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 枕元に置いてあった電話がけたたましい着信音を鳴らしたのはまだ日も上がりきらない午前五時のことだった。まだ眠りから覚めない体に鞭を打って体を起こし、画面には予想通りに探偵さんという名前が表示されていることを確認してから黄緑色のボタンを押す。私はそれをしながら、自然と空いた左手でベッドの横にある窓をさっと開けた。すると、冷たい冬の風が部屋の中に土足で上がり込んでくる。夜の間に暖房で温められた空気が押し流しされてていき、被っている布団の中にも入り込んでくる。さすがに二月なので、寝起きの無防備なパジャマ姿の体には冷たいどころか、痛いとすらも感じた。  時間が早いおかげか、外には誰の姿も見えず、白く静かな世界が広がっていた。銀白色の積雪が、ビル群の黒を覆いつくしている。 「もしも~し」  空気が綺麗なせいか、電話から聞こえる探偵さんこと小伏凪沙の声までもがクリアに聞こえた。鼓膜に向かって一直線に飛んできて、そのまま反対の耳から通り抜けていくように綺麗だった。性格以外は完璧な彼女らしいといつも思わされる。 「もしもし、おはようございます」  私はあえて不機嫌そうに聞こえるような声色で返事をしながら、目を擦る。その瞬間に欠伸が出て、喉の奥にまで冷たい空気が差し込んできた。 「おはよう」  まるで太陽のように明るい声が銀杏の鼓膜を、風がちくちくと銀杏の体を刺す。おかげで、寝起きでぼんやりとしていた目はぱっちりと開き、脳もパソコンのように一気に回転し始める感覚すら覚えた。電話を肩とほっぺたで挟みながら、体も目を覚まさせるために逆手で組んで手を前に伸ばした。 「んあっ」  思いがけず、体の奥から大きな声が出た。悲しいかな探偵事務所の薄給で東京都内に暮らしているせいで部屋は狭く、布団の中でもあまり足も伸ばせやしないから、起きた時には体がいつも凝り固まっている。冬の間は、寒さのせいか余計に。銀杏の体が少し動くたびにパキパキと音が鳴る。しかし、そんなことは電話の先には伝わらない。凪沙は推理の時以外には頭を使いたくないのか、言葉の奥や電話先の状況を想像することはしない。興味がないことにはとことん興味を持たず、実際に銀杏の私生活について何かを聞かれたことはもうすぐ一年近くにもなるのに聞かれたことはなかった。 「何を喘いでるのよ。男でも隣にいるの?」  相も変わらず、意味のわからないことを言う。本当にこの人は状況とか相手の気分とかを考えたりはしない。 「いませんよ」  およそ二十代前半の女性とは思えないような起きがけのガラガラ声で、電話に向かって銀杏は声をぶつけた。銀杏は相変わらず、変わり者というか常識のないというか。とにかく不思議な性格をした電話相手の調子に飲み込まれる。たまには落ち着いて話がしたいのに、いつも銀杏のペースでは話させてもらえない。まあ、そのおかげで銀杏もスイッチが入ったのだが。まさにルーティーンのような会話で、銀杏の一日は始まる。 「おはよう、仕事だわ」  仕事? まだ、日も上がっていないのに。親から上京の時に送られた赤い色の目覚まし時計を見るとまだ五時だ。雪に反射する朝焼けのせいで明るく感じるけれども、目覚ましをセットしていた時間までまだ二時間もある。とりあえずこの電話が終わった瞬間に二度寝をしようと銀杏は決めた。 「いや、始業時間は九時からです。もう少し寝かせてください」  そう言いながら、布団に再び潜り込む。このわずかな時間で冷やされた掛布団は気持ち良かった。しかし、凪沙は寝かせてくれない。 「いいから、早く準備しないと間に合わないわよ!」  私が寝起きで不機嫌なうえに電話越しに大きな声をだされてさらにイライラしているということも理解したうえで、凪沙はそれを遠慮なく踏み越えてくる。もうそれには慣れっこだった。やれやれと溜息をつきながら私は再び体を起こした。  いつも冷静に反論するけれども、それの意味がないことを過去の経験から知っていた。どうせ、電話口の向こうにいる相手にはいつも言い負かされるのだ。きっと、私が仮に検察で物的証拠をいくら用意しても、凪沙が弁護する殺人犯を無罪放免にされる気がする。凪沙は天才なのだから、同じ土俵で戦っても仕方がない。これまでいろんな人に出会ってきたけれども、凪沙ほどの天才は私の前には現れなかったし、きっとこれからも出てこない。少なくともこれからどれだけ努力しても、私にはあの事件を、トリックを解き明かすことはできないだろう。 「そっちの事情はどうでもいいから、とりあえず話を聞いて。依頼のメールに気が付いたのがさっきなの。まあ、起こして悪かったとは思ってるわよ」  依頼のメールという言葉が、銀杏の頭に引っ掛かった。それと同時に一段と気温が下がった気がする。 「ちょっと待ってください、そのメールはいつ届いていたんですか?」 「え? ちょっと待ってね。ああ、一昨日よ」  この人は、連絡にかなりルーズな所がある。なのに謎のこだわりで私にメールにログインさせてくれない。いわゆる探偵らしさというのか、ホームズに憧れているところがあって、依頼人のメールは全て凪沙が目を通してからというのが決まりになっている。 「一昨日ってまずいじゃないですか」 「だから、急いでるの要件を端的にまとめるわ。九時に旅行用の荷物を一式、事務所まで持ってきてちょうだい。向こうで洗濯はできるから、着替えは少なくてもいいわ。ただ、向こうは東京よりもよっぽど寒いだろうから、上着とかインナーは多めに用意しておいてね」 「はい?」  まあ、当たり前だけれども意味がわからなかった。突然、電話をかけてきたかと思えば、旅行用の荷物を用意しろというのだ。そして、その話しぶりから察するにおそらくこれから東京よりも寒いところに行かなければならない。想像するだけで痛い。  いや、こんなに寒いのにいったいどこへ行くというのだ。朝だということもあるがこんなに寒いし、気温は昼間になっても片手で数えきれるほどにしか上がらないだろう。おそらく、これからもっと雪が降るはずだ。ハワイやグアムに連れて行ってくれるならば大歓迎だけれども、この人なら例えばシベリア鉄道でロシア横断とか、アラスカにオーロラを見に行くとか言い出しかねない。そういうのは友達とやってほしいのだが、残念ながら凪沙にとって友達の一番手と仕事の部下は同じく銀杏だ。 「じゃあ、よろしくね!」  しかし、こちらが話そうとすると、長くなることを理解したのかすぐさま電話を切られた。なんてあわただしい、もう一年近くの付き合いだから大抵のことには対応できるけれども、早朝にたたき起こされるのだけは勘弁してほしい。本当は惰眠をむさぼりたかったけれども、それをしているとおそらく九時に旅行用の荷物をそろえて出勤をすることは不可能だ。荷物だって、どれくらいいるのかわからないのに。  しぶしぶ布団を抜け出て、冷たい床に触れないように靴下を履く。 「ひいっ」  体のどこから出たのかもわからないような声が、一人暮らしの冷たい部屋に響いた。    「はぁ、なんとか片付いた」  なんとか荷物の準備が終わったころには、もうすでに八時を過ぎていた。とりあえず防寒グッズと、替えの下着。どういう理屈か知らないけれども、電話で命令してきた銀杏の上司というと変な気もするけれども凪沙は、謎を解くこととミステリー小説以外に関する興味が極端に薄い。ご飯なんて食べないこともざらで、睡眠だっていつとっているのかわからない。それと同じように、服もほとんど持っていないから長期の依頼があるといつも銀杏が服を貸している。いや、銀杏も体格も似た女の子どうしなのだから服の貸し借りくらいはいいけれども、サイズが同じだからと言って下着までシェアするのはどうかと思う。そのせいで、銀杏自身は対して荷物もないのにカバンはパンパンだ。それに推理のために必要なチョコレートやココアまで準備している。ただ、凪沙が頑張ってくれないと仕事にならないから仕方がない。  東京の一等地にあるこじんまりとした雑居ビル。少し外を見れば日本を支えるような大企業のビルがひしめくビジネス街を望める。そんなビル群の影に隠れた場所だった。ここだけ昭和の頃から時間が止まっているのかと思うほど、不釣り合いな光景だった。もちろん、それをノスタルジックなんて言葉で物知り顔して評価はしない。時刻は、ちょうど八時半。金曜日の出勤時間ということもあって、大きなキャリーケースを持って電車に乗るのは気が引けたけれども、満員電車で舌打ちをされるよりも、電話相手から遅れてやいのやいのと言われるほうが嫌だった。  始業時間には間に合ったので大丈夫だろうと、これならばもう少しゆっくり歩いてくることができたんじゃないかと思いながら、膝に手をつきながら息を整える。吐いた息は白く染まり、目の前をかすませた。その霞越しにもわかるほど古く黄色くなった壁。せめて外壁を白いペンキで塗装すればいいのにと銀杏は思うが、凪沙にとってもこれはこだわりらしい。事務所は多少古臭い方が、探偵らしいという。 「うっ、重たい」  わざわざキャリーケースをもって階段を上るのも大変で、銀杏はキャリーケースを道端に置いて凪沙を呼びに行くことも考えたけれどもこちらがほとんどの荷物を準備しているから、万が一にも盗まれてしまえば業務に支障をきたすだろう。そのリスクを考えれば、多少はキャリーケースが階段とぶつかって傷んだとしても運ぶ価値がある。そもそも、約束の時間である九時だったとしても凪沙が出発できる準備を終えているとは思えなかった。まあ、おろすときのことは考えないでおこう。 「はぁはぁ」  銀杏は何度かキャリーケースを階段にぶつけ、息を切らしながらなんとか階段を昇りきった。そして、これも古びた黒いインターホンを押す。すると、ピンポーンと気の抜けた音が鳴って中からバタバタと音がした。おそらく凪沙が準備をしている音だろう。そして、どたばたという音は近づいてくると、急に止んだ。その数秒後、扉がガチャリと開く。 「いらっしゃい。さ、はいって」  その部屋の主は、いやこの雑居ビル全体の主である凪沙は銀杏を手招きして中に招き入れた。別にドアへとキャリーケースをぶつけても気が咎めないのは古びた建物のいいところだ。しかし、予想通りというのか凪沙はまだパジャマを着ていてとてもじゃないけれども出かけられる状態ではなかった。おそらく銀杏に準備をさせる時間も含めての九時集合なのだろう。一人暮らしをしているのに、ここまで生活力がないと自分がいない週末はどうやって生活しているのかと銀杏は心配になってしまう。 「ほら、そこにコーヒーがあるから好きにどうぞ」  これが、例えば新幹線で東京に住む友達の家に遊びに来たとかならいい。しかし、ここまでやってきたのは仕事で、目の前にいる年下の女性は銀杏の一応は上司に当たる。ただ、凪沙はあまりそういう扱いを好まないから友達の様には接している。 「なによ、こっちをじろじろと見て」  小伏凪沙。目の前でクッキーを美味しそうに食べる女性の名前だ。  ミステリー好きにその名前を知らない人はいないとまで言われるほどの有名人。    十九歳の時に小説『七人目の探偵』で小説家デビューを果たす。その後も三カ月に一本という驚異的なペースで作品を量産し、特にリアリティのある描写と犯人の犯行に至ったバックグラウンドの作りこみが評価されてわずか四年で本格派ミステリーの最高峰にまで上り詰めた天才だ。  たぶん、凪沙について調べるとネットにはこんな風に書かれているだろう。それは間違いではない、だけれども現在、銀杏の前にいる今の凪沙は違う。小伏凪沙は銀杏にとってミステリー作家ではなく、名探偵だ。  凪沙は執筆業に加えてその天才的な頭脳を生かして探偵業も営んでいる。こちらの収入は科学的な捜査が発展したこと、そもそも推理小説に出てくるような難事件はほとんど現実では起こらないからあまり期待できないのだが、凪沙からすればあくまで探偵業が本業であり、執筆は副業でしかないらしい。それがこだわりだというのなら、別にそれに対して銀杏が何かを言う必要もない。銀杏が凪沙のことを探偵さんと呼ぶと、凪沙は非常に喜んでくれている。だから、銀杏が機嫌を取りたいときには探偵さんと呼ぶようにしている。    凪沙は可愛らしいピンク色のふわふわした全身を覆うパジャマにくるまれていた。この前のクリスマスに銀杏がプレゼントしたものだった。今度の誕生日には、下着でも送ろうかと銀杏は考えるけど、なんだかいやらしいのでその考えを頭を振って消す。凪沙が指さした先には、熱々で淹れたてのコーヒーがお茶菓子と並んで置かれてある、わけじゃない。カップとスティックコーヒーの袋が置かれてある棚がある。ようはセルフサービスで飲みたければ自分で淹れろということだった。まあ、雇われの身だからそれくらいは別にいい。 「あ、私もお願い。棚の二段目にはクッキーも入っているから」 「はいはい」  銀杏が慣れたその指示をさっさとこなすと、熱々のコーヒーをふうふうと念入りに息を吹きかけてから凪沙はそれを口にした。こうなることはわかっているなら冷ましてから渡すべきという人もいるけれど、口をとがらせて息を吹きかけるのが子供っぽくてかわいいので、銀杏はわざと熱々の状態でコーヒーを彼女に渡す。隣にはミルクと砂糖を添えて。 「うん、おいしい。どんどんコーヒーを淹れる腕が上がっているわね」 「粉にお湯をかけているだけなんですけどね」  ちなみにコーヒーを通ぶって話すのも、凪沙のこだわりだ。それなら、豆を挽いて入れるくらいはすればいいのにと銀杏は思うけれども、どうやらそれは違うらしい。天才にはよくわからないこだわりが多い。まるで猫みたいだ。次いで自分のコーヒーを淹れようとポットからお湯を注ぐと、コーヒーのにおいがふんわりと漂ってきた。毎回、銀杏は出勤してから最初にやることがこれなので、コーヒーのにおいを嗅いでようやく自分が探偵事務所に到着したのだと実感する。 「それで、今回の依頼メールは?」 「これこれ、ちょっと読んでみて」  銀杏がカップを持って凪沙のテーブル付近に行くと、そのまま手招きされる。それに応じて近寄ると、パソコンの画面を見るように指示される。そこにはメールボックスが開いていて、きっちりと一昨日の日付でメールを受け取っていた。ビジネスマナーを備えている人が書いたメールだと一目でわかるほど丁寧で、逆に言えば読みづらいそれの中で、必然的に銀杏の視線は数字に引き寄せられる。 「でもこれって、数字がおかしくないですか? ゼロが七個も」 「銀杏って意外とお金に意地汚いわね。別に、そこは普通じゃない。私が小説を一本書けば、それくらいの金額は普通にもらえるわよ」 「いや、それはそうなんですけど」  銀杏からすれば、一の隣にゼロが七つも並んでいるなんて光景は初めて見た。悲しいかな、銀行口座の通帳に七桁の数字が並んでいることすらも。 「まあ、依頼者が依頼者だしね。それくらいはもらっても罰はあたらないわよ」 「依頼者?」  そういわれてから、銀杏はメールの末尾まで移動させる。そこには、椋木四葉と書かれていた。それを見た凪沙は十分に説明したと満足げな顔をしている。しかし、残念ながら銀杏には伝わっていない。凪沙が鼻歌を歌いながら追加のクッキーを取りに行こうとしたところを捕まえて、問いただす。 「ちょっと待ってください。この人はお知り合いなんですか?」 「はぁ? どういうことよ。もしかして、椋木四葉を知らないの?」  もちろん知らないので、銀杏は首を縦に振った。それを見た凪沙は大きく溜息をつく。 「もう少し、ニュースを見て社会のことを知っていたほうがいいわよ。常識だからね」  日も昇りきらない五時に電話をかけてくるような人に常識を言われたくないと銀杏は思ったけれど、その言葉をコーヒーで体の中に流し込む。 「椋木と言えば椋木グループよ。ほら、ここにある椋木増吉はグループの会長。家具とか文房具とか、最近だと不動産もやっているわ」  そういいながら、凪沙がメールの一文を指さした先には確かに椋木増吉という名前があった。それなら、銀杏でも聞いたことがあって、頭の奥に収納されていた。なかなか最近はそれを使用していなかったから頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。  国内外に展開し、多数の子会社を持つ椋木グループ。その影響力は強く、わかりやすく例えるなら昔の財閥みたいなものだった。しかし、どれも高級品ばかりだから銀杏は椋木家具の商品も、椋木美容の化粧品も触ったことがない。大学の入学祝に椋木文具の万年筆を親戚からもらったくらいだ。ただ、それももったいなくてほとんど使えていない。そんな椋木グループの関係者がどんな用事があるのだろうと思いながらメールの文面をすべて見直す。  すると、とんでもない文字が銀杏の目に飛び込んできた。 「それで、椋木増吉さんが……殺害された?」  メールは基本的にかなり丁寧に書かれていたけれども、その部分だけはありのままの事実が書かれていた。『当主である椋木増吉が不可解な方法で殺害された』そんな言葉を丁寧に書く方法なんて思いつかないだろう。 「そうよ。それで、椋木グループとしては私たちに直接、事件を解決してもらいたいらしいわ。そこの理由はわからないけど、警察を咬ませるのは禁止で、身の安全は保障しきれない。それを考えると、一千万なんて安い気もするけどね」  凪沙はひょうひょうとそう言ったけれども、銀杏はまだ理解が追い付いていない。 「は? どういうことなんですか、警察を介入させないのは明らかにおかしいです。そもそも、私たちは推理ならできますけど検死とかはできないんだから、謎を解くのも格段に難易度があがりますよ」 「そういうのは大丈夫らしいわ。お抱えの医者がいるらしいし、その人が法医学の知識も持っているから。ただ、それ以上のことは説明されてはいない。もしも依頼を受けるのなら仙台まで来いってことよ」  無茶苦茶だと銀杏は思った。これまで、様々な事件を二人で解決してきたけれども警察が絡まなかったことは無い。警察に連絡したくない理由もよくわからないし、なにより身の安全が保障されないのが不安だ。相手は殺人鬼、もしも事件の真相に近づけば凪沙も銀杏も殺害される危険がある。 「まあ、仙台までいけば向こうの島よ。椋木グループは大きいだけあって黒い噂も多い。仙台に根付いている指定暴力団との繋がりもうわさされているから、一度でも足を踏み入れれば逃げられないでしょうね」 「じゃあ、断りましょうよ。そんな依頼」  銀杏が泣きそうな声でそういうと、凪沙は下を向きながら首を横に振る。 「残念ながら、そうもいかないのよ。椋木グループは様々な子会社を持っているけれども、私がいつもお世話になっている出版社もそう。まあ、間違いなくその権力で潰されるでしょうね」  もはや、絶望的だった。 「まあ、大丈夫よ。この一千万円だって前払い金だから、きっと報酬ならもっともらえると思うし、ちゃっちゃと事件を解決してしまえばおしまい。事件の状況は仙台に行かないと教えてもらえないらしいから、とりあえず今から東京駅まで向かうわよ」  絶望する銀杏の顔とは対比的に、凪沙の顔はとても楽しそうだった。事件の解決、それも難事件であればあるほど燃える彼女にとっては、椋木増吉というビッグネームが、不可解な方法で殺害されるというまさにミステリー小説のような話は、興味が尽きないのだろう。まあ、一応武術の心得はあるらしいのでなんとかしてくれるか。  銀杏は自分のいいところでもあり、悪いところでもある流されの姿勢に、徹することにした。 「よ~し、じゃあ出発進行!」 「しんこう……」  対照的な声が、古臭い事務所に響いた。



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