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199 口寄

ー/ー



 フォスターの意識がある状態で身体が自由にならない。口は勝手に女性の声で喋っている。おそらく目の前の遺体の霊、ザイステルの妻シュペーゼの声であろう。リューナはすぐに察したが、ヴィダとレーヴェは異様なものを見る目でフォスターを見ている。フォスターはいたたまれない気持ちになったが、身体の主導権を奪われている状態ではどうにも出来なかった。

「シュ、シュペーゼの、声……?」

 ザイステルのほうも明らかに動揺した様子になった。

「思い込んだらすぐに行動しないで一度立ち止まって考えてって前から言ってたでしょう? もうやめて!」

 ザイステルは頭を振った。

「う、うるさい! お前の顔でシュペーゼの声真似をするな! 気持ち悪い!」

 フォスターの姿から女の声が出ているため確かに気持ちが悪い。一番気持ち悪いのは身体を乗っ取られているフォスター本人なのだが、シュペーゼがかなりの強い意志で取り憑いているためか自分の身体を取り戻せない。

『くそっ、俺がついていながら……』

 ビスタークは悔しそうだ。同じ霊魂同士、シュペーゼの霊に気が付いていてもおかしくなさそうだが、どうやらわからなかったらしい。その辺リューナのほうがずっと敏感だ。
 シュペーゼにもビスタークの声は聞こえているはずだが、本人はザイステルのことしか目に入らないようだ。

「しょうがないでしょ、この人にしか取り憑けなかったんだから」
「やめろ! その声で喋るな!」

 ザイステルは両手で耳を塞いだが、シュペーゼの霊の声は続く。

「やめないよ。やっとザイスと話せたんだから。ずっとわたしが話しかけてたの、気づかなかったでしょ?」
「やめろ!」
「ザイスは悪い人たちに騙されてるんだよ。死は覆らないよ。いい加減あきらめなよ」
「やめろ! やめろーっ!!」

 耳を両手で塞いだままザイステルは上を向いて叫ぶと、少し冷静さを取り戻したのかフォスター達に向きなおし悪態をつく。

「大神殿も趣味が悪い! 男にシュペーゼの演技をさせるなど! 私が騙されるとでも思ったか!」
「フォスターにはこんなに器用な演技、できないよ……」

 リューナが呟く。

「そうだ。神殿が五年も前に亡くなった女性の声まで知っているわけがないだろ」
「そうよ。わたしは本物。どうしたら信じてくれる?」

 ヴィダがリューナに同調するとフォスターに取り憑いたシュペーゼもそれに乗る。

「信じられるか……!」

 ザイステルは悲痛な声を絞り出した。シュペーゼはそれを聞きフォスターの姿でため息をつくと、こう言った。

「……ソルン」
「!?」
「わたしがあなたに贈った名前。あなたがわたしに贈ってくれた名前はコラソ。これでわかってくれた?」

 結婚の際、親から与えられたミドルネームの頭文字を元に愛する相手へ贈る名前。それをシュペーゼはザイステルに伝えたのだ。

「そんな……本当にシュペーゼ……?」
「やっと信じてくれた?」
「……いや! 結婚名なんて神殿に登録してるんだから調べればわかることだ!」
「まだ信じてくれないのか……」

 一瞬喜びの心からの笑顔――フォスターでは滅多にしない表情――を見せたがすぐに沈んだ。

 ヴィダとレーヴェはこの隙にザイステルへ攻撃を仕掛けたかったのだが劇薬の瓶はずっとこちらへ向けたままであったのと、シュペーゼの霊魂の言葉で激昂して薬品をぶちまけるおそれもあるため慎重にならざるを得なかった。

 フォスターも本当は身体を取り戻したいのだが、この夫婦のやり取りに敵の内情を探るヒントが出てくるかもしれないと思い、大人しく状況を見守っている。ビスタークも黙っているところをみると同じ考えのようだ。

「あ、赤ちゃんは魂がまだ降りてきてなかったから絶対に生き返らないよ」
「!」
「どう? これはわたしたちだけの話だったでしょ?」
「……それも……君はあの日、産科に行っていたのだから、調べればわかるはずだ……!」

 ザイステルは聞く耳を持たないようにしているが、動揺はしている。

「私がどれだけ絶望したか、わかるか? なかなか授からなかった子どもを君が『できたかも』と言ったあの日に、全て失ってしまった私の絶望が!」
「わかるよ! そっちこそわたしがどれだけ大変だったかわかるの? わたしはあなたのせいで悪霊になりそうだったの! いつ自我が消えてもおかしくない毎日! あなたはわたしに気付いてくれない!」
「……!」

 その言葉にザイステルが感情を揺さぶられているのがわかる。本物だと信じていない口ぶりだが、半信半疑といったところなのだろう。

「ずっと言いたかったことがたくさんある! やっと言えたの! わたしだって死にたくなかった! 赤ちゃんとあなたと幸せに暮らしたかった!」
「だから生き返らせると言っているんだ!」
「でも、そのために他の人たちを犠牲にしていいはずない!」

 お互い息をつく間もなく言い合いをしている。これも夫婦喧嘩と呼べるのだろうか。

「あんなことになって、あなたが悪い人たちと何か良くないことをしてるのを見て、つらかった。見ているだけしか出来なくて、つらかった。しかも五年の間!」
「……………………」
「あなたはほとんど毎日来てくれたけど、誰かに命令されたり命令したり……。わたし、そばでやめるようにずっと言ってたのよ? 知らなかったでしょ?」
「それは君のことを想って……!」
「わたしのことを想ってくれるなら、休ませて。今はいつ気が狂うかわからない状態なの。空へ送ってよ!」
「嫌だ!」
「それに、考えてみて? わたしを殺したのは誰? あなたを使っている悪い人たちじゃないの? あなたはわたしを人質に取られていいように使われているだけじゃないの?」
「……! それでも、君が生き返る可能性があるなら、私は……!」

 ザイステルの表情が歪んでいる。悔しさ、悲しみ、怒り、全ての負の表情の入り混じった顔をしていた。

「復讐を考えなかったわけじゃない。でも、それは、君が生き返った後に……!」
「復讐して欲しいわけじゃないよ。悪い人に使われるのはもうやめようよ、ね? 考え直して。あなたは患者の痛みに寄り添える医者だったはずよ。死んだ後もこうして魂だけで存在し続けるのってとても疲れるの。悪霊になったら他人に迷惑をかけてしまうから、そうならないように頑張ってきたけど、もうそろそろ限界。わたしは、もう休みたい。お願い。どうか、星にして。わたしの身体を、燃やして」
「嫌だ! ……嫌だ!」

 その叫びにも似た声は震えていた。

「すぐそこに君がいるのに何故燃やさなきゃならないんだ! 本当に君なら自分の身体に戻ればいいだけだろう?」
「そんなこともう何度もやった! 無理なものは無理なの! この人に取り憑いたのだって、他の人が無理だったから貸してもらってるだけ!」
「じゃ、じゃあ、他の身体を試してみよう。手持ちの駒には女性もいる。何人か試してみてその誰かに……」
「何を言い出すの? 人の身体を道具みたいに言わないで! わたしを生き返らせるために人殺しをしたり人を攫ったりしていいはずない! あなたは医者でしょ? 命の大切さをわかっているでしょう?」
「君以上の命があるものか! 君が生き返るなら何を犠牲にしても構わない!」
「やめて。大人しく罪を認めてその瓶をしまいなさい! もうあっちの人たちと関わらないで!」

 それを聞いたザイステルは狂ったように笑い出した。

「あははははははは! 演技、そう演技だ……。演技に決まっている……! そうやって私を投降させるつもりなんだろうが、そんな男の演技に騙されるものか! 妻は絶対に私が守る……! 私は絶対に目的を達成してみせる……!」

 ザイステルはそう言い捨てると手に持っていた転移石(エイライト)を額に当て、妻シュペーゼの遺体と共にその場から、消えた。


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「シュ、シュペーゼの、声……?」
 ザイステルのほうも明らかに動揺した様子になった。
「思い込んだらすぐに行動しないで一度立ち止まって考えてって前から言ってたでしょう? もうやめて!」
 ザイステルは頭を振った。
「う、うるさい! お前の顔でシュペーゼの声真似をするな! 気持ち悪い!」
 フォスターの姿から女の声が出ているため確かに気持ちが悪い。一番気持ち悪いのは身体を乗っ取られているフォスター本人なのだが、シュペーゼがかなりの強い意志で取り憑いているためか自分の身体を取り戻せない。
『くそっ、俺がついていながら……』
 ビスタークは悔しそうだ。同じ霊魂同士、シュペーゼの霊に気が付いていてもおかしくなさそうだが、どうやらわからなかったらしい。その辺リューナのほうがずっと敏感だ。
 シュペーゼにもビスタークの声は聞こえているはずだが、本人はザイステルのことしか目に入らないようだ。
「しょうがないでしょ、この人にしか取り憑けなかったんだから」
「やめろ! その声で喋るな!」
 ザイステルは両手で耳を塞いだが、シュペーゼの霊の声は続く。
「やめないよ。やっとザイスと話せたんだから。ずっとわたしが話しかけてたの、気づかなかったでしょ?」
「やめろ!」
「ザイスは悪い人たちに騙されてるんだよ。死は覆らないよ。いい加減あきらめなよ」
「やめろ! やめろーっ!!」
 耳を両手で塞いだままザイステルは上を向いて叫ぶと、少し冷静さを取り戻したのかフォスター達に向きなおし悪態をつく。
「大神殿も趣味が悪い! 男にシュペーゼの演技をさせるなど! 私が騙されるとでも思ったか!」
「フォスターにはこんなに器用な演技、できないよ……」
 リューナが呟く。
「そうだ。神殿が五年も前に亡くなった女性の声まで知っているわけがないだろ」
「そうよ。わたしは本物。どうしたら信じてくれる?」
 ヴィダがリューナに同調するとフォスターに取り憑いたシュペーゼもそれに乗る。
「信じられるか……!」
 ザイステルは悲痛な声を絞り出した。シュペーゼはそれを聞きフォスターの姿でため息をつくと、こう言った。
「……ソルン」
「!?」
「わたしがあなたに贈った名前。あなたがわたしに贈ってくれた名前はコラソ。これでわかってくれた?」
 結婚の際、親から与えられたミドルネームの頭文字を元に愛する相手へ贈る名前。それをシュペーゼはザイステルに伝えたのだ。
「そんな……本当にシュペーゼ……?」
「やっと信じてくれた?」
「……いや! 結婚名なんて神殿に登録してるんだから調べればわかることだ!」
「まだ信じてくれないのか……」
 一瞬喜びの心からの笑顔――フォスターでは滅多にしない表情――を見せたがすぐに沈んだ。
 ヴィダとレーヴェはこの隙にザイステルへ攻撃を仕掛けたかったのだが劇薬の瓶はずっとこちらへ向けたままであったのと、シュペーゼの霊魂の言葉で激昂して薬品をぶちまけるおそれもあるため慎重にならざるを得なかった。
 フォスターも本当は身体を取り戻したいのだが、この夫婦のやり取りに敵の内情を探るヒントが出てくるかもしれないと思い、大人しく状況を見守っている。ビスタークも黙っているところをみると同じ考えのようだ。
「あ、赤ちゃんは魂がまだ降りてきてなかったから絶対に生き返らないよ」
「!」
「どう? これはわたしたちだけの話だったでしょ?」
「……それも……君はあの日、産科に行っていたのだから、調べればわかるはずだ……!」
 ザイステルは聞く耳を持たないようにしているが、動揺はしている。
「私がどれだけ絶望したか、わかるか? なかなか授からなかった子どもを君が『できたかも』と言ったあの日に、全て失ってしまった私の絶望が!」
「わかるよ! そっちこそわたしがどれだけ大変だったかわかるの? わたしはあなたのせいで悪霊になりそうだったの! いつ自我が消えてもおかしくない毎日! あなたはわたしに気付いてくれない!」
「……!」
 その言葉にザイステルが感情を揺さぶられているのがわかる。本物だと信じていない口ぶりだが、半信半疑といったところなのだろう。
「ずっと言いたかったことがたくさんある! やっと言えたの! わたしだって死にたくなかった! 赤ちゃんとあなたと幸せに暮らしたかった!」
「だから生き返らせると言っているんだ!」
「でも、そのために他の人たちを犠牲にしていいはずない!」
 お互い息をつく間もなく言い合いをしている。これも夫婦喧嘩と呼べるのだろうか。
「あんなことになって、あなたが悪い人たちと何か良くないことをしてるのを見て、つらかった。見ているだけしか出来なくて、つらかった。しかも五年の間!」
「……………………」
「あなたはほとんど毎日来てくれたけど、誰かに命令されたり命令したり……。わたし、そばでやめるようにずっと言ってたのよ? 知らなかったでしょ?」
「それは君のことを想って……!」
「わたしのことを想ってくれるなら、休ませて。今はいつ気が狂うかわからない状態なの。空へ送ってよ!」
「嫌だ!」
「それに、考えてみて? わたしを殺したのは誰? あなたを使っている悪い人たちじゃないの? あなたはわたしを人質に取られていいように使われているだけじゃないの?」
「……! それでも、君が生き返る可能性があるなら、私は……!」
 ザイステルの表情が歪んでいる。悔しさ、悲しみ、怒り、全ての負の表情の入り混じった顔をしていた。
「復讐を考えなかったわけじゃない。でも、それは、君が生き返った後に……!」
「復讐して欲しいわけじゃないよ。悪い人に使われるのはもうやめようよ、ね? 考え直して。あなたは患者の痛みに寄り添える医者だったはずよ。死んだ後もこうして魂だけで存在し続けるのってとても疲れるの。悪霊になったら他人に迷惑をかけてしまうから、そうならないように頑張ってきたけど、もうそろそろ限界。わたしは、もう休みたい。お願い。どうか、星にして。わたしの身体を、燃やして」
「嫌だ! ……嫌だ!」
 その叫びにも似た声は震えていた。
「すぐそこに君がいるのに何故燃やさなきゃならないんだ! 本当に君なら自分の身体に戻ればいいだけだろう?」
「そんなこともう何度もやった! 無理なものは無理なの! この人に取り憑いたのだって、他の人が無理だったから貸してもらってるだけ!」
「じゃ、じゃあ、他の身体を試してみよう。手持ちの駒には女性もいる。何人か試してみてその誰かに……」
「何を言い出すの? 人の身体を道具みたいに言わないで! わたしを生き返らせるために人殺しをしたり人を攫ったりしていいはずない! あなたは医者でしょ? 命の大切さをわかっているでしょう?」
「君以上の命があるものか! 君が生き返るなら何を犠牲にしても構わない!」
「やめて。大人しく罪を認めてその瓶をしまいなさい! もうあっちの人たちと関わらないで!」
 それを聞いたザイステルは狂ったように笑い出した。
「あははははははは! 演技、そう演技だ……。演技に決まっている……! そうやって私を投降させるつもりなんだろうが、そんな男の演技に騙されるものか! 妻は絶対に私が守る……! 私は絶対に目的を達成してみせる……!」
 ザイステルはそう言い捨てると手に持っていた|転移石《エイライト》を額に当て、妻シュペーゼの遺体と共にその場から、消えた。