「……うぁ……あ……た……たす……けて……」
目の前の椅子に体を固定されたままの青年が、情けなく助けを求めるのを、私はなんの感慨もなく見詰めていた。
最初はあれだけ堂々としていたのに、なんて呆気ない。
正直期待はずれだ。
「なに?もう降参なの?」
感じた失望を一切隠すことなく言う私に、青年は怯えるような目を向ける。
「全部……全部話す……だから……もう……やめてくれ……」
どうやら、もう本当にこれ以上は無理らしい。
もう少し楽しみたかったんだけど……と思いながら、青年に背を向ける。
「なら、代わりの人が来るから、きちんと全部話しなさいよ?
少しでも嘘吐いたり、隠し事したりしたら……わかるよね?」
それだけ告げると、後方に控えていた部下に目配せし、この部屋に捕らえているもう一人の元へと向かう。
そこに縛られたまま放置されていたのは、見事な金髪縦ロールのお嬢様。
ここに連れて来た時から着たままのドレスの下半身には、何かを漏らしたかのようなシミが広がっている。
少し臭い。
「さて、お嬢さん?」
不快な匂いに僅かに顔を顰めながら声をかける私の方へ、涙やらでぐちゃぐちゃになった顔を向けるお嬢様。
どうやら、目の前で拷問をされる兄の姿を見ていて、完全に心が折れているみたい。
あの青年もそうだけど、この子も呆気ない。
目の前にいるこの子は、物語で言えば典型的な傲慢で高飛車な悪役令嬢って感じの子だったはずなんだけど。
そういや、あの男だって血も涙もない冷血公爵とか呼ばれてたっけ。
ちょっと死ねないようにして、全身をバラバラに切り刻んではまた元に戻すってのを丸一日繰り返しただけなのにね。
「ほら、喋っていいよ?」
悲鳴がうるさかったから喋れないようにしていたお嬢様に、声を出す許可をあげる。
これでもう声は普通に出せるはずなんだけど、お嬢様は何も言わない。
ただひたすらガタガタと震えながら私を怯える瞳で見ている。
別に今はこの子には何もするつもりはないのに、酷い扱いだ。
「もう身分が下の子を虐めたりしたらダメよ?」
私の言葉に、お嬢様は首をブンブンと縦に振って頷く。
「良い子になるって約束出来るよね?破ったらあーなるからね?」
「ひっ……」
今は部下から尋問を受けている青年の方を指差しながら言えば、ようやくお嬢様の口から言葉が出る。
まぁ、悲鳴だけど。
うん、思ってたより手応えがなくて不満はあるけど、とりあえずはこれで良いかな。
「じゃ、後はお願いね。あぁ、この子はお風呂に入れて着替えさせてあげてね。ちょっと臭い」
それだけ告げると、返事をする部下に後を任せてもう用はないからさっさとその場から立ち去る。
私も丸一日あの男で遊んでたから、本当は自分の屋敷に帰って寝たいんだけど。
一応は今の雇用主に報告だけはしないと、美味しいご飯のためのお給料が貰えなくなるかもしれない。
「ま、そうなったらそうなったで殺っちゃえばいいだけなんだけどねえ」
そんなことを呟きながら、私は鼻歌まじりに王城の中を歩く。
頭の後ろで手を組みながら、鼻歌も歌って機嫌よく王城内を歩く私の姿を見掛けると、全ての人がサッと避ける。
それは歩きやすくなるから大歓迎なんだけど……。
「うるさいな。黙って」
こっちを見ながら、何かヒソヒソと囁きあっていた令嬢の集団に、視線だけ向けてそう告げる。
令嬢達は驚いたように口をパクパクとさせているけど、その口から声が出ることはない。
とうとう泣き出して逃げ去っていったけど、静かになって何より。
まぁ、何日かすれば声はまた出るようになるしね。
その様子を見ていた周囲の人達もいつの間にか居なくなり、王城の廊下を静寂が包み込む。
うん、静かで良いね。
そのまま機嫌よくさらに王城内を歩くことしばし。
見えて来たのは豪華な扉に、そこを守るように立つ大きな体の兵士。
この制服は近衛の……どの部隊だっけ。
「報告に来たんだけど。中にいる?」
見上げるくらい大柄な兵士にそう聞くと、答えを待たずに部屋の扉をノックする。
確か陛下の執務室だったよねここ。
中から聞こえた返事に、迷いなく扉に手をかける私に兵士達が少し困ったような様子だったけど、それを一切気にすることなく執務室に入る。
中に入ると、目に飛び込んで来るのは立派な執務机に座るおじさんと、その後ろに控えるように立つ青年。
手前に置かれたソファには、綺麗なお姉さんが座っている。
その中から、机に座っているおじさんに目を向けると声をかける。
「陛下、終わったんで報告に来ました」
「おお、そうか」
そう答えるのは、短い銀髪を綺麗にならし、青い瞳の渋いおじさん。
まぁ、おじさんと言ってもまだ30歳くらいだろうからお兄さんで呼んであげないと拗ねてしまう年齢かもしれない。
「公爵は全て話しそうか?」
「うん、たぶん今ごろ部下がくわしく話を聞いてると思います」
「そうか。さすが早いな」
私の言葉に満足そうに頷くと、陛下は後ろに控えていた茶髪にメガネをしたインテリイケメン的な人に何やら指示を出している。
ちなみに、このインテリイケメンは宰相らしく、私を拾った相手でもある。
まぁ、あんまり好きじゃないんだけど。
もういっそ殺っちゃおうかな。
「サキ……貴女は大丈夫なの?」
そんなことを考えていた私に、心配そうに声を掛けて来たお姉さん。
見事な金髪に、美しい紫の瞳をもつこの綺麗な人は王妃様。
この人は、誰もが怯える私のことを何故かいつも心配してくれている優しい人だから好きだ。
すごく美味しいお菓子もくれるし。
「うん、私は大丈夫だよ、王妃様」
この人のことは好きだから、にっこりと笑って返事をしようかなと思ったのに、私の表情筋はぴくりとも動かない。
やっぱり私の表情筋は壊れているみたい。
いや、表情筋だけじゃない。
三年前のあの日から、きっと私は壊れたままなんだ。