表示設定
表示設定
目次 目次




別れ

ー/ー



 ミケが死んでから、何かがかわった。色あせて見える世界。家族といっしょにいても、友達といっしょに遊んでも、どこかむねに空っぽさをかんじていた。ずっとうめられない、ずっとみたされない。

 でもそれは、ミケが死んだから生まれたあなじゃなかった。
私は――私のいばしょは、はじめからどこにもよういされていなかった。


****


「真由貴、大事な話があるんだ」

 おばばのへやでねむろうとした夜おそく、お父さんがそっととびらをノックした。
仕事から帰ったばかりのスーツすがたは、めったに私のところにおとずれることなんてなかった。

 おばばが死んだあの日から、お父さんはかわっていた。そしてお母さんもかわっていた。二人ともおたがいのことをよくどなりあうようになって、でもそれも最近になってどなりあうことすらやめてしまった。

 私たち家族はかわった。ううん、ちがう。はじめから『かわっていた』ことにやっと気づけたのだ。だから私は、お父さんがこんな夜おそくに来た理由をもうわかってしまっていた。

「あのな、真由貴。俺と朝菜は、離婚することに決めたんだ」

 リビングのイスに着くと、さっそくお父さんが切りだした。
お母さんのようすも落ち着いている。二人でさんざん話し合った後なのだとりかいできた。

「真由貴、離婚って意味はわかるか? その、お父さんとお母さんは――」

「……うん、わかってるよ。二人ははなればなれになるってことだよね?」

 私は、お父さんの声をさえぎって答えた。
お父さんは開きかけた口を閉じ、そのままぐっとうつむいてしまう。
お父さんが自分のことを『お父さん』と呼ぶのははじめてな気がした。

「……そうか。やっぱり、お前は聡い子だな。普通親が別れるってなったら、子どもはもう少し取り乱したり泣いたりするものなのに」

 どこかしらじらしいたいどでお父さんは言った。
『親』、『子ども』。そうした言葉が私の左の耳の中から右の耳の外へとすりぬけていった。

「それでな、その、お父さんたちが別れるに当たってな。お前はどっちの親に付いていくか決めなくちゃいけないんだ。ほら、子ども一人だけじゃ生活とかできないだろ? だから、お前の好きな方を選んでくれ」

 せつめいが終わると、お父さんは私の答えをじっとまつ。
お母さんのほうを見ると、ふだんは私の相手なんてぜんぜんしてくれないのに、なにかをいのるような目を私にむけていた。

「……真由貴、もしお母さんに付いてきてくれるなら、あんたを一生懸命育てるわ。今は働けてないけど、ちゃんと病気を治して働くつもりだから」

 お母さんが私にむかってケツイをひろうする。
その言葉はウソじゃない。お母さんは私をあいそうとしている。
お母さんの気持ちは、じゅうぶん私にもつたわった。

「俺は、どっちでもいいぞ。仮にお前がお母さんのほうへ付いていくって決めても、ちゃんと仕送りはするつもりだ。だから生活のことは心配しなくていい。俺も、お前の親だからな」

 ふだんは仕事ばっかりなお父さんも、今日はやけに私にやさしかった。
お父さんは私とお母さんのために働いてくれて、ちゃんと父親としてのセキニンを守ってくれた。それはちゃんとりかいしていたし、今の言葉がウソじゃないこともわかっていた。

「私は――」

 二人の考えを聞きとどけて、私は閉じていたくちびるをゆっくりと開いた。
ずっとぽっかりと空いた穴の中。それを今、むねのうちからあふれさせた。

「私は、どっちにもついていかない。私は、おばばみたいにシセツに行く」

 つめたい空気が、リビングにながれた。
両親は二人ともハッとした顔になって、しばらく私にじっと目をかたまらせた。

「どうしてっ! どうしてなのよ真由貴っ!」

 ガタン! とお母さんが立ちあがって、私にさけぶ。
青くなったくちびるがわなわなとふるえていた。

「あんたは私の子どもなのよ! そんなこと、できるわけないでしょ!?」

 お母さんの目から、なみだがながれた。
私が付いていくことをことわったから、心がきずついていた。
それでも、私のケツイはかわらなかった。

「お父さん、お母さん」

 ただ私に目をむける両親に、じゅんばんによびかける。

「家族じゃない人をたいせつにするってむずかしいね。私がお母さんのおなかから生まれたらよかったのかな?」

 私のつぶやきに、泣いていたお母さんのなみだが止まった。
かみなりにうたれたように体がうごかなくなり、もう口を開けなくなっていた。

「わかってるよ。お父さんとお母さんが本当にほしかったのは、フユネちゃんだってこと。私はただの『すてネコ』で、二人がさびしかったからひろわれただけ。……私は、フユネちゃんのかわりにはなれない。だから、私は二人のところにはいかない」

 言葉をはきだすと、ふいにとおい昔のきおくを思い出した。
私がずっと小さかったころ、だれかにだかれて、どこかにすてられたきおく。

 どうして今になって、そんなことを思い出しているのかはわからない。
だけどそのきおくがあるからこそ、私は『家族』のかたちにウソをつけなかった。

「……わかった。お前のことは児童相談所に相談して、施設に戻せるか聞くことにするよ」

「礼司さんっ!? でも……」

 声をあげるお母さんをさえぎって、お父さんが言葉をつづけた。

「俺たち家族の関係は、最初から冷え切ってたんだ。冬音が死んで、それで身代わりを探そうとした時点で。だからもう、嘘をつくのはやめにしよう。――俺は自分の人生を、もう一度やり直したい」



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 鳴き声


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ミケが死んでから、何かがかわった。色あせて見える世界。家族といっしょにいても、友達といっしょに遊んでも、どこかむねに空っぽさをかんじていた。ずっとうめられない、ずっとみたされない。
 でもそれは、ミケが死んだから生まれたあなじゃなかった。
私は――私のいばしょは、はじめからどこにもよういされていなかった。
****
「真由貴、大事な話があるんだ」
 おばばのへやでねむろうとした夜おそく、お父さんがそっととびらをノックした。
仕事から帰ったばかりのスーツすがたは、めったに私のところにおとずれることなんてなかった。
 おばばが死んだあの日から、お父さんはかわっていた。そしてお母さんもかわっていた。二人ともおたがいのことをよくどなりあうようになって、でもそれも最近になってどなりあうことすらやめてしまった。
 私たち家族はかわった。ううん、ちがう。はじめから『かわっていた』ことにやっと気づけたのだ。だから私は、お父さんがこんな夜おそくに来た理由をもうわかってしまっていた。
「あのな、真由貴。俺と朝菜は、離婚することに決めたんだ」
 リビングのイスに着くと、さっそくお父さんが切りだした。
お母さんのようすも落ち着いている。二人でさんざん話し合った後なのだとりかいできた。
「真由貴、離婚って意味はわかるか? その、お父さんとお母さんは――」
「……うん、わかってるよ。二人ははなればなれになるってことだよね?」
 私は、お父さんの声をさえぎって答えた。
お父さんは開きかけた口を閉じ、そのままぐっとうつむいてしまう。
お父さんが自分のことを『お父さん』と呼ぶのははじめてな気がした。
「……そうか。やっぱり、お前は聡い子だな。普通親が別れるってなったら、子どもはもう少し取り乱したり泣いたりするものなのに」
 どこかしらじらしいたいどでお父さんは言った。
『親』、『子ども』。そうした言葉が私の左の耳の中から右の耳の外へとすりぬけていった。
「それでな、その、お父さんたちが別れるに当たってな。お前はどっちの親に付いていくか決めなくちゃいけないんだ。ほら、子ども一人だけじゃ生活とかできないだろ? だから、お前の好きな方を選んでくれ」
 せつめいが終わると、お父さんは私の答えをじっとまつ。
お母さんのほうを見ると、ふだんは私の相手なんてぜんぜんしてくれないのに、なにかをいのるような目を私にむけていた。
「……真由貴、もしお母さんに付いてきてくれるなら、あんたを一生懸命育てるわ。今は働けてないけど、ちゃんと病気を治して働くつもりだから」
 お母さんが私にむかってケツイをひろうする。
その言葉はウソじゃない。お母さんは私をあいそうとしている。
お母さんの気持ちは、じゅうぶん私にもつたわった。
「俺は、どっちでもいいぞ。仮にお前がお母さんのほうへ付いていくって決めても、ちゃんと仕送りはするつもりだ。だから生活のことは心配しなくていい。俺も、お前の親だからな」
 ふだんは仕事ばっかりなお父さんも、今日はやけに私にやさしかった。
お父さんは私とお母さんのために働いてくれて、ちゃんと父親としてのセキニンを守ってくれた。それはちゃんとりかいしていたし、今の言葉がウソじゃないこともわかっていた。
「私は――」
 二人の考えを聞きとどけて、私は閉じていたくちびるをゆっくりと開いた。
ずっとぽっかりと空いた穴の中。それを今、むねのうちからあふれさせた。
「私は、どっちにもついていかない。私は、おばばみたいにシセツに行く」
 つめたい空気が、リビングにながれた。
両親は二人ともハッとした顔になって、しばらく私にじっと目をかたまらせた。
「どうしてっ! どうしてなのよ真由貴っ!」
 ガタン! とお母さんが立ちあがって、私にさけぶ。
青くなったくちびるがわなわなとふるえていた。
「あんたは私の子どもなのよ! そんなこと、できるわけないでしょ!?」
 お母さんの目から、なみだがながれた。
私が付いていくことをことわったから、心がきずついていた。
それでも、私のケツイはかわらなかった。
「お父さん、お母さん」
 ただ私に目をむける両親に、じゅんばんによびかける。
「家族じゃない人をたいせつにするってむずかしいね。私がお母さんのおなかから生まれたらよかったのかな?」
 私のつぶやきに、泣いていたお母さんのなみだが止まった。
かみなりにうたれたように体がうごかなくなり、もう口を開けなくなっていた。
「わかってるよ。お父さんとお母さんが本当にほしかったのは、フユネちゃんだってこと。私はただの『すてネコ』で、二人がさびしかったからひろわれただけ。……私は、フユネちゃんのかわりにはなれない。だから、私は二人のところにはいかない」
 言葉をはきだすと、ふいにとおい昔のきおくを思い出した。
私がずっと小さかったころ、だれかにだかれて、どこかにすてられたきおく。
 どうして今になって、そんなことを思い出しているのかはわからない。
だけどそのきおくがあるからこそ、私は『家族』のかたちにウソをつけなかった。
「……わかった。お前のことは児童相談所に相談して、施設に戻せるか聞くことにするよ」
「礼司さんっ!? でも……」
 声をあげるお母さんをさえぎって、お父さんが言葉をつづけた。
「俺たち家族の関係は、最初から冷え切ってたんだ。冬音が死んで、それで身代わりを探そうとした時点で。だからもう、嘘をつくのはやめにしよう。――俺は自分の人生を、もう一度やり直したい」