(七)
ー/ー 「あの男が、楊家の末裔だという……」
「その噂、本当なのか?」
「青面獣と言う二つ名を聞いたことがあるぞ」
「花石綱を持ち帰るのにしくじったとか……」
梁中書の護衛として府中を行き来するたび、ひそひそと囁かれるのは、もう慣れた。
興味本位に色々と話しかけてくる輩もいたが、相手にすまいとそっけない返事をしているうちに、相手のほうから離れていった。
『小志、よいか、我らは誉れ高き楊家の血を引く武人。誰に媚びることなく、誇り高く、そして弱き者に寄り添う義の男であれ。大望を抱き、国のために戦い、民を守る男になるのだ』
幼いころから何度も父に刷り込まれた言葉は、梁中書の下男のような仕事ばかりさせられる今でも、胸にある。
ここに至るまで何度も人に媚び、弱みを見せるような真似をしてしまったことは、楊志の心に浅からぬ傷を残したが、それも大望のためだと思えば父や祖先も見逃してくれよう。
刺青の身となってしまったが、犯した罪も、ならず者を成敗したためのもの。護衛だろうが、書簡の整理だろうが、連絡係だろうが、買い物の使い走りだろうが、なんでも完璧にそつなくこなして取り立てられれば、いつかまた都で花を咲かせられる。
「楊志、今宵の食事の支度ができた。今日は、私のところで食事をしなさい」
「は……わかりました」
その日、執務を終えて屋敷に戻るなり、梁中書がいつになく上機嫌に笑いながらそう言って手招いた。はやく部屋に戻って本でも読みたいと思っていた楊志は、不承不承頷き、梁中書に従う。
すでに卓には肉や酒が豪勢に並んでいたが、梁中書の家族の姿はない。
この小男がこれだけの量を食べるとは思えなかったので、これは楊志への振る舞いということか。
(裏があるな)
そう勘づいた楊志は、梁中書の不興を買わぬよう、できうる限り無邪気を装い、この肉をすべて吸い込みたいとでもいうような顔を浮かべた――
「楊志、どうしたのだ、そんな顔をして。腹でも痛むのか?」
「え? いや、うまそうだと思いまして……」
「そ、そうか、ならばよい。さあ、突っ立っていないで、座りなさい」
どかりと座った楊志の前に、なみなみと酒が注がれた盃を置きながら、梁中書は相変わらず機嫌の良い口調で話し始める。
「お前がここに来て半月ほどになるが、お前の真面目な働きぶりに、私はとても満足しているのだ」
「俺は本来ならば、牢に送られ軍役につくべき罪人の身の上。それを閣下のお側に留め置いていただいただけでも身に余るというのに、そのように評価していただけるとは」
「はは、何をしおらしいことを。さ、酒が冷めぬうちに飲みなさい」
言われるがままに盃を干せば、すぐさま二杯目を梁中書自身が注ぎ足す。
「私はお前に毎日、こんな下男のようなことをさせたくてそばに置いたのではない。実はな、楊志、私はお前を留守司部隊の副牌にしてやり、お前が毎月の俸禄を受け取れるようにしたいと考えておるのだ」
二杯目を口に含もうとしていた楊志は、小さな音を立てて、盃を卓の上に戻した。
「楊志よ、お前、武芸の腕には自信があるのだろう?」
ここで答えを間違ってはいけない――楊志は慎重に、言葉を選んだ。
「……俺は先祖代々、武門の家柄。幼い頃から国の忠臣たらんと鍛錬に励んでまいりました。おかげで苦労報われ武挙にも合格し、殿司制使の職まで務めるに至ったのです。十八般の武芸はもとより、策を練り軍を動かす術も学んでおります。もし、閣下のお引き立てをこうむり、少しでも立身が叶うならば、暗天に太陽を見る想い。必ずや恩義に報い、閣下の手足となって戦いましょう」
「おお、なんとも心強い! さすが、青面獣と呼ばれるだけの男よ」
心底嬉しそうに頷き高笑いした梁中書は、手を叩き、下男に立派な衣服と鎧を運び込ませた。
「そうとあらば、楊志よ、聞け。私は軍正使に命じて、明日、東郭門にある練兵場で武芸の調練を行うよう布告を出させたのだ。その調練の場で、お前の実力を見せてみよ。この一揃いは、前祝いだ。受け取りなさい」
「……身に余る光栄です」
思ったよりも、好機ははやくに巡ってきた。これを逃せば、もはや後はない。今日ははやく眠り、明日はこそこそと自分を馬鹿にする者たちに、己の真の実力を見せつけてやろうではないか。
跪き、梁中書に三拝しながら、楊志は胸の昂ぶりを必死に抑え込んでいた。
その日、二月も半ばだというのに、外はまるで春のような陽気であった。
朝食を済ませてすぐに梁中書に連れられ馬上の人となった楊志は、東郭門に向かう道すがら、なにげなくあたりの景色を眺めまわす。
風流を解するような心は生憎持ち合わせていないが、木々の枝にささやかに姿を現し始めた何かの花の蕾が、白銀の綿帽子から日差しにきらめく雫を滴らせているその光景は、そんな楊志にでもなにか一句、詩を読めるのではないかと思わせる様子であった。
「楊志、見なさい。あれが我が北京大名府留守司の軍勢だ」
巨大な門扉が開くと、広大な練兵場の左右には、梁中書の命で集まった上下の士官、兵卒、そして役人たちが、ずらりと首をそろえて並んでいる。
指揮使や団練使、正制使、牙将、校尉に正牌軍、副牌軍――楊志の知識が間違っていなければ、順序良く二列に並んだ男たちは皆、この軍勢を率いるつわものたちだ。
「指揮台の上に立っているのが都監だ。向かって左が李天王の李成、右は大刀の聞達という者。いずれも我が軍自慢の一騎当千の豪傑だ」
誇らしげに二人の都監のほうを顎で示した梁中書は、ぐるりと将兵たちの列を見まわし、楊志に「あちらの横に控えているように」と指示すると、奥の演武庁の前で馬を降り、正面に据えられた銀の椅子に腰かけた。
「閣下に敬礼!」
李成と聞達の掛け声とともに、将兵と役人たちが三声の鬨をあげて敬礼をするやいなや、指揮台の上に高々と黄旗が掲げられる。
それを合図に、指揮台の左右に控えていた金鼓手たちが、一斉に地鳴りのような軍楽を奏で始める。
きらびやかな音色はしばらく続き、角笛と太鼓の音が三回繰り返された後に、唐突にひたりと止んだ。
続いて、指揮台の上に雪のごとく白い旗が上がると、将兵たちが一斉に整列を始める。その後しばらくして今度は紅色の旗が姿を現し、太鼓が鳴り響くと、整列した軍勢が二手に分かれ、兵たちはみな手に手に武器を構える。さらに再び白旗があがると、左右の陣営から騎兵たちが隊伍を組んで指揮台の前に進み出て、馬を止めた。
「見事、見事!」
一人楽しそうに手を打ち鳴らしていた梁中書が、す、とその手をあげる。
「副牌軍の周謹、命を授ける。近う寄れ」
「は!」
銅鑼のような声で応えたのは、右陣の前列に並んでいた男だった。
巌のような体を窮屈そうに鎧に押し込んだその男は、馬の腹を蹴って演武庁の前に馳せ参じると、巨躯に似合わぬ身軽さで馬から飛び降り、槍を伏せて跪く。
髭に覆われた横顔からは闘志が漲り、いかにも武人然としている。
「副牌軍よ、お前の手並みが見たい。存分にふるってみよ」
「仰せのままに!」
骨まで震わせるような大音声をあげ胸元を拳で叩くと、周謹は再びひらりと馬に跨り、陽光に輝く槍を頭上に掲げた。
「ヤッ!」
気合一声、演武庁の前に栗毛の馬を縦横無尽に駆りたてながら、馬上の周謹は次々と槍の手を披露する。
隆々とした巨躯が踊るように動き、暴風のように槍が唸る。
太い眉と低い鼻梁の間を、闘気の籠った汗が流れ落ちる。
髭を震わせ、肉体の隅々まで気を巡らせ、鬼神のごとく槍を振り回す周謹に、梁中書も将兵たちも、惜しみない歓声を送る。
「ハアッ!」
最後に周謹がぐるりと一回転して馬から飛び降りると、雪が解けて姿を現した練兵場の砂地に、もうと土ぼこりが舞った。
(……なるほどな)
昨夜、梁中書は、楊志を副牌軍にしたいと言った。
「東京開封府より配流となった軍卒の楊志よ、こちらへ!」
名を呼ばれ、梁中書の前に進み出れば、その意味ありげな顔に、やはりと得心がいった。
調練の場で実力を見せよとは、はたして、この副牌軍の周謹と、腕比べをしろということだったのだ。
(容易いことだ)
楊志より背丈は低くとも、胴回りなどは三倍もありそうな周謹の、力強い演武は確かに見事だ。
だが、その力が有り余っている故だろう。彼にはいくつも隙がある。
「楊志、お前はもとは東京開封府にて殿司制使を務めるほどの腕でありながら、罪を犯してこの地へ流されてきたのだったな。このところ、江湖に盗賊が出没すること数えきれず、我が国は人材を欲している。どうだ楊志、お前、周謹と試合をして、腕を比べてみるがよい。もしお前が見事勝利すれば、お前を新たに副牌軍へと取り立てよう」
勝てる。
楊志には、確信があった。
将兵たちの間にさざ波のように広がる騒めきに負けぬよう、楊志は大声で応えた。
「ありがたき幸せ! この楊志、喜んで命をお受けいたします」
「ははは、頼もしい! では、さっそく支度をしてまいれ」
梁中書の指示で、役人たちが演武庁の裏手に軍馬や武器を運んでくる。
昨夜拝領した鎧を身に着け、兜をかぶり、弓矢を背負い、腰には刀を帯び、そしてずしりと重い長槍を手にすれば、踏みにじられ、忘れかけていた武人としての誇りが身の内にふつふつと煮えたぎる。
「はっ!」
黒毛の馬にひらりと跨り、演武庁の前に駆け出れば、突然の梁中書の思い付きへの不服を満面ににじませた周謹の髭面が、こちらをじろりと睨んでいる。
「ふん、罪人の分際で、この俺との勝負を受けようとはいい度胸だ」
「お手柔らかに頼む」
不愛想に応じた楊志の姿を眩しそうに見つめる梁中書が、手を打ち鳴らして叫んだ。
「それでは両者の手合わせ、まずは槍から試みさせよ!」
〈第十二回 了〉
「その噂、本当なのか?」
「青面獣と言う二つ名を聞いたことがあるぞ」
「花石綱を持ち帰るのにしくじったとか……」
梁中書の護衛として府中を行き来するたび、ひそひそと囁かれるのは、もう慣れた。
興味本位に色々と話しかけてくる輩もいたが、相手にすまいとそっけない返事をしているうちに、相手のほうから離れていった。
『小志、よいか、我らは誉れ高き楊家の血を引く武人。誰に媚びることなく、誇り高く、そして弱き者に寄り添う義の男であれ。大望を抱き、国のために戦い、民を守る男になるのだ』
幼いころから何度も父に刷り込まれた言葉は、梁中書の下男のような仕事ばかりさせられる今でも、胸にある。
ここに至るまで何度も人に媚び、弱みを見せるような真似をしてしまったことは、楊志の心に浅からぬ傷を残したが、それも大望のためだと思えば父や祖先も見逃してくれよう。
刺青の身となってしまったが、犯した罪も、ならず者を成敗したためのもの。護衛だろうが、書簡の整理だろうが、連絡係だろうが、買い物の使い走りだろうが、なんでも完璧にそつなくこなして取り立てられれば、いつかまた都で花を咲かせられる。
「楊志、今宵の食事の支度ができた。今日は、私のところで食事をしなさい」
「は……わかりました」
その日、執務を終えて屋敷に戻るなり、梁中書がいつになく上機嫌に笑いながらそう言って手招いた。はやく部屋に戻って本でも読みたいと思っていた楊志は、不承不承頷き、梁中書に従う。
すでに卓には肉や酒が豪勢に並んでいたが、梁中書の家族の姿はない。
この小男がこれだけの量を食べるとは思えなかったので、これは楊志への振る舞いということか。
(裏があるな)
そう勘づいた楊志は、梁中書の不興を買わぬよう、できうる限り無邪気を装い、この肉をすべて吸い込みたいとでもいうような顔を浮かべた――
「楊志、どうしたのだ、そんな顔をして。腹でも痛むのか?」
「え? いや、うまそうだと思いまして……」
「そ、そうか、ならばよい。さあ、突っ立っていないで、座りなさい」
どかりと座った楊志の前に、なみなみと酒が注がれた盃を置きながら、梁中書は相変わらず機嫌の良い口調で話し始める。
「お前がここに来て半月ほどになるが、お前の真面目な働きぶりに、私はとても満足しているのだ」
「俺は本来ならば、牢に送られ軍役につくべき罪人の身の上。それを閣下のお側に留め置いていただいただけでも身に余るというのに、そのように評価していただけるとは」
「はは、何をしおらしいことを。さ、酒が冷めぬうちに飲みなさい」
言われるがままに盃を干せば、すぐさま二杯目を梁中書自身が注ぎ足す。
「私はお前に毎日、こんな下男のようなことをさせたくてそばに置いたのではない。実はな、楊志、私はお前を留守司部隊の副牌にしてやり、お前が毎月の俸禄を受け取れるようにしたいと考えておるのだ」
二杯目を口に含もうとしていた楊志は、小さな音を立てて、盃を卓の上に戻した。
「楊志よ、お前、武芸の腕には自信があるのだろう?」
ここで答えを間違ってはいけない――楊志は慎重に、言葉を選んだ。
「……俺は先祖代々、武門の家柄。幼い頃から国の忠臣たらんと鍛錬に励んでまいりました。おかげで苦労報われ武挙にも合格し、殿司制使の職まで務めるに至ったのです。十八般の武芸はもとより、策を練り軍を動かす術も学んでおります。もし、閣下のお引き立てをこうむり、少しでも立身が叶うならば、暗天に太陽を見る想い。必ずや恩義に報い、閣下の手足となって戦いましょう」
「おお、なんとも心強い! さすが、青面獣と呼ばれるだけの男よ」
心底嬉しそうに頷き高笑いした梁中書は、手を叩き、下男に立派な衣服と鎧を運び込ませた。
「そうとあらば、楊志よ、聞け。私は軍正使に命じて、明日、東郭門にある練兵場で武芸の調練を行うよう布告を出させたのだ。その調練の場で、お前の実力を見せてみよ。この一揃いは、前祝いだ。受け取りなさい」
「……身に余る光栄です」
思ったよりも、好機ははやくに巡ってきた。これを逃せば、もはや後はない。今日ははやく眠り、明日はこそこそと自分を馬鹿にする者たちに、己の真の実力を見せつけてやろうではないか。
跪き、梁中書に三拝しながら、楊志は胸の昂ぶりを必死に抑え込んでいた。
その日、二月も半ばだというのに、外はまるで春のような陽気であった。
朝食を済ませてすぐに梁中書に連れられ馬上の人となった楊志は、東郭門に向かう道すがら、なにげなくあたりの景色を眺めまわす。
風流を解するような心は生憎持ち合わせていないが、木々の枝にささやかに姿を現し始めた何かの花の蕾が、白銀の綿帽子から日差しにきらめく雫を滴らせているその光景は、そんな楊志にでもなにか一句、詩を読めるのではないかと思わせる様子であった。
「楊志、見なさい。あれが我が北京大名府留守司の軍勢だ」
巨大な門扉が開くと、広大な練兵場の左右には、梁中書の命で集まった上下の士官、兵卒、そして役人たちが、ずらりと首をそろえて並んでいる。
指揮使や団練使、正制使、牙将、校尉に正牌軍、副牌軍――楊志の知識が間違っていなければ、順序良く二列に並んだ男たちは皆、この軍勢を率いるつわものたちだ。
「指揮台の上に立っているのが都監だ。向かって左が李天王の李成、右は大刀の聞達という者。いずれも我が軍自慢の一騎当千の豪傑だ」
誇らしげに二人の都監のほうを顎で示した梁中書は、ぐるりと将兵たちの列を見まわし、楊志に「あちらの横に控えているように」と指示すると、奥の演武庁の前で馬を降り、正面に据えられた銀の椅子に腰かけた。
「閣下に敬礼!」
李成と聞達の掛け声とともに、将兵と役人たちが三声の鬨をあげて敬礼をするやいなや、指揮台の上に高々と黄旗が掲げられる。
それを合図に、指揮台の左右に控えていた金鼓手たちが、一斉に地鳴りのような軍楽を奏で始める。
きらびやかな音色はしばらく続き、角笛と太鼓の音が三回繰り返された後に、唐突にひたりと止んだ。
続いて、指揮台の上に雪のごとく白い旗が上がると、将兵たちが一斉に整列を始める。その後しばらくして今度は紅色の旗が姿を現し、太鼓が鳴り響くと、整列した軍勢が二手に分かれ、兵たちはみな手に手に武器を構える。さらに再び白旗があがると、左右の陣営から騎兵たちが隊伍を組んで指揮台の前に進み出て、馬を止めた。
「見事、見事!」
一人楽しそうに手を打ち鳴らしていた梁中書が、す、とその手をあげる。
「副牌軍の周謹、命を授ける。近う寄れ」
「は!」
銅鑼のような声で応えたのは、右陣の前列に並んでいた男だった。
巌のような体を窮屈そうに鎧に押し込んだその男は、馬の腹を蹴って演武庁の前に馳せ参じると、巨躯に似合わぬ身軽さで馬から飛び降り、槍を伏せて跪く。
髭に覆われた横顔からは闘志が漲り、いかにも武人然としている。
「副牌軍よ、お前の手並みが見たい。存分にふるってみよ」
「仰せのままに!」
骨まで震わせるような大音声をあげ胸元を拳で叩くと、周謹は再びひらりと馬に跨り、陽光に輝く槍を頭上に掲げた。
「ヤッ!」
気合一声、演武庁の前に栗毛の馬を縦横無尽に駆りたてながら、馬上の周謹は次々と槍の手を披露する。
隆々とした巨躯が踊るように動き、暴風のように槍が唸る。
太い眉と低い鼻梁の間を、闘気の籠った汗が流れ落ちる。
髭を震わせ、肉体の隅々まで気を巡らせ、鬼神のごとく槍を振り回す周謹に、梁中書も将兵たちも、惜しみない歓声を送る。
「ハアッ!」
最後に周謹がぐるりと一回転して馬から飛び降りると、雪が解けて姿を現した練兵場の砂地に、もうと土ぼこりが舞った。
(……なるほどな)
昨夜、梁中書は、楊志を副牌軍にしたいと言った。
「東京開封府より配流となった軍卒の楊志よ、こちらへ!」
名を呼ばれ、梁中書の前に進み出れば、その意味ありげな顔に、やはりと得心がいった。
調練の場で実力を見せよとは、はたして、この副牌軍の周謹と、腕比べをしろということだったのだ。
(容易いことだ)
楊志より背丈は低くとも、胴回りなどは三倍もありそうな周謹の、力強い演武は確かに見事だ。
だが、その力が有り余っている故だろう。彼にはいくつも隙がある。
「楊志、お前はもとは東京開封府にて殿司制使を務めるほどの腕でありながら、罪を犯してこの地へ流されてきたのだったな。このところ、江湖に盗賊が出没すること数えきれず、我が国は人材を欲している。どうだ楊志、お前、周謹と試合をして、腕を比べてみるがよい。もしお前が見事勝利すれば、お前を新たに副牌軍へと取り立てよう」
勝てる。
楊志には、確信があった。
将兵たちの間にさざ波のように広がる騒めきに負けぬよう、楊志は大声で応えた。
「ありがたき幸せ! この楊志、喜んで命をお受けいたします」
「ははは、頼もしい! では、さっそく支度をしてまいれ」
梁中書の指示で、役人たちが演武庁の裏手に軍馬や武器を運んでくる。
昨夜拝領した鎧を身に着け、兜をかぶり、弓矢を背負い、腰には刀を帯び、そしてずしりと重い長槍を手にすれば、踏みにじられ、忘れかけていた武人としての誇りが身の内にふつふつと煮えたぎる。
「はっ!」
黒毛の馬にひらりと跨り、演武庁の前に駆け出れば、突然の梁中書の思い付きへの不服を満面ににじませた周謹の髭面が、こちらをじろりと睨んでいる。
「ふん、罪人の分際で、この俺との勝負を受けようとはいい度胸だ」
「お手柔らかに頼む」
不愛想に応じた楊志の姿を眩しそうに見つめる梁中書が、手を打ち鳴らして叫んだ。
「それでは両者の手合わせ、まずは槍から試みさせよ!」
〈第十二回 了〉
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