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悔やむには遅すぎて(中編)

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 一時間が経過した頃、裕香は机に突っ伏して泣いていた。  それほどまでに貴郁から聞いた話は、彼女にとって大きな衝撃と傷を与えていた。  拓人の浮気相手は、磯川 由紀恵いそがわゆきえという、今年入社した新人だという。  色気のあるタイプで恋多き女性との噂もあり、事実かどうかは分からないが床上手という噂もある。  飲み会の席などでも、あけすけにシモネタというか男女の営みの話を口にしたりするため、遊び慣れているのではないかという噂もあるそうだ。  その噂を耳にした頃から、何度か拓人と由紀恵が社内で立ち話をしているのを目撃する人が現れて、そしてこの間ついに貴郁がホテルの近くで、腕を組んで歩く二人を目撃したのだ。 「ただ……あれだよ、中にはいるところまでは目撃していないんだ。本当に入口の近くで腕を組んで歩いていたのを見ただけで、オレもその後待ち合わせが合ったから最後までは見ていないんだ」  気遣わしげに裕香をチラチラと見ながら、冷めたコーヒーを口に運んで貴郁。 「え……ええ、そうです……か。私……どうしたらいいんでしょう。彼を……拓人を奪われたくないだけなのに。あの人とずっと平穏に暮らしたいだけなのに……」  涙声で絞り出すように言う裕香。  彼女にとって拓人は初めての男であり、そして生涯をともにすると誓いあった伴侶であり、そして本当に心から愛している男性でもある。  だから失うことへの恐怖が、彼女の感情を千々に乱していた。 「……このまま、何も気が付かないふりをし続けるという方法もあると思う。拓人も裕香さんのこと愛してると思うから、いっときの気の迷いから冷めたら……裕香さんのところに戻ってくるかもしれない」  俯いたままで、テーブルの上にいくつもの雫を生み出しながら、しゃくりあげる裕香を見つめ貴郁はそういった。  最初は気遣わしげだった視線に、いつの間にか熱がこもり始めていることを裕香も、そして貴郁本人も気がついていないようだった。 「それか……裕香さんが、拓人を取り戻せるくらいの技巧を手に入れる……という方法も……」    貴郁の視線が明らかに変わっていた。  俯いて乱れた感情に振り回されている裕香は、その言葉にその態度に含まれている僅かな毒に気がつくことが出来ないまま、拓人を取り戻す……という言葉の魔力に知らないうちに取り込まれてしまっていた。  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「先にシャワー浴びてきますか?」  肩に回されていた手がゆっくりと離れていく。  先程まで感じていた微熱が失われ、急激に心細くなった裕香は、無意識にはいと答えて、促されるままバスルームへと向かう。  ホテルに来た経験は少ない為、裕香は緊張を感じつつ、しかし拓人を取り戻すという言葉だけが脳裏を駆け巡り、震えそうになる体に力を込めてゆっくりと服に手をかける。  しかしその指が一瞬止まる。  (どんな理由があっても、拓人意外の男にこの身を任せていいのだろうか……、これは浮気じゃないのか)    一瞬だけ理性が戻ってくる。  拓人を取り戻すためと、自分自身への暗示のように繰り返していた言葉が熱を失う。    (やっぱり……拓人意外に抱かれるなんて、たとえそれが男性との営みの技巧を覚えるためでもだめなことじゃないのだろうか)  戻りつつある理性に、徐々に冷静になってくる。   (でも……このままだと、その女に拓人が取られてしまう……)  再び不安が押し寄せてきて、裕香は混乱してしまう。  もう何が正解なのかが、彼女にはわからなくなっていた。  通常時の裕香であれば、どれだけ言葉を重ねられても、どれほど巧みに誘われても、絶対に拓人以外とそういう関係になることはない。  それほどまでに、彼女は一途でありそして拓人を愛していたから。  しかし今は、その愛の強さが足かせになってしまっていることに裕香は気がつけずに居た。   (一度だけ……今日の一度だけでしっかりと覚えればいい、教えてもらったことを忘れないようにして実行すれば良い……そうすれば拓人はもう一度自分だけを抱いてくれる、愛してくれる)  悪魔の囁きのような、甘い想像が心を捕まえてしまう。  そうだ一度だけ、これは浮気ではない、拓人を取り戻すための技術を学ぶためだ。  一度ゆらぎ始めた理性は、もう歯止めの役目を果たしては居なかった。  ゆっくりと服を脱ぎ、下着をその体から外して全裸になると、裕香はバスルームの扉を開きシャワーを浴びようとして、足を止めた。    足元に赤い点が一つ生み出されていることに気がついたからだ。  感情が乱れすぎて、いつもなら感じる違和感を感知できていない事に愕然としてしまう。  月のモノが来ていることに気がつけなかったという事実に気がつけなかっった事に。  いつもなら前日から、お腹の違和感や女性自身の違和感を感じてしっかりと準備できていたはずなのに。  しかし愕然としながらも、裕香は何処か安堵もしていた。  これで拓人を裏切らずに済む。  他の男の手に触れられてしまう事を回避できると。  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「随分と早かったですね……」  ベッドに腰を下ろしていた貴郁は、努めて明るい声でこう言ってバスルームから出てきた裕香に目を向け、そしてその姿に違和感を感じた。  髪も濡れていないし、しっかりと服を着込んでいる。  そういえばシャワーの音も聞こえていなかった気がすると、その時初めて気がつく。 「あれ……どうしたんですか、シャワー浴び無かったんですか」 「あの……えっと……ごめんなさい、アレが始まってしまって……。でも丁度良かったんです。冷静に考えたら、たとえ練習のためと言っても他の人と、そういう事をするのは浮気になりますし……」  来ることを同意したのに、それを断らなければならないという負い目からか、裕香は歯切れ悪い口調で言う。 「……こういう事を言うのは、自分でもどうかと思うんだけどね。ここに来ることを同意して、こっちも期待してしまってるんですよ。それをあなたの都合でやはりやめますっていうのは、どうなんですかね」  少し語気の荒い言い方で貴郁。  その言葉の存外の強さに、裕香はビクリと体を震わせる。  元々こういった場所に慣れていない上に、恋人でも夫でもない男と居るという事実。  そして男性から強い口調で物を言われた経験のない裕香は萎縮してしまう。 「あの……だけど、始まってしまっていて……出血が、だからそういう事をすることが出来くて」 「アノ日でも大丈夫という男もいるけどね……、それは嫌だと言うならせめてスッキリさせてくださいよ、期待してた部分を」 「あの……それはどういう……」 「口でしてくださいよ、ちゃんと抜いてくださいってことです。その代わり約束通り口でするときのテクニックは教えてあげますよ。拓人を取り戻すためにね……」  貴郁の言葉に、更に身を固くしてしまう裕香。  羞恥と後悔と、わずかに恐怖を感じて俯いてしまう。  だから彼女は見えていなかった。  残虐な色を浮かべて、彼女を見つめる貴郁の目を。  そしてわずかに歪められた貴郁の唇を。 「そうです、最初はしっかりと舌を使って舐めあげて……そう、その先っぽとか……上手じゃないですか」  5分ほどの押し問答の末、半ば強引に裕香を押し倒した貴郁は、彼女の身体を弄りながら様々な言葉を弄した。  『こうして男と二人きりでホテルに入っている時点で言い訳できないですよ』  『口で抜いてくれたらそれでおしまいにしますよ、約束です』  『拓人を取り戻せなくてもいいんですか? 男が喜ぶ方法を教えてあげるのに』  乳房を、乳首を執拗に揉まれ、こねられ、執拗に耳元で囁かれ続けてついに裕香は折れてしまった。  口で貴郁のモノを愛撫して、発射させると約束してしまった。  そして何度ものダメ出しや指示を受けながら、30分ほどの時間をかけて裕香はようやく貴郁を発射させることが出来た。  肩を大きく上下させて荒く息を吐きながら、口の中に出された男のものを慌てて手のひらに吐き出す。  口の中に独特の香りと粘ついた感触が残っていて、今すぐにでもうがいをしたいと思った。 「やればできるじゃないですか……これで拓人を虜にすれば良い。そうすれば大丈夫ですよ」  口を半開きにして荒い息をする裕香を見つめて、貴郁は残忍な笑みを浮かべて言う。 「もう……いいでしょう? これで終わりにしてもらえますよね」 「そうですね……約束ですしね……口をすすぎたいんでしょう? 行ってきたらどうですか」  貴郁の言葉に、裕香はノロノロと立ち上がると洗面台に向かて歩いていく。  何度も水を含んで口をすすぎ吐き出して、それでも口の中に残る違和感に吐きそうになりながら、うがいを繰り返す。  だから裕香は気づかなかった。  貴郁が彼女のカバンの中からスマホを取り出していたことを。  そして彼女のアドレスを密かにカメラに収めていたことを。    



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