表示設定
表示設定
目次 目次




ジェラシー(1)

ー/ー



 さて。
 ユージがジムルグに来てから2年半が経過した。
 サトルも2歳を過ぎ、今では簡単な単語を並べてお喋りをするようになっていた。
 (子供の成長ってホント早いよな)
 ユージは月に2回程度のサクラとの通話の中で、タブレット端末に映る息子の成長ぶりに感心しっぱなしだ。
 (それに比べて、俺は)
 カオルに研究の許可を貰って1年以上経過したが、残念ながら進捗状況は芳しくなかった。それでも、ジムルグの文献への理解が以前よりずっと進んでいるのは確かだったけれども。
 (いつになったら、本丸を掴めるようになるんだろうか)
 ユージは自分でも気づかぬうちに焦りを募らせるようになっていた。
 
 調べていく中で、ここジムルグは「言霊の幸う国」と呼ばれ、言葉が持つ力で幸せがもたらされる国と信じられていたことを知った。
 ここに何かのヒントがありそうだが、そのメソッドを示すような記述はどんなに探しても見つからない。
 例えば万葉集を開けば相変わらず言葉は良く動いてくれて、それの意味するところや背景をユージに教えてくれる。
 でも、その先のことは教えてはくれない。
 そんなわけで、どんなに調べても、言葉が世界を動かすという現象には遠く辿り着けないままだった。

 
 ところで、カオルが経営する居酒屋はどうやら口コミで評判になったようで、ユージが働き始めた頃よりもずっと多くの客が訪れるようになっていた。
 「こりゃあ、ちょいと考えないとしょうがないねえ」
 ということで、余裕のあったスペースに長テーブルを置き、第二のカウンターに設えた。
 カオルとユージの二人体制で無理のない範囲での規模拡張だ。
 
 天界の蒼き龍イシュタルは、月に数回ほどのペースで店に顔を出していた。
 出会った初日こそイシュタルが一方的にユージを警戒していたものだが、今では気兼ねなく雑談を楽しむようになっている。
 因みにユージに対しては、カオルと相談した上で中道界での名前である「リューイ」を名乗っている。
 あくまでも天界に所縁のあるただの人間というスタンスだ。
 
 
 そんなある日のこと。
 ユージは魔界の出張所で、サクラとの定期連絡に臨んでいた。
 「サクラ、ごめん。ちょっと遅れた」
 専用ブースの椅子に腰かけながら、ユージはタブレット端末越しに声を掛けた。
 『いいのよ、気にしないで』
 画面に映るサクラはどうやら機嫌が良さそうだ。
 背後では、きゃあきゃあと大はしゃぎしているサトルの声が聞こえる。
 「サトル、ご機嫌だね」
 『そうなの。今日はジンさんが来て下さって、遊んでもらってるから』
 「え、ジンさん?」
 意外な名前に、ユージの動きが止まった。
 『アルファちゃんも一緒に来てくれたんだけど、今ちょっとお買い物に行ってて。もうすぐ戻ってくると思うけど』
 サクラの言葉は、頭に入らなかった。
 『おー、ユージ、久し振りだな。元気か?』
 画面には、サトルを抱き上げて例の顔で笑っているジンの姿が映し出された。
 それを見た瞬間、ずきっ、とユージの心が軋んだ。
 しかし、すぐに気を取り直して、
 「あっ……ジンさん、お久し振りです。何とか元気でやっています」
 と、笑顔で応じた。
 『ジンさんはあたしには出来ない遊びをしてくれるから、サトルもすっかり懐いちゃって――ジンさんが来るってわかったら、朝からそわそわしてるのよ』
 「そ、そうなんだ」
 サトルは背の高いジンに高い高いをしてもらって、きゃっきゃと声を立てて笑っている。
 「ジンさんは、よくうちに来て下さるんですか?」
 『そうだな。クワンの所に論文を読みに来たついでだから、月に1度あるかないかだな』
 ジンはサトルによじ登られながらあっさりと回答した。
 (そんな話、聞いてないぞ)
 ユージは微かに眉根を寄せた。
 『ユージ。サトルは順調に生育しているし、この通り元気いっぱいだ。何の心配ないから安心してくれ』
 ジンはユージの表情の変化に気づいていない様子だ。
 「あ、ありがとうございます」
 ユージは何とか笑顔を作って頭を下げた。
 『サトル。パパにもお話ししてあげて』
 サクラは、ジンにべったりで父親には何の興味も示さないサトルに声を掛けた。ユージを気遣ってのことだ。
 『やだ』
 しかし、肝心のサトルはぶんぶんと首を横に振った。
 サトルにしてみれば、抱いてくれたこともなければ遊んでくれたこともなく、いつもタブレット端末の中にしかいない父親など、どうでもいい存在なのだろう。
 『サトル。小父ちゃんはそういうの嫌いだぞ』
 大好きなジンに強く言われ、サトルは仕方なさそうに自分の方をちらりと見やって、
 『パパ』
 とだけ、言った。
 「……」
 ユージは、何も言えなかった。
 子供は実に、残酷なまでに正直だ。
 (くそ……)
 ユージの心はぎりぎりと軋んだ。
 (サクラは俺の妻で、サトルは俺の息子だ。それなのに、ジンさんは)
 ユージは、自分よりあらゆる面で優れているジンに嫉妬していた。
 ジンは背が高くルックスも抜群で大人の男性としての魅力にあふれ、頼りがいがあって行動力もある。
 現にサトルもサクラも、ジンを囲んで楽しそうにしているではないか。
 (ここに、俺が入る余地が、ない)
 そう思った時に、ユージの目には魔界にいるこの3人が幸せな家族のように見えてきて、再び心がぎりぎりと軋んだ。
 (俺のいないところで、まさかこの二人)
 そう思いかけ、
 (いや、何を考えているんだ俺は。ジンさんは今もルシア様にぞっこんじゃないか)
 すぐに否定してみたものの、
 (でも、人の心は移ろうもの、だよね?)
 別の自分がそう囁いた。
 そして。
 (ダメだ)
 これ以上、この様子を見続けることは無理だと思った。
 「サクラ、ごめん。今日は用事があるから、これで」
 ユージはサクラの返事を待たず、接続を終了させた。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む ジェラシー(2)


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 さて。
 ユージがジムルグに来てから2年半が経過した。
 サトルも2歳を過ぎ、今では簡単な単語を並べてお喋りをするようになっていた。
 (子供の成長ってホント早いよな)
 ユージは月に2回程度のサクラとの通話の中で、タブレット端末に映る息子の成長ぶりに感心しっぱなしだ。
 (それに比べて、俺は)
 カオルに研究の許可を貰って1年以上経過したが、残念ながら進捗状況は芳しくなかった。それでも、ジムルグの文献への理解が以前よりずっと進んでいるのは確かだったけれども。
 (いつになったら、本丸を掴めるようになるんだろうか)
 ユージは自分でも気づかぬうちに焦りを募らせるようになっていた。
 調べていく中で、ここジムルグは「言霊の幸う国」と呼ばれ、言葉が持つ力で幸せがもたらされる国と信じられていたことを知った。
 ここに何かのヒントがありそうだが、そのメソッドを示すような記述はどんなに探しても見つからない。
 例えば万葉集を開けば相変わらず言葉は良く動いてくれて、それの意味するところや背景をユージに教えてくれる。
 でも、その先のことは教えてはくれない。
 そんなわけで、どんなに調べても、言葉が世界を動かすという現象には遠く辿り着けないままだった。
 ところで、カオルが経営する居酒屋はどうやら口コミで評判になったようで、ユージが働き始めた頃よりもずっと多くの客が訪れるようになっていた。
 「こりゃあ、ちょいと考えないとしょうがないねえ」
 ということで、余裕のあったスペースに長テーブルを置き、第二のカウンターに設えた。
 カオルとユージの二人体制で無理のない範囲での規模拡張だ。
 天界の蒼き龍イシュタルは、月に数回ほどのペースで店に顔を出していた。
 出会った初日こそイシュタルが一方的にユージを警戒していたものだが、今では気兼ねなく雑談を楽しむようになっている。
 因みにユージに対しては、カオルと相談した上で中道界での名前である「リューイ」を名乗っている。
 あくまでも天界に所縁のあるただの人間というスタンスだ。
 そんなある日のこと。
 ユージは魔界の出張所で、サクラとの定期連絡に臨んでいた。
 「サクラ、ごめん。ちょっと遅れた」
 専用ブースの椅子に腰かけながら、ユージはタブレット端末越しに声を掛けた。
 『いいのよ、気にしないで』
 画面に映るサクラはどうやら機嫌が良さそうだ。
 背後では、きゃあきゃあと大はしゃぎしているサトルの声が聞こえる。
 「サトル、ご機嫌だね」
 『そうなの。今日はジンさんが来て下さって、遊んでもらってるから』
 「え、ジンさん?」
 意外な名前に、ユージの動きが止まった。
 『アルファちゃんも一緒に来てくれたんだけど、今ちょっとお買い物に行ってて。もうすぐ戻ってくると思うけど』
 サクラの言葉は、頭に入らなかった。
 『おー、ユージ、久し振りだな。元気か?』
 画面には、サトルを抱き上げて例の顔で笑っているジンの姿が映し出された。
 それを見た瞬間、ずきっ、とユージの心が軋んだ。
 しかし、すぐに気を取り直して、
 「あっ……ジンさん、お久し振りです。何とか元気でやっています」
 と、笑顔で応じた。
 『ジンさんはあたしには出来ない遊びをしてくれるから、サトルもすっかり懐いちゃって――ジンさんが来るってわかったら、朝からそわそわしてるのよ』
 「そ、そうなんだ」
 サトルは背の高いジンに高い高いをしてもらって、きゃっきゃと声を立てて笑っている。
 「ジンさんは、よくうちに来て下さるんですか?」
 『そうだな。クワンの所に論文を読みに来たついでだから、月に1度あるかないかだな』
 ジンはサトルによじ登られながらあっさりと回答した。
 (そんな話、聞いてないぞ)
 ユージは微かに眉根を寄せた。
 『ユージ。サトルは順調に生育しているし、この通り元気いっぱいだ。何の心配ないから安心してくれ』
 ジンはユージの表情の変化に気づいていない様子だ。
 「あ、ありがとうございます」
 ユージは何とか笑顔を作って頭を下げた。
 『サトル。パパにもお話ししてあげて』
 サクラは、ジンにべったりで父親には何の興味も示さないサトルに声を掛けた。ユージを気遣ってのことだ。
 『やだ』
 しかし、肝心のサトルはぶんぶんと首を横に振った。
 サトルにしてみれば、抱いてくれたこともなければ遊んでくれたこともなく、いつもタブレット端末の中にしかいない父親など、どうでもいい存在なのだろう。
 『サトル。小父ちゃんはそういうの嫌いだぞ』
 大好きなジンに強く言われ、サトルは仕方なさそうに自分の方をちらりと見やって、
 『パパ』
 とだけ、言った。
 「……」
 ユージは、何も言えなかった。
 子供は実に、残酷なまでに正直だ。
 (くそ……)
 ユージの心はぎりぎりと軋んだ。
 (サクラは俺の妻で、サトルは俺の息子だ。それなのに、ジンさんは)
 ユージは、自分よりあらゆる面で優れているジンに嫉妬していた。
 ジンは背が高くルックスも抜群で大人の男性としての魅力にあふれ、頼りがいがあって行動力もある。
 現にサトルもサクラも、ジンを囲んで楽しそうにしているではないか。
 (ここに、俺が入る余地が、ない)
 そう思った時に、ユージの目には魔界にいるこの3人が幸せな家族のように見えてきて、再び心がぎりぎりと軋んだ。
 (俺のいないところで、まさかこの二人)
 そう思いかけ、
 (いや、何を考えているんだ俺は。ジンさんは今もルシア様にぞっこんじゃないか)
 すぐに否定してみたものの、
 (でも、人の心は移ろうもの、だよね?)
 別の自分がそう囁いた。
 そして。
 (ダメだ)
 これ以上、この様子を見続けることは無理だと思った。
 「サクラ、ごめん。今日は用事があるから、これで」
 ユージはサクラの返事を待たず、接続を終了させた。