いつの間にか、真っ白な部屋にいた。
やはり俺は扉に手を掛けたままで止まっている。
「……お疲れ様」
「…………」
事務的な声に思わず顔を顰めてしまう。
分かってはいたが、最後は顔を合わせることになるだろう。
相変わらずサラリーマンのような恰好。
こんな時でさえ、机の前の座って何か作業をしていた。
俺は答えずに周囲を見回した。
相変わらずのどこまでも白い部屋。扉があちこちに浮かんでいる。
「お兄さんなら先に帰したよ」
「……なんだ、もういないのか」
俺の様子をどう思ったのか、自称『神様で良いや』は見当違いなことを言う。
咄嗟に俺は文句を付けた。別に待っていて欲しいわけでもない。
「何を言ってるんだ。顔を合わせれば、どうせ喧嘩をするだろう」
「……む」
あまりの言い草にもう一度顔を顰めるが、その通りなので仕方ない。文句を言ってはみたものの、本音ではどんな顔をして会えば良いかも分からなかった。
「これで良かったか?」
「ああ、最後の最後であるべき姿に戻ったよ」
俺は話題を変えた。
流れに逆らうことはせず、答えてくる。
「安藤加奈は最期までアリス・バケットと一緒にいさせるよ。
彼女も運命を変え得るが、本人もそれをよく理解している。
その主導権はアリス・バケットに譲るだろう」
「ああ、そうだな。終わったら、連れ戻してやってくれ」
「もちろん……そういう約束だ」
きっとアリスと仲良くやることだろう。
これなら、自分の人生を歩んだと言えるはずだ。
「エルフとドワーフはまた転生するだろう。
いつ、自分が人間だと自覚するかは不明だが……もう、別世界からの召喚は行わせない。運命を変えるようなことは起こさないよ」
「……なるほど」
結局、問題はゼノが兄さんの魂を喚び出せたことにあったのだろう。
運命を変える方法さえなくなれば、それで良いということか。
「生憎と、私は人の生死に興味はない。
人の倫理観ではなく、世界の運営という観点で動いているんだ」
「何も言っていないだろ」
俺の不満そうな視線に気が付いて、自称『神様で良いや』は弁解するように言う。小さく口元を歪めて笑う。
「残念ながら、報酬はない。
すでに死んでしまった君たちに残せるものはないだろう」
「…………」
配慮も何もない言葉。
だけど、きっと事実だった。
ただ、本来の形に戻っただけ。
俺の世界……さらに『草薙仁』と言う個人の話で言えば、残った事実は隣の家で発生した火事が原因で死んだということ。他には何もない。
「ただ、感謝はしているよ。君に頼んで正解だった」
「それは、良かった」
自称『神様で良いや』がらしくもなく、素直に笑って見せる。
俺は不機嫌そうに視線を逸らす。そのまま自分の世界への扉へと近づいた。
振り向けば、事務机の向こうで小さく頷いて見せた。
どうやら、扉は合っていると言いたいらしい。
「報酬がないのは別に良いよ」
「……そうか」
俺は扉に手を掛ける。
ゆっくりとドアノブを回した。
「だけど、どうだろう。
俺たちは本当に全て忘れてしまうのかな」
小さく息を呑むような音。
どうにも――俺にはそれが信じられないのだった。