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【2】

ー/ー



    ◇  ◇  ◇
「──わねぇ。あんな大変な事が起こるなんて……」
「まったくですよね。まさかここで、あ、あら帆南ちゃん。今帰り?」
「そうです。こんにちは」
 道端でお喋りしてたおばさまたちの横を通る際に、つい耳が拾ったそんな会話の切れ端。
 今しがた聞こえたパトカーのサイレンのせいじゃないかな。思い出すわよね、嫌でもね。
 深刻そうな台詞に反して、彼女たちの口調や表情に湿っぽさは窺えなかった。
 たとえ可哀想だと、お気の毒だと口にしても、その言葉はおそらく『被害者』に向かうことはない。表面的にはともかく。
 敢えていうなら「事件の起こった街」になってしまった、って気持ちの方が強いんじゃない? 

 一年前、我が家ので一家惨殺事件が起きた。
 夜間、寝静まった仁嶋家に一階の掃き出し窓のガラスを割って侵入して、鉈で四人を次々に殺して回ったんだって。『騒音』に耐えかねた、すぐ近くで一人暮らししてたおじいさんが。
 直前に妻が亡くなって、子どもたちはとうに家を出ていて大きな家にひとり残されていた彼は七十代前半だった。
 結婚して遠くに住んでる娘さんが、「心配だから一緒に暮らそう」ってお葬式で来たときに誘ってた、って後で知ったわ。
 おじいさんが「ここはお母さんと暮らした家だから。お母さんが寂しがるからお前のところには行けない。すまない」って断ってたことも。 

 ──生前のおばあさんが、最期の入院の間際まで仁嶋一家の『演奏』に悩まされていたことも。年配の人は床につくのが早いから、眠れなくて相当辛かったみたい。

 おじいさんの、娘さんに向けたっていう「すまない」には、きっと別の意味も含まれてたんじゃないかな。
 娘やその家族のこともちゃんとわかってて、それでも思い留まれなかった。
 長いこと連れ添った大事な人を苦しめた、……もしかしたら死期を早めたかもしれないやつらを許せなかった?
 表向きは声には出さない。みんな良識ある大人だもの。
 でもおそらくは、ほとんどの人が仁嶋の親子じゃなくそのおじいさんの方に共感、あるいは同情してた。居た堪れなかった。
 少なくとも私はそう。多分ママも、パパも。

 この春から私は大学生。
 両親が学んだのと同じ、近隣では最も学力が高いといわれる大学に合格した。
 ママは私と同じく現役だけどパパは一浪だから、「帆南、すごいなぁ! やっぱりママの子だからな」なんて大袈裟に褒めてくれた。
 パパのそういう、ママをきちんと認めて平然と表せるところ、私は大好きだし尊敬してるわ。
 騒音で気が散って勉強が手につかない、なんて言い訳してるようじゃ受験突破なんてできない。それはよくわかってる。
 だけど、邪魔が入らないに越したことないのも間違いないでしょ?

 やっと得た静かで穏やかな環境で、私は勉強に没頭する生活を送っていた。
 更地になった元仁嶋家の、哀れなほど小さな空間を横目に見ながらの自宅通学。
 大学入試は単なるハードルの一つで通過点でしかない。入学してからが真の始まりなのよ。
 だから私のみならず近隣の皆がこの静寂を手に入れるために、にしてしまったあのおじいさんには申し訳ない感情が今も拭えないでいる。
 彼の心は今、少しでも凪いでいるんだろうか。
 死んだ仁嶋家の四人には、「自業自得でいい気味だ」としか感じない。

 平和って、現実には誰にでも当然に与えられるものじゃなかった。
 突き付けられたその事実を、日々の貴重な静けさの中で私はしみじみと噛み締めている。

  ~END~



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    ◇  ◇  ◇
「──わねぇ。あんな大変な事が起こるなんて……」
「まったくですよね。まさかここで、あ、あら帆南ちゃん。今帰り?」
「そうです。こんにちは」
 道端でお喋りしてたおばさまたちの横を通る際に、つい耳が拾ったそんな会話の切れ端。
 今しがた聞こえたパトカーのサイレンのせいじゃないかな。思い出すわよね、嫌でもね。
 深刻そうな台詞に反して、彼女たちの口調や表情に湿っぽさは窺えなかった。
 たとえ可哀想だと、お気の毒だと口にしても、その言葉はおそらく『被害者』に向かうことはない。表面的にはともかく。
 敢えていうなら「事件の起こった街」になってしまった、って気持ちの方が強いんじゃない? 
 一年前、我が家の《《隣》》で一家惨殺事件が起きた。
 夜間、寝静まった仁嶋家に一階の掃き出し窓のガラスを割って侵入して、鉈で四人を次々に殺して回ったんだって。『騒音』に耐えかねた、すぐ近くで一人暮らししてたおじいさんが。
 直前に妻が亡くなって、子どもたちはとうに家を出ていて大きな家にひとり残されていた彼は七十代前半だった。
 結婚して遠くに住んでる娘さんが、「心配だから一緒に暮らそう」ってお葬式で来たときに誘ってた、って後で知ったわ。
 おじいさんが「ここはお母さんと暮らした家だから。お母さんが寂しがるからお前のところには行けない。すまない」って断ってたことも。 
 ──生前のおばあさんが、最期の入院の間際まで仁嶋一家の『演奏』に悩まされていたことも。年配の人は床につくのが早いから、眠れなくて相当辛かったみたい。
 おじいさんの、娘さんに向けたっていう「すまない」には、きっと別の意味も含まれてたんじゃないかな。
 娘やその家族のこともちゃんとわかってて、それでも思い留まれなかった。
 長いこと連れ添った大事な人を苦しめた、……もしかしたら死期を早めたかもしれないやつらを許せなかった?
 表向きは声には出さない。みんな良識ある大人だもの。
 でもおそらくは、ほとんどの人が仁嶋の親子じゃなくそのおじいさんの方に共感、あるいは同情してた。居た堪れなかった。
 少なくとも私はそう。多分ママも、パパも。
 この春から私は大学生。
 両親が学んだのと同じ、近隣では最も学力が高いといわれる大学に合格した。
 ママは私と同じく現役だけどパパは一浪だから、「帆南、すごいなぁ! やっぱりママの子だからな」なんて大袈裟に褒めてくれた。
 パパのそういう、ママをきちんと認めて平然と表せるところ、私は大好きだし尊敬してるわ。
 騒音で気が散って勉強が手につかない、なんて言い訳してるようじゃ受験突破なんてできない。それはよくわかってる。
 だけど、邪魔が入らないに越したことないのも間違いないでしょ?
 やっと得た静かで穏やかな環境で、私は勉強に没頭する生活を送っていた。
 更地になった元仁嶋家の、哀れなほど小さな空間を横目に見ながらの自宅通学。
 大学入試は単なるハードルの一つで通過点でしかない。入学してからが真の始まりなのよ。
 だから私のみならず近隣の皆がこの静寂を手に入れるために、《《犠牲》》にしてしまったあのおじいさんには申し訳ない感情が今も拭えないでいる。
 彼の心は今、少しでも凪いでいるんだろうか。
 死んだ仁嶋家の四人には、「自業自得でいい気味だ」としか感じない。
 平和って、現実には誰にでも当然に与えられるものじゃなかった。
 突き付けられたその事実を、日々の貴重な静けさの中で私はしみじみと噛み締めている。
  ~END~