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交易都市ホルタ

ー/ー



「あの洞窟を抜ければ、セク砂漠だ」

 ミュールが地図を見ながら言った。

 薄暗い洞窟を抜けた瞬間、焼けつくような日差しが目に刺さった。勇斗は思わず目を閉じる。ゆっくり開いた先には、果てしない砂の海が広がっていた。

 金色の砂丘が幾重にも連なり、熱風が肌を刺した。遠くの地平線が陽炎に揺れている。

 水袋を手に、勇斗たちは砂漠の道を進んだ。中身はランパが精霊術で作った水だ。水分補給には困らない。

 だが、砂漠は甘くなかった。

 照り返しは強く、足を踏み出すたびに体力がじわりと削られていく。

 日が傾くと、今度は一気に冷え込んだ。

「寒い! ユート、ワンコ、お前ら平気なのかよ」

 ランパは、歯をがちがち鳴らしながら、鼻をすすった。

「モッケ族は暑さにも寒さにも強いからな。ユートは?」

「うん、なんとか。この鎧のおかげかな」

 勇斗は精霊器ラクメトを見下ろした。表面に触れると、冷たくも熱くもない、不思議な感触が返ってくる。

「でも、ソーマがしんどそう。そろそろ休もうよ」

 振り返ると、ソーマは肩を小さく上下させながら、ふらふらと歩いていた。顔色も悪い。

 街道から少し外れた場所で、勇斗たちは野営の準備を始めた。ランタンの灯りを囲み、干し肉をかじり、ミュールが作った温かいスープを飲む。冷えた体に、少しずつ熱が戻ってきた。

「交代で見張りな。順番はユート、オレ、チビスケでいこう」

 ミュールが言った。

「あの、少しよろしくて?」

 布にくるまったソーマが、こわばった顔で口を開いた。

「村を出てから、ずっと気になっておりました。あなたは勇者アルトではないのですか? お仲間さんたちは、あなたをユートと呼んでいらっしゃいますが」

「あ……ええと」

 勇斗は視線を泳がせた。ごまかし続けるのも違う気がした。少しためらってから、これまでの事情をかいつまんで話す。

「ごめん。きみの探している勇者じゃなくて」

 ソーマはしばらく黙っていた。やがて、やわらかな眼差しを勇斗に向けた。

「何を言ってますの。あなたはわたくしを助けてくれた。わたくしにとっての勇者は、あなただけですわ」

 首もとがさわさわした。

「そろそろ休みますわね。ユート、しっかりとわたくしを守ってくださいませ」

 ソーマは、勇斗のマントの裾をそっと摘んだ。
 

 翌日も、灼熱の砂漠をひたすら歩いた。

 途中、何度も魔族に襲われた。サソリのような魔族や、ムカデじみた長い魔族。どれも素早く、気味が悪い。

 ソーマを庇いながら戦うのは、思っていた以上に神経を削った。勇斗も剣を振るったが、仕留められたのは二匹だけだった。しかも、まともに倒したというより、たまたま当たっただけに近い。残りはランパとミュールが片づけていた。

 戦いが終わるたび、嫌なものが胸の内に溜まっていく。

 元の世界に帰ることが目的だ。魔族退治がしたいわけじゃない。無理をせず、守ってもらえばいい。ロンに教わったことだって、護身のためだと思えばいい。

 けれど、それでいいのかとも思う。この剣を持つ意味から、逃げているだけじゃないのか。

「見えたぞ、ホルタの街だ!」

 ミュールが尻尾を大きく振った。

 霞む地平線の先に、木々の緑と砂色の高い城壁が見えた。
 

 交易都市ホルタの門をくぐった瞬間、勇斗は圧倒された。

 石造りの建物がひしめき合い、通りは人で溢れかえっている。商人の呼び込み、値段交渉、笑い声、怒鳴り声。色鮮やかな布が風にはためき、香辛料と獣臭と汗の匂いが熱気と一緒に流れてくる。

 賑やかだった。だが、それだけじゃない。

 通りの端では怒鳴り合いが起き、別の場所では商売人が客の袖を強引に引いている。油断した者から食われる。そんな空気が、この街にはあった。

「早く宿を探そう。二人とも、はぐれないでね」

 ランパとソーマに声をかけようとして、勇斗は足を止めた。

 二人の姿がなかった。

「この人混みじゃ探すのは大変だぞ」

 勇斗とミュールは雑踏をかき分け、名前を呼びながら二人を探した。だが、騒がしさに声はすぐ飲み込まれてしまう。

 そのときだった。

 ガン、と金属がぶつかる音がした。

「す、すみません」

 振り返ると、漆黒の鎧をまとった者の後ろ姿が見えた。身長は勇斗と同じか、少し高いくらい。砂混じりの風が黒いマントを揺らしている。

 背を向けているだけなのに、妙な圧があった。

 後ろ姿しか見えていないのに、胸の奥が落ち着かない。視線を離したくても、離せなかった。

 その者は振り返りもしないまま、人混みの中へ溶けるように消えていった。

「このガキ! 売りもんを勝手に食いやがって!」

 怒鳴り声が響いた。

「いってー!」

 人の隙間から、ランパがごろごろと転がってきた。

「ランパ!」

「おう、ユート。あのオッサン、オイラが肉を食っただけで殴ってきたんだぜ? ひでぇだろ?」

「そういう問題じゃないよ!」

 勇斗の声が思わず大きくなる。

 店主が鬼の形相で飛び出してくるより早く、ミュールが硬貨を握って前に出た。

「ユート、ここはオレがなんとかする。チビスケ連れて離れてろ」

「う、うん」

 勇斗はランパを抱え上げ、その場を離れた。

「売ってる物を勝手に食べちゃだめなの! それに、勝手にいなくなったら危ないだろ!」

「いやー、肉がすげーうまそうだったからさ」

「そういう問題じゃない!」

「お、珍しく怒ってるな」

 自分でも驚くくらい、心臓がどきどきしていた。ランパの姿が見えなくなっただけで、あそこまで焦るとは思わなかった。

 やがて戻ってきたミュールが大きく息を吐く。

「いやー、チビスケのおかげで無駄金使っちゃったよ。次やったらお仕置きだな」

 ミュールはランパを睨んだ。ランパはぽかんとしていた。

「みなさま!」

 路地裏から、ソーマが走ってきた。霞色のツインテールが慌ただしく揺れている。

「ソーマ!」

 勇斗の体から力が抜けた。

「無事で良かった」

「はぐれてしまい、申し訳ございません。気になる店を見ておりましたら、いつの間にかみなさまのお姿が見えなくなってしまって」

「気になる店って?」

「占いの店がありましたの。四大精霊の手がかりがわかるかもしれないと思いまして」

「なにが占いだ。そんなの当てにならねーよ」

 ランパが鼻を鳴らした。

「ランパさん、そんな言い方はないのではなくて? わたくし、頑張ってユートのお役に立とうとしてますのに」

「ユートを助けるのはオイラの役目なんだ!」

「まあ、そうでしたの。でも、ユートを助けたいと思うのは、あなただけではありませんわ」

 ソーマは勇斗の手を取った。勇斗は言葉に詰まる。

「んがーっ!」

 ランパが地団駄を踏んだ。ソーマはいたずらっぽく口元を緩めた。
 

 空いている宿を見つけた頃には、日は傾き始めていた。

 宿屋『サンドナイト』は砂まみれの外観に反して、中はきちんと掃除されていた。一階は酒場になっており、商人や旅人たちが酒と料理を楽しんでいる。

 荷物を置いたあと、勇斗たちは一階へ下りた。

 夜になると酒場はさらに騒がしくなっていた。葉巻の煙が漂い、笑い声と怒鳴り声が入り混じっていた。小さな舞台では、肌を大きく出した衣装の女性が異国めいた音楽に合わせて踊っていた。

 勇斗がビラードをひと口飲んだとき、強面の髭もじゃ男が声をかけてきた。

「坊主、見かけない顔だな。旅人か?」

 勇斗は小さくうなずいた。

「おっさん、精霊が封印されてる場所って知ってるか?」

 大きな肉にかぶりつきながら、ランパが尋ねた。

「精霊? ああ、炎の精霊の伝承なら聞いたことがあるな」

 男はジョッキを傾けてから、語り出した。

「昔、ホルタの地は終わらない砂嵐に苦しめられていたらしい。そんなある日、西の遺跡に眩い炎が落ちた。その炎は竜の姿を取り、咆哮ひとつで砂嵐を鎮めた――って話だ。以来、人々はその竜を炎の精霊として崇めるようになったそうだ」

「よーし、その遺跡に行ってみようぜ」

 ランパの目が輝いた。

「お前ら、本気で行くつもりか?」

 髭もじゃ男は眉をひそめた。

「あそこは命を捨てに行くようなもんだ。帰ってきたやつは決まって何かを失ってる。行くなら万全の準備と覚悟をしていけ」

 そして、思い出したように付け足した。

「一昨日も、お宝目当ての連中が遺跡に行くとか言ってたな。無事だといいんだがな」

 男は酒臭い息を吐きながら笑う。

「場所を知りたいなら、街を出て西の街道をまっすぐだ。オアシスを超え、岩山が見えたら、その裏手に入口がある」

 死ぬなよ、と言ったあと、男は席を立った。

 話を聞く限り、西の遺跡は相当危険な場所だ。怖い。できれば行きたくない。でも、ランパの記憶を戻すため、何より精霊樹に向かうためにも行かなくてはならない。

「よし。じゃあ今日はもう休もう。明日の朝、出発だ」

 ミュールが立ち上がった。

 勇斗は、酒場の喧騒の向こうで揺れる煙を見つめながら、黙って拳を握った。


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「あの洞窟を抜ければ、セク砂漠だ」
 ミュールが地図を見ながら言った。
 薄暗い洞窟を抜けた瞬間、焼けつくような日差しが目に刺さった。勇斗は思わず目を閉じる。ゆっくり開いた先には、果てしない砂の海が広がっていた。
 金色の砂丘が幾重にも連なり、熱風が肌を刺した。遠くの地平線が陽炎に揺れている。
 水袋を手に、勇斗たちは砂漠の道を進んだ。中身はランパが精霊術で作った水だ。水分補給には困らない。
 だが、砂漠は甘くなかった。
 照り返しは強く、足を踏み出すたびに体力がじわりと削られていく。
 日が傾くと、今度は一気に冷え込んだ。
「寒い! ユート、ワンコ、お前ら平気なのかよ」
 ランパは、歯をがちがち鳴らしながら、鼻をすすった。
「モッケ族は暑さにも寒さにも強いからな。ユートは?」
「うん、なんとか。この鎧のおかげかな」
 勇斗は精霊器ラクメトを見下ろした。表面に触れると、冷たくも熱くもない、不思議な感触が返ってくる。
「でも、ソーマがしんどそう。そろそろ休もうよ」
 振り返ると、ソーマは肩を小さく上下させながら、ふらふらと歩いていた。顔色も悪い。
 街道から少し外れた場所で、勇斗たちは野営の準備を始めた。ランタンの灯りを囲み、干し肉をかじり、ミュールが作った温かいスープを飲む。冷えた体に、少しずつ熱が戻ってきた。
「交代で見張りな。順番はユート、オレ、チビスケでいこう」
 ミュールが言った。
「あの、少しよろしくて?」
 布にくるまったソーマが、こわばった顔で口を開いた。
「村を出てから、ずっと気になっておりました。あなたは勇者アルトではないのですか? お仲間さんたちは、あなたをユートと呼んでいらっしゃいますが」
「あ……ええと」
 勇斗は視線を泳がせた。ごまかし続けるのも違う気がした。少しためらってから、これまでの事情をかいつまんで話す。
「ごめん。きみの探している勇者じゃなくて」
 ソーマはしばらく黙っていた。やがて、やわらかな眼差しを勇斗に向けた。
「何を言ってますの。あなたはわたくしを助けてくれた。わたくしにとっての勇者は、あなただけですわ」
 首もとがさわさわした。
「そろそろ休みますわね。ユート、しっかりとわたくしを守ってくださいませ」
 ソーマは、勇斗のマントの裾をそっと摘んだ。
 翌日も、灼熱の砂漠をひたすら歩いた。
 途中、何度も魔族に襲われた。サソリのような魔族や、ムカデじみた長い魔族。どれも素早く、気味が悪い。
 ソーマを庇いながら戦うのは、思っていた以上に神経を削った。勇斗も剣を振るったが、仕留められたのは二匹だけだった。しかも、まともに倒したというより、たまたま当たっただけに近い。残りはランパとミュールが片づけていた。
 戦いが終わるたび、嫌なものが胸の内に溜まっていく。
 元の世界に帰ることが目的だ。魔族退治がしたいわけじゃない。無理をせず、守ってもらえばいい。ロンに教わったことだって、護身のためだと思えばいい。
 けれど、それでいいのかとも思う。この剣を持つ意味から、逃げているだけじゃないのか。
「見えたぞ、ホルタの街だ!」
 ミュールが尻尾を大きく振った。
 霞む地平線の先に、木々の緑と砂色の高い城壁が見えた。
 交易都市ホルタの門をくぐった瞬間、勇斗は圧倒された。
 石造りの建物がひしめき合い、通りは人で溢れかえっている。商人の呼び込み、値段交渉、笑い声、怒鳴り声。色鮮やかな布が風にはためき、香辛料と獣臭と汗の匂いが熱気と一緒に流れてくる。
 賑やかだった。だが、それだけじゃない。
 通りの端では怒鳴り合いが起き、別の場所では商売人が客の袖を強引に引いている。油断した者から食われる。そんな空気が、この街にはあった。
「早く宿を探そう。二人とも、はぐれないでね」
 ランパとソーマに声をかけようとして、勇斗は足を止めた。
 二人の姿がなかった。
「この人混みじゃ探すのは大変だぞ」
 勇斗とミュールは雑踏をかき分け、名前を呼びながら二人を探した。だが、騒がしさに声はすぐ飲み込まれてしまう。
 そのときだった。
 ガン、と金属がぶつかる音がした。
「す、すみません」
 振り返ると、漆黒の鎧をまとった者の後ろ姿が見えた。身長は勇斗と同じか、少し高いくらい。砂混じりの風が黒いマントを揺らしている。
 背を向けているだけなのに、妙な圧があった。
 後ろ姿しか見えていないのに、胸の奥が落ち着かない。視線を離したくても、離せなかった。
 その者は振り返りもしないまま、人混みの中へ溶けるように消えていった。
「このガキ! 売りもんを勝手に食いやがって!」
 怒鳴り声が響いた。
「いってー!」
 人の隙間から、ランパがごろごろと転がってきた。
「ランパ!」
「おう、ユート。あのオッサン、オイラが肉を食っただけで殴ってきたんだぜ? ひでぇだろ?」
「そういう問題じゃないよ!」
 勇斗の声が思わず大きくなる。
 店主が鬼の形相で飛び出してくるより早く、ミュールが硬貨を握って前に出た。
「ユート、ここはオレがなんとかする。チビスケ連れて離れてろ」
「う、うん」
 勇斗はランパを抱え上げ、その場を離れた。
「売ってる物を勝手に食べちゃだめなの! それに、勝手にいなくなったら危ないだろ!」
「いやー、肉がすげーうまそうだったからさ」
「そういう問題じゃない!」
「お、珍しく怒ってるな」
 自分でも驚くくらい、心臓がどきどきしていた。ランパの姿が見えなくなっただけで、あそこまで焦るとは思わなかった。
 やがて戻ってきたミュールが大きく息を吐く。
「いやー、チビスケのおかげで無駄金使っちゃったよ。次やったらお仕置きだな」
 ミュールはランパを睨んだ。ランパはぽかんとしていた。
「みなさま!」
 路地裏から、ソーマが走ってきた。霞色のツインテールが慌ただしく揺れている。
「ソーマ!」
 勇斗の体から力が抜けた。
「無事で良かった」
「はぐれてしまい、申し訳ございません。気になる店を見ておりましたら、いつの間にかみなさまのお姿が見えなくなってしまって」
「気になる店って?」
「占いの店がありましたの。四大精霊の手がかりがわかるかもしれないと思いまして」
「なにが占いだ。そんなの当てにならねーよ」
 ランパが鼻を鳴らした。
「ランパさん、そんな言い方はないのではなくて? わたくし、頑張ってユートのお役に立とうとしてますのに」
「ユートを助けるのはオイラの役目なんだ!」
「まあ、そうでしたの。でも、ユートを助けたいと思うのは、あなただけではありませんわ」
 ソーマは勇斗の手を取った。勇斗は言葉に詰まる。
「んがーっ!」
 ランパが地団駄を踏んだ。ソーマはいたずらっぽく口元を緩めた。
 空いている宿を見つけた頃には、日は傾き始めていた。
 宿屋『サンドナイト』は砂まみれの外観に反して、中はきちんと掃除されていた。一階は酒場になっており、商人や旅人たちが酒と料理を楽しんでいる。
 荷物を置いたあと、勇斗たちは一階へ下りた。
 夜になると酒場はさらに騒がしくなっていた。葉巻の煙が漂い、笑い声と怒鳴り声が入り混じっていた。小さな舞台では、肌を大きく出した衣装の女性が異国めいた音楽に合わせて踊っていた。
 勇斗がビラードをひと口飲んだとき、強面の髭もじゃ男が声をかけてきた。
「坊主、見かけない顔だな。旅人か?」
 勇斗は小さくうなずいた。
「おっさん、精霊が封印されてる場所って知ってるか?」
 大きな肉にかぶりつきながら、ランパが尋ねた。
「精霊? ああ、炎の精霊の伝承なら聞いたことがあるな」
 男はジョッキを傾けてから、語り出した。
「昔、ホルタの地は終わらない砂嵐に苦しめられていたらしい。そんなある日、西の遺跡に眩い炎が落ちた。その炎は竜の姿を取り、咆哮ひとつで砂嵐を鎮めた――って話だ。以来、人々はその竜を炎の精霊として崇めるようになったそうだ」
「よーし、その遺跡に行ってみようぜ」
 ランパの目が輝いた。
「お前ら、本気で行くつもりか?」
 髭もじゃ男は眉をひそめた。
「あそこは命を捨てに行くようなもんだ。帰ってきたやつは決まって何かを失ってる。行くなら万全の準備と覚悟をしていけ」
 そして、思い出したように付け足した。
「一昨日も、お宝目当ての連中が遺跡に行くとか言ってたな。無事だといいんだがな」
 男は酒臭い息を吐きながら笑う。
「場所を知りたいなら、街を出て西の街道をまっすぐだ。オアシスを超え、岩山が見えたら、その裏手に入口がある」
 死ぬなよ、と言ったあと、男は席を立った。
 話を聞く限り、西の遺跡は相当危険な場所だ。怖い。できれば行きたくない。でも、ランパの記憶を戻すため、何より精霊樹に向かうためにも行かなくてはならない。
「よし。じゃあ今日はもう休もう。明日の朝、出発だ」
 ミュールが立ち上がった。
 勇斗は、酒場の喧騒の向こうで揺れる煙を見つめながら、黙って拳を握った。