悔やむには遅すぎて(拓人SIDE)
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俺はずっと不安を抱えていた。 俺の初めての相手は、愛する妻の裕香だった。 出会ったときから、なぜか裕香は俺のことをモテル人と思っていて、俺は実は今までに一度も付き合ったことがない人間だと知られたくなくて、本やネットで得た知識でそれっぽく振る舞っていた。 それは恋人の営みにおいてもそうだった。 本当は初めてだったのに、不安と緊張で固くなっている裕香を安心させたくて、経験があると見栄を張った。 それから先は試行錯誤の繰り返し。 聞きかじった知識を、それが普通のことであるかのように振る舞い、要求していた。 でもずっと気になっていることが有る。 そういう夜の営みをしている時、裕香が何処か不満そうにしているように見えるから。 裕香は俺が初めての相手だと言っていた。 あの裕香が嘘をつくハズはないだろうから、それは本当のことだと思う。 だから誰かと比較しているわけじゃないのだとは思うけど、どこか不満げと言うか納得していないと言うか。 とても曖昧な表情をすることが有る。 裕香意外に経験がない俺は、その様子にいつも怯えに近い感情を抱いてしまっていた。 俺との行為に不満を持っていて、もしかしたら他の男にそれを求めるのではないかという不安。 俺は裕香を心の底から愛している。 人からも美人な奥さんと言われているし、実際オレも裕香ほどの美人に人生で他に出会ったことはない。 そんな裕香が他でもないオレと付き合って、結婚までしてくれた。 だからこそ、絶対に俺だけの裕香でいて欲しいと願ってしまった。 他の誰にも取られたくない、心移りしてほしくない、一生俺の側にいて欲しいと。 だが夫婦の時間が流れ、行為を繰り返すたびに、俺の中の不安は膨れ上がっていく。 行為が終わり息をついて、裕香を抱きしめてキスをした時、ほんの一瞬だけとても微妙な、複雑な表情で俺を見つめてくることが、俺を不安にさせる。 「タークト先輩!どうしたんですかこんなところで黄昏れて」 休憩室のソファーに腰を下ろして、買ったばかりの缶コーヒーを飲むでもなく手のひらで弄んでいると、今年入社したばかりの新人の女子が、俺の目の前に立っていた。 磯川 由紀恵とか言う名前だったか。 噂では恋多き女で、男女の睦ごともかなり詳しいとかいわれている。 今まで余り接点がなかったから、気にもしていなかったが、たしかにそういう噂が信憑性を持つような感じの女の子だった。 顔は整っているが、裕香のような慎ましいおしとやかな美人というタイプではなくて、見た目でわかる派手な美人という風貌をしているし、制服越しでもわかるはっきりとした凹凸の身体つき。 たしかに色恋に長けていそうだなと思うのは、偏見だろうか。 「なあ……女性がさ、その……夫婦のアレで不満を抱いたら、どうするものなのかな」 ずっと抱えていた不安がつい口から溢れる。 誰かに聞いて欲しい、アドバイスが欲しいと願っていたからかもしれない。 「んー……その人によるんじゃないですか? 不満だけどそれが夫婦の全てじゃないって言う人もいるし、性格とか気が合うとかそういう部分は完璧だけど、ソレだけが不満だから他でその部分を満たす人もいるし」 由紀恵は多くの男を落としたであろう、ほほ笑みを浮かべて、しかし予想外に真面目に俺の疑問に答えてくれた。 それ以降俺は、顔を合わすとチョクチョクとそういう類の相談を彼女にするようになっていた。 あまりにも目立つからなのか、何度か不倫かとからかわれることもあったが、それでもついやめられず、俺は彼女に夫婦の営みについての相談をしてしまっていた。 そしてそんなある日のことだった。 「そんなに不安なら、一度私としてみますか? 実際にしてみたら何処がだめなのかもわかるし、ソレが分かればより具体的なアドバイスもできますし。わたしタクト先輩ならいいですよ」 裕香に対する不安がピークに達していた俺は、裕香に愛想を尽かされたくない、たとえ夜のことだけでも不満に感じてほしくない。あまつさえその部分を他で満たすなんてしてほしくないと思ってしまって、つい彼女の提案を受け入れてしまった。 それがその先、自分が絶望を感じるトリガーになるとはしらずに。 この決断が、この世界で唯一愛する裕香を失うことになると気が付かずに……。 俺は誤った道を歩き始めた。
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