Birthday②

ー/ー



 有紗を連れて訪れた、こぢんまりとしたレストラン。
 大きな荷物を預かってもらい、二人は店の奥の他から隔絶されたようなスペースに通された。
「真瀬さん、あの、ありがとうございました。本当に嬉しいです。大切にします」
「喜んでもらえてよかった」
 オーダーを済ませて店員が去った後、改めて誕生日のプレゼントの礼を述べた有紗に自然笑みが浮かぶ。
「私、こんな風にきちんとした誕生日のお祝いなんて初めてです。あ! でも、明後日の金曜日も秘書室の方たちがお祝いしてくださるって。それに、総務課でも今日のお昼にケーキいただきました」
 たかが誕生祝いもしてもらえていなかったのか。
 本人は自覚してさえいないらしい小さな頃の有紗の痛みを思い、顔が歪みそうになるのをどうにか堪えた。
「……そうなんだ。これからは毎年お祝いしよう。もし君が気に入ったら、またここに来ようか。店構えは小さいけど凄く美味しいんだよ。雰囲気も落ち着いてるしね」
「はい」
 静かで洒落た店だが、堅苦しさは感じない。
 おそらくきちんとした外食に慣れていない有紗が気後れしないように選んだつもりだった。
 十分にリラックスして見える彼女の姿に、間違いではなかったと安堵する。

 真瀬は有紗に対して、この期に及んで明確な言葉を発することがどうしてもできなかった。
 十五も年上の、明らかに上下関係のある人間からの「想いの押し付け」を、この少女が断れる筈もないからだ。
 怖かった。
 完全に失うくらいなら、このまま、曖昧なまま、一緒に過ごせる時間があればそれでいい。
 何よりも有紗が大切だった。身体(容れ物)ではなく、彼女の心が。
 壊れることがわかっているものを何故欲するのか。
 それでいて、壊れたら哀しむのはどうしてなのか。最初から簡単に予測できることなのに。
 どうせまた同じ手順を踏むのなら、さっさと捨てて「新しい」ものに入れ替えればそれで済むことではないのか。
 ガラス細工を大切にしていた『彼女』。
 欠けたものも簡単には手放せない、と真瀬にはガラクタのさらに残骸にしか見えないものさえ仕舞い込んでいた。
 壊れそうなほど繊細な美しいものを、だからこそ大切に愛でる。
 かつては無駄だとしか感じなかった行為が、ひとつの愛の形なのだということがようやくわかったような気がした。
 ……あの大学時代の『彼女』が今の真瀬を見たらどういう反応を示すだろう。
 呆れて失笑するのか。
 あるいは、「アクリルガラスが、ガラスを飛び越えて人間に近づいた」と笑いつつ喜んでくれるようにも思う。
 どうしようもない『彼氏』だった自分を。

 何度も食事に誘って応じてもらううちに、有紗から受ける雰囲気がほんの少しずつ変質して来たように感じるのだ。
 真瀬は自分の、ヒトに対する感覚に自信などないため、もしかしたらただの思い込みかもしれない。
 この少女はただ、「社長の誘い」に仕方なく従っているだけかもしれない。
 そう冷静に考える自分もいる。
 けれど同時に、有紗が『心』を完全に隠して強かに振る舞うことなどできない子なのもまた、よく知っていた。

 食事を終えて外に出る。
 店で預かってもらっていた荷物(プレゼント)は、今は真瀬の手にあった。一抱えもある大きな包み。
(マンション)まで送るから、そこまで僕が持って行くよ。……あ、もちろん送るだけだから」
「すみません、ありがとうございます」
 素直に礼を言う有紗と並んで、車を拾うために大通りを目指して歩いた。
 通りから奥まった、そういう意味でも隠れ家のようなレストラン。もともと小規模で予約客のみしか受け入れていないので、今は他に人影もない。
 空いた方の手で、有紗の手をそっと握る。驚いたように真瀬を見上げる彼女と目が合い、微笑んだ真瀬に有紗も恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
 これが、二人の第一歩になるといいと心から願う。
 真瀬の『人形』だった少女は、これからこの人形(ドール)に、自らの子ども時代には叶わなかった夢を託して行くのだろうか。
 彼女には想像することさえできなかった、綺麗な服を着て髪を飾る行為。
「可愛い恰好をしたい」なんて、小さな女の子がごく普通に抱く『夢』とも呼べない他愛ない憧れさえ、持つことも許されなかった。
 明確に禁止はされていなくとも、最初から知らないものは存在しないのと同じだ。
 有紗が真に望んで然るべきだったのは、服でも玩具でもない。欲しいものを、したいことを、自由に表すことだ。
 そんな当然のことが、この子はきっと『夢』でさえ描けない。
 常に周りの目を気にして、怯えて、小さくなって。
 彼女が身に付けざるを得なかった生きる術が、あの非常識ともいえる衣装で強制的に外を歩くことで、多少なりとも払拭されたのだろうか。
 たとえ慣れて麻痺しただけだとしても、結果として悪くなかったのかもしれない。
 自分はもう気が済んだ、というのならそれでいい。一時的にでも彼女がそう感じられたのなら。
 だからこそ、「この人形(ドール)に」というその意志を手助けしたかった。そして、有紗自身を幸せにしたい、――いや違う。
 彼女と共に、真瀬も幸せになりたい。『アクリルガラスと人形』ではなく人間同士として。だから。

「有紗。いつでもいいから、君の気の向いたときでいいから。──僕と和歌山に行ってくれないか?」

~END~


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 有紗を連れて訪れた、こぢんまりとしたレストラン。
 大きな荷物を預かってもらい、二人は店の奥の他から隔絶されたようなスペースに通された。
「真瀬さん、あの、ありがとうございました。本当に嬉しいです。大切にします」
「喜んでもらえてよかった」
 オーダーを済ませて店員が去った後、改めて誕生日のプレゼントの礼を述べた有紗に自然笑みが浮かぶ。
「私、こんな風にきちんとした誕生日のお祝いなんて初めてです。あ! でも、明後日の金曜日も秘書室の方たちがお祝いしてくださるって。それに、総務課でも今日のお昼にケーキいただきました」
 たかが誕生祝いもしてもらえていなかったのか。
 本人は自覚してさえいないらしい小さな頃の有紗の痛みを思い、顔が歪みそうになるのをどうにか堪えた。
「……そうなんだ。これからは毎年お祝いしよう。もし君が気に入ったら、またここに来ようか。店構えは小さいけど凄く美味しいんだよ。雰囲気も落ち着いてるしね」
「はい」
 静かで洒落た店だが、堅苦しさは感じない。
 おそらくきちんとした外食に慣れていない有紗が気後れしないように選んだつもりだった。
 十分にリラックスして見える彼女の姿に、間違いではなかったと安堵する。
 真瀬は有紗に対して、この期に及んで明確な言葉を発することがどうしてもできなかった。
 十五も年上の、明らかに上下関係のある人間からの「想いの押し付け」を、この少女が断れる筈もないからだ。
 怖かった。
 完全に失うくらいなら、このまま、曖昧なまま、一緒に過ごせる時間があればそれでいい。
 何よりも有紗が大切だった。|身体《容れ物》ではなく、彼女の心が。
 壊れることがわかっているものを何故欲するのか。
 それでいて、壊れたら哀しむのはどうしてなのか。最初から簡単に予測できることなのに。
 どうせまた同じ手順を踏むのなら、さっさと捨てて「新しい」ものに入れ替えればそれで済むことではないのか。
 ガラス細工を大切にしていた『彼女』。
 欠けたものも簡単には手放せない、と真瀬にはガラクタのさらに残骸にしか見えないものさえ仕舞い込んでいた。
 壊れそうなほど繊細な美しいものを、だからこそ大切に愛でる。
 かつては無駄だとしか感じなかった行為が、ひとつの愛の形なのだということがようやくわかったような気がした。
 ……あの大学時代の『彼女』が今の真瀬を見たらどういう反応を示すだろう。
 呆れて失笑するのか。
 あるいは、「アクリルガラスが、ガラスを飛び越えて人間に近づいた」と笑いつつ喜んでくれるようにも思う。
 どうしようもない『彼氏』だった自分を。
 何度も食事に誘って応じてもらううちに、有紗から受ける雰囲気がほんの少しずつ変質して来たように感じるのだ。
 真瀬は自分の、ヒトに対する感覚に自信などないため、もしかしたらただの思い込みかもしれない。
 この少女はただ、「社長の誘い」に仕方なく従っているだけかもしれない。
 そう冷静に考える自分もいる。
 けれど同時に、有紗が『心』を完全に隠して強かに振る舞うことなどできない子なのもまた、よく知っていた。
 食事を終えて外に出る。
 店で預かってもらっていた|荷物《プレゼント》は、今は真瀬の手にあった。一抱えもある大きな包み。
「|家《マンション》まで送るから、そこまで僕が持って行くよ。……あ、もちろん送るだけだから」
「すみません、ありがとうございます」
 素直に礼を言う有紗と並んで、車を拾うために大通りを目指して歩いた。
 通りから奥まった、そういう意味でも隠れ家のようなレストラン。もともと小規模で予約客のみしか受け入れていないので、今は他に人影もない。
 空いた方の手で、有紗の手をそっと握る。驚いたように真瀬を見上げる彼女と目が合い、微笑んだ真瀬に有紗も恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
 これが、二人の第一歩になるといいと心から願う。
 真瀬の『人形』だった少女は、これからこの|人形《ドール》に、自らの子ども時代には叶わなかった夢を託して行くのだろうか。
 彼女には想像することさえできなかった、綺麗な服を着て髪を飾る行為。
「可愛い恰好をしたい」なんて、小さな女の子がごく普通に抱く『夢』とも呼べない他愛ない憧れさえ、持つことも許されなかった。
 明確に禁止はされていなくとも、最初から知らないものは存在しないのと同じだ。
 有紗が真に望んで然るべきだったのは、服でも玩具でもない。欲しいものを、したいことを、自由に表すことだ。
 そんな当然のことが、この子はきっと『夢』でさえ描けない。
 常に周りの目を気にして、怯えて、小さくなって。
 彼女が身に付けざるを得なかった生きる術が、あの非常識ともいえる衣装で強制的に外を歩くことで、多少なりとも払拭されたのだろうか。
 たとえ慣れて麻痺しただけだとしても、結果として悪くなかったのかもしれない。
 自分はもう気が済んだ、というのならそれでいい。一時的にでも彼女がそう感じられたのなら。
 だからこそ、「この|人形《ドール》に」というその意志を手助けしたかった。そして、有紗自身を幸せにしたい、――いや違う。
 彼女と共に、真瀬も幸せになりたい。『アクリルガラスと人形』ではなく人間同士として。だから。
「有紗。いつでもいいから、君の気の向いたときでいいから。──僕と和歌山に行ってくれないか?」
~END~