マンウーの背中に乗り、緑の道を進む。さあっと草が風になびく音と、旋回する鳥の飛行音が勇斗の耳を駆け抜けた。
日が沈み始める前には、目的地である砂漠の近くまでたどり着くことができた。勇斗たちを下ろした四頭のマンウーは、高らかに鳴き声を上げたあと、村の方角へと走っていった。
「あの洞窟を抜ければ、セク砂漠だ」
ミュールが地図を見ながら言った。
薄暗い洞窟を抜けると、突然の赤い日差しに目がくらんだ。ゆっくりとまぶたを開けると、目の前には広大な砂の海が広がっていた。金色に輝く砂丘が幾重にも連なり、その間には荒々しい岩が点在している。熱風が肌を刺すように吹き付け、遠くの地平線は揺らめいていた。
洞窟の出口から伸びる道は、砂に半分埋もれながら、かすかにその形を残していた。古びた石の道標には『南街道』と刻まれている。
水袋を片手に、勇斗たちは砂漠の道を歩いた。水袋の中に入っている水は、ランパが精霊術で生成したものだった。ランパが倒れない限り、脱水になる心配はない。
日が暮れると一気にひんやりとしてきた。冷気が体を包み込んでくる。
「寒い! ユート、ワンコ、お前らは大丈夫なのかよ」
ランパは、ガチガチと歯の根を鳴らしながら鼻水をすすった。
「モッケ族は暑さにも寒さにも強い種族だからな。ユートは大丈夫か?」
「うん、なんとか。この鎧のおかげなのかな」
勇斗は、自身がまとっている精霊器ラクメトの表面を撫でた。体温を調整してくれる不思議な機能が、この鎧に備わっているみたいだった。
「でも、ソーマがしんどそう。そろそろ休もうよ」
震えながらふらふらと歩くソーマを見て、勇斗が言った。
街道から少し離れた場所で、勇斗たちはキャンプを始めた。ランタンの灯りを囲み、食事をする。孤児院の院長から貰った干し肉やチーズをかじり、ミュールが即席で作ったドライフルーツ入りの温かいスープを胃に流し込んだ。
「ユート、交代で見張りな。ユート、オレ、チビスケの順番でいこう」
調理器具を片付けながら、ミュールが言った。
「あの、少しよろしくて?」
布にくるまったソーマが、こわばった表情をしていた。
「村を出て以来、ずっと気になっておりました。あなたは勇者アルトではなくて? お仲間さんたちからは、ユート、ユートと呼ばれていらっしゃいますが」
「あ、ええと」
たじろいだ勇斗は、ソーマに事情をかいつまんで話した。
「ごめん、きみの探している勇者じゃなくて」
「なにを言ってますの。あなたはわたくしを助けてくれた。自分にとっての勇者はあなただけ。それに、伝説の勇者ルークの力を受け継いでいるのでしょう? 紛れもなくわたくしの探していた勇者ですわ」
ソーマは、優しく潤んだまなざしを勇斗に向けた。
「勇者、か」
勇斗は目線を落とし、唇を固く結んだ。
「そろそろ休みますわね。ユート、しっかりとわたくしを守ってくださいませ」
ソーマは、勇斗のマントの裾を摘んだ。
翌日、勇斗たちは灼熱で霞んで揺らぐ地平線の彼方へとひたすら歩を進めていた。焼けた砂の匂いが鼻腔をかすめる。
体力がジリジリと削られていく中、魔族にも襲われた。サソリのような魔族やムカデのような魔族。ソーマを守りながら戦闘するのは、神経がすり減る行為だった。合計十匹くらいの魔族に襲われたが、勇斗が仕留めたのはわずか二匹。いずれもラッキーパンチと呼ばれるような倒し方だった。残りはランパとミュールが蹴散らしていた。
戦闘はランパとミュールに任せていれば良いのではないかと、勇斗は思うようになっていた。あくまでも自分の目的は元の世界に戻ること。魔族を駆逐することではない。ロンさんに教わったことは、護身用と認識しておけばいい。自分は戦わず、守ってもらうだけ。命を大事に。
でも、本当にそれでいいのだろうか。この剣を持つ意味から、目を背けているだけじゃないのか。
「見えたぞ、ホルタの街だ!」
ミュールが尻尾を大きく振った。
目線の先に、青々と茂る樹木と砂色の高い壁が見えた。
交易都市ホルタの門をくぐった瞬間、勇斗は圧倒された。石造りの建物がひしめき合い、通りは人であふれかえっている。商人たちの活気ある呼び込みの声、値段交渉のやりとり、カラフルな旗が翻る音。ざわめきと足音が混ざり合い、まるで都市そのものが生きているかのようだった。
「うわ、人が多い」
勇斗は人混みが苦手だった。こうした雑踏の中にいると、まるで自分が飲み込まれそうな感覚に陥る。
人々の流れに押し流されるように歩きながら、ふと周囲を見回す。そこには人間だけでなく、モッケ族やオル族の姿もあった。異種族が入り交じるこの都市の多様さに、勇斗はほんの少しだけ興味をひかれた。
「オレも初めて来たけど、スッゲーな。いろんな匂いが混ざって鼻がおかしくなりそうだ」
布製品から発せられる獣臭や香辛料のエキゾチックな香りが、熱気とともに漂う。
「早く宿を探そう。二人とも、はぐれないでね」
ランパとソーマに注意を促そうとした時、すでに二人の姿はなかった。勇斗は血の気が引いた。
「この人だかりじゃ探すの大変だぞ」
勇斗とミュールは雑踏をかき分け、ランパとソーマを探した。二人の名前を叫ぶも、すぐにかき消されてしまう。
勇斗がまとっている鎧の肩当てが、何かとぶつかった。金属同士が衝突する音が鳴る。
「す、すみません」
振り返ると、漆黒の兜と鎧を身に付けた者の後ろ姿が見えた。あの人とぶつかったのだろうか。鎧に取り付けられたマントが砂まじりの風でなびいている。
その者から、勇斗はありえないほどのプレッシャーを感じた。血の気が引き、思考が乱れる。後ろ姿しか見ていないのに。
勇斗は、しばらくその場から動けなかった。
「ユート、どうした?」
ミュールに声をかけられ、ハッと我に返る。
「えっと、あの黒い鎧の人にぶつかってしまって」
「どこだ?」
漆黒の鎧は、姿を消していた。
「このガキ! 売りもんを勝手に食いやがって!」
怒声が聞こえてきた。
「いってー!」
人と人の隙間から、ランパがゴロゴロと転がってきた。
「ランパ!」
「おう、ユート。あのオッサン、オイラが肉を食っただけで殴ってくるんだぜ? ひでぇだろ?」
ランパは目を横線にし、唇を尖らせた。
「お前、そのガキのツレか? こちとら商売なんだ。弁償してもらおうか?」
店主らしき男が、鬼のような形相をしながら店から出てきた。
周囲の目線が気になる。勇斗はおろおろと動き回った。
「何か言えよ、このガキども!」
「すみません! お金払います!」
殴りかかってきそうな男の前に、硬貨を手に持ったミュールが躍り出た。
「ユート、ここはオレがなんとかするから、チビスケ連れて離れてろ」
「う、うん」
ランパをひょいと抱え、店主に頭を下げたあと、勇斗はぎこちない動きでその場を離脱した。
「どうしたんだ、そんなに焦った顔をして?」
ポカンとした表情で、ランパが言う。
「どうしたもこうしたもないよ。売っている物を勝手に食べちゃだめなの! あと、勝手にいなくなったら困るんだよ!」
――ランパがいないと、僕は何もできないんだ。
「いやー、チビスケのおかげで無駄金使っちゃったよ。次やったらお仕置きだな」
ミュールがため息をつきながら歩いてきた。
「ミュール、助かったよ」
「構わないって。あとはソーマだな。どこにいるんだ? また拐われてなきゃいいんだが」
「ユート!」
路地裏からソーマが走って出てきた。霞色のツインテールが慌ただしく揺れている。
「ソーマ! 無事で良かった」
勇斗は胸に手を当て、深く息を吐いた。
「はぐれてしまいまして申し訳ございません。気になる場所を眺めてましたら、いつの間にか皆さまのお姿が見えなくなってしまいまして」
「気になるところって?」
「占いの店がありましたの。占ってもらったら四大精霊の手掛かりが掴めるかなと思いまして。お金がなかったから諦めましたけど」
「なにが占いだ。そんなの当てにならねーよ」
ランパが鼻を鳴らした。
「ランパさん、そんな言い方はなくて? わたくし、頑張ってユートを助けようとしてますのに」
「ユートを助けるのはオイラの役目なんだ!」
「まあ、そうでしたの。けれど、ユートを助けたいという気持ちはあなただけの特権ではなくて?」
黒いゴシック風のドレスをヒラヒラさせながら、ソーマは勇斗の手を握った。勇斗は頬を赤らめた。
「んがーっ!」
ランパは地団駄を踏んだ。その様子を見たソーマは悪戯っぽい笑みを浮かべ、舌を少し出した。
空いている宿を見つけた頃には、日は落ち始めていた。
街の中心から離れた場所に位置している宿屋『サンドナイト』は二階建てで、砂にまみれた外観だったが、中は清潔さが保たれていた。一階は酒場になっていて、粗削りな石のテーブルの周りでは、商人や旅人たちが、料理と酒を楽しんでいた。
「いらっしゃいませ。お一人様二十カームになります」
ミュールは硬貨を取り出し、店員に渡した。この世界での通貨はカームというらしい。宿泊代の二十カームが高いのか安いのか、勇斗には判断がつかなかった。
「お部屋は二階になります」
子供だけで泊まれるのか心配だったが、何も言われることなく部屋に案内された。
部屋は二人部屋だった。
「オイラ、ユートと一緒がいい!」
ランパが強引に勇斗の手を引いた。
「荷物置いたら一階に集合な」
ミュールは手を振り、むすっとしたソーマと一緒に部屋へ消えていった。
客室の内装はシンプルだった。木製のベッドと、オイルランプが置かれた小さな机。窓には厚手の布がかかっていて、時折吹く風でふわっと揺れる。
勇斗は鎧を脱ぎ、ロンから貰ったオレンジ色のチュニックに着替えた。
「よーし、メシだメシ! 下に降りるぞー!」
「そういやランパ、ソーマによく突っかかってるけど、何かあったの?」
「いや、ちょっと気に食わないだけ。ユートも気を許したらダメだぞ!」
勇斗は首を傾げた。
夜になると、一階の酒場は入店したときよりも賑わいを見せていた。葉巻の煙が香り、騒がしい笑い声と叫び声が響き渡る。小さなステージではエキゾチックな旋律をバックに、露出の高い衣装で踊る女性の姿が見えた。
勇斗はビラードを口に入れた。
「坊主、見かけない顔だな。旅人か?」
強面の髭もじゃ男が、話しかけてきた。顔が真っ赤。だいぶ飲んでいるようだ。
コップをテーブルに置いた勇斗は、こくこくとうなずいた。
「おっさん、精霊が封印されている場所って知ってるか?」
巨大な肉の骨をしゃぶりながら、ランパが尋ねた。
「精霊? あぁ、そういや、炎の精霊に関する伝承ってもんがあったな。でもタダで教えるわけにゃ」
「聞かせてもらえますこと? お髭のおじさま」
髭もじゃ男は、ソーマの顔を見てにやけた。赤い顔がさらに赤くなる。
「いいぜ、今日の俺は気分がいい。特別に教えてやる」
「まぁ、素敵」
ソーマは両手を組み、愛嬌をふりまいた。
「これは俺のじいさんから聞いた話だ――はるか昔、ホルタの地は止むことのない砂嵐に苛まれていた。砂に埋もれた街で、人々は絶望の中で暮らしていたらしい。そんなある日、西の遺跡に眩い炎が降り注ぎ、その炎は瞬く間に竜の姿を取ったという。その竜は咆哮とともに砂嵐を鎮め、人々に平穏をもたらした。以来、人々は竜を炎の精霊として崇め、夜ごとに祈りを捧げたそうだ。まぁ、所詮はおとぎ話だけどな」
「よーし、その遺跡に行ってみようぜ」
ランパが、勇斗に視線を送った。
「お前ら、本気で行くつもりか? やめとけ。あそこは命を捨てに行くようなもんだ。帰ってきたやつは、決まって何かを失ってる。行くなら、万全の準備と覚悟をしていけ。あぁ、そういえば、一昨日もお宝目当ての連中が遺跡に行くとか言ってたな。あいつら、今頃どうしてるんだろうなぁ……。生きてるか? いや、道中でのたれ死んでるかもなぁ。……んで? あの道を知りたいってか? ヒック……」
髭もじゃ男は、千鳥足で宿の外へと消えていった。
話を聞く限り、西の遺跡は相当危険な場所だ。胸の奥が冷える。できれば行きたくない。――いや、行きたくないに決まっている。
「ほ、本当に行くの?」
おそるおそる、勇斗はランパに尋ねた。
「当たり前だろ。オイラの記憶がかかってんだ。それに、ユートが元の世界に戻るためにも行かなきゃならねぇ」
「そ、そうだね」
勇斗は消え入りそうな声で言った。
「よし、じゃあ今日はもう休もう。明日の朝、出発だ」
ミュールが、テーブルに両手をついて立ち上がった。