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砂漠の街ホルタ

14/15





 キーナの村を出発してから、勇斗たちは数日間歩いた。 「あそこを抜けたらセク砂漠だよ」  ミュールが指差す先に、洞窟の入り口が見える。 「疲れた。はやく街の宿屋で休みたいよぅ」 「ユート、疲れているのはみんな一緒よ。頑張りましょう」  優しく微笑んだソーマは、勇斗の手をそっと握った。 「あ、ありがとう」  勇斗は心がぼんやりする感覚を覚えた。次第に鼓動が速くなる。  目の前にいる、自分より少し背の小さい少女を見ていると、何故かドキドキする。このドキドキの正体は一体何なのだろう―― 「おーい、イチャイチャすんな。はやく行くぞ」  ランパは目を細め、片足で地面をコツコツと鳴らした。 「あ、うん。ごめん」  薄暗い洞窟を抜けると、突然の鋭い日差しに目が眩んだ。ゆっくりとまぶたを開けると、目の前には広大な砂の海が広がっていた。金色に輝く砂丘が幾重にも連なり、その間には荒々しい岩が点在している。熱風が肌を刺すように吹き付け、遠くの地平線は揺らめいていた。 「こんな広いところ、歩いていくの?」 「暑い。オイラ枯れちゃいそうだ」  ランパは体をひねらせ、額に手を当てた。 「少年たちよ、砂漠は初めてかなっ!?」  どこからか、野太い声が聞こえてきた。 「誰っ? どこ?」  勇斗は辺りを見渡すが、声の主の姿は見当たらない。 「ここだよ、少年っ!」  目の前の砂がモリッと盛り上がった。 「とうっ!」  砂の中からダイナミックに人が飛び出してきた。砂の飛沫が舞い上がる。パンツ一丁で筋肉モリモリの男は空中で三回転したあと、勇斗たちの前で華麗に着地した。 「きゃーっ、変態!」 「失礼だな、お嬢さん」  男はくるっと巻かれたヒゲを伸び縮みさせる。 「おっさん、誰だよ」 「私はレオタプマスターのドム。以後よろしくっ!」  ごつい腕に、ミュールの手がガシッと掴まれた。 「ぬっ、モッケの少年――中々鍛えているな。良いぞ、さらに鍛えるがいい。世の中筋肉が全てを解決するんだ」  ミュールの肩をバンッと叩いたドムはハッハッハと高笑いをする。 「そしてっ」  ガバッと、ドムは勇斗の方を振り向いた。 「ヒッ」  両肩にごつい腕を乗せられた勇斗の顔がひきつる。 「鎧の少年、君はまだまだ筋肉が足りない。もっともっと鍛えるように!」 「は、はいぃっ。頑張りますぅ」 「よろしい。精進するがよいっ!」 「それでドムさん、レオタプって何ですか」 「何っ、レオタプを知らないとなっ!? それはそれはもう凄くキュートで可愛いが過ぎる――」  ドムは体をくねくねさせ、屈み込んだ。 「レオタプは砂漠を泳ぐ生き物だよ。広大な砂漠を渡るための移動手段」 「へぇ、ミュールよく知ってるね」 「まぁ、実際に見たことはないけどな。親父から聞いたことがあるだけ。オレ、実は里の外に出るの初めてなんだよな」  照れくさそうに、ミュールは自身の髪を撫でた。 「ミュール――モッケの少年よ、君はもしかしてネギアの息子かね?」  バッと立ち上がったドムは、両手を腰に当て、ミュールの顔をじっと見た。 「は、はい。アンタは親父を知ってるのか?」 「君の両親とは古い友人でね。そうか、あのときの赤ん坊が君か。時が経つのは早いものだ。ネギアとアリシアは元気にしているのかね?」 「アリシア――母さんは病気で死んだ。親父は、里が魔族に襲われた後、どうなったか分からない」  ミュールは俯き、黙り込んでしまった。 「――すまない。迂闊だった」  ドムはミュールの肩に、そっと手を置いた。 「ミュール――」  眉をひそめた勇斗は言動に迷った。 「ありがとう、オレ、大丈夫だから」  ミュールはゆっくりと深い呼吸をした後、顔を上げ、ニッと笑った。 「それでドムさん、私たちホルタに行きたいのですけど、そのレオタプとやらに乗ればすぐに着くのかしら」 「うむ。私の育てた個体ならあっという間に連れて行ってくれる。本来ならレンタル料を徴収させていただくところだが、今日は特別にタダにしてやろう」 「キャッ、おじさま素敵」 「ハッハッハッ。ただしっ、ものすごい速さだぞ。振り落とされるなよ?」  ドムがピューイと指笛を鳴らす。しばらくすると、砂漠の彼方からシャチのような生き物が四頭、砂をかき分けながら滑るように近づいてきた。 「これが、レオタプ。大きい――」  体長四メートルほどあるブラウンの肌をした生き物は、高いキーでミャーミャーと鳴いている。ピンとした背びれとしなやかな尾。背中には革の鞍が装着されていた。 「砂が目に入らないようにこれをつけたまえ」  勇斗たちはドムからゴーグルを受け取り、装着した。 「うぅ、なんか怖いなぁ」  のろのろとレオタプに近づいた勇斗は鞍に身を預ける。両手でしっかりと手綱を握り、唾を飲み込んだ。 「全員乗ったな。それではまた会おう!」  ドムが指笛を鳴らすと、勇斗たちを乗せたレオタプは、ゆっくりと前身を始めた。徐々にスピードが上がっていく。 「ひぃっ、は、はやいよぅ。もっとスピード落としてぇ」  勇斗の叫びなんてお構いなしに、レオタプは砂をかき分け進んでいく。 「ひゃーっ!」  大ジャンプ。砂の粒子が空中に舞い上がり、太陽の光を受けてキラキラと輝いた。 「吐きそう――」  砂漠を渡った一行の先に、精巧な彫刻が施された砂岩の門が聳え立っていた。  大都市ホルタの門をくぐると、勇斗は圧倒された。石造りの建物が所狭しと立ち並び、多くの人々が行き交っている。様々な声と音が混ざり合い、ノイズに近い響きを奏でた。 「なんか、人が多くてクラクラするよ」 「オレも初めて来たけど、スッゲーな。色んな匂いが混ざって鼻がおかしくなりそうだ」 「早く宿を探そう。二人とも、はぐれないでね」  ランパとソーマに注意を促そうとしたが、すでに二人の姿はなかった。 「あぁーっ」  勇斗は血の気が引いた。 「この人だかりじゃ探すの大変だぞ」  勇斗とミュールは雑踏をかき分け、ランパとソーマを探した。二人の名前を叫ぶも、すぐにかき消されてしまう。 「いらっしゃい、いらっしゃい。今日の目玉はウルパの希少な布で作られたこのケープ。なんと五十カームだ」 「カルント産の珍しい香辛料があるよ、見ていって!」 「コーリマで獲れた新鮮な魚が揃ってるよー!」  市場に足を踏み入れると、威勢の良い声が飛び交っていた。はぐれた二人を探すことが優先だが、見たことのない品々に、勇斗は思わず目移りした。 「このガキ! 売りもんを勝手に食いやがって!」 「いってー!」  人と人の隙間から、ランパがゴロゴロと転がってきた。 「ランパ!」 「おう、ユート。あのオッサン、オイラが肉を食っただけで殴ってくるんだぜ? ひでぇだろ?」 「お前、そのガキのツレか? こちとら商売なんだ。弁償してもらおうか?」  店主らしき男が、鬼のような形相をしながら店から出てきた。  勇斗は立ちすくんでしまった。周囲の目線が気になる。謝ろうにも、男の気迫に圧倒されて言葉が出せなかった。 「何か言えよ、このガキども!」 「すみません! お金払います!」  再び殴りかかってきそうな男の前に、銀貨を手に持ったミュールが躍り出た。 「ユート、ここはオレが何とかするから、離れてろ」 「う、うん」  ランパをひょいと抱え、店主に頭を下げた後、勇斗はぎこちない動きでその場を離脱した。 「どうしたんだ、そんなに焦った顔をして?」  ポカンとした表情で、ランパが言う。 「どうしたもこうしたもないよ。売っている物を勝手に食べちゃだめなの! あと、勝手にいなくなったら困るんだよ! ランパがいないと、僕は――」  勇斗の息遣いが荒くなる。 「お、おう――」 「いやー、チビスケのおかげで無駄金使っちゃったよ」  ミュールがため息をつきながら歩いてきた。 「助かったよ」 「構わないって。あとはソーマだな。どこにいるんだ? また拐われてなきゃいいんだが」 「ユート!」  路地裏からソーマが走って出てきた。 「ソーマ! 無事で良かった」  勇斗は胸に手を当て、深く息を吐いた。 「はぐれてしまってごめんなさい。気になるところを見ていたら、いつの間にか皆さんの姿がなくて」 「気になるところって?」 「占いの店があったの。占ってもらったら何か手掛かりが掴めるかなと思って。お金がなかったから諦めたけど」 「へっ、何が占いだ。そんなの当てにならねーよ」  ランパが鼻を鳴らした。 「何よ、せっかくユートを助けようとしているのに」 「お前はそんなことしなくていいんだよ!」 「フン、じゃあ今度私とユートの相性でも占ってもらおうかしら」  ゴシック風のドレスをヒラヒラさせながら、ソーマは勇斗の手を握った。 「むむーっ!」  ソーマは歯軋りをしているランパに向け、ベロを少し出した。 「もう、喧嘩はやめてよ」 「おーい、早く宿探すぞ。またはぐれるなよー」  ミュールの耳と尻尾がダランと垂れていた。  空いている宿を見つけたときには辺りは薄暗くなっていた。  街の中心から離れた場所に位置していた宿屋は二階建てで、砂にまみれた外観だったが、中は清潔さが保たれていた。一階は酒場になっていて、粗削りな石のテーブルの周りでは、商人や旅人たちが料理と酒とを楽しんでいた。 「いらっしゃいませ。お一人様二十カームになります」  ミュールは銀貨を取り出し、店員に渡した。この世界での通貨はカームというらしい。宿泊代の二十カームが高いのか安いのか、いまいち分からなかった。 「お部屋は二階になります」  子供だけで泊まれるのか心配だったが、何も言われることなく部屋に案内された。  部屋は二人部屋だった。 「オイラ、ユートと一緒がいい!」  ランパが強引に勇斗の手を引く。 「荷物置いたら一階に集合な」  ミュールは手を振り、むすっとしたソーマと一緒に部屋に入っていった。  客室の内装はシンプルだった。木製のベッドと、オイルランプが置かれた小さな机。窓には厚手の布がかかっていて、時折吹く風でふわっと揺れる。 「よーし、メシだメシ!」 「そういやランパ、ソーマによく突っかかってるけど、何かあったの?」 「いや、ちょっと気に食わないだけ。ユートも気を許したらダメだぞ!」 「あはは――」  夜になると、一階の酒場は賑わいを見せていた。タバコの煙が香り、騒がしい笑い声と叫び声が響き渡る。小さなステージではエキゾチックな旋律をバックに、露出の高い衣装で踊る女性の姿が見えた。  勇斗は樽のジョッキに注がれたビールを口に入れた。キンと冷えていて、渇いた喉が潤う。 「ユートってお酒飲むのね。ちょっと意外かも」  果物をパクッと口に入れたソーマが微笑む。 「いや、この世界に来てから初めて飲んだのだけど」 「この世界?」 「あ、いや」  勇斗はソーマにこっちの世界に来た事情を話していないことに気づいた。信じてもらえるか分からないけど、今度話そう。 「そういや四大精霊ってどこにいるんだろうな。枝が導いてくれるって言ってたけど、ここに着いてから何も反応がないんだよなー」  料理を平らげたランパはゲップをした。 「明日、街で情報を集める?」  ミュールは二杯目のビールを飲み干した後、店員におかわりを頼んだ。 「そうだね」  勇斗もビールをグイッと飲み干した。 「坊主、いい飲みっぷりをするな。旅人か?」  ガタイの良い男が、ジョッキを片手に話しかけてきた。顔が真っ赤。だいぶ飲んでいるようだ。 「えぇ、まぁ、そんなところです」 「相当手慣れているんだろ? 立派な剣と鎧を装備して入ってきたの、見てたぜ?」 「いえいえ、全然」  勇斗は空のジョッキを机に置き、頬を赤らめた。 「おっさん、この辺で精霊が封印されている場所ってあるか?」  肉の骨をしゃぶりながら、ランパが尋ねる。 「精霊? そういやオアシスから西に行ったところにある遺跡では昔、精霊に祈りを捧げる儀式が行われていたって話があるな」 「匂うね」  ミュールは鼻をクンクンさせる仕草をした。 「だが、あそこは危険な場所だ。魔族もうろついているし、行くなら万全の装備で挑むことだな。そうそう、昨日もお宝目当てで遺跡に向かう連中がいたなぁ」  男はフラフラしながら席に戻った。 「西の遺跡――」  話が本当なら、そこに精霊が封印されている可能性がある。しかし、何もなかった場合は無駄足になってしまうし、魔族に襲われてしまうかもしれない。どうしようか―― 「よし、じゃあ明日遺跡に向かって出発だな」  ランパが椅子の上に立ち、強い目力で勇斗に視線を送った。 「いや、本当に精霊の封印があるかどうか分からないんだよ? もう少し情報を集めた方がいいと思うよ」 「めんどくせーなー。何もなかったらお宝だけ貰って帰ってくりゃいいだろ」 「まぁ、明日街で聞き込みをして、他に情報がなかったら遺跡に行ってみよう。ユートもそれでいいよね」  ミュールが机に両手をつき、立ち上がる。 「う、うん。それでいいよ」  勇斗は俯き、ため息をついた。



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砂漠の街ホルタ

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 キーナの村を出発してから、勇斗たちは数日間歩いた。 「あそこを抜けたらセク砂漠だよ」  ミュールが指差す先に、洞窟の入り口が見える。 「疲れた。はやく街の宿屋で休みたいよぅ」 「ユート、疲れているのはみんな一緒よ。頑張りましょう」  優しく微笑んだソーマは、勇斗の手をそっと握った。 「あ、ありがとう」  勇斗は心がぼんやりする感覚を覚えた。次第に鼓動が速くなる。  目の前にいる、自分より少し背の小さい少女を見ていると、何故かドキドキする。このドキドキの正体は一体何なのだろう―― 「おーい、イチャイチャすんな。はやく行くぞ」  ランパは目を細め、片足で地面をコツコツと鳴らした。 「あ、うん。ごめん」  薄暗い洞窟を抜けると、突然の鋭い日差しに目が眩んだ。ゆっくりとまぶたを開けると、目の前には広大な砂の海が広がっていた。金色に輝く砂丘が幾重にも連なり、その間には荒々しい岩が点在している。熱風が肌を刺すように吹き付け、遠くの地平線は揺らめいていた。 「こんな広いところ、歩いていくの?」 「暑い。オイラ枯れちゃいそうだ」  ランパは体をひねらせ、額に手を当てた。 「少年たちよ、砂漠は初めてかなっ!?」  どこからか、野太い声が聞こえてきた。 「誰っ? どこ?」  勇斗は辺りを見渡すが、声の主の姿は見当たらない。 「ここだよ、少年っ!」  目の前の砂がモリッと盛り上がった。 「とうっ!」  砂の中からダイナミックに人が飛び出してきた。砂の飛沫が舞い上がる。パンツ一丁で筋肉モリモリの男は空中で三回転したあと、勇斗たちの前で華麗に着地した。 「きゃーっ、変態!」 「失礼だな、お嬢さん」  男はくるっと巻かれたヒゲを伸び縮みさせる。 「おっさん、誰だよ」 「私はレオタプマスターのドム。以後よろしくっ!」  ごつい腕に、ミュールの手がガシッと掴まれた。 「ぬっ、モッケの少年――中々鍛えているな。良いぞ、さらに鍛えるがいい。世の中筋肉が全てを解決するんだ」  ミュールの肩をバンッと叩いたドムはハッハッハと高笑いをする。 「そしてっ」  ガバッと、ドムは勇斗の方を振り向いた。 「ヒッ」  両肩にごつい腕を乗せられた勇斗の顔がひきつる。 「鎧の少年、君はまだまだ筋肉が足りない。もっともっと鍛えるように!」 「は、はいぃっ。頑張りますぅ」 「よろしい。精進するがよいっ!」 「それでドムさん、レオタプって何ですか」 「何っ、レオタプを知らないとなっ!? それはそれはもう凄くキュートで可愛いが過ぎる――」  ドムは体をくねくねさせ、屈み込んだ。 「レオタプは砂漠を泳ぐ生き物だよ。広大な砂漠を渡るための移動手段」 「へぇ、ミュールよく知ってるね」 「まぁ、実際に見たことはないけどな。親父から聞いたことがあるだけ。オレ、実は里の外に出るの初めてなんだよな」  照れくさそうに、ミュールは自身の髪を撫でた。 「ミュール――モッケの少年よ、君はもしかしてネギアの息子かね?」  バッと立ち上がったドムは、両手を腰に当て、ミュールの顔をじっと見た。 「は、はい。アンタは親父を知ってるのか?」 「君の両親とは古い友人でね。そうか、あのときの赤ん坊が君か。時が経つのは早いものだ。ネギアとアリシアは元気にしているのかね?」 「アリシア――母さんは病気で死んだ。親父は、里が魔族に襲われた後、どうなったか分からない」  ミュールは俯き、黙り込んでしまった。 「――すまない。迂闊だった」  ドムはミュールの肩に、そっと手を置いた。 「ミュール――」  眉をひそめた勇斗は言動に迷った。 「ありがとう、オレ、大丈夫だから」  ミュールはゆっくりと深い呼吸をした後、顔を上げ、ニッと笑った。 「それでドムさん、私たちホルタに行きたいのですけど、そのレオタプとやらに乗ればすぐに着くのかしら」 「うむ。私の育てた個体ならあっという間に連れて行ってくれる。本来ならレンタル料を徴収させていただくところだが、今日は特別にタダにしてやろう」 「キャッ、おじさま素敵」 「ハッハッハッ。ただしっ、ものすごい速さだぞ。振り落とされるなよ?」  ドムがピューイと指笛を鳴らす。しばらくすると、砂漠の彼方からシャチのような生き物が四頭、砂をかき分けながら滑るように近づいてきた。 「これが、レオタプ。大きい――」  体長四メートルほどあるブラウンの肌をした生き物は、高いキーでミャーミャーと鳴いている。ピンとした背びれとしなやかな尾。背中には革の鞍が装着されていた。 「砂が目に入らないようにこれをつけたまえ」  勇斗たちはドムからゴーグルを受け取り、装着した。 「うぅ、なんか怖いなぁ」  のろのろとレオタプに近づいた勇斗は鞍に身を預ける。両手でしっかりと手綱を握り、唾を飲み込んだ。 「全員乗ったな。それではまた会おう!」  ドムが指笛を鳴らすと、勇斗たちを乗せたレオタプは、ゆっくりと前身を始めた。徐々にスピードが上がっていく。 「ひぃっ、は、はやいよぅ。もっとスピード落としてぇ」  勇斗の叫びなんてお構いなしに、レオタプは砂をかき分け進んでいく。 「ひゃーっ!」  大ジャンプ。砂の粒子が空中に舞い上がり、太陽の光を受けてキラキラと輝いた。 「吐きそう――」  砂漠を渡った一行の先に、精巧な彫刻が施された砂岩の門が聳え立っていた。  大都市ホルタの門をくぐると、勇斗は圧倒された。石造りの建物が所狭しと立ち並び、多くの人々が行き交っている。様々な声と音が混ざり合い、ノイズに近い響きを奏でた。 「なんか、人が多くてクラクラするよ」 「オレも初めて来たけど、スッゲーな。色んな匂いが混ざって鼻がおかしくなりそうだ」 「早く宿を探そう。二人とも、はぐれないでね」  ランパとソーマに注意を促そうとしたが、すでに二人の姿はなかった。 「あぁーっ」  勇斗は血の気が引いた。 「この人だかりじゃ探すの大変だぞ」  勇斗とミュールは雑踏をかき分け、ランパとソーマを探した。二人の名前を叫ぶも、すぐにかき消されてしまう。 「いらっしゃい、いらっしゃい。今日の目玉はウルパの希少な布で作られたこのケープ。なんと五十カームだ」 「カルント産の珍しい香辛料があるよ、見ていって!」 「コーリマで獲れた新鮮な魚が揃ってるよー!」  市場に足を踏み入れると、威勢の良い声が飛び交っていた。はぐれた二人を探すことが優先だが、見たことのない品々に、勇斗は思わず目移りした。 「このガキ! 売りもんを勝手に食いやがって!」 「いってー!」  人と人の隙間から、ランパがゴロゴロと転がってきた。 「ランパ!」 「おう、ユート。あのオッサン、オイラが肉を食っただけで殴ってくるんだぜ? ひでぇだろ?」 「お前、そのガキのツレか? こちとら商売なんだ。弁償してもらおうか?」  店主らしき男が、鬼のような形相をしながら店から出てきた。  勇斗は立ちすくんでしまった。周囲の目線が気になる。謝ろうにも、男の気迫に圧倒されて言葉が出せなかった。 「何か言えよ、このガキども!」 「すみません! お金払います!」  再び殴りかかってきそうな男の前に、銀貨を手に持ったミュールが躍り出た。 「ユート、ここはオレが何とかするから、離れてろ」 「う、うん」  ランパをひょいと抱え、店主に頭を下げた後、勇斗はぎこちない動きでその場を離脱した。 「どうしたんだ、そんなに焦った顔をして?」  ポカンとした表情で、ランパが言う。 「どうしたもこうしたもないよ。売っている物を勝手に食べちゃだめなの! あと、勝手にいなくなったら困るんだよ! ランパがいないと、僕は――」  勇斗の息遣いが荒くなる。 「お、おう――」 「いやー、チビスケのおかげで無駄金使っちゃったよ」  ミュールがため息をつきながら歩いてきた。 「助かったよ」 「構わないって。あとはソーマだな。どこにいるんだ? また拐われてなきゃいいんだが」 「ユート!」  路地裏からソーマが走って出てきた。 「ソーマ! 無事で良かった」  勇斗は胸に手を当て、深く息を吐いた。 「はぐれてしまってごめんなさい。気になるところを見ていたら、いつの間にか皆さんの姿がなくて」 「気になるところって?」 「占いの店があったの。占ってもらったら何か手掛かりが掴めるかなと思って。お金がなかったから諦めたけど」 「へっ、何が占いだ。そんなの当てにならねーよ」  ランパが鼻を鳴らした。 「何よ、せっかくユートを助けようとしているのに」 「お前はそんなことしなくていいんだよ!」 「フン、じゃあ今度私とユートの相性でも占ってもらおうかしら」  ゴシック風のドレスをヒラヒラさせながら、ソーマは勇斗の手を握った。 「むむーっ!」  ソーマは歯軋りをしているランパに向け、ベロを少し出した。 「もう、喧嘩はやめてよ」 「おーい、早く宿探すぞ。またはぐれるなよー」  ミュールの耳と尻尾がダランと垂れていた。  空いている宿を見つけたときには辺りは薄暗くなっていた。  街の中心から離れた場所に位置していた宿屋は二階建てで、砂にまみれた外観だったが、中は清潔さが保たれていた。一階は酒場になっていて、粗削りな石のテーブルの周りでは、商人や旅人たちが料理と酒とを楽しんでいた。 「いらっしゃいませ。お一人様二十カームになります」  ミュールは銀貨を取り出し、店員に渡した。この世界での通貨はカームというらしい。宿泊代の二十カームが高いのか安いのか、いまいち分からなかった。 「お部屋は二階になります」  子供だけで泊まれるのか心配だったが、何も言われることなく部屋に案内された。  部屋は二人部屋だった。 「オイラ、ユートと一緒がいい!」  ランパが強引に勇斗の手を引く。 「荷物置いたら一階に集合な」  ミュールは手を振り、むすっとしたソーマと一緒に部屋に入っていった。  客室の内装はシンプルだった。木製のベッドと、オイルランプが置かれた小さな机。窓には厚手の布がかかっていて、時折吹く風でふわっと揺れる。 「よーし、メシだメシ!」 「そういやランパ、ソーマによく突っかかってるけど、何かあったの?」 「いや、ちょっと気に食わないだけ。ユートも気を許したらダメだぞ!」 「あはは――」  夜になると、一階の酒場は賑わいを見せていた。タバコの煙が香り、騒がしい笑い声と叫び声が響き渡る。小さなステージではエキゾチックな旋律をバックに、露出の高い衣装で踊る女性の姿が見えた。  勇斗は樽のジョッキに注がれたビールを口に入れた。キンと冷えていて、渇いた喉が潤う。 「ユートってお酒飲むのね。ちょっと意外かも」  果物をパクッと口に入れたソーマが微笑む。 「いや、この世界に来てから初めて飲んだのだけど」 「この世界?」 「あ、いや」  勇斗はソーマにこっちの世界に来た事情を話していないことに気づいた。信じてもらえるか分からないけど、今度話そう。 「そういや四大精霊ってどこにいるんだろうな。枝が導いてくれるって言ってたけど、ここに着いてから何も反応がないんだよなー」  料理を平らげたランパはゲップをした。 「明日、街で情報を集める?」  ミュールは二杯目のビールを飲み干した後、店員におかわりを頼んだ。 「そうだね」  勇斗もビールをグイッと飲み干した。 「坊主、いい飲みっぷりをするな。旅人か?」  ガタイの良い男が、ジョッキを片手に話しかけてきた。顔が真っ赤。だいぶ飲んでいるようだ。 「えぇ、まぁ、そんなところです」 「相当手慣れているんだろ? 立派な剣と鎧を装備して入ってきたの、見てたぜ?」 「いえいえ、全然」  勇斗は空のジョッキを机に置き、頬を赤らめた。 「おっさん、この辺で精霊が封印されている場所ってあるか?」  肉の骨をしゃぶりながら、ランパが尋ねる。 「精霊? そういやオアシスから西に行ったところにある遺跡では昔、精霊に祈りを捧げる儀式が行われていたって話があるな」 「匂うね」  ミュールは鼻をクンクンさせる仕草をした。 「だが、あそこは危険な場所だ。魔族もうろついているし、行くなら万全の装備で挑むことだな。そうそう、昨日もお宝目当てで遺跡に向かう連中がいたなぁ」  男はフラフラしながら席に戻った。 「西の遺跡――」  話が本当なら、そこに精霊が封印されている可能性がある。しかし、何もなかった場合は無駄足になってしまうし、魔族に襲われてしまうかもしれない。どうしようか―― 「よし、じゃあ明日遺跡に向かって出発だな」  ランパが椅子の上に立ち、強い目力で勇斗に視線を送った。 「いや、本当に精霊の封印があるかどうか分からないんだよ? もう少し情報を集めた方がいいと思うよ」 「めんどくせーなー。何もなかったらお宝だけ貰って帰ってくりゃいいだろ」 「まぁ、明日街で聞き込みをして、他に情報がなかったら遺跡に行ってみよう。ユートもそれでいいよね」  ミュールが机に両手をつき、立ち上がる。 「う、うん。それでいいよ」  勇斗は俯き、ため息をついた。



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