鳴き声
ー/ー「おーい、真由貴ぃっ!」
夕食が終わり、木ノ枝児童施設のロウカを歩いていると、後ろから声がかけられた。
ふりむくと、友達の千絵ちゃんだった。大がらな体が元気よく、上ぐつの音を鳴らしながらかけよってくる。
「真由貴、今ひま? もし時間あるなら、ちょっと私に付き合ってよ」
「うん、いいよ。学校の宿題も終わったし、明日の準備もばっちりだから。千絵ちゃんにも宿題教えてあげられるよ」
「おっ、さすが優等生! いつもお世話になってまぁす! でも、今日は宿題のことじゃないんだ」
それから私と千絵ちゃんは、ロウカのすみに置かれた木のベンチに座る。
千絵ちゃんは少しもじもじしていて、少し時間がたつとふいにへへっと笑った。
「じつはさ、私、明日この施設を出ていくんだ。その、里親が見つかって」
「そうなの? おめでとう。千絵ちゃん、いっつも『スマホやれる時間短すぎ』って言ってたもんね」
「うん。って、スマホやるために出ていくわけじゃないよ!」
千絵ちゃんにつっこまれ、私はクスクスと笑顔を作る。
心の裏にあるさびしさを、必死に見せないようにふるまっていた。
「それでさ、真由貴。私、実は里親の人とも何度か面談したんだ。それでさ、けっこうその人たちいい感じの人たちでさ。私もけっこう、相性いいんじゃないかな? って思ってる」
「……そっか。じゃあ、これで千絵ちゃんともお別れだね。千絵ちゃんがいい人たちに出会えてよかったよ。その人たちが千絵ちゃんのこと、大切にしてくれたらいいね」
「うん、ありがとう真由貴。これからは私、その人たちのところでがんばってみるよ。……じゃあ、バイバイ」
しばらく私を見つめた後、千絵ちゃんはベンチから立ち上がった。
千絵ちゃんの背中がどんどん遠くなっていき、やがて部屋に入ってすがたが見えなくなった。
(千絵ちゃんは、もう『捨て猫』じゃなくなったんだ)
ポツンとベンチに残された私は、ぼんやりとそんなことを考えた。
ひとりきりになると、ずっと聞こえなかった雨の音がザァーザァーと耳に流れこんでくる。
(私は、いつ『捨て猫』じゃなくなるんだろう?)
ベンチからふりかえると、外はどしゃぶりの雨だった。
窓の景色は真っ暗で、何も見えない。
それでも雨の音だけが、悲鳴のようにずっと鳴り止まなかった。
私はそっと、自分の胸元のポケットに手を入れる。
自分で作った手作りのお守り。包みをといて開けてみる。
その中には、白と黒と茶色のバラバラな毛が三本入っていた。
(ミケ……)
雨の夜ひとりきりになると、いつも私はあの公園の草むらを思い出した。
ダンボールの中でずぶぬれでたおれて、必死ににゃーにゃー鳴いていた命。
その声は二年たった今でも、耳のおくにこびりついてはなれなかった。
(私もいつか、お前と同じようになるのかな?)
拾った三本の毛を見つめながら、私はじっと雨の音を聞き続ける。
そうしていると、捨て猫たちの声が聞こえてくるような気がした。
にゃー、にゃー、にゃー……
体が弱くなって、声も出せなくなって、やがて猫たちは死んでいく。
だれにも拾われず、だれにも見送られず、最後はほねになって消えていく。
にゃー、にゃー、にゃー……
だからあの時、お前は必死に鳴いていたのかもしれない。
このまま姿を消して、世の中からいないもの扱いされたくないと。
にゃー、にゃー、にゃー……
お前をだいた温かさが、冷たさが、今でも腕の中でそっといきづいている。ミケ……私の鳴き声は、いつか誰かに届くのかな?
夕食が終わり、木ノ枝児童施設のロウカを歩いていると、後ろから声がかけられた。
ふりむくと、友達の千絵ちゃんだった。大がらな体が元気よく、上ぐつの音を鳴らしながらかけよってくる。
「真由貴、今ひま? もし時間あるなら、ちょっと私に付き合ってよ」
「うん、いいよ。学校の宿題も終わったし、明日の準備もばっちりだから。千絵ちゃんにも宿題教えてあげられるよ」
「おっ、さすが優等生! いつもお世話になってまぁす! でも、今日は宿題のことじゃないんだ」
それから私と千絵ちゃんは、ロウカのすみに置かれた木のベンチに座る。
千絵ちゃんは少しもじもじしていて、少し時間がたつとふいにへへっと笑った。
「じつはさ、私、明日この施設を出ていくんだ。その、里親が見つかって」
「そうなの? おめでとう。千絵ちゃん、いっつも『スマホやれる時間短すぎ』って言ってたもんね」
「うん。って、スマホやるために出ていくわけじゃないよ!」
千絵ちゃんにつっこまれ、私はクスクスと笑顔を作る。
心の裏にあるさびしさを、必死に見せないようにふるまっていた。
「それでさ、真由貴。私、実は里親の人とも何度か面談したんだ。それでさ、けっこうその人たちいい感じの人たちでさ。私もけっこう、相性いいんじゃないかな? って思ってる」
「……そっか。じゃあ、これで千絵ちゃんともお別れだね。千絵ちゃんがいい人たちに出会えてよかったよ。その人たちが千絵ちゃんのこと、大切にしてくれたらいいね」
「うん、ありがとう真由貴。これからは私、その人たちのところでがんばってみるよ。……じゃあ、バイバイ」
しばらく私を見つめた後、千絵ちゃんはベンチから立ち上がった。
千絵ちゃんの背中がどんどん遠くなっていき、やがて部屋に入ってすがたが見えなくなった。
(千絵ちゃんは、もう『捨て猫』じゃなくなったんだ)
ポツンとベンチに残された私は、ぼんやりとそんなことを考えた。
ひとりきりになると、ずっと聞こえなかった雨の音がザァーザァーと耳に流れこんでくる。
(私は、いつ『捨て猫』じゃなくなるんだろう?)
ベンチからふりかえると、外はどしゃぶりの雨だった。
窓の景色は真っ暗で、何も見えない。
それでも雨の音だけが、悲鳴のようにずっと鳴り止まなかった。
私はそっと、自分の胸元のポケットに手を入れる。
自分で作った手作りのお守り。包みをといて開けてみる。
その中には、白と黒と茶色のバラバラな毛が三本入っていた。
(ミケ……)
雨の夜ひとりきりになると、いつも私はあの公園の草むらを思い出した。
ダンボールの中でずぶぬれでたおれて、必死ににゃーにゃー鳴いていた命。
その声は二年たった今でも、耳のおくにこびりついてはなれなかった。
(私もいつか、お前と同じようになるのかな?)
拾った三本の毛を見つめながら、私はじっと雨の音を聞き続ける。
そうしていると、捨て猫たちの声が聞こえてくるような気がした。
にゃー、にゃー、にゃー……
体が弱くなって、声も出せなくなって、やがて猫たちは死んでいく。
だれにも拾われず、だれにも見送られず、最後はほねになって消えていく。
にゃー、にゃー、にゃー……
だからあの時、お前は必死に鳴いていたのかもしれない。
このまま姿を消して、世の中からいないもの扱いされたくないと。
にゃー、にゃー、にゃー……
お前をだいた温かさが、冷たさが、今でも腕の中でそっといきづいている。ミケ……私の鳴き声は、いつか誰かに届くのかな?
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