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昔々あるところに。

ー/ー



 昔々、あるところに織姫と彦星という仲睦まじい夫婦がおりました。

 織姫は機織りを、彦星は牛飼いを生業としていましたが、結婚してからの二人は毎日毎日遊んでばかり。

 仕事を疎かにする二人に、織姫のお父様はたいそうお怒りになり二人を引き離してしまったのです。

 それから数千年。

 織姫と彦星は、未だに引き離されたまま一年に一度の逢瀬しか許されない生活を送っていました。

 一年に一度の逢瀬も、地上に雨雲が立ち込めてしまえば逢うことは叶わない。

 そんな生活に織姫も彦星も、辟易していました。



***
 ある朝、織姫がいつものように郵便受けを開けると一通の封筒が投函されていました。

「彦星からだわ」

 紺色に金色の光を散りばめた、天の川のように美しい封筒を見て、織姫はすぐにそれが愛しい彦星からのものだとわかりました。

 織姫はこれから機織りの仕事をしなくてはなりませんでしたが、居ても立っても居られず、裁ちバサミで封筒の口を切ります。

『愛する織姫へ。元気にしているかい? 僕は相も変わらず、毎日牛の世話に追われる日々だ。さて、今年の七夕は雨だとのこと。去年も愛する君に会えなかったというのに、こんな仕打ち、僕は耐えられない。だから、きみに提案だ。僕たち、駆け落ちしよう』

「まぁ」

 織姫は驚きのあまり、大切な仕事道具である裁ちバサミを床に落としてしまいました。

「あらやだ、私としたことが。ハサミが刃こぼれしてしまったわ。けれど……」

 大切なハサミが刃こぼれしようが、愛しい彦星と一緒にいられるのならばそんなことは関係ないのです。

 織姫は仕事なんてそっちのけで、筆をとりました。

『愛しい彦星。お手紙ありがとう。あぁ、あなたの書く一文字一文字でさえもとても愛おしい。私は元気にしているわ。そしてあなたの提案、とても素敵ね。私もあなたとずっと一緒にいたいの。だから、こんな私でも良ければ連れ去ってほしいわ』

 込み上げる熱い気持ちを手紙にしたため、すぐに星の鳥に託します。

「これを私の愛しい人に必ず届けて。お願いね」

 星の鳥は「クェ」と小さく鳴くと織姫の手紙を咥えてすぐさま飛び立ちました。

 それから数日後。

 織姫は星の鳥がけたたましく鳴く声で目が覚めました。

「彦星からのお返事だわ!」

 織姫は身支度もせずに外へ飛び出します。

 星の鳥から手紙を受け取ると、その場で封筒をちぎり中身を確認しました。

『愛する織姫へ。きみの手紙からはきみの美しい声が聴こえてくるようだ。今すぐにきみの元へ飛んでいって抱きしめたい。けれど、きみが僕と一緒にいてくれるというのなら、今は我慢しなければならないね。七夕の日、誰も見ていないうちにきみのことを迎えにいくよ。必ずだ』

 織姫は膝から崩れ落ち、すすり泣きました。

「あぁ、彦星。私たち、ようやくまた一緒になれるのね」



***
 それから織姫は一生懸命に働きました。

 お父様や、その周りの神様たちの衣服を造るために、織ってはこしらえ。織ってはこしらえ。

 七夕の日までに、なんと数百の素晴らしい衣服を仕立ててみせたのです。

 そのどれもが星々のきらめきを閉じ込めた美しいもので、受け取った神々はみな織姫のことを褒めそやしました。

「やぁ、織姫。きみがこんなに美しい衣を織れるなんて知らなかったよ」
「この衣はここ数千年で一番の出来だね」
「こんなに美しい衣を着るのは初めてだわ」

 織姫は膝をつき、頭を下げこう言います。

「ありがたきお言葉、身に余る思いです。今後もこの衣が、あなた方のこれからを照らしてくださいますように」

 神々は織姫の謙虚な姿に感銘を受けました。

「なんて素晴らしい娘だろうか」
「これからも未来永劫、織女としての役割を全うしてほしい」

 しかし、どのような言葉も織姫の心には響きませんでした。

「あなた方の御召しになられている衣服の輝きは、全て私の彦星への愛で出来ているのですよ。その意味がわかりましょうか?」



***
 そして約束の七夕の日。

 地上には灰色の重い雲が立ち込め、強い雨が降りしきっていました。

 そんな様子をずっと眺めていた織姫は、不安に駆られます。

「これまでこんなに雨の降った日に、彦星と会えたことは一度たりともなかった。本当に彼は迎えに来てくれるのだろうか」

 すると、外から星の鳥のけたたましい声が聞こえました。

 もしや、いや、やっぱり、彦星はここへ来られず便りだけをこちらへよこしたのかもしれない。

 そう思った織姫は、涙をこらえて外へ飛び出します。

 涙でぼやける織姫の視界に映ったものは――。




 虹色の牛を連れた彦星でした。

「あぁ、織姫。待たせてすまなかった」

 彦星の姿を見た織姫は大きな声で叫びます。

「彦星! 本当に来てくれたのね!」
「当たり前だろう。きみとの約束を破ったことがあったか?」
「いいえ、いいえ……!」

 織姫は泣きじゃくりながら、彦星の胸へ顔を埋めました。

 彦星は赤子のように泣く織姫の肩を優しく抱き、耳元でささやきます。

「さぁ、行こう」

 織姫は静かに頷き、虹色の牛にまたがりました。

 その後ろに彦星がまたがり、織姫をそっと抱きしめると虹色の牛を撫でます。

「さぁ、約束の場所まで頼んだよ」

 彦星のその言葉を聞くと、虹色の牛は猛々しく鳴き声をあげ、信じられない速さで駆け出しました。

「まぁ、牛さんはこんなにも速く駆けることができるのですね」

 驚きで涙も乾いた織姫が、彦星の顔を見上げます。

「きみのためにこの子を育てたんだよ」

 彦星は織姫を強く強く抱きしめました。

 そして虹色の牛は、二人を乗せて天の川の最果てまで駆け抜けたのです。




***
 その顛末を知った織姫のお父様は、大変お怒りになりました。

 その怒りは空を駆け巡り、流星群として地上の闇夜を照らし出すほどでした。

「あの二人をここへ連れてこい!」

 そう怒鳴るお父様の前へ、一人の男が出てきます。

「恐れ多くも申し上げます」

 その男は、織姫と彦星と共に『夏の大三角』を作り上げていたデネブでした。

「彼らはこの数千年、ずっと耐えておりました」
「何をだ!?」
「二人は心の底から愛し合っておりました。しかし互いの気持ちを引き裂かれながらも各々のすべきことに、それはそれは従順に従事しておりました」
「そんなことは当たり前のことだろう」
「いいえ、当たり前ではありません」

 お父様は、デネブの思いもしなかった返答に言葉を失います。

「あの二人がこれまで成し遂げてきた功績を、あなたもお分かりでしょう。織姫はたくさんの神々を幸せにする衣服を作り上げてまいりました。彦星はたくさんの命を養うために牛を育ててまいりました。彼らに助けられた者は多いはずです」
「だから何だと言うのだ」
「だから何だ、とはどういう意味でしょうか? あなたもその恩恵にあずかっているからこそ、そのような美しい身なりでいられるのですよね?」

 デネブの、穏やかながらも毅然とした態度にお父様は何も言うことができませんでした。

 デネブはさらに続けます。

「ですから、お父様。あの二人のことを認めてやってください。あなた以外の者は誰も反対していませんよ」

 お父様が辺りを見渡すと、織姫の仕立てた衣服をまとった者や、彦星の育てた愛らしい仔牛を連れた者が、固唾を呑んで二人のやりとりを見守っていました。

 そして、織姫と彦星の愛のやり取りをずっと手助けしていた星の鳥が「クェ」と優しく鳴いたのです。

 お父様は肩を落とし、深くため息をつきます。

「わかった。二人を認めよう」

 その言葉にデネブは安堵し、その他の者は歓喜の声をあげました。

 その後、二人を認めるというお言葉通り、お父様の怒りの星々は地上に落ちることはありませんでした。

 そして、織姫と彦星は誰も知らない約束の地でその身が尽きるまで、二人仲良く暮らしたのでした。



***
 ――まだ織姫も彦星も天の川を挟んで離れ離れじゃないかって?

 いえいえ、私たちが見ているのは彼らの放ったずっとずっと昔の光です。

 私たちが見ている星たちもいつかは消えてしまう運命。

 そうなる前に、好きなように生きるのも彼らの自由でしょう。

 今はもう一つになった彼らを想って、今年の七夕の空を見上げてみてくださいね。

 それが例え雨模様だったとしても、きっとその雨雲の裏側では彼らが懸命に生きた愛の日々が瞬いているはずですから。




みんなのリアクション

 昔々、あるところに織姫と彦星という仲睦まじい夫婦がおりました。
 織姫は機織りを、彦星は牛飼いを生業としていましたが、結婚してからの二人は毎日毎日遊んでばかり。
 仕事を疎かにする二人に、織姫のお父様はたいそうお怒りになり二人を引き離してしまったのです。
 それから数千年。
 織姫と彦星は、未だに引き離されたまま一年に一度の逢瀬しか許されない生活を送っていました。
 一年に一度の逢瀬も、地上に雨雲が立ち込めてしまえば逢うことは叶わない。
 そんな生活に織姫も彦星も、辟易していました。
***
 ある朝、織姫がいつものように郵便受けを開けると一通の封筒が投函されていました。
「彦星からだわ」
 紺色に金色の光を散りばめた、天の川のように美しい封筒を見て、織姫はすぐにそれが愛しい彦星からのものだとわかりました。
 織姫はこれから機織りの仕事をしなくてはなりませんでしたが、居ても立っても居られず、裁ちバサミで封筒の口を切ります。
『愛する織姫へ。元気にしているかい? 僕は相も変わらず、毎日牛の世話に追われる日々だ。さて、今年の七夕は雨だとのこと。去年も愛する君に会えなかったというのに、こんな仕打ち、僕は耐えられない。だから、きみに提案だ。僕たち、駆け落ちしよう』
「まぁ」
 織姫は驚きのあまり、大切な仕事道具である裁ちバサミを床に落としてしまいました。
「あらやだ、私としたことが。ハサミが刃こぼれしてしまったわ。けれど……」
 大切なハサミが刃こぼれしようが、愛しい彦星と一緒にいられるのならばそんなことは関係ないのです。
 織姫は仕事なんてそっちのけで、筆をとりました。
『愛しい彦星。お手紙ありがとう。あぁ、あなたの書く一文字一文字でさえもとても愛おしい。私は元気にしているわ。そしてあなたの提案、とても素敵ね。私もあなたとずっと一緒にいたいの。だから、こんな私でも良ければ連れ去ってほしいわ』
 込み上げる熱い気持ちを手紙にしたため、すぐに星の鳥に託します。
「これを私の愛しい人に必ず届けて。お願いね」
 星の鳥は「クェ」と小さく鳴くと織姫の手紙を咥えてすぐさま飛び立ちました。
 それから数日後。
 織姫は星の鳥がけたたましく鳴く声で目が覚めました。
「彦星からのお返事だわ!」
 織姫は身支度もせずに外へ飛び出します。
 星の鳥から手紙を受け取ると、その場で封筒をちぎり中身を確認しました。
『愛する織姫へ。きみの手紙からはきみの美しい声が聴こえてくるようだ。今すぐにきみの元へ飛んでいって抱きしめたい。けれど、きみが僕と一緒にいてくれるというのなら、今は我慢しなければならないね。七夕の日、誰も見ていないうちにきみのことを迎えにいくよ。必ずだ』
 織姫は膝から崩れ落ち、すすり泣きました。
「あぁ、彦星。私たち、ようやくまた一緒になれるのね」
***
 それから織姫は一生懸命に働きました。
 お父様や、その周りの神様たちの衣服を造るために、織ってはこしらえ。織ってはこしらえ。
 七夕の日までに、なんと数百の素晴らしい衣服を仕立ててみせたのです。
 そのどれもが星々のきらめきを閉じ込めた美しいもので、受け取った神々はみな織姫のことを褒めそやしました。
「やぁ、織姫。きみがこんなに美しい衣を織れるなんて知らなかったよ」
「この衣はここ数千年で一番の出来だね」
「こんなに美しい衣を着るのは初めてだわ」
 織姫は膝をつき、頭を下げこう言います。
「ありがたきお言葉、身に余る思いです。今後もこの衣が、あなた方のこれからを照らしてくださいますように」
 神々は織姫の謙虚な姿に感銘を受けました。
「なんて素晴らしい娘だろうか」
「これからも未来永劫、織女としての役割を全うしてほしい」
 しかし、どのような言葉も織姫の心には響きませんでした。
「あなた方の御召しになられている衣服の輝きは、全て私の彦星への愛で出来ているのですよ。その意味がわかりましょうか?」
***
 そして約束の七夕の日。
 地上には灰色の重い雲が立ち込め、強い雨が降りしきっていました。
 そんな様子をずっと眺めていた織姫は、不安に駆られます。
「これまでこんなに雨の降った日に、彦星と会えたことは一度たりともなかった。本当に彼は迎えに来てくれるのだろうか」
 すると、外から星の鳥のけたたましい声が聞こえました。
 もしや、いや、やっぱり、彦星はここへ来られず便りだけをこちらへよこしたのかもしれない。
 そう思った織姫は、涙をこらえて外へ飛び出します。
 涙でぼやける織姫の視界に映ったものは――。
 虹色の牛を連れた彦星でした。
「あぁ、織姫。待たせてすまなかった」
 彦星の姿を見た織姫は大きな声で叫びます。
「彦星! 本当に来てくれたのね!」
「当たり前だろう。きみとの約束を破ったことがあったか?」
「いいえ、いいえ……!」
 織姫は泣きじゃくりながら、彦星の胸へ顔を埋めました。
 彦星は赤子のように泣く織姫の肩を優しく抱き、耳元でささやきます。
「さぁ、行こう」
 織姫は静かに頷き、虹色の牛にまたがりました。
 その後ろに彦星がまたがり、織姫をそっと抱きしめると虹色の牛を撫でます。
「さぁ、約束の場所まで頼んだよ」
 彦星のその言葉を聞くと、虹色の牛は猛々しく鳴き声をあげ、信じられない速さで駆け出しました。
「まぁ、牛さんはこんなにも速く駆けることができるのですね」
 驚きで涙も乾いた織姫が、彦星の顔を見上げます。
「きみのためにこの子を育てたんだよ」
 彦星は織姫を強く強く抱きしめました。
 そして虹色の牛は、二人を乗せて天の川の最果てまで駆け抜けたのです。
***
 その顛末を知った織姫のお父様は、大変お怒りになりました。
 その怒りは空を駆け巡り、流星群として地上の闇夜を照らし出すほどでした。
「あの二人をここへ連れてこい!」
 そう怒鳴るお父様の前へ、一人の男が出てきます。
「恐れ多くも申し上げます」
 その男は、織姫と彦星と共に『夏の大三角』を作り上げていたデネブでした。
「彼らはこの数千年、ずっと耐えておりました」
「何をだ!?」
「二人は心の底から愛し合っておりました。しかし互いの気持ちを引き裂かれながらも各々のすべきことに、それはそれは従順に従事しておりました」
「そんなことは当たり前のことだろう」
「いいえ、当たり前ではありません」
 お父様は、デネブの思いもしなかった返答に言葉を失います。
「あの二人がこれまで成し遂げてきた功績を、あなたもお分かりでしょう。織姫はたくさんの神々を幸せにする衣服を作り上げてまいりました。彦星はたくさんの命を養うために牛を育ててまいりました。彼らに助けられた者は多いはずです」
「だから何だと言うのだ」
「だから何だ、とはどういう意味でしょうか? あなたもその恩恵にあずかっているからこそ、そのような美しい身なりでいられるのですよね?」
 デネブの、穏やかながらも毅然とした態度にお父様は何も言うことができませんでした。
 デネブはさらに続けます。
「ですから、お父様。あの二人のことを認めてやってください。あなた以外の者は誰も反対していませんよ」
 お父様が辺りを見渡すと、織姫の仕立てた衣服をまとった者や、彦星の育てた愛らしい仔牛を連れた者が、固唾を呑んで二人のやりとりを見守っていました。
 そして、織姫と彦星の愛のやり取りをずっと手助けしていた星の鳥が「クェ」と優しく鳴いたのです。
 お父様は肩を落とし、深くため息をつきます。
「わかった。二人を認めよう」
 その言葉にデネブは安堵し、その他の者は歓喜の声をあげました。
 その後、二人を認めるというお言葉通り、お父様の怒りの星々は地上に落ちることはありませんでした。
 そして、織姫と彦星は誰も知らない約束の地でその身が尽きるまで、二人仲良く暮らしたのでした。
***
 ――まだ織姫も彦星も天の川を挟んで離れ離れじゃないかって?
 いえいえ、私たちが見ているのは彼らの放ったずっとずっと昔の光です。
 私たちが見ている星たちもいつかは消えてしまう運命。
 そうなる前に、好きなように生きるのも彼らの自由でしょう。
 今はもう一つになった彼らを想って、今年の七夕の空を見上げてみてくださいね。
 それが例え雨模様だったとしても、きっとその雨雲の裏側では彼らが懸命に生きた愛の日々が瞬いているはずですから。


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