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ぶつ切りにして炭火で炙る

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 週が明けると、利玖は一番早い英文学科の三年生の必修講義を調べて、終了間際に講義室を訪ねた。  臼内岳うすうちだけでの実習はもう一週間後に迫っている。たいら梓葉あずはに会う為に、また金曜日まで待っている余裕はない。 『風邪を引きました。声が出ませんので、筆談であしからず』  スマートフォンの画面にそう打ち込んだ物を見せると、梓葉は眉根を寄せた。 「大学に来て大丈夫なの?」  利玖は頷き、リュックサックを開けて、実家で贔屓にしている和菓子店の箱入り饅頭を取り出した。 『帰省してきまして。お土産です』 「あ、ええ、どうも……」 『それと、これはあなたの為に作られた物です。お返しします』  利玖は饅頭の箱の上に小さな紙袋を重ねた。  史岐から渡されたチョーカーが入った、紙袋だった。ちらっと中を覗いた梓葉は、苦い笑みを浮かべた。 「やあね、史岐の奴……。プレゼントを使い回すなんて最悪だわ」 『ほとんど普通のアクセサリィと変わりありませんが、ちょっと喉に良い成分が入っているので、声が出づらい時には首に巻いてみると良いでしょう。ネギのような物ですね』  梓葉は、最後まで読むと、吹き出した。 「なあに、それ。ぶつ切りにして炭火であぶったらおいしいって事?」  そう言ってから、ふっと真剣な面差しになり、 「ね、もしかして、あなた……」 と呟きかけた。  しかし、結局その続きは口にせず、頬にかかった髪を払った。 「ごめんなさい。何でもないわ。届けてくれてありがとう。のど飴、食べる?」  利玖は首を振って、折り畳んだメモ用紙を差し出した。梓葉はそれを開き、書かれていた文字を読んで、首をかしげる。 「住所? 北の……、ずいぶん山の方ね」 『曽祖父の書庫です。本を保管している場所なので、便宜上そう呼んでいますが、生半可な探検隊がうっかり迷い込むと戻って来られなくなる可能性があります。そういう訳で、利用するにはいくつか手続きが必要なのですが、梓葉さんに関しては省略できるように根回ししておきました』  梓葉は黙って、文字を打つ利玖の手元を見つめている。 『曽祖父の専門は生物学。趣味は、森羅万象に好奇心を持ち、探究する事。彼が自ら書き、人目に触れないまま眠っている珍妙な本も数多くあります。  もしかしたら、梓葉さんの心が、少し軽くなるような事が書かれているかもしれません。  医者に訊ねても、友人に相談しても、夜通し一人で考えてみても、得られなかった問いへの答えが』  梓葉は息を吸い込み、目をつむった。  紙袋の上からチョーカーに触れて、なぞるように、ゆっくりと指を動かした。 「史岐の事は好きよ」  しずかな湖の底から響いてくるような声だった。 「人生のほとんどを一緒に過ごしてきて、お互いの事を大切に思っている。こんな事になってしまったけれど、絆だって、まだあると思っているわ。  だけど、大学に入って、友人達が自分の将来について悩んだり、実際に行動を起こしたり……、様々な可能性を試している姿を見た時、その絆よりももっと強く、自分達も広い世界で好きなように生きてみたいと思っているんだ、って気が付いた」  梓葉は目をあけると、ちょっと困ったように、口元を斜めにして頬杖をついた。 「だからわたしは、今回の検査結果は良いきっかけだと思ったんだけど、史岐は悪い方に捉えちゃったみたいね。変な所で家の面子めんつを考えて、気負う癖があるから」 『あなたにも、見えますか。広い世界が』  梓葉は微笑んだ。 「ええ。少なくとも、今は」



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 週が明けると、利玖は一番早い英文学科の三年生の必修講義を調べて、終了間際に講義室を訪ねた。  臼内岳うすうちだけでの実習はもう一週間後に迫っている。たいら梓葉あずはに会う為に、また金曜日まで待っている余裕はない。 『風邪を引きました。声が出ませんので、筆談であしからず』  スマートフォンの画面にそう打ち込んだ物を見せると、梓葉は眉根を寄せた。 「大学に来て大丈夫なの?」  利玖は頷き、リュックサックを開けて、実家で贔屓にしている和菓子店の箱入り饅頭を取り出した。 『帰省してきまして。お土産です』 「あ、ええ、どうも……」 『それと、これはあなたの為に作られた物です。お返しします』  利玖は饅頭の箱の上に小さな紙袋を重ねた。  史岐から渡されたチョーカーが入った、紙袋だった。ちらっと中を覗いた梓葉は、苦い笑みを浮かべた。 「やあね、史岐の奴……。プレゼントを使い回すなんて最悪だわ」 『ほとんど普通のアクセサリィと変わりありませんが、ちょっと喉に良い成分が入っているので、声が出づらい時には首に巻いてみると良いでしょう。ネギのような物ですね』  梓葉は、最後まで読むと、吹き出した。 「なあに、それ。ぶつ切りにして炭火であぶったらおいしいって事?」  そう言ってから、ふっと真剣な面差しになり、 「ね、もしかして、あなた……」 と呟きかけた。  しかし、結局その続きは口にせず、頬にかかった髪を払った。 「ごめんなさい。何でもないわ。届けてくれてありがとう。のど飴、食べる?」  利玖は首を振って、折り畳んだメモ用紙を差し出した。梓葉はそれを開き、書かれていた文字を読んで、首をかしげる。 「住所? 北の……、ずいぶん山の方ね」 『曽祖父の書庫です。本を保管している場所なので、便宜上そう呼んでいますが、生半可な探検隊がうっかり迷い込むと戻って来られなくなる可能性があります。そういう訳で、利用するにはいくつか手続きが必要なのですが、梓葉さんに関しては省略できるように根回ししておきました』  梓葉は黙って、文字を打つ利玖の手元を見つめている。 『曽祖父の専門は生物学。趣味は、森羅万象に好奇心を持ち、探究する事。彼が自ら書き、人目に触れないまま眠っている珍妙な本も数多くあります。  もしかしたら、梓葉さんの心が、少し軽くなるような事が書かれているかもしれません。  医者に訊ねても、友人に相談しても、夜通し一人で考えてみても、得られなかった問いへの答えが』  梓葉は息を吸い込み、目をつむった。  紙袋の上からチョーカーに触れて、なぞるように、ゆっくりと指を動かした。 「史岐の事は好きよ」  しずかな湖の底から響いてくるような声だった。 「人生のほとんどを一緒に過ごしてきて、お互いの事を大切に思っている。こんな事になってしまったけれど、絆だって、まだあると思っているわ。  だけど、大学に入って、友人達が自分の将来について悩んだり、実際に行動を起こしたり……、様々な可能性を試している姿を見た時、その絆よりももっと強く、自分達も広い世界で好きなように生きてみたいと思っているんだ、って気が付いた」  梓葉は目をあけると、ちょっと困ったように、口元を斜めにして頬杖をついた。 「だからわたしは、今回の検査結果は良いきっかけだと思ったんだけど、史岐は悪い方に捉えちゃったみたいね。変な所で家の面子めんつを考えて、気負う癖があるから」 『あなたにも、見えますか。広い世界が』  梓葉は微笑んだ。 「ええ。少なくとも、今は」



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