2-2
ー/ー
記憶復活の儀。
それは生まれ変わる俺たちに、過去の記憶が戻るように前世で施された儀式だと、安芸は和泉に説明した。
俺たちは物心ついた時から今に至るまで、この記憶に従って行動している。前世の意思のせいか何かは知らないが、やらなければ落ち着かなくなるのだ。とんだ迷惑な話であり、支配されているといっても過言ではない。
「じゃあどうして私には記憶がないの?」
「うーん、それなんだよなぁ。記憶復活は転生する全員がかけられているはずなんだけど、和泉は何らかが原因で戻ってないのだと思う」
残念ながら、いくら安芸でもその原因までは分からないだろう。恐らくこれは前世の彼らにしてみれば予期せぬこと。
ちなみに、この日本のどこかにあと七人の生まれ変わりが存在するはずだ。本来なら守護楽団の全メンバーが揃うべきだが、転生するには膨大な力を必要とし全員分には負荷が大きすぎたため、話し合いの結果で代表する十人へ絞られたのだ。
「な、ならきっと私じゃなくて別の誰かってことも――」
「いや、君は和泉の生まれ変わりだよ。僕と日向が君を見間違えるはずがない」
和泉の記憶がないにも関わらず安芸はそう断言した。コイツの言うとおり、彼女は和泉であることには間違いない。俺の記憶の中、そして恐らく安芸の記憶の中に存在する和泉の顔は、いま目の前にいる女と瓜二つなのだから。
だが確かに世の中には自分と同じ顔が三人はいると聞くように、顔が似ているだけという理由では彼女も納得できないだろう。
無論、俺たちにはまだ、この女が和泉であると確信する理由があった。
「それにね――」
「……バッハのガヴォット」
それまで黙って聞いていた俺が口を挟んだ。横から割り込まれて安芸は面白くなさそうに顔を顰めたが、ここは俺が言ったほうが話が通じやすいと判断した。
「お前、弾いてただろ。楽団の練習の前に一人で」
「えっ……?」
まさか俺が聴いていたなんて知りもしない和泉は、少し照れくさそうに慌てふためいていた。
バッハの『ガヴォット』。
それは前世の和泉も愛して弾いていた曲であり、俺たちにとっても特別だった。
俺たちの脳裏には、ガヴォットを奏でる〝彼女〟の姿が、ただの記憶とは言い難いほどに強く焼き付いている。転生者が操作されるのは外見と記憶だけとされるが、どうやら好みや性格にも多少通ずることはあるらしい。
前世が好きだった曲を、偶然にこの女も弾いていたとは思いがたい。転生者として引き継がれた証に他ならないだろう。
それでも、和泉はまだ渋い顔をしていた。
「まだ信じられねぇなら証拠を見せてやる。お前にもアレが使えるはずだからな」
「あ、そっか。その手があったね」
安芸が思い出したように手を叩いた。俺はソファの横に置いてあった彼女の楽器ケースを渡し、中のヴァイオリンを出すように指示した。先ほどの戦いの時に和泉はこれを落としていたが、ケースに多少傷はあったものの中身は問題なさそうだった。
さて、どう見てもよく手入れがされた普通のヴァイオリンだが、彼女が本当に和泉の生まれ変わりであれば呼び出せるはずである。
「言ってみろ、それを高く掲げて〝変化〟ってな」
恐る恐る彼女は俺の言うことに従い、ヴァイオリンを掲げて叫んだ。
「変化」
――結果は俺たちの期待どおりだった。
ヴァイオリンは神々しい光を放ち、それが引いた時彼女の手には、前世の和泉が所持していた弓矢が握られていたのだ。
「う、嘘……」
「嘘じゃねぇ、頬でもつねってみるか?」
「ビックリするよねぇ。僕も初めてやった時、腰が抜けたもん」
この変化はブリッランテの生まれ変わりにしか使えない。つまりこれで和泉が和泉であるということが証明された。ま、この女が信じなきゃ意味はないがな。
当の和泉本人は、俺が冗談で言った〝頬でもつねってみるか?〟を実践して夢でないことを確認しつつも、口をポッカリと開けて呆然としていた。
「和泉、大丈夫……?」
心配になった安芸が声をかけると、彼女は無言で頷いたが涙目だった。突然突きつけられた現実に不安を感じているのか、それともつねったのが相当痛かったか。
「私、これからどうなるの?」
「えっと、メストって敵を倒したいんだけど……今日はもうこんな時間だから、帰った方がいいんじゃないかな」
安芸の言葉で和泉が時計を見ると、もうすぐ十八時を回ろうとしていた。聞けば和泉は練習室から徒歩圏内の実家で暮らしているらしく、安芸の言うとおりそろそろ帰らなければ親が心配をするだろう。
「弓は『復元』って言えば元に戻るよ。さ、支度して。送っていくから」
安芸に言われたとおり和泉が呪文を唱えると、弓はまた光を放ちヴァイオリンに戻った。そして彼女は帰宅の準備を始めるも、説明が中途半端で煮え切らないのか不服そうな顔をしている。だが、帰らないわけにもいかない。
「んな顔すんな、明日も楽団の練習日だろ? あとは明日教えてやるよ」
「……もう今日みたいなことはしない?」
和泉が怯えるような目で俺を見てきた。同時に安芸にも睨まれる。
何で俺が悪者なんだよ。要するにメストが現れたら、ちゃんと守りゃいいんだろ。
「ハイハイもうしません、悪かったよ」
観念してそう返せば、和泉は安心したように小さく笑った。そして彼女は「じゃあね」と手を振ると安芸と共に部屋を後にして、俺一人がこの部屋に残される。
確かに既に外は暗いし、またメストの襲撃を受けるとも限らないが、安芸がいれば大丈夫だろう。――だとは思うが……あのバカ、出ていく直前に俺の顔を見て笑いやがった。メストよりもお前の方がよっぽど怖いじゃねぇか。
当然奴は知っている、俺と和泉の前世の関係を。そして前世の安芸がそれを甘んじて受け入れていたことも。
だが今の俺には関係のないことだ。前世がどうであったかなど、どうでも良い。奴の好きにすればいい。
俺を忘れたアイツになんて、興味はない。
そう思うのに。
「……くそっ」
<日向っ>
俺を呼び、楽しそうに『ガヴォット』を弾くアイツの姿が、脳裏から離れない。
記憶復活が働いてから、唯一の支えはこの記憶だったのに。
本当に何も覚えていないのか。
何も。
……何も。
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|記憶復活《アウフレーベント》の儀。
それは生まれ変わる俺たちに、過去の記憶が戻るように前世で施された儀式だと、安芸は和泉に説明した。
俺たちは物心ついた時から今に至るまで、この記憶に従って行動している。前世の意思のせいか何かは知らないが、やらなければ落ち着かなくなるのだ。とんだ迷惑な話であり、支配されているといっても過言ではない。
「じゃあどうして私には記憶がないの?」
「うーん、それなんだよなぁ。|記憶復活《アウフレーベント》は転生する全員がかけられているはずなんだけど、和泉は何らかが原因で戻ってないのだと思う」
残念ながら、いくら安芸でもその原因までは分からないだろう。恐らくこれは前世の彼らにしてみれば予期せぬこと。
ちなみに、この日本のどこかにあと七人の生まれ変わりが存在するはずだ。本来なら守護楽団の全メンバーが揃うべきだが、転生するには膨大な力を必要とし全員分には負荷が大きすぎたため、話し合いの結果で代表する十人へ絞られたのだ。
「な、ならきっと私じゃなくて別の誰かってことも――」
「いや、君は和泉の生まれ変わりだよ。僕と日向が君を見間違えるはずがない」
和泉の記憶がないにも関わらず安芸はそう断言した。コイツの言うとおり、彼女は和泉であることには間違いない。俺の記憶の中、そして恐らく安芸の記憶の中に存在する和泉の顔は、いま目の前にいる女と瓜二つなのだから。
だが確かに世の中には自分と同じ顔が三人はいると聞くように、顔が似ているだけという理由では彼女も納得できないだろう。
無論、俺たちにはまだ、この女が和泉であると確信する理由があった。
「それにね――」
「……バッハのガヴォット」
それまで黙って聞いていた俺が口を挟んだ。横から割り込まれて安芸は面白くなさそうに顔を顰めたが、ここは俺が言ったほうが話が通じやすいと判断した。
「お前、弾いてただろ。楽団の練習の前に一人で」
「えっ……?」
まさか俺が聴いていたなんて知りもしない和泉は、少し照れくさそうに慌てふためいていた。
バッハの『ガヴォット』。
それは前世の和泉も愛して弾いていた曲であり、俺たちにとっても特別だった。
俺たちの脳裏には、ガヴォットを奏でる〝彼女〟の姿が、ただの記憶とは言い難いほどに強く焼き付いている。転生者が操作されるのは外見と記憶だけとされるが、どうやら好みや性格にも多少通ずることはあるらしい。
前世が好きだった曲を、偶然にこの女も弾いていたとは思いがたい。転生者として引き継がれた証に他ならないだろう。
それでも、和泉はまだ渋い顔をしていた。
「まだ信じられねぇなら証拠を見せてやる。お前にもアレが使えるはずだからな」
「あ、そっか。その手があったね」
安芸が思い出したように手を叩いた。俺はソファの横に置いてあった彼女の楽器ケースを渡し、中のヴァイオリンを出すように指示した。先ほどの戦いの時に和泉はこれを落としていたが、ケースに多少傷はあったものの中身は問題なさそうだった。
さて、どう見てもよく手入れがされた普通のヴァイオリンだが、彼女が本当に和泉の生まれ変わりであれば呼び出せるはずである。
「言ってみろ、それを高く掲げて〝|変化《ヴァリエ》〟ってな」
恐る恐る彼女は俺の言うことに従い、ヴァイオリンを掲げて叫んだ。
「|変化《ヴァリエ》」
――結果は俺たちの期待どおりだった。
ヴァイオリンは神々しい光を放ち、それが引いた時彼女の手には、前世の和泉が所持していた弓矢が握られていたのだ。
「う、嘘……」
「嘘じゃねぇ、頬でもつねってみるか?」
「ビックリするよねぇ。僕も初めてやった時、腰が抜けたもん」
この|変化《ヴァリエ》はブリッランテの生まれ変わりにしか使えない。つまりこれで和泉が和泉であるということが証明された。ま、この女が信じなきゃ意味はないがな。
当の和泉本人は、俺が冗談で言った〝頬でもつねってみるか?〟を実践して夢でないことを確認しつつも、口をポッカリと開けて呆然としていた。
「和泉、大丈夫……?」
心配になった安芸が声をかけると、彼女は無言で頷いたが涙目だった。突然突きつけられた現実に不安を感じているのか、それともつねったのが相当痛かったか。
「私、これからどうなるの?」
「えっと、メストって敵を倒したいんだけど……今日はもうこんな時間だから、帰った方がいいんじゃないかな」
安芸の言葉で和泉が時計を見ると、もうすぐ十八時を回ろうとしていた。聞けば和泉は練習室から徒歩圏内の実家で暮らしているらしく、安芸の言うとおりそろそろ帰らなければ親が心配をするだろう。
「弓は『|復元《ダ・カーポ》』って言えば元に戻るよ。さ、支度して。送っていくから」
安芸に言われたとおり和泉が呪文を唱えると、弓はまた光を放ちヴァイオリンに戻った。そして彼女は帰宅の準備を始めるも、説明が中途半端で煮え切らないのか不服そうな顔をしている。だが、帰らないわけにもいかない。
「んな顔すんな、明日も楽団の練習日だろ? あとは明日教えてやるよ」
「……もう今日みたいなことはしない?」
和泉が怯えるような目で俺を見てきた。同時に安芸にも睨まれる。
何で俺が悪者なんだよ。要するにメストが現れたら、ちゃんと守りゃいいんだろ。
「ハイハイもうしません、悪かったよ」
観念してそう返せば、和泉は安心したように小さく笑った。そして彼女は「じゃあね」と手を振ると安芸と共に部屋を後にして、俺一人がこの部屋に残される。
確かに既に外は暗いし、またメストの襲撃を受けるとも限らないが、安芸がいれば大丈夫だろう。――だとは思うが……あのバカ、出ていく直前に俺の顔を見て笑いやがった。メストよりもお前の方がよっぽど怖いじゃねぇか。
当然奴は知っている、俺と和泉の前世の関係を。そして前世の安芸がそれを甘んじて受け入れていたことも。
だが今の俺には関係のないことだ。前世がどうであったかなど、どうでも良い。奴の好きにすればいい。
俺を忘れたアイツになんて、興味はない。
そう思うのに。
「……くそっ」
<日向っ>
俺を呼び、楽しそうに『ガヴォット』を弾くアイツの姿が、脳裏から離れない。
|記憶復活《アウフレーベント》が働いてから、唯一の支えはこの記憶だったのに。
本当に何も覚えていないのか。
何も。
……何も。