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◇番外◇ 追憶

ー/ー



〝もうこれ以上は止めてくれ……、もう終わりにしよう!〟

 計画の総仕上げに入る時、私の脳裏で誰かがそう言った。
 あれは一体誰だったのだろうか。時々ふと、そんなことを考える。

「父上、今日はお加減はいかがですか」

 雪音の妖術ではない、自然に津々と降る雪を眺めながら、私は母屋から望む冬景色を呆然と眺めていた。陰陽頭(おんみょうのかみ)を辞してからも私は一向に気力が持てずにいる。
 そんな私の後継として今、陰陽頭を務めている息子の蒼士が、私の様子を伺いに母屋へと顔を出した。この頃の彼の表情は以前よりも生き生きとして見える。

「あぁ蒼士、特に変わりなくだ。其方(そなた)は今日は非番か?」
「えぇ。どうやら拓磨が代わりに寮へ出仕してくれるようでして」

 彼は私のすぐ隣に腰をかけてそう言った。

 私が完敗を喫した拓磨は、彼が新しく設置した魁守(さきがけのもり)という位に就き、朝廷に出仕していると聞いた。今や陰陽連は、蒼士と拓磨の二人が先陣を切って走っていると言って良いだろう。
 しかし今更私がどうこう言うつもりはないが、嘉納と安曇が今や共同しているとは、時代も変わるものよ。この二人とて少し前まではあんなに仲が悪かったのに。

「拓磨とは上手くやっておるようだな、競うのは止めたのか?」
「いえ、論争ばかりです」

 真顔で蒼士が即答し、私は思わず転びそうになった。……まぁ、確かに昔から水と油のような性格だからな。そう簡単には交わるはずもあるまいか。
 だが蒼士は、すぐに少し嬉しそうに笑いながら「でも」と続けた。

「拓磨は拓磨で、我々の在るべき姿を見据えて務めを果たしています。目指す先が同じであるからこそ、僕はあの男と本音を語ることができるのです」
「目指す先?」

 私がそう聞き返すと、蒼士はゆっくり頷いた。

「都のため、民のためにあるべき陰陽師の存在です。僕は町で貴族たちや民を、拓磨は朝廷で帝を脅威から守る。そのために何をするべきか意見を出し合う内に、ついお互いに熱くなり口論になってしまうのです」

 なるほど、目指す先……か。
 私もそれを考えていなかったわけではない。だがいつの間にかそんな熱い心はどこかに置いてきてしまった。それを忘れていなければ、今も善良な陰陽師としてあり続けていたのだろうか。

 私は一体、どこで間違えたのだろう。

「では、僕はこれで――」
「待ちなさい、蒼士」

 話の良いところで引き上げようとした蒼士を呼び止めると、彼は首を傾げて私を見つめた。今日は()は歌の会か何かで大納言殿の屋敷へ出かけている。男同士の話をするのであれば、今が好機であった。

「其方……。私がしでかしたことを、どう思っておる」

 そう口にすると、蒼士は目を大きく見開いた。

 それは息子にずっと聞きたいと思っていたことだった。雷龍を言葉巧みに操り、帝を裏切って都を襲撃し、安曇を陥れるために拓磨を窮地に追いやった。私は人として恥じるべき暴挙に及んだのだ。
 本来であれば重罪・死刑にも相当するが、拓磨に心力を消されたことで陰陽師としての生命を絶たれた私は、それが私にとっては最も重い罰であろうとされ、刑罰を免れることとなった。これは拓磨から帝に対する進言あっての結果である。

 だが、それで私の犯したことが消えるわけではない。蒼士には〝大罪を犯した息子〟という烙印も押されているだろう。それに帝が責任を負って退位する事態にまで発展したのだ。

 蒼士は私を恨んでいるのではないのか。
 なのに彼は私を常に気に掛けてくれる。

「……僕は」

 そう呟いた蒼士の唇が、僅かに震えた。

「僕は父上をどうしたらよいのか、今も分かりません。父上は我々嘉納の将来を重んじるあまり道を誤った。僕だってこれまで、拓磨に追いつけずにどれほど悔しい思いをしてきたか。だからとて、同じ陰陽師として許すわけにもいきません」

 蒼士は両膝の上に置いた拳を固く握りしめる。
 私は彼の話を黙って聞いていた。

「でも僕は……僕に陰陽のイロハを教えてくれた優しい父上を、その全てが偽りであったとは思いたくないのです。父上とて、陰陽を愛していたのではないのですか」

<ちちうえっ! それはどうやったらできるのですか!?>
<父上! 心力がやっと掴めました! 陰陽術を教えてくださいますよね!?>
<父上、僕も嘉納に貢献していきます。共に陰陽連の未来を担いましょう!>

 父上、父上と。私の後ろを付き回って、修行に明け暮れていた蒼士を思い出す。蒼士は幼い頃から本当に陰陽に関わることが好きだった。才能があるとは言い難いが、地道な努力でこうして陰陽頭まで上り詰めたのだ。

 私にもそんな頃があった。父に修行をせがむ遠い昔の私だ。
 陰陽が大好きで、来る日も来る日も鍛錬に没頭した。

 そう。私も嘉納がどうとかの前に、陰陽が好きだった。

〝もうこれ以上は止めてくれ……、もう終わりにしよう!〟

 あれは、若き日の私だ。
 あの頃の私から、今の汚れてしまった私に対する嘆きだったのだ。

「……父上?」

 黙り込んでしまった私が心配になったのか、蒼士が肩を揺らしながら顔を覗き込んだが、その瞬間彼は驚いたような表情を見せた。
 蒼士の顔を見るまでは気づかなかった。私の目から一筋の涙が零れていたことに。

「すまん、何でもない。其方の気持ちはよく分かった、本当に悪いと思っている」

 慌てて涙を拭いながら私は彼に詫びた。息子が反応に困っていると、丁度外出先から葵が戻ってきて騒々しく母屋に入ってきたので、それ以上の話はできなくなった。
 だがこれ以上は無用、蒼士のお陰で自分がどうするべきか分かった気がする。

 蒼士は苦手な母が現れたことで、適当な理由を述べて母屋から出ていった。嫌いというわけではないようだが、すぐに女子(おなご)の話を持ち出されるのが不満らしい。
 あの子は華葉に惚れていたのだったが、彼女はあの後に消えたと聞く。まだ彼の人生は長い、この先蒼士にも良い人が見つかるとよいのだが。

「殿、蒼士とどんな話を? 随分と深刻そうでしたけど」

 興味深そうに葵がそう訪ねた。彼女は私がしでかしたことを何も知らない。拓磨に負けた後は目覚めたら屋敷にいて「共に強敵と戦った」という話になっていた。
 だがいずれは彼女にも真実が耳に入るだろう。その前に私の口から話さなければ。

 私を抜き、あっという間に陰陽頭に就任した尊に酷く嫉妬したことを。
 奴の妻・吉乃に惚れ、側室として手に入れたくなったことを。
 その彼女に振られ憎しみに変わり、安曇の全てを壊したくなったことを。

 そして雷龍と手を組み、都を巻き込む壮大な計画を練った。
 全ては私の勝手な感情の暴走が引き起こしたこと。

「葵……、私は出家しようと思う」
「――今、何と?」

 それで全てが許されるわけではないが、ここにいても邪魔なだけだ。
 早々に退場して全てを蒼士に譲ろう。あの子には良き仲間がいる、彼は私のように道を踏み外すことはないだろう。母と二人になり蒼士は嫌がるかもしれぬがな。

 津々と雪が降る真っ白な空を見つめる。
 都は、今日も静かだ――。


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〝もうこれ以上は止めてくれ……、もう終わりにしよう!〟
 計画の総仕上げに入る時、私の脳裏で誰かがそう言った。
 あれは一体誰だったのだろうか。時々ふと、そんなことを考える。
「父上、今日はお加減はいかがですか」
 雪音の妖術ではない、自然に津々と降る雪を眺めながら、私は母屋から望む冬景色を呆然と眺めていた。|陰陽頭《おんみょうのかみ》を辞してからも私は一向に気力が持てずにいる。
 そんな私の後継として今、陰陽頭を務めている息子の蒼士が、私の様子を伺いに母屋へと顔を出した。この頃の彼の表情は以前よりも生き生きとして見える。
「あぁ蒼士、特に変わりなくだ。|其方《そなた》は今日は非番か?」
「えぇ。どうやら拓磨が代わりに寮へ出仕してくれるようでして」
 彼は私のすぐ隣に腰をかけてそう言った。
 私が完敗を喫した拓磨は、彼が新しく設置した|魁守《さきがけのもり》という位に就き、朝廷に出仕していると聞いた。今や陰陽連は、蒼士と拓磨の二人が先陣を切って走っていると言って良いだろう。
 しかし今更私がどうこう言うつもりはないが、嘉納と安曇が今や共同しているとは、時代も変わるものよ。この二人とて少し前まではあんなに仲が悪かったのに。
「拓磨とは上手くやっておるようだな、競うのは止めたのか?」
「いえ、論争ばかりです」
 真顔で蒼士が即答し、私は思わず転びそうになった。……まぁ、確かに昔から水と油のような性格だからな。そう簡単には交わるはずもあるまいか。
 だが蒼士は、すぐに少し嬉しそうに笑いながら「でも」と続けた。
「拓磨は拓磨で、我々の在るべき姿を見据えて務めを果たしています。目指す先が同じであるからこそ、僕はあの男と本音を語ることができるのです」
「目指す先?」
 私がそう聞き返すと、蒼士はゆっくり頷いた。
「都のため、民のためにあるべき陰陽師の存在です。僕は町で貴族たちや民を、拓磨は朝廷で帝を脅威から守る。そのために何をするべきか意見を出し合う内に、ついお互いに熱くなり口論になってしまうのです」
 なるほど、目指す先……か。
 私もそれを考えていなかったわけではない。だがいつの間にかそんな熱い心はどこかに置いてきてしまった。それを忘れていなければ、今も善良な陰陽師としてあり続けていたのだろうか。
 私は一体、どこで間違えたのだろう。
「では、僕はこれで――」
「待ちなさい、蒼士」
 話の良いところで引き上げようとした蒼士を呼び止めると、彼は首を傾げて私を見つめた。今日は|葵《妻》は歌の会か何かで大納言殿の屋敷へ出かけている。男同士の話をするのであれば、今が好機であった。
「其方……。私がしでかしたことを、どう思っておる」
 そう口にすると、蒼士は目を大きく見開いた。
 それは息子にずっと聞きたいと思っていたことだった。雷龍を言葉巧みに操り、帝を裏切って都を襲撃し、安曇を陥れるために拓磨を窮地に追いやった。私は人として恥じるべき暴挙に及んだのだ。
 本来であれば重罪・死刑にも相当するが、拓磨に心力を消されたことで陰陽師としての生命を絶たれた私は、それが私にとっては最も重い罰であろうとされ、刑罰を免れることとなった。これは拓磨から帝に対する進言あっての結果である。
 だが、それで私の犯したことが消えるわけではない。蒼士には〝大罪を犯した息子〟という烙印も押されているだろう。それに帝が責任を負って退位する事態にまで発展したのだ。
 蒼士は私を恨んでいるのではないのか。
 なのに彼は私を常に気に掛けてくれる。
「……僕は」
 そう呟いた蒼士の唇が、僅かに震えた。
「僕は父上をどうしたらよいのか、今も分かりません。父上は我々嘉納の将来を重んじるあまり道を誤った。僕だってこれまで、拓磨に追いつけずにどれほど悔しい思いをしてきたか。だからとて、同じ陰陽師として許すわけにもいきません」
 蒼士は両膝の上に置いた拳を固く握りしめる。
 私は彼の話を黙って聞いていた。
「でも僕は……僕に陰陽のイロハを教えてくれた優しい父上を、その全てが偽りであったとは思いたくないのです。父上とて、陰陽を愛していたのではないのですか」
<ちちうえっ! それはどうやったらできるのですか!?>
<父上! 心力がやっと掴めました! 陰陽術を教えてくださいますよね!?>
<父上、僕も嘉納に貢献していきます。共に陰陽連の未来を担いましょう!>
 父上、父上と。私の後ろを付き回って、修行に明け暮れていた蒼士を思い出す。蒼士は幼い頃から本当に陰陽に関わることが好きだった。才能があるとは言い難いが、地道な努力でこうして陰陽頭まで上り詰めたのだ。
 私にもそんな頃があった。父に修行をせがむ遠い昔の私だ。
 陰陽が大好きで、来る日も来る日も鍛錬に没頭した。
 そう。私も嘉納がどうとかの前に、陰陽が好きだった。
〝もうこれ以上は止めてくれ……、もう終わりにしよう!〟
 あれは、若き日の私だ。
 あの頃の私から、今の汚れてしまった私に対する嘆きだったのだ。
「……父上?」
 黙り込んでしまった私が心配になったのか、蒼士が肩を揺らしながら顔を覗き込んだが、その瞬間彼は驚いたような表情を見せた。
 蒼士の顔を見るまでは気づかなかった。私の目から一筋の涙が零れていたことに。
「すまん、何でもない。其方の気持ちはよく分かった、本当に悪いと思っている」
 慌てて涙を拭いながら私は彼に詫びた。息子が反応に困っていると、丁度外出先から葵が戻ってきて騒々しく母屋に入ってきたので、それ以上の話はできなくなった。
 だがこれ以上は無用、蒼士のお陰で自分がどうするべきか分かった気がする。
 蒼士は苦手な母が現れたことで、適当な理由を述べて母屋から出ていった。嫌いというわけではないようだが、すぐに|女子《おなご》の話を持ち出されるのが不満らしい。
 あの子は華葉に惚れていたのだったが、彼女はあの後に消えたと聞く。まだ彼の人生は長い、この先蒼士にも良い人が見つかるとよいのだが。
「殿、蒼士とどんな話を? 随分と深刻そうでしたけど」
 興味深そうに葵がそう訪ねた。彼女は私がしでかしたことを何も知らない。拓磨に負けた後は目覚めたら屋敷にいて「共に強敵と戦った」という話になっていた。
 だがいずれは彼女にも真実が耳に入るだろう。その前に私の口から話さなければ。
 私を抜き、あっという間に陰陽頭に就任した尊に酷く嫉妬したことを。
 奴の妻・吉乃に惚れ、側室として手に入れたくなったことを。
 その彼女に振られ憎しみに変わり、安曇の全てを壊したくなったことを。
 そして雷龍と手を組み、都を巻き込む壮大な計画を練った。
 全ては私の勝手な感情の暴走が引き起こしたこと。
「葵……、私は出家しようと思う」
「――今、何と?」
 それで全てが許されるわけではないが、ここにいても邪魔なだけだ。
 早々に退場して全てを蒼士に譲ろう。あの子には良き仲間がいる、彼は私のように道を踏み外すことはないだろう。母と二人になり蒼士は嫌がるかもしれぬがな。
 津々と雪が降る真っ白な空を見つめる。
 都は、今日も静かだ――。