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日常の瓦解

6/8





土日の出来事が嘘のような、週の始まり。余りにも長閑で退屈で、空疎な日々。  体育の授業は自習。皆喜んでグループを作り、それぞれのスポーツをやる。ぼくはバスケットボールを倉庫から取り出し、ひたすら一人でゴールに向かって投げ続ける。やっているふり――バレーボールやバドミントンは、皆と違ってひとりぼっちのぼくには出来ない。ひとりぼっちであることは誰にも知られたくなかった。バスケットボールをしていれば誰にも気づかれることはない。  昼休みを挟んで座学が続く。四限目――五限目――何も言わず座っているだけのぼくには、授業中も休み時間も変わらない。学校ではそれまでのように退屈を埋める写真撮影もできない。  眼鏡をかけた国語の先生が教室に入ってきた。六時間目――ようやく最終授業。授業の最中、ふとしたとき、ぼくは自分がカレンダーを見つめていることに気づいた。  秀樹に言われた格好の通りに、岸浜文化大学に今日もやってきた。  ――新野はごろつきだから、何をしてくるか分からないからね。これを持っていた方がいい。  秀樹はぼくに折りたたみ式ナイフを渡してきた。ナイフ――ファミレスでかっこつけてハンバーグを切るときにしか、使ったことはない。全く新しい感覚に、ぼくは打ち震えた。同時に、こんなものを持たせようとしている秀樹の神経を疑った。とりあえず、ズボンのポケットにそれをしまった。  今日で聞き込みは三日目。先週の土曜日を含めれば、四日目となる。ここ二日は文化祭の準備か何かで、午前中授業だった。そのため、木金と平日に連続で聞き込みをすることが出来たのだ。文化祭に、どうせぼくの役割なんてない。  ――十日ぐらい、聞き込みをしてくれればそれでいいから。もちろん、学校あるだろうし日が開くのは全然いいから。  秀樹はこう言っていたが、ぼくはなるべく早く新野の溜まり場を突き止め、秀樹に報告したかった。  今までの三日間に三十人ほどに話を聞いたが、新野の溜まり場について知っている人はいなかった。質問した半分以上が新野は不良じみていて近寄りがたいと述べていた。  先週の土曜日よりもさらに暑くなっていた。日差しは強力さを増すばかりだ。 「あつい……」  太陽を直視できず、ぼくは掌で影を作った。歩く度に服の中が汗ばんで気持ちが悪かった。 「飴、入れてたはず」  ぼくは上着のポケットのボタンを外す。中には紙くずと、長方形の黒い物体が入っていた。ちょうどぼくが普段使っている、消しゴム程度の大きさだ。 「いけね。これ自分の服じゃなかった」  ぼくはまた渇きに耐える必要に迫られた。渇いた喉を震わせながら、木陰のある場所を探す。また、校門を出た近くの屋根付きベンチに向かう。 「えーと……とりあえず」 「おまえさ、何してんだよ」  ぼくの独り言を遮る、低い声。急なものだったのでぼくは凍てついた。振り返る。屈強な髪を金に染めた男がぼくに密着した状態でこちらを睨みつけていた。毛根のあたりは金髪がはげており、素の黒髪が顔を覗かせている。金髪男――聞いていた話からどう考えても、新野義隆だった。新野の両脇には不良仲間と思しき目つきの悪い大学生ぐらいの男が二人、立っている。 「ちょっとこいよ」  新野は言った。背中に突きつけられる、硬い感触――おそらく刃物、ナイフ。  ぼくの足は途端に動かなくなった。



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日常の瓦解

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土日の出来事が嘘のような、週の始まり。余りにも長閑で退屈で、空疎な日々。  体育の授業は自習。皆喜んでグループを作り、それぞれのスポーツをやる。ぼくはバスケットボールを倉庫から取り出し、ひたすら一人でゴールに向かって投げ続ける。やっているふり――バレーボールやバドミントンは、皆と違ってひとりぼっちのぼくには出来ない。ひとりぼっちであることは誰にも知られたくなかった。バスケットボールをしていれば誰にも気づかれることはない。  昼休みを挟んで座学が続く。四限目――五限目――何も言わず座っているだけのぼくには、授業中も休み時間も変わらない。学校ではそれまでのように退屈を埋める写真撮影もできない。  眼鏡をかけた国語の先生が教室に入ってきた。六時間目――ようやく最終授業。授業の最中、ふとしたとき、ぼくは自分がカレンダーを見つめていることに気づいた。  秀樹に言われた格好の通りに、岸浜文化大学に今日もやってきた。  ――新野はごろつきだから、何をしてくるか分からないからね。これを持っていた方がいい。  秀樹はぼくに折りたたみ式ナイフを渡してきた。ナイフ――ファミレスでかっこつけてハンバーグを切るときにしか、使ったことはない。全く新しい感覚に、ぼくは打ち震えた。同時に、こんなものを持たせようとしている秀樹の神経を疑った。とりあえず、ズボンのポケットにそれをしまった。  今日で聞き込みは三日目。先週の土曜日を含めれば、四日目となる。ここ二日は文化祭の準備か何かで、午前中授業だった。そのため、木金と平日に連続で聞き込みをすることが出来たのだ。文化祭に、どうせぼくの役割なんてない。  ――十日ぐらい、聞き込みをしてくれればそれでいいから。もちろん、学校あるだろうし日が開くのは全然いいから。  秀樹はこう言っていたが、ぼくはなるべく早く新野の溜まり場を突き止め、秀樹に報告したかった。  今までの三日間に三十人ほどに話を聞いたが、新野の溜まり場について知っている人はいなかった。質問した半分以上が新野は不良じみていて近寄りがたいと述べていた。  先週の土曜日よりもさらに暑くなっていた。日差しは強力さを増すばかりだ。 「あつい……」  太陽を直視できず、ぼくは掌で影を作った。歩く度に服の中が汗ばんで気持ちが悪かった。 「飴、入れてたはず」  ぼくは上着のポケットのボタンを外す。中には紙くずと、長方形の黒い物体が入っていた。ちょうどぼくが普段使っている、消しゴム程度の大きさだ。 「いけね。これ自分の服じゃなかった」  ぼくはまた渇きに耐える必要に迫られた。渇いた喉を震わせながら、木陰のある場所を探す。また、校門を出た近くの屋根付きベンチに向かう。 「えーと……とりあえず」 「おまえさ、何してんだよ」  ぼくの独り言を遮る、低い声。急なものだったのでぼくは凍てついた。振り返る。屈強な髪を金に染めた男がぼくに密着した状態でこちらを睨みつけていた。毛根のあたりは金髪がはげており、素の黒髪が顔を覗かせている。金髪男――聞いていた話からどう考えても、新野義隆だった。新野の両脇には不良仲間と思しき目つきの悪い大学生ぐらいの男が二人、立っている。 「ちょっとこいよ」  新野は言った。背中に突きつけられる、硬い感触――おそらく刃物、ナイフ。  ぼくの足は途端に動かなくなった。



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