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EX26 心の奥で思うこと

ー/ー



 水を飲んで、ようやく私は疲労感を自覚した。
 それ同時に、至らなさを実感した。
 無意識に右手に持ったペットボトルを強く握っていた。ペコっていう音が鳴って私は現実へと戻る。
 増倉先輩と目が合う。穏やかな笑顔で私を見てきた。

「あと五分ぐらいしたら、戻ろっか」

「はい……あの」

「ん?」

 先輩の笑顔が私の胸を締め付ける。
 どうしようもない無力感が溢れてくる気がした。

「五分もいなくて、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫大丈夫。私たちは序盤の出番少ないし、音響と照明がきっかけ確認している間なら、しばらくは問題ないよ。それに必要なら呼ばれるし」

「そう、ですか……」

 軽く言う増倉先輩。きっとその通りなのだろう。
 きっとそれは単なる事実で、何も気にすることじゃないはずなのに私は。

「……池本。悔しい?」

「!」

 驚く私を当然のように増倉先輩は落ち着いていた。
 ああ、見透かされているんだな。
 私降参するように、小さく頷いた。

「そっか……それは辛いし苦しいのかもしれない。けど池本、初めてなんてそんなもんだよ」

「そんなもん?」

「去年の私たちなんて、もっと酷かったんだから」

「え……嘘ですよね……?」

 信じられない。私を慰めるための冗談だと、そう思った。
 けど増倉先輩の懐かしむような表情から本当のことだと悟った。

「本当だよ。知識はないし、経験もない。それになりよりチームワークがなかったし……でも、あの時の失敗があったから、今こうしている」

「増倉先輩……」

「だからね。池本は初めてだから緊張するのも当然だし、失敗してもいいんだよ」

 その言葉は私の心を暖かくしてくれた。
 杉野先輩が体の震えを取り除いてくれたのなら、増倉先輩は私の心の震えを取っ払ってくれた。
 ――でも、それでも私は。

「私は、失敗したくないです」

 思わずそんな言葉が口から出ていた。
 言っておきながら自分の言葉に驚いた。それと同時に納得もした。
 そうか、私は失敗したくなんだ。

「あはは、良いハングリー精神だ。その通りだね池本。誰だって失敗なんて嫌だ」

「いえ、あの、すみません」

「いいよ。本当のことだし。こっちこそごめん。いらない言葉だったね」

「いいえ! そんな!」

 私は首を横に振った。増倉先輩の言葉は確かに私の心を穏やかにしてくれた。
 その言葉自体はとても嬉しかったのだ。
 けど、なんていうか、その。

「大丈夫。分かってるよ。うーん、杉野みたいにはいかないか」

 増倉先輩は笑いながらそう言った。
 なんだか私は申し訳なくなった。
 委縮していると、増倉先輩が「さてと」と前置きながら背伸びをした。

「よし! そろそろ戻ろっか」

「はい!」

 私たちは舞台へと歩き出した。


 ふと。
 歩きながら思う。
 私はあの時――先輩たちの朗読劇を観た時――から宿った情熱は今も持っている。
 持っているはずなのに、私自身は成長しているのだろうか。
 セリフは覚えた。体は自然と動く。集中力も増したと思う。

 けど。
 憧れた、求めた、渇望した場所に今いるはずなのに、満たされない私がいる。
 何が満たされない? と問われても、きっと言葉に出来ない。
 分かっていないのではない。言葉にしないのは心のどこかで拒んでいるから。
 私の欠けた何かを。認めたくないのだ。

 ただ。
 心の奥に焼き付いているのは、杉野先輩と真弓ちゃんがしたあのアドリブだ。
 何かに、どこかに引っかかっている。
 そして、あれを見てから心の奥で叫んでいる。
 私の本当。どうしようもない本音を。

 まだ。
 口に出せば間に合うかもしれない。
 演劇部(ここ)は優しいから。それが我儘(わがまま)でも許してくれるかもしれない。
 そう思う私の弱さが私は嫌いだ。
 ちゃんと向き合わないといけないのに、乗り越えないといけないのに。
 私の弱さが、臆病さが私の歩みを止め、口を閉ざし置物にさせる。

 ――未だに私は観客なんだ。
 否応なくそう自覚させられる。
 例え舞台上にいても私だけが観客だった。
 一番近くて、最も遠い観客。
 いつ私は演劇部の一部になれたと自覚できるのだろうか。
 それともこのまま、観客として終わるのだろうか。

 誰も答えない。
 誰も知らない。
 そんな疑問を胸に、私は静かに舞台へ上がった。



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 水を飲んで、ようやく私は疲労感を自覚した。
 それ同時に、至らなさを実感した。
 無意識に右手に持ったペットボトルを強く握っていた。ペコっていう音が鳴って私は現実へと戻る。
 増倉先輩と目が合う。穏やかな笑顔で私を見てきた。
「あと五分ぐらいしたら、戻ろっか」
「はい……あの」
「ん?」
 先輩の笑顔が私の胸を締め付ける。
 どうしようもない無力感が溢れてくる気がした。
「五分もいなくて、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫大丈夫。私たちは序盤の出番少ないし、音響と照明がきっかけ確認している間なら、しばらくは問題ないよ。それに必要なら呼ばれるし」
「そう、ですか……」
 軽く言う増倉先輩。きっとその通りなのだろう。
 きっとそれは単なる事実で、何も気にすることじゃないはずなのに私は。
「……池本。悔しい?」
「!」
 驚く私を当然のように増倉先輩は落ち着いていた。
 ああ、見透かされているんだな。
 私降参するように、小さく頷いた。
「そっか……それは辛いし苦しいのかもしれない。けど池本、初めてなんてそんなもんだよ」
「そんなもん?」
「去年の私たちなんて、もっと酷かったんだから」
「え……嘘ですよね……?」
 信じられない。私を慰めるための冗談だと、そう思った。
 けど増倉先輩の懐かしむような表情から本当のことだと悟った。
「本当だよ。知識はないし、経験もない。それになりよりチームワークがなかったし……でも、あの時の失敗があったから、今こうしている」
「増倉先輩……」
「だからね。池本は初めてだから緊張するのも当然だし、失敗してもいいんだよ」
 その言葉は私の心を暖かくしてくれた。
 杉野先輩が体の震えを取り除いてくれたのなら、増倉先輩は私の心の震えを取っ払ってくれた。
 ――でも、それでも私は。
「私は、失敗したくないです」
 思わずそんな言葉が口から出ていた。
 言っておきながら自分の言葉に驚いた。それと同時に納得もした。
 そうか、私は失敗したくなんだ。
「あはは、良いハングリー精神だ。その通りだね池本。誰だって失敗なんて嫌だ」
「いえ、あの、すみません」
「いいよ。本当のことだし。こっちこそごめん。いらない言葉だったね」
「いいえ! そんな!」
 私は首を横に振った。増倉先輩の言葉は確かに私の心を穏やかにしてくれた。
 その言葉自体はとても嬉しかったのだ。
 けど、なんていうか、その。
「大丈夫。分かってるよ。うーん、杉野みたいにはいかないか」
 増倉先輩は笑いながらそう言った。
 なんだか私は申し訳なくなった。
 委縮していると、増倉先輩が「さてと」と前置きながら背伸びをした。
「よし! そろそろ戻ろっか」
「はい!」
 私たちは舞台へと歩き出した。
 ふと。
 歩きながら思う。
 私はあの時――先輩たちの朗読劇を観た時――から宿った情熱は今も持っている。
 持っているはずなのに、私自身は成長しているのだろうか。
 セリフは覚えた。体は自然と動く。集中力も増したと思う。
 けど。
 憧れた、求めた、渇望した場所に今いるはずなのに、満たされない私がいる。
 何が満たされない? と問われても、きっと言葉に出来ない。
 分かっていないのではない。言葉にしないのは心のどこかで拒んでいるから。
 私の欠けた何かを。認めたくないのだ。
 ただ。
 心の奥に焼き付いているのは、杉野先輩と真弓ちゃんがしたあのアドリブだ。
 何かに、どこかに引っかかっている。
 そして、あれを見てから心の奥で叫んでいる。
 私の本当。どうしようもない本音を。
 まだ。
 口に出せば間に合うかもしれない。
 演劇部《ここ》は優しいから。それが我儘《わがまま》でも許してくれるかもしれない。
 そう思う私の弱さが私は嫌いだ。
 ちゃんと向き合わないといけないのに、乗り越えないといけないのに。
 私の弱さが、臆病さが私の歩みを止め、口を閉ざし置物にさせる。
 ――未だに私は観客なんだ。
 否応なくそう自覚させられる。
 例え舞台上にいても私だけが観客だった。
 一番近くて、最も遠い観客。
 いつ私は演劇部の一部になれたと自覚できるのだろうか。
 それともこのまま、観客として終わるのだろうか。
 誰も答えない。
 誰も知らない。
 そんな疑問を胸に、私は静かに舞台へ上がった。