最終話

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 外階段の下まで美蕗達を見送った後、利玖と史岐は部屋に戻り、ベッドで眠った。  体の冷えが取れなかった為か、利玖は寝つきが悪く、普段よりも二時間近く早い時刻に目が覚めたが、史岐の方が先に起きていたようだ。リビングのドアの磨り硝子越しにキッチンで煙草を吸っている姿が見えた。  利玖が上着を羽織り、そちらへ出て行くと、史岐は片手を上げてみせ、反対側の手で持っていた煙草をもみ消した。天井近くで換気扇が回っている。 「冷えるよ、ここは」それが、二人きりになってから初めて聞いた史岐の声だった。 「そうですね」利玖は手をこすり合わせて息を吐きかけながら彼の隣にしゃがむ。「でも、史岐さんだって寒いでしょうに」 「煙のせいで起こす方が気分が悪い」 「そうですか?」利玖は首を傾げた。「わたしは割と、幸せですけどね」  史岐は一瞬、虚を衝かれたように沈黙した後、ゆっくりと利玖を見下ろした。 「止められると思ったから、黙っていたわけではありません」利玖は、彼の瞳をひたと見つめて言った。「誤解を生じさせないように、と美蕗さんが配慮してくださいましたので、率直な言い方をします。わたしは、今回の件がどんな結末を迎えても、史岐さんに与える影響が大きすぎると判断しました」 「影響って、どんな?」史岐は煙草の箱を叩いて、一本取り出して口に咥える。工場で生まれたアンドロイドが元々持っているプリセットみたいな、混じり気のない微笑みを浮かべていた。 「これが、お子さんを亡くした方が、どのようにその事実と折り合いをつけ、そこに異形の存在がどう関わったか、という話だからです」 「ああ……、なるほど。境遇が似ているから、感情移入するんじゃないかって思ったんだね」史岐はライタを出して煙草に火を点けると、ふっと、唇の端から煙を漏らした。「そんなに、やわかね。僕は」 「少なくとも、店の二階に上がった時にはそう見えました」  史岐は笑みを作ったまま、顔の角度をわずかに下げて、右手で煙草を持った。 「まあね」低い声で呟き、再び口元に煙草を持っていく。「うちは、そこらじゅうにあったから。写真だけじゃない。名前の書いてある熨斗のしがみとか、ダイレクトメールとか、診療明細書も全部取ってある。あそこも、同じだと思っていたから……、うん、確かに、打ちのめされたのかもしれないな」 「千堂さんにとっては、彗星の方が大事でした」 「そうだね」史岐は頷いた。「でも、本望だったと思うよ。レモン・タルトが食べられなくなるのは残念だけど」 「そんなに美味しかったんですか?」 「僕が今まで食べた中では、たぶん、一番」史岐はドアの方に目を向ける。その向こうに千堂が立っていて、自分の言葉が届く事を期待しているような仕草だった。 「僕は、あのレモン・タルトを食べる為なら、何度でも柏名山に通っていいと思えた。あの人にとっては、それが彗星だった、というだけなんじゃないかな」  史岐はドアから顔を逸らし、目を伏せた。 「僕らと、怪異を隔てるものを、取り除こうと決意させる最後のファクタなんて、実の所はそれくらいありふれた、簡単な動機なのかもしれない」



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 外階段の下まで美蕗達を見送った後、利玖と史岐は部屋に戻り、ベッドで眠った。  体の冷えが取れなかった為か、利玖は寝つきが悪く、普段よりも二時間近く早い時刻に目が覚めたが、史岐の方が先に起きていたようだ。リビングのドアの磨り硝子越しにキッチンで煙草を吸っている姿が見えた。  利玖が上着を羽織り、そちらへ出て行くと、史岐は片手を上げてみせ、反対側の手で持っていた煙草をもみ消した。天井近くで換気扇が回っている。 「冷えるよ、ここは」それが、二人きりになってから初めて聞いた史岐の声だった。 「そうですね」利玖は手をこすり合わせて息を吐きかけながら彼の隣にしゃがむ。「でも、史岐さんだって寒いでしょうに」 「煙のせいで起こす方が気分が悪い」 「そうですか?」利玖は首を傾げた。「わたしは割と、幸せですけどね」  史岐は一瞬、虚を衝かれたように沈黙した後、ゆっくりと利玖を見下ろした。 「止められると思ったから、黙っていたわけではありません」利玖は、彼の瞳をひたと見つめて言った。「誤解を生じさせないように、と美蕗さんが配慮してくださいましたので、率直な言い方をします。わたしは、今回の件がどんな結末を迎えても、史岐さんに与える影響が大きすぎると判断しました」 「影響って、どんな?」史岐は煙草の箱を叩いて、一本取り出して口に咥える。工場で生まれたアンドロイドが元々持っているプリセットみたいな、混じり気のない微笑みを浮かべていた。 「これが、お子さんを亡くした方が、どのようにその事実と折り合いをつけ、そこに異形の存在がどう関わったか、という話だからです」 「ああ……、なるほど。境遇が似ているから、感情移入するんじゃないかって思ったんだね」史岐はライタを出して煙草に火を点けると、ふっと、唇の端から煙を漏らした。「そんなに、やわかね。僕は」 「少なくとも、店の二階に上がった時にはそう見えました」  史岐は笑みを作ったまま、顔の角度をわずかに下げて、右手で煙草を持った。 「まあね」低い声で呟き、再び口元に煙草を持っていく。「うちは、そこらじゅうにあったから。写真だけじゃない。名前の書いてある熨斗のしがみとか、ダイレクトメールとか、診療明細書も全部取ってある。あそこも、同じだと思っていたから……、うん、確かに、打ちのめされたのかもしれないな」 「千堂さんにとっては、彗星の方が大事でした」 「そうだね」史岐は頷いた。「でも、本望だったと思うよ。レモン・タルトが食べられなくなるのは残念だけど」 「そんなに美味しかったんですか?」 「僕が今まで食べた中では、たぶん、一番」史岐はドアの方に目を向ける。その向こうに千堂が立っていて、自分の言葉が届く事を期待しているような仕草だった。 「僕は、あのレモン・タルトを食べる為なら、何度でも柏名山に通っていいと思えた。あの人にとっては、それが彗星だった、というだけなんじゃないかな」  史岐はドアから顔を逸らし、目を伏せた。 「僕らと、怪異を隔てるものを、取り除こうと決意させる最後のファクタなんて、実の所はそれくらいありふれた、簡単な動機なのかもしれない」



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