクタよ」 「ふーん。でも、この中からニンゲンの匂いがするんだけどなぁ」  ミュールは女性を睨みつける。 「チッ」  女性は舌打ちをした後、ミュールから目を逸らした。 「人間の匂い? ミュール、何を言って――」 「開けるぞ。おい、チビスケ、どいてくれ」  ミュールは箱を開けた。 「え?」  箱から出てきたのは、一人の少女だった。ピンク色の長い髪は乱れ、顔が青白くやつれている。服は至る所が破れ、泥まみれだった。 「――奴隷にでもされるのかな。ひでぇや」  ボソリと、ミュールは呟いた。 「ホォッ!? 自分、こんなの聞いてないっスよ!」  包帯の少年は、震えながら叫んだ。 「あー、もうバレちゃしょうがないね。アンタら、ここで死んでもらうよ」  スレンダーな女性は怒りの形相でムチをしならせた。 「オレ、ヤるの、得意」  大柄の男は鍛え上げられた筋肉を見せびらかせるようにポーズをとった。 「チカップ、アンタもやりな。三対三だよ」 「い、いやっス! 自分は人殺しなんてできないっス!」 「やれって言ってんだろ! 金が欲しくないのかい?」  女性はチカップと呼ばれた包帯の少年を、蛇のような鋭い目で睨みつけた。 「逆らうと、殺すよ?」 「は、はい――」  ミュールは筋肉質の男、ランパはムチを持った女性、勇斗はチカップと対峙していた。 「小僧、オマエ、強い。オレ、わかる」 「そりゃどうも」  ミュールは爪付きのガントレットを装着し、筋肉質の男に向かって連撃を繰り出した。男は太い腕でそれをガードする。 「ふんっ」  ガードを解いた男は体格に見合わない速さでミュールにストレートを放った。 「せいっ」  男の拳が命中する寸前、ミュールは素早く身をかがめる。ヒュッと息を吸った後、渾身の正拳突きを放った。  鈍い唸り声を上げた大男の体が、地面を引きずりながら大きく後退する。 「やるなぁ、ワンコ」 「アンタの相手はこっちだよ」  ビシビシとムチを地面に叩きつけながら、スレンダーな女性はランパにゆらりと近づく。 「さぁて、どうやって締めてやろうかね」 「オイラ、締め付けるのは得意だけど、縛られるのは嫌いなんだ」  ランパはあっかんべーをする。 「生意気なガキンチョ。胴体をバラバラにして売りつけてやろうかしら」 「ミュール! ランパ!」 「他を心配している場合っスか? お兄さんの相手は自分っスよ?」  チカップはコートの内側からオーロラのように輝く羽ペンを取り出し、ペン先を勇斗に向けた。 「ううっ」  勇斗は渋々と、鞘から剣を抜いた。精霊器ラクメトと同じくはるか昔に精霊界で作られたと言われる伝説の剣――聖剣クトネシスの銀色の刃が鋭く光る。しかし、剣はカタカタと震えていた。  相手は魔族ではなく、人間。しかも子供。斬りたくても、斬れない―― 「自分も命がかかってるっス。来ないなら、こっちからいくっス」  チカップは羽ペンを宙で踊らせる。まるで透明なキャンバスに描くように、サラサラと空中に模様が浮かび上がっていく。瞬く間に、鮮やかな赤い魔法陣が完成した。 「三つの炎よ、焼き払えっ!」  魔法陣の中央から、サッカーボールほどの大きさの燃え盛る三つの火の玉が現れた。 「うわっ、魔法!?」 「トライ・フレイム!」  三つの火の玉はぐるぐると高速回転しながら、勇斗目掛けて発射された。 「うわああああっ!」 「ぐおおおおおっ!」 「ぎゃああああっ!」 「あれ?」  火球の一つは、勇斗の体を大きく外れ、地面に衝突した。焼けた地面から黒い煙が噴き上がっている。  残りの二つはそれぞれ、大男と女性の体にクリーンヒットしていた。 「ああーっ、またやっちゃったっス」 「グギャああアアアッツ」  炎の中で悶える二人。やがて炎が消えると、そこから人間ではないものが姿を現した。 「こいつらは――」  大男の皮膚は岩や苔に覆われた山のようにゴツゴツした緑色に変わり、口元から牙が鋭く突き出している。  ある程度人間だったときの面影を残している大男に対し、女性の姿は醜く変貌していた。カエルのような頭に、蛇の胴体。艶やかな鱗は真っ黒だ。 「魔族が、人間に化けてた?」 「ほっ、ほおぉっ!? グリーンオークにフロッグマンバ!?」  チカップはドテンと尻もちをついた。表情は青ざめ、口をあんぐりと開けている。 「へへん、正体を現しやがったな。ユート、こいつらは魔族だ。遠慮なくやっつけるぞ。ワンコ、そっちは任せた!」 「はいはい、任せられたよ」  ミュールはグリーンオークのパンチをひらりと避けながら答えた。 「キシャアアアッ」  フロッグマンバは口から細長い舌を垂らし、黒光りする胴体をうねうね動かしながら俊敏な動きを見せる。すぼめた口から、プッと透明の液体をランパ目掛けて吐き出した。 「ありゃ、なんだベトベトして動けない」  粘着性のある液体に足を取られたランパに、大きく開かれた口が迫る。 「ランパ!」  まずい、このままではランパが飲み込まれてしまう――勇斗が思った瞬間、フロッグマンバは蔦でがんじがらめにされた。 「動きは止めたから、ユート、あとはよろしく」 「わ、わかった」  聖剣クトネシスの刃が、細長い胴体を真っ二つに切り裂いた。切断面から黒い液体が飛び散る。 「おーい、ワンコ。そっちはどうだ?」 「楽勝」  両腕を組んだミュールの横には、緑の巨体が胴体に大穴を開けて倒れていた。 「さーて、あとは」  三人はポカーンとしているチカップの元へと歩み寄った。 「お前も魔族か?」  ミュールは両腕のガントレットをカチカチと鳴らし、冷や汗を流している少年を見下した。 「自分――オレは――」  体の後ろに回したチカップの左腕が小刻みに動く。 「オレは魔族じゃねーっス!」  叫んだ瞬間、視界が一瞬にして白に染まった。目を閉じても、まぶたの裏側に焼き付いた白い光は消えることなく、視界を埋め尽くす。耳鳴りもひどい。周囲の状況がつかめない―― 「くそっ、何だこれ」  ようやく周囲の音や光が正常に戻り始めたときには、チカップの姿はなかった。 「逃げやがったか」  ミュールは周囲を見渡したあと、舌打ちをした。 「何か落ちてるぞ?」  ランパがチカップの座っていた場所に目を向けると、そこには白い羽が散らばっていた。 「それよりも、あの女の子!」 「ああ」  勇斗とミュールは少女の元へと向かう。ぐったりと倒れた少女はゆすっても目を開けなかったが、息はしていた。 「とりあえず、キーナっていう村に運ぼう」  十分ほど歩くと、木の柵で囲われた小さな村が見えてきた。入り口の左側には石造りの建物が堂々と立っている。二階の窓からは、青髪の少年がひょこっと顔を覗かせていた。 「すみません」  勇斗は槍を持った兵士風の男に声をかけた。 「こんな辺境の村に、何の御用かな?」 「ちょっと、助けて欲しいのです」 「団長さん。トンキが慌ててましたけど、何かありました――えっ?」  建物から出てきた少し老けた女性は、きょとんとした表情で勇斗の顔を見つめる。  しばらくの沈黙の後、女性は唇を震わせた。 「アルト?」



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 森を抜けると、一気に視界が開けた。 「わあっ」  どこまでも続くような緑の海に、日向勇斗は目を奪われた。ブルースカイの空。遠くには山のシルエットがぼんやりと浮かぶ。駆け抜ける爽やかな風で、草花が波打ち、勇斗が身に纏っている黄金色の鎧の赤いマントがバサバサと揺れた。 「あの道をずーっとまっすぐ行って、山を越えたらソレイン王国だ」  狼のような耳と尻尾が特徴であるモッケ族の少年ミュールは地図を眺めた後、丘の下に見える街道を指差した。 「僕たちは、砂漠に行くのだよね」 「山を越える前に、北へ進む。そしたらセク砂漠だ。中央にホルタっていうオアシス都市があるね」  精霊樹の枝から放たれた光は砂漠に向かって伸びていた。まずはホルタという街で四大精霊に関する情報を集める必要がありそうだ。 「どれくらい歩けば着くのかな」 「んー、歩くなら一週間以上はかかりそうだな」  ミュールは眉をひそめ、頭をポリポリ掻いた。 「そ、そんなに? 電車とか、はやく移動できる乗り物はないの?」 「デンシャって何だ? 食えるのか?」  樹の精霊ランパはよだれを垂らし、目を輝かせた。小さな体を小刻みに動かし、後ろで結ったエメラルドグリーンの髪が揺れる。 「いや、食べれないよ。凄いスピードで走れる車輪のついた箱みたいな乗り物」 「へぇ、ユートの世界ってそんなもんがあるのか。馬車みたいなものかな」  馬車。本やゲームで見たことがある。あまりスピードは出なさそうだが、乗ると足が疲れなくて済みそうだ。 「どこかで借りれないかな?」 「そんな都合よくあるわけないよ。村とか街に行かないと」 「そ、そっか」  勇斗は肩を落とした後、果てしなく伸びる街道を見つめた。 「ま、ゆっくり行こうぜ。途中どっかに宿屋とかあるだろー」  ランパは軽やかな身のこなしで、ザーッと丘を滑り降りた。 「あ、待ってよランパ」 「疲れたら俺がおぶってやるから、安心しろって」  ミュールは白い歯をこぼし、ニカっと笑う。 「いや、いいよ。頑張って歩くよ」  勇斗とミュールはランパの後を追い、斜面を下った。  襲ってくる魔族を倒しつつ、勇斗たちは街道を進んでいた。 「そろそろ、どこかで休みたいよぅ。この辺に村とかないの?」 「あと少し行ったところにキーナっていう小さな村があるね」  地図の一点を指差したミュールが言う。 「そこの分かれ道を左に曲がって進んだら着くみたい」 「誰かいるぞ?」  街道が分岐する地点に、三人の人物が立ちすくんでいた。道の中央には屋根付きの荷台が横倒しになっており、箱や袋があたり一面に散乱している。 「全く、何であんな雑魚どもに」 「積荷、バラバラ」 「か、片付けるっス」  大柄で筋肉質の男と、スラっとした体つきの女性。そして頭に包帯を巻いた少年。運搬業者だろうか。 「あのー、どうかされましたか?」  勇斗の声に、男と女の背中がビクッと跳ね上がった。 「お兄さんたち、旅の方っスか? ちょっと手伝って欲しいっス」  額に包帯をバンダナのように巻いた少年が、ボサボサのアッシュグレーの髪を触りながら近づいてきた。身長は勇斗より少し低い。フード付きの大きなベージュのコートの先端は鳥の羽のようになっていて、風でひらひらとなびいている。 「どうしたの?」 「自分たち、馬車で荷物を運んでたんスけど、急に魔族に襲われちゃったんス。荷台はひっくり返り、馬も逃げちゃって――」 「おい、余計なこと喋るんじゃないよ!」  キッとした声が響く。スレンダーな体つきの女性が眉間にシワを寄せながら、少年の髪の毛を掴んだ。 「で、でもぉ」 「悪いね。これはアタシたちの問題だから、気を使わなくてもいい」 「はやく、どっか、いけ」  大柄の男が、一言一言を区切りながらゴツい声を出した。スキンヘッドが太陽の光でピカッと光る。強面だ。 「す、すみません」 「分かったならサッサと行きな」 「それにしてもお兄さん、ピカピカで豪華な鎧着てるっスね。頭につけているサークレットも綺麗だ。それ、どこで買ったんスか?」 「そうね、珍しいわねぇ」  女性は勇斗が着ている黄金色に輝く鎧――精霊器ラクメトをじっと見つめる。徐々に口角が上がり、不敵な笑みを見せた。 「えっと、これは伝説の――」 「おい、ユート。チビスケどこ行った?」  勇斗の声を遮るように、ミュールが大きな声を出した。 「え、あれ? いないね」  周りを見渡すと、ランパの姿がどこにもなかった。 「おい、小僧が、荷台を漁っている」 「はあぁっ!?」  大柄の男の声に反応した女性は血相を変える。包帯の少年を片手で突き飛ばし、横倒しになった荷台に向かって走り出した。 「ちょっとアンタ、商売道具に手を出すんじゃないよ!」 「このでっかいハコ、何が入ってんだー? 食いもんかー?」 「何も入ってないわよ。早く出ていきなさいこのガキンチョ!」 「うるさいオバサンだなー」  荷台の中から、ランパと女性が言い合っている声が聞こえる。 「ランパ、どうしたの?」  中を覗くと、大きな木箱の上にランパがあぐらをかいて座っていた。 「はやくどきなさい、そこには何も入ってないわよ!」 「ちょっと、ごめんよ」  ミュールはひょいと荷台の中に入り込み、木箱をランパごと外に引き出した。 「この箱の中は、見られたくないもんでも入ってるのかな?」 「――ただのガラクタよ」 「ふーん。でも、この中からニンゲンの匂いがするんだけどなぁ」  ミュールは女性を睨みつける。 「チッ」  女性は舌打ちをした後、ミュールから目を逸らした。 「人間の匂い? ミュール、何を言って――」 「開けるぞ。おい、チビスケ、どいてくれ」  ミュールは箱を開けた。 「え?」  箱から出てきたのは、一人の少女だった。ピンク色の長い髪は乱れ、顔が青白くやつれている。服は至る所が破れ、泥まみれだった。 「――奴隷にでもされるのかな。ひでぇや」  ボソリと、ミュールは呟いた。 「ホォッ!? 自分、こんなの聞いてないっスよ!」  包帯の少年は、震えながら叫んだ。 「あー、もうバレちゃしょうがないね。アンタら、ここで死んでもらうよ」  スレンダーな女性は怒りの形相でムチをしならせた。 「オレ、ヤるの、得意」  大柄の男は鍛え上げられた筋肉を見せびらかせるようにポーズをとった。 「チカップ、アンタもやりな。三対三だよ」 「い、いやっス! 自分は人殺しなんてできないっス!」 「やれって言ってんだろ! 金が欲しくないのかい?」  女性はチカップと呼ばれた包帯の少年を、蛇のような鋭い目で睨みつけた。 「逆らうと、殺すよ?」 「は、はい――」  ミュールは筋肉質の男、ランパはムチを持った女性、勇斗はチカップと対峙していた。 「小僧、オマエ、強い。オレ、わかる」 「そりゃどうも」  ミュールは爪付きのガントレットを装着し、筋肉質の男に向かって連撃を繰り出した。男は太い腕でそれをガードする。 「ふんっ」  ガードを解いた男は体格に見合わない速さでミュールにストレートを放った。 「せいっ」  男の拳が命中する寸前、ミュールは素早く身をかがめる。ヒュッと息を吸った後、渾身の正拳突きを放った。  鈍い唸り声を上げた大男の体が、地面を引きずりながら大きく後退する。 「やるなぁ、ワンコ」 「アンタの相手はこっちだよ」  ビシビシとムチを地面に叩きつけながら、スレンダーな女性はランパにゆらりと近づく。 「さぁて、どうやって締めてやろうかね」 「オイラ、締め付けるのは得意だけど、縛られるのは嫌いなんだ」  ランパはあっかんべーをする。 「生意気なガキンチョ。胴体をバラバラにして売りつけてやろうかしら」 「ミュール! ランパ!」 「他を心配している場合っスか? お兄さんの相手は自分っスよ?」  チカップはコートの内側からオーロラのように輝く羽ペンを取り出し、ペン先を勇斗に向けた。 「ううっ」  勇斗は渋々と、鞘から剣を抜いた。精霊器ラクメトと同じくはるか昔に精霊界で作られたと言われる伝説の剣――聖剣クトネシスの銀色の刃が鋭く光る。しかし、剣はカタカタと震えていた。  相手は魔族ではなく、人間。しかも子供。斬りたくても、斬れない―― 「自分も命がかかってるっス。来ないなら、こっちからいくっス」  チカップは羽ペンを宙で踊らせる。まるで透明なキャンバスに描くように、サラサラと空中に模様が浮かび上がっていく。瞬く間に、鮮やかな赤い魔法陣が完成した。 「三つの炎よ、焼き払えっ!」  魔法陣の中央から、サッカーボールほどの大きさの燃え盛る三つの火の玉が現れた。 「うわっ、魔法!?」 「トライ・フレイム!」  三つの火の玉はぐるぐると高速回転しながら、勇斗目掛けて発射された。 「うわああああっ!」 「ぐおおおおおっ!」 「ぎゃああああっ!」 「あれ?」  火球の一つは、勇斗の体を大きく外れ、地面に衝突した。焼けた地面から黒い煙が噴き上がっている。  残りの二つはそれぞれ、大男と女性の体にクリーンヒットしていた。 「ああーっ、またやっちゃったっス」 「グギャああアアアッツ」  炎の中で悶える二人。やがて炎が消えると、そこから人間ではないものが姿を現した。 「こいつらは――」  大男の皮膚は岩や苔に覆われた山のようにゴツゴツした緑色に変わり、口元から牙が鋭く突き出している。  ある程度人間だったときの面影を残している大男に対し、女性の姿は醜く変貌していた。カエルのような頭に、蛇の胴体。艶やかな鱗は真っ黒だ。 「魔族が、人間に化けてた?」 「ほっ、ほおぉっ!? グリーンオークにフロッグマンバ!?」  チカップはドテンと尻もちをついた。表情は青ざめ、口をあんぐりと開けている。 「へへん、正体を現しやがったな。ユート、こいつらは魔族だ。遠慮なくやっつけるぞ。ワンコ、そっちは任せた!」 「はいはい、任せられたよ」  ミュールはグリーンオークのパンチをひらりと避けながら答えた。 「キシャアアアッ」  フロッグマンバは口から細長い舌を垂らし、黒光りする胴体をうねうね動かしながら俊敏な動きを見せる。すぼめた口から、プッと透明の液体をランパ目掛けて吐き出した。 「ありゃ、なんだベトベトして動けない」  粘着性のある液体に足を取られたランパに、大きく開かれた口が迫る。 「ランパ!」  まずい、このままではランパが飲み込まれてしまう――勇斗が思った瞬間、フロッグマンバは蔦でがんじがらめにされた。 「動きは止めたから、ユート、あとはよろしく」 「わ、わかった」  聖剣クトネシスの刃が、細長い胴体を真っ二つに切り裂いた。切断面から黒い液体が飛び散る。 「おーい、ワンコ。そっちはどうだ?」 「楽勝」  両腕を組んだミュールの横には、緑の巨体が胴体に大穴を開けて倒れていた。 「さーて、あとは」  三人はポカーンとしているチカップの元へと歩み寄った。 「お前も魔族か?」  ミュールは両腕のガントレットをカチカチと鳴らし、冷や汗を流している少年を見下した。 「自分――オレは――」  体の後ろに回したチカップの左腕が小刻みに動く。 「オレは魔族じゃねーっス!」  叫んだ瞬間、視界が一瞬にして白に染まった。目を閉じても、まぶたの裏側に焼き付いた白い光は消えることなく、視界を埋め尽くす。耳鳴りもひどい。周囲の状況がつかめない―― 「くそっ、何だこれ」  ようやく周囲の音や光が正常に戻り始めたときには、チカップの姿はなかった。 「逃げやがったか」  ミュールは周囲を見渡したあと、舌打ちをした。 「何か落ちてるぞ?」  ランパがチカップの座っていた場所に目を向けると、そこには白い羽が散らばっていた。 「それよりも、あの女の子!」 「ああ」  勇斗とミュールは少女の元へと向かう。ぐったりと倒れた少女はゆすっても目を開けなかったが、息はしていた。 「とりあえず、キーナっていう村に運ぼう」  十分ほど歩くと、木の柵で囲われた小さな村が見えてきた。入り口の左側には石造りの建物が堂々と立っている。二階の窓からは、青髪の少年がひょこっと顔を覗かせていた。 「すみません」  勇斗は槍を持った兵士風の男に声をかけた。 「こんな辺境の村に、何の御用かな?」 「ちょっと、助けて欲しいのです」 「団長さん。トンキが慌ててましたけど、何かありました――えっ?」  建物から出てきた少し老けた女性は、きょとんとした表情で勇斗の顔を見つめる。  しばらくの沈黙の後、女性は唇を震わせた。 「アルト?」



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