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ジェラシー(2)

ー/ー



 ユージは逃げるように魔界の出張所を飛び出した後、とぼとぼと帰路についた。
 いつもなら専用ブースの次回の予約を入れてから帰宅するのだが、今日はとてもそんな気にならなかった。
 (はあ……)
 ユージはがっくりと肩を落とした。
 (さっき、何であんなことを思っちゃったんだろう)
 彼は、たとえ一瞬でもジンとサクラの仲を疑った自分を恥じていた。
 (ジンさんだって、俺の家族のことを気にかけて、わざわざ天界から様子を見に来て下さっているのに)
 あの時、家族3人水入らずで暮らすよりも、家族からひとり離れて中道界で研究する道を選んだのは、他ならぬユージ自身だ。
 (それを棚に上げて、何なんだよ俺は)
 ユージは強烈な自己嫌悪に襲われていた。
 
 居酒屋での仕事中もユージは何となく元気のない様子で、
 「ユージさん、浮かない顔してどうしたんです?」
 呑みに来たイシュタルにもそんな風に言われてしまう有様だ。
 まさか、ジンにお門違いな嫉妬をして自己嫌悪に陥りました、とも言えず、
 「あはは、そうですか?きっとリューイさんの気のせいですよ」
 と、誤魔化すより他になかった。
 
 
 その日の夜。
 ユージはいつもの就寝時間に床に入ったものの、全く寝付けないでいた。
 目を閉じると、色々と余計なことを考えてしまうのだ。
 (はあ……なんか飲むか)
 ユージは自室を出ると、階段をトントンと降りてキッチンへ向かった。
 (あれ?)
 見ると、小上がりの方から明かりが漏れている。
 「ユージ。眠れないのかい?」
 カオルの声がした。
 「はい」
 「こっちにおいで」
 小上がりでは、カオルが店の残り物を肴に晩酌を愉しんでいた。
 「コップと箸、持っておいで」
 ユージは指示された通りにし、
 「カオルさん。お邪魔します」
 軽く頭を下げて、カオルの対面に座り込んだ。
 「明日はゆっくり朝寝するといいよ。特段予定はないんだろう?」
 カオルはユージのコップに日本酒を注いだ。
 「いただきます」
 ユージは、日本酒をゆっくりと口に含んだ。
 「今日は帰ってきてからこっち、ずっと浮かない顔してるじゃないか。何かあったのかい?」
 「はあ」
 「聞いてやるから、話してごらんな」
 染み入るような優しい声音に、ユージの心が緩んだ。
 (今日は――今日だけは、カオルさんに甘えちゃっても、いいかな)
 打ち明けた後でぼろくそに言われてしまうかもしれないが、それはそれだ、と思った。
 「カオルさん。実は」
 ユージは、その日あったことをぽつぽつと打ち明けた。
 カオルは酒を呑み、肴をつまみながら、口を挟むことなく黙って聞いてくれた。
 「それじゃお前、サトルがジンに懐いてるのを見て、焼き餅焼いたのかい」
 カオルはじんわりと苦笑いした。
 「はあ。自分でも嫌になっちゃって。どうしてそんなことを考えちゃったんだろうって」
 ユージは背中を丸めて俯いた。
 「まあ、小さい子供はそうしたもんだから、諦めるしかないねえ。会ったこともない父親なんか赤の他人だよ」
 と、カオルはばっさりと切り捨てた。
 「ですよね」
 ぐうの音も出ないユージは、小さな声で同意した。
 「なんか、サクラとサトルとジンさんの姿を見てたら、あそこに僕の居場所がないなって思っちゃったんです。とっても幸せそうで、お似合いだなって」
 「お前、随分捻くれたことを言うじゃないか」
 「そうです。今日の僕はおかしいんです」
 ユージは日本酒を喉に流し込んだ。
 「妻子を置いてジムルグで研究をするって決めたのは僕です。全部僕の決断が招いた結果なのに、それを棚に上げてジンさんに嫉妬したり、サクラを疑ったり。もう最悪です」
 ユージの目尻に、涙が滲んだ。
 「ユージ。研究の方はどうなんだい。うまくいっているのかい?」
 カオルの問いに、ユージは首を横に振った。
 「僕なりに考えて色々な文献を当たったり、これはというスポットを訪ねたりしていますが――言葉は相変わらずよく動いてくれていても、それが世界を動かすような力を生み出すところには辿り着けていません。正直、その糸口さえ何処にあるのかわかりません」
 「つまりは、行き詰っているってことだね?」
 ユージはこくん、と頷いた。
 その様子を見て、カオルは雄弁な溜息をついた。
 「ユージ。あたしは、お前の人生の全てを投げ打ってまで研究に没頭しろなんて言ったつもりはないよ」
 カオルの言葉に、ユージは目を上げた。
 「お前だけじゃなくて、あたしの弟子みんなに同じことを言うよ。お前の人生はお前だけのものなんだよ、ってね。結局は、研究もその大事な人生の一部であって、全てにしちゃいけないんだよ」
 「で、でも、僕の研究は中道界でしか出来ないし、まだ小さいサトルを連れてくるわけには」
 「どうせ行き詰っているんだ。1回リセットするって手もあるよ」
 カオルはじっとユージの顔を見つめた。
 「最愛の妻と息子が他の男と仲良くしているところを見てクサクサするぐらいなら、一旦帰った方がいいんじゃないのかい?色々拗れる前にさ」
 「……」
 ユージは、何も言えなかった。
 「いずれにせよ、どうするかはお前が決めな。だってそうだろう。さっきも言った通り、お前の人生はお前だけのものだからね」
 カオルの言葉は、重くユージの心に響き渡った。
 「よく考えて、結論が出たら教えとくれな」
 「はい……わかりました」
 深刻な顔をして俯いたユージに、カオルはカラッとした顔で笑いかけた。
 「さ、難しい話はここまでだ。今日はとことん差しで呑もうじゃないか」



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 いつもなら専用ブースの次回の予約を入れてから帰宅するのだが、今日はとてもそんな気にならなかった。
 (はあ……)
 ユージはがっくりと肩を落とした。
 (さっき、何であんなことを思っちゃったんだろう)
 彼は、たとえ一瞬でもジンとサクラの仲を疑った自分を恥じていた。
 (ジンさんだって、俺の家族のことを気にかけて、わざわざ天界から様子を見に来て下さっているのに)
 あの時、家族3人水入らずで暮らすよりも、家族からひとり離れて中道界で研究する道を選んだのは、他ならぬユージ自身だ。
 (それを棚に上げて、何なんだよ俺は)
 ユージは強烈な自己嫌悪に襲われていた。
 居酒屋での仕事中もユージは何となく元気のない様子で、
 「ユージさん、浮かない顔してどうしたんです?」
 呑みに来たイシュタルにもそんな風に言われてしまう有様だ。
 まさか、ジンにお門違いな嫉妬をして自己嫌悪に陥りました、とも言えず、
 「あはは、そうですか?きっとリューイさんの気のせいですよ」
 と、誤魔化すより他になかった。
 その日の夜。
 ユージはいつもの就寝時間に床に入ったものの、全く寝付けないでいた。
 目を閉じると、色々と余計なことを考えてしまうのだ。
 (はあ……なんか飲むか)
 ユージは自室を出ると、階段をトントンと降りてキッチンへ向かった。
 (あれ?)
 見ると、小上がりの方から明かりが漏れている。
 「ユージ。眠れないのかい?」
 カオルの声がした。
 「はい」
 「こっちにおいで」
 小上がりでは、カオルが店の残り物を肴に晩酌を愉しんでいた。
 「コップと箸、持っておいで」
 ユージは指示された通りにし、
 「カオルさん。お邪魔します」
 軽く頭を下げて、カオルの対面に座り込んだ。
 「明日はゆっくり朝寝するといいよ。特段予定はないんだろう?」
 カオルはユージのコップに日本酒を注いだ。
 「いただきます」
 ユージは、日本酒をゆっくりと口に含んだ。
 「今日は帰ってきてからこっち、ずっと浮かない顔してるじゃないか。何かあったのかい?」
 「はあ」
 「聞いてやるから、話してごらんな」
 染み入るような優しい声音に、ユージの心が緩んだ。
 (今日は――今日だけは、カオルさんに甘えちゃっても、いいかな)
 打ち明けた後でぼろくそに言われてしまうかもしれないが、それはそれだ、と思った。
 「カオルさん。実は」
 ユージは、その日あったことをぽつぽつと打ち明けた。
 カオルは酒を呑み、肴をつまみながら、口を挟むことなく黙って聞いてくれた。
 「それじゃお前、サトルがジンに懐いてるのを見て、焼き餅焼いたのかい」
 カオルはじんわりと苦笑いした。
 「はあ。自分でも嫌になっちゃって。どうしてそんなことを考えちゃったんだろうって」
 ユージは背中を丸めて俯いた。
 「まあ、小さい子供はそうしたもんだから、諦めるしかないねえ。会ったこともない父親なんか赤の他人だよ」
 と、カオルはばっさりと切り捨てた。
 「ですよね」
 ぐうの音も出ないユージは、小さな声で同意した。
 「なんか、サクラとサトルとジンさんの姿を見てたら、あそこに僕の居場所がないなって思っちゃったんです。とっても幸せそうで、お似合いだなって」
 「お前、随分捻くれたことを言うじゃないか」
 「そうです。今日の僕はおかしいんです」
 ユージは日本酒を喉に流し込んだ。
 「妻子を置いてジムルグで研究をするって決めたのは僕です。全部僕の決断が招いた結果なのに、それを棚に上げてジンさんに嫉妬したり、サクラを疑ったり。もう最悪です」
 ユージの目尻に、涙が滲んだ。
 「ユージ。研究の方はどうなんだい。うまくいっているのかい?」
 カオルの問いに、ユージは首を横に振った。
 「僕なりに考えて色々な文献を当たったり、これはというスポットを訪ねたりしていますが――言葉は相変わらずよく動いてくれていても、それが世界を動かすような力を生み出すところには辿り着けていません。正直、その糸口さえ何処にあるのかわかりません」
 「つまりは、行き詰っているってことだね?」
 ユージはこくん、と頷いた。
 その様子を見て、カオルは雄弁な溜息をついた。
 「ユージ。あたしは、お前の人生の全てを投げ打ってまで研究に没頭しろなんて言ったつもりはないよ」
 カオルの言葉に、ユージは目を上げた。
 「お前だけじゃなくて、あたしの弟子みんなに同じことを言うよ。お前の人生はお前だけのものなんだよ、ってね。結局は、研究もその大事な人生の一部であって、全てにしちゃいけないんだよ」
 「で、でも、僕の研究は中道界でしか出来ないし、まだ小さいサトルを連れてくるわけには」
 「どうせ行き詰っているんだ。1回リセットするって手もあるよ」
 カオルはじっとユージの顔を見つめた。
 「最愛の妻と息子が他の男と仲良くしているところを見てクサクサするぐらいなら、一旦帰った方がいいんじゃないのかい?色々拗れる前にさ」
 「……」
 ユージは、何も言えなかった。
 「いずれにせよ、どうするかはお前が決めな。だってそうだろう。さっきも言った通り、お前の人生はお前だけのものだからね」
 カオルの言葉は、重くユージの心に響き渡った。
 「よく考えて、結論が出たら教えとくれな」
 「はい……わかりました」
 深刻な顔をして俯いたユージに、カオルはカラッとした顔で笑いかけた。
 「さ、難しい話はここまでだ。今日はとことん差しで呑もうじゃないか」