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意表をつく言葉

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「期限を決めよう……とおもう」  注文したドリンクが部屋に届けられ、店員が退出したのを確認して昭博が言う。 「期限?」  私はその言葉の真意を探ろうと、彼のほうに視線を向ける。  多分ではあるけど随分と怪しそうな眼をしていたのだろう。  そんな私の表情を見て、昭博は苦笑を浮かべた。 「お前もいつ終わるかわからないっていうのは不安じゃないのか」 「ええそうね。執念深く私の今際いまわの時まで、ずっと付きまとわれるかもと考えると寒気がする」  精一杯の皮肉を込めて私はそう答えたが、昭博はそんな私の言葉にもう一度だけ苦笑を浮かべると、口を開く。 「2か月……。2か月はお前は俺が呼び出したら必ず来い。たとえ慶介との約束があってもな。その2か月……俺は全力でお前をものにするために動く」  そこで言葉を切ると彼は、私のほうへ鋭いまなざしを向けて言葉を続ける。 「だが……2か月が過ぎてもお前が俺に……俺の女にならないなら、そこで俺は潔く身を引こう。俺の手元のデータもすべてお前の見ている前で消去する。お前が望むなら警察に出頭もしよう」  予想外の話に私は少しあっけにとられ、そして不信感が沸き上がってくる。  今のまま脅し続けて好き放題にするのかと思っていた。  なのにある意味譲歩ともとれる話を持ち掛けてきたその意図は何なのか。  そういった感情が顔に出ていたのだろうか、昭博は軽くため息を吐くと、ソファーの背もたれにその上体を預けるようにして言った。 「写真と事実と、そして疑わしい状況を利用して、お前を意のままにして好き放題抱こうとしている……そう思っていたのか。それは違う……信じられないかもしれないが……俺の目的はお前を手に入れることだ。欲求を発散させるためじゃない。それが目的なら商売女を相手にする」  言いながらゆっくりと上体を起こし、再び私に視線を向けて彼は話を続けた。 「欲求を晴らすだけなら、抵抗してくるテクの無いマグロ女をわざわざ選ぶと思うか?」  彼のその下品な物言いに、頬に朱が走る。  侮辱された……、いや馬鹿にされた……そう感じてしまったからだ。 「言い方が悪かったなら謝る……言いたいのは、お前を抱きたいだけだったわけじゃないし、それが目的でもないってことだ」  昭博は少し身を乗り出すようにして私を見つめて言う。  昭博が距離を詰めた分、私は無意識に体を反らせて彼との距離を保とうとしてしまう。 「お前の初めてを……慶介に渡したくなかった。だから奪った……という側面があったことは事実だし、惚れた女だからな、抱きたいと思うのも自然なことだ。だがそれが目的じゃあない」    そこまで言うと勿体ぶったように昭博は目の前のグラスに手を伸ばし、中身を飲むわけでもなく手でもてあそびながら再び口を開いた。 「まあ……今俺が何を言ったところで、お前は納得できないだろうし、信じないだろうし……だから細かいことはいい。俺の提案を飲むか飲まないかだ。二か月限定だが、慶介との約束よりも俺との約束を最優先する。その条件を飲めるか飲めないか」 「拒否権は……ないのでしょう? 断れば無期限で、脅しの材料もすべて消してもらえる保証がない。ならなぜ私にそんなことを聴くのかしら。一方的にこういうルールにすると宣言すればいいだけじゃない……」  昭博の意図が読めず、そして胸にこみあげてくる不快感と憎悪から必要以上に冷たい声で返してしまう。  かつての私なら、そんな自分の態度にも嫌悪感を抱いたのだろう。  でも今の私は昭博に対して、そんな気持ちを抱くことはない。  本当に……あの仲の良かった幼馴染を相手にしているのかと、自分でも疑問になるくらい心が冷えていた。  本当は二ヶ月だって嫌だ。  できることなら今すぐにだって、警察に被害届を出してしまいたい。  けれど彼に撮影された画像を、慶介に見られる訳にはいかない。  どこまで本気かはわからないけれど、それをネットに公開するという彼の脅しも、躊躇する理由ではある。 「……その条件を飲む……とワタシの口からどうしても言わせたいみたいね」 「俺から一方的に宣言しただけじゃ、俺から言われただけで承諾していないとでも言い逃れられかねないしな」  口の端を少し歪めて昭博はそう答えると、少し苛立った様子でグラスの中身を煽る。  なにに苛ついているのか。  なにに傷ついているのか。  今日の彼の行動はよく分からに事だらけだ。  自分の欲望のために私の心を踏みにじり本懐を遂げたはずなのに、何に苛立っているのだろうか。  ふとそう思ったが、ワタシはそこで考えることをやめた。  こんな男のことを考えたところで、理解などできるはずもない。  人の気持ちを踏みにじり、己の欲を満たすことしか考えていない、そしてその目的を果たすためなら脅迫じみたことでも平気で行えるような人間のことなど、私や慶介に理解できるはずもない。 「要件はそれだけ? これ以上ないなら学校に行きたいのだけど」  私は冷たくそう言い放つ。 「おいおい、今話したばかりだろ。2ヶ月間俺を最優先する。俺が用があると言ってるんだ、学校に行くなんてつまらないことを言うなよな」  すっと目を細めて冷たい声で言う昭博。  ああ……と心のなかでため息をつく。  やはりそういうことなのかと、少しだけ残っていた期待する気持ちも消えてしまう。  やはり……もう私達の知っている昭博は、いなくなってしまったのだと。  いや、はじめからそんな人間はいなくて、ただ私達の前で取り繕っていただけなのだろうか。 「……拒否権はないのでしょう……なら、さっさとして」  絶望に押しつぶされそうになりながら、悲しみに胸を締め付けられながら、それでも弱みを見せたくなくて精一杯の冷たい声で、刺すような眼差しで昭博に対して抵抗の意志を見せながら私は言った。  その程度しかできない自分を情けなく思いながら。  そしてこの後彼が、どのような要求をしてくるのかと怯えながら。  



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意表をつく言葉

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「期限を決めよう……とおもう」  注文したドリンクが部屋に届けられ、店員が退出したのを確認して昭博が言う。 「期限?」  私はその言葉の真意を探ろうと、彼のほうに視線を向ける。  多分ではあるけど随分と怪しそうな眼をしていたのだろう。  そんな私の表情を見て、昭博は苦笑を浮かべた。 「お前もいつ終わるかわからないっていうのは不安じゃないのか」 「ええそうね。執念深く私の今際いまわの時まで、ずっと付きまとわれるかもと考えると寒気がする」  精一杯の皮肉を込めて私はそう答えたが、昭博はそんな私の言葉にもう一度だけ苦笑を浮かべると、口を開く。 「2か月……。2か月はお前は俺が呼び出したら必ず来い。たとえ慶介との約束があってもな。その2か月……俺は全力でお前をものにするために動く」  そこで言葉を切ると彼は、私のほうへ鋭いまなざしを向けて言葉を続ける。 「だが……2か月が過ぎてもお前が俺に……俺の女にならないなら、そこで俺は潔く身を引こう。俺の手元のデータもすべてお前の見ている前で消去する。お前が望むなら警察に出頭もしよう」  予想外の話に私は少しあっけにとられ、そして不信感が沸き上がってくる。  今のまま脅し続けて好き放題にするのかと思っていた。  なのにある意味譲歩ともとれる話を持ち掛けてきたその意図は何なのか。  そういった感情が顔に出ていたのだろうか、昭博は軽くため息を吐くと、ソファーの背もたれにその上体を預けるようにして言った。 「写真と事実と、そして疑わしい状況を利用して、お前を意のままにして好き放題抱こうとしている……そう思っていたのか。それは違う……信じられないかもしれないが……俺の目的はお前を手に入れることだ。欲求を発散させるためじゃない。それが目的なら商売女を相手にする」  言いながらゆっくりと上体を起こし、再び私に視線を向けて彼は話を続けた。 「欲求を晴らすだけなら、抵抗してくるテクの無いマグロ女をわざわざ選ぶと思うか?」  彼のその下品な物言いに、頬に朱が走る。  侮辱された……、いや馬鹿にされた……そう感じてしまったからだ。 「言い方が悪かったなら謝る……言いたいのは、お前を抱きたいだけだったわけじゃないし、それが目的でもないってことだ」  昭博は少し身を乗り出すようにして私を見つめて言う。  昭博が距離を詰めた分、私は無意識に体を反らせて彼との距離を保とうとしてしまう。 「お前の初めてを……慶介に渡したくなかった。だから奪った……という側面があったことは事実だし、惚れた女だからな、抱きたいと思うのも自然なことだ。だがそれが目的じゃあない」    そこまで言うと勿体ぶったように昭博は目の前のグラスに手を伸ばし、中身を飲むわけでもなく手でもてあそびながら再び口を開いた。 「まあ……今俺が何を言ったところで、お前は納得できないだろうし、信じないだろうし……だから細かいことはいい。俺の提案を飲むか飲まないかだ。二か月限定だが、慶介との約束よりも俺との約束を最優先する。その条件を飲めるか飲めないか」 「拒否権は……ないのでしょう? 断れば無期限で、脅しの材料もすべて消してもらえる保証がない。ならなぜ私にそんなことを聴くのかしら。一方的にこういうルールにすると宣言すればいいだけじゃない……」  昭博の意図が読めず、そして胸にこみあげてくる不快感と憎悪から必要以上に冷たい声で返してしまう。  かつての私なら、そんな自分の態度にも嫌悪感を抱いたのだろう。  でも今の私は昭博に対して、そんな気持ちを抱くことはない。  本当に……あの仲の良かった幼馴染を相手にしているのかと、自分でも疑問になるくらい心が冷えていた。  本当は二ヶ月だって嫌だ。  できることなら今すぐにだって、警察に被害届を出してしまいたい。  けれど彼に撮影された画像を、慶介に見られる訳にはいかない。  どこまで本気かはわからないけれど、それをネットに公開するという彼の脅しも、躊躇する理由ではある。 「……その条件を飲む……とワタシの口からどうしても言わせたいみたいね」 「俺から一方的に宣言しただけじゃ、俺から言われただけで承諾していないとでも言い逃れられかねないしな」  口の端を少し歪めて昭博はそう答えると、少し苛立った様子でグラスの中身を煽る。  なにに苛ついているのか。  なにに傷ついているのか。  今日の彼の行動はよく分からに事だらけだ。  自分の欲望のために私の心を踏みにじり本懐を遂げたはずなのに、何に苛立っているのだろうか。  ふとそう思ったが、ワタシはそこで考えることをやめた。  こんな男のことを考えたところで、理解などできるはずもない。  人の気持ちを踏みにじり、己の欲を満たすことしか考えていない、そしてその目的を果たすためなら脅迫じみたことでも平気で行えるような人間のことなど、私や慶介に理解できるはずもない。 「要件はそれだけ? これ以上ないなら学校に行きたいのだけど」  私は冷たくそう言い放つ。 「おいおい、今話したばかりだろ。2ヶ月間俺を最優先する。俺が用があると言ってるんだ、学校に行くなんてつまらないことを言うなよな」  すっと目を細めて冷たい声で言う昭博。  ああ……と心のなかでため息をつく。  やはりそういうことなのかと、少しだけ残っていた期待する気持ちも消えてしまう。  やはり……もう私達の知っている昭博は、いなくなってしまったのだと。  いや、はじめからそんな人間はいなくて、ただ私達の前で取り繕っていただけなのだろうか。 「……拒否権はないのでしょう……なら、さっさとして」  絶望に押しつぶされそうになりながら、悲しみに胸を締め付けられながら、それでも弱みを見せたくなくて精一杯の冷たい声で、刺すような眼差しで昭博に対して抵抗の意志を見せながら私は言った。  その程度しかできない自分を情けなく思いながら。  そしてこの後彼が、どのような要求をしてくるのかと怯えながら。  



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