表示設定
表示設定
目次 目次




エピソード1依頼

ー/ー



三日後の昼過ぎ。

迅の携帯に一本の連絡が入る。

相手は玲奈、要件は単純だった。



“仕事の連絡が入ったから、依頼者と会いに行く。”



それだけだ。

コイツが言う会いに行くとは

迎えに来いが含まれている

ただこれに関しては仕事だ文句は言うまい



迅は立ち上がると、部屋の隅に置いてある大きな鞄を手に取った。

自分でも思う。

無駄にデカい。

しかも中身はと言えば、必要かどうかも分からない物ばかりだ。



それでも迅は、いつもの癖で色々と鞄の中に放り込んでいく。

懐中電灯、簡単な工具、メモ帳、予備のバッテリー、それと護身用の銃。

使うかどうか分からないものまで、つい詰め込んでしまう。

準備を終え、部屋を出る。



移動に使うのは、迅が大事にしている愛車。

GB350。

クラシックな見た目のバイクだ。

そして、このバイクには特徴がある。

横には――

サイドカーが取り付けられている。

迅は軽く車体を撫でる。



これに乗って、まずは相方を迎えに行く。

実際のところ、事務所に行くだけならバイクに乗る必要はない。

歩いても大した距離ではないからだ。

だが今回は違う。



依頼者の元へ向かうには、少し距離がある。

それに――

今日は、バイクに乗るにはちょうどいい天気だった。

青空が広がり、風も穏やかだ。

きっと、あいつの気分転換にもなるだろう。



数分後。

迅は探偵事務所の前に到着した。

だが――

いつまで経っても、玲奈が出てこない。



迅は腕時計を見る。

そして、イラついたように呟いた。

「何してんだよ、アイツ……」



迅はタバコに火をつけた。

煙を吐きながら、ぼんやりと通りを眺める。



この「待つ時間」が、迅はあまり好きではなかった。

手持無沙汰になるし、余計なことを考えてしまう。

嫌な記憶や、忘れたいことが頭をよぎる。

だから、できれば早く来てほしい。

そんなことを考えていると――



少し離れた場所から、聞き慣れた声が聞こえた。

「待たせたな!迅!」

顔を上げると、見慣れた女性が手を振りながらこちらへ走ってきていた。

長い髪を揺らしながら、満面の笑みで近づいてくる。

深海玲奈だった。



迅は煙を吐きながら言う。

「待たせすぎだ」



タバコを地面に落とし、足で火を消す。

「依頼者も待ってんだろ?早く乗れ」



玲奈は悪びれた様子もなく笑った。

「すまんすまん。楽しみすぎて準備に時間がかかってしまった」



迅は眉をひそめる。

「何で依頼も聞く前からそんなにワクワクしてんだよ?」

「めちゃくちゃ嫌な予感がするんだが」



玲奈は得意げに笑う。

「前に話していた“事件の匂い”に関われそうなんだよ」



迅の表情が固まる。

「はぁ!?何でだよ!?」



玲奈は胸を張って言った。

「警察からの依頼だよ、ワトソン君」

迅は顔をしかめた。

嫌な予感というのは、大体当たる。

そして今回も、その例外ではなさそうだった。



迅の気持ちなど知る由もなく、

隣のバカは嬉しそうにサイドカーへと乗り込む。

玲奈は両手を上げて叫んだ。

「さー!!元気よく出発するぞ迅!!」



迅は大きくため息をついた。

そして愛車のキーを回す。

エンジンが低く唸る。

こうして二人は、

今回の依頼者のもとへと向かっていった。



バイクを走らせ、数分が経った。

街の中心を少し外れた場所。

人通りの少ない通りを抜けた先に、一軒の喫茶店がある。

迅はそこへ向かってハンドルを切った。



その喫茶店は、普通の店とは少し違う。

目立つ看板もなければ、宣伝もしていない。

知らなければ、ただの古い建物にしか見えない。

だが、ここを待ち合わせ場所として使う人間は限られている。

というより――



あの人以外、ここを使う奴を迅は知らない。

そもそも、この店は隠れ家的な場所だ。

客も多くない。



迅が今まで見た限りでは、ほとんどが常連客だ。

新しい客が入っているところなど、ほとんど見たことがない。

エンジン音を響かせながら走る中、

迅はふと思い出したように声をかけた。

「依頼者って……鷹さんかい?」



サイドカーに乗る玲奈が、少し驚いたような声を出す。

「おぉ……よく分かったな」

「そうだ、アイツだよ」



迅は小さくため息をつく。

「さっきも聞いたが、依頼内容は聞いたのか?」



玲奈はあっさりと答えた。

「いや、まだだ」

そして続ける。

「だが、このタイミングで連絡が来るってことは……多分そうなんだろう」



迅は眉をひそめた。

コイツの言っている意味は分かる。

二階堂 鷹

警察官だ。

それも、ただの警察官ではない。

そこそこ地位のある人間だ。

警察内部でも、多少の権限を持っている。

言ってしまえば――

ちょっとした権力者だが。



この男が、なかなかに厄介なのだ。

警察では取り扱いに困る事件。

証拠がない事件。

説明のつかない事件。



そういう案件を、よく迅たちの探偵事務所に回してくる。

しかも内容は実に幅広い。

不可解な失踪事件から、

意味不明な怪死事件まで。

本当に訳の分からないものばかりだ。



今回も、おそらくそういう類の話だろう。

もっとも。

今回は玲奈が興味を持っているからまだいい。

問題はそこではない。

玲奈が興味を持たなかった場合――



基本、迅一人で処理する羽目になる。

迅は思わず顔をしかめた。

そもそも、今回はまだ依頼内容を聞いていない。

つまり。

話を聞いた結果、

「面白くない」と玲奈が判断すれば――

仕事をするのは迅だけ。

十分あり得る話だった。



迅はもう一度、大きくため息をつく。

そしてアクセルを少しだけ回した。

バイクは静かな通りを抜け、

目的地の喫茶店へと向かっていった。



バイクはゆっくりと速度を落とし、細い路地裏へと滑り込んだ。



昼間だというのに日差しはほとんど届かず、空気はどこか湿っている。

こんな場所にまともな店があるとは思えない。



やがて、古びた一軒の喫茶店の前でブレーキをかけた。



エンジン音が止まり、静寂が戻る。



視線を上げると、年季の入った看板が目に入った。



――「喫茶 ナポリ」



文字は色褪せ、ところどころ剥がれている。

長い時間、この場所に在り続けてきた証だ。



玲奈がそそくさとサイドカーから降りた。



「おい、早すぎだろ」



声をかける間もなく、あいつは足早に店の扉を押し開ける。



仕方なく、俺も後に続いた。



店内は狭く、薄暗い。



年季の入った木のテーブルと椅子。

奥のカウンターには白髪の老人が立っている。



そして――



奥の席に、見慣れた顔が一つ。



その男がこちらに気づき、軽く手を上げた。





「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」



玲奈

「うむ!そんなかしこまるな、鷹よ」



……こいつは本当に子供か何かか?



俺は苦笑しながら席についた。





「お久しぶりっす、鷹さん」



鷹は柔らかく笑う。





「迅君、久しぶりだね。元気にしてたかい?」





「ぼちぼちっすね」



戦争が終わってから、"元気"なんて言葉に意味はなくなった気もするが。





「ああ、今日は僕の奢りだ。好きなものを頼みなさい」



その一言で、隣の女が輝き出した。



玲奈

「じゃあココアのアイスを。砂糖は大さじで20杯。それとこのイチゴのタルト、あとおすすめのプリンを一つ」





「……」





「自分はアイスコーヒーと……飯いいっすか? まだ食ってなくて」



鷹は笑って頷いた。





「じゃあナポリタン特盛で」



注文を終え、鷹が小さく肩をすくめる。





「相変わらずだね、二人とも」



玲奈

「そんなことはどうでもいい。依頼の話をしろ」



目を輝かせながら、玲奈が身を乗り出す。



本当に楽しそうだな、お前は。



鷹は少し苦笑しながら、鞄からファイルを取り出した。





「では早速ですが、こちらを」



テーブルに置かれた資料を、玲奈は一瞬で奪い取る。



そして――



30秒で読み終えた。



「ほら」



どや顔で渡してくる。



俺も仕方なく目を通した。



内容は、とある宗教団体で起きた事故。



被害者は女性。



老朽化した石像が倒れ、頭部を直撃。

即死。



……だが、妙だった。



玲奈

「どうだ? 私の勘は当たっただろう!」





「それはどういう……?」





「いや、気にしないでください。いつものことなんで」



鷹は納得したような、していないような顔をする。





「今回、この件について調査をお願いしたいのです」





「鷹さん、これ事故扱いですよね? なんでわざわざ――」





「事故そのものというより……教団を調べてほしい」





「……理由は?」



玲奈

「そんなのどうでもいいだろ!受けようぜ迅!」





「だからお前は――」



鷹が苦笑する。





「いや、迅君の言う通りだ。理由はある……が、正直に言うと“直感”だ」





「は?」





「現場で話を聞いたんだ。教団の連中にね」



一拍置いて、静かに続ける。





「全員が同じことを言った。“神罰だ”と」



空気が少しだけ冷えた気がした。





「それだけで?」



玲奈

「いや、十分だ」



玲奈は資料の写真を指で叩く。



玲奈

「この像、見ろ。ここまで劣化してるなら普通は立ち入り禁止にする」





「……まぁ、そうかもな」



玲奈

「あと遺体の位置だ。転んでぶつかるなら基本的に前のめりになるはずだ」





「何が言いたい?」



玲奈

「誰かに呼び出され。口論になり。突き飛ばされた」



玲奈は静かに言い切る。



玲奈

「そして“偶然”像が倒れた。周りの奴らはバカなんだろうな神罰だと勘違いして今にいらるんだろう」





「素晴らしい観察眼ですね」





「いや、こじつけだろ」



鷹は首を横に振った。





「実は我々もそこまでは考えた」





「じゃあなんで――」





「上から止められた」



その一言で、すべてが繋がった。





「この件は事故として処理しろ、とね」





「……上ってのは」



鷹は少しだけ言葉を濁した。





「……最近、こういうことが増えてる」



それ以上は言わなかった。



だが分かる。



この国は今、どこかおかしい。



戦争に負けてから――いや、それ以前から。



情報は制限され、技術は一部の人間しか使えない。



そして



“触れてはいけないもの”が増えている。



玲奈が笑った。



玲奈

「いいじゃないか。面白くなってきた」





「……はぁ」



玲奈

「受けるぞ」





「勝手に決めるな」



玲奈はニヤリと笑う。



玲奈

「断ってもいいぞ?今月の給料は無いが」





「社長の言うことは絶対でございます」



俺は即座に頭を下げた。



鷹が笑う。





「助かるよ。本当にね」



その時、注文した料理が運ばれてきた。



甘ったるいココア。

山盛りのナポリタン。



鷹は立ち上がる。





「じゃあ僕は仕事があるのでこれで」





「了解です」



玲奈

「任せておけ!」



鷹は軽く手を振り、店を出ていった。



残された俺たちは、黙って料理に手をつける。



ナポリタンを一口。



……量が多い。



いや、だいぶ多い。



だがまあ、食えない量じゃない。



玲奈は甘ったるそうなココアを幸せそうに飲んでいる。



本当にこの女は――



その時だった。



ふと、さっきの資料の写真が頭をよぎる。



潰れた頭部。



そして――



“神罰”





「……なぁ玲奈」



玲奈

「なんだワトソン君」





「この教団、ただの宗教じゃない気がするんだが」



玲奈は少しだけ口角を上げた。



玲奈

「当然だろう」



そして、楽しそうに言った。



玲奈

「“臭う”んだよ」



その一言で、確信した。



――これは面倒な事件になる。



スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



三日後の昼過ぎ。
迅の携帯に一本の連絡が入る。
相手は玲奈、要件は単純だった。
“仕事の連絡が入ったから、依頼者と会いに行く。”
それだけだ。
コイツが言う会いに行くとは
迎えに来いが含まれている
ただこれに関しては仕事だ文句は言うまい
迅は立ち上がると、部屋の隅に置いてある大きな鞄を手に取った。
自分でも思う。
無駄にデカい。
しかも中身はと言えば、必要かどうかも分からない物ばかりだ。
それでも迅は、いつもの癖で色々と鞄の中に放り込んでいく。
懐中電灯、簡単な工具、メモ帳、予備のバッテリー、それと護身用の銃。
使うかどうか分からないものまで、つい詰め込んでしまう。
準備を終え、部屋を出る。
移動に使うのは、迅が大事にしている愛車。
GB350。
クラシックな見た目のバイクだ。
そして、このバイクには特徴がある。
横には――
サイドカーが取り付けられている。
迅は軽く車体を撫でる。
これに乗って、まずは相方を迎えに行く。
実際のところ、事務所に行くだけならバイクに乗る必要はない。
歩いても大した距離ではないからだ。
だが今回は違う。
依頼者の元へ向かうには、少し距離がある。
それに――
今日は、バイクに乗るにはちょうどいい天気だった。
青空が広がり、風も穏やかだ。
きっと、あいつの気分転換にもなるだろう。
数分後。
迅は探偵事務所の前に到着した。
だが――
いつまで経っても、玲奈が出てこない。
迅は腕時計を見る。
そして、イラついたように呟いた。
「何してんだよ、アイツ……」
迅はタバコに火をつけた。
煙を吐きながら、ぼんやりと通りを眺める。
この「待つ時間」が、迅はあまり好きではなかった。
手持無沙汰になるし、余計なことを考えてしまう。
嫌な記憶や、忘れたいことが頭をよぎる。
だから、できれば早く来てほしい。
そんなことを考えていると――
少し離れた場所から、聞き慣れた声が聞こえた。
「待たせたな!迅!」
顔を上げると、見慣れた女性が手を振りながらこちらへ走ってきていた。
長い髪を揺らしながら、満面の笑みで近づいてくる。
深海玲奈だった。
迅は煙を吐きながら言う。
「待たせすぎだ」
タバコを地面に落とし、足で火を消す。
「依頼者も待ってんだろ?早く乗れ」
玲奈は悪びれた様子もなく笑った。
「すまんすまん。楽しみすぎて準備に時間がかかってしまった」
迅は眉をひそめる。
「何で依頼も聞く前からそんなにワクワクしてんだよ?」
「めちゃくちゃ嫌な予感がするんだが」
玲奈は得意げに笑う。
「前に話していた“事件の匂い”に関われそうなんだよ」
迅の表情が固まる。
「はぁ!?何でだよ!?」
玲奈は胸を張って言った。
「警察からの依頼だよ、ワトソン君」
迅は顔をしかめた。
嫌な予感というのは、大体当たる。
そして今回も、その例外ではなさそうだった。
迅の気持ちなど知る由もなく、
隣のバカは嬉しそうにサイドカーへと乗り込む。
玲奈は両手を上げて叫んだ。
「さー!!元気よく出発するぞ迅!!」
迅は大きくため息をついた。
そして愛車のキーを回す。
エンジンが低く唸る。
こうして二人は、
今回の依頼者のもとへと向かっていった。
バイクを走らせ、数分が経った。
街の中心を少し外れた場所。
人通りの少ない通りを抜けた先に、一軒の喫茶店がある。
迅はそこへ向かってハンドルを切った。
その喫茶店は、普通の店とは少し違う。
目立つ看板もなければ、宣伝もしていない。
知らなければ、ただの古い建物にしか見えない。
だが、ここを待ち合わせ場所として使う人間は限られている。
というより――
あの人以外、ここを使う奴を迅は知らない。
そもそも、この店は隠れ家的な場所だ。
客も多くない。
迅が今まで見た限りでは、ほとんどが常連客だ。
新しい客が入っているところなど、ほとんど見たことがない。
エンジン音を響かせながら走る中、
迅はふと思い出したように声をかけた。
「依頼者って……鷹さんかい?」
サイドカーに乗る玲奈が、少し驚いたような声を出す。
「おぉ……よく分かったな」
「そうだ、アイツだよ」
迅は小さくため息をつく。
「さっきも聞いたが、依頼内容は聞いたのか?」
玲奈はあっさりと答えた。
「いや、まだだ」
そして続ける。
「だが、このタイミングで連絡が来るってことは……多分そうなんだろう」
迅は眉をひそめた。
コイツの言っている意味は分かる。
二階堂 鷹
警察官だ。
それも、ただの警察官ではない。
そこそこ地位のある人間だ。
警察内部でも、多少の権限を持っている。
言ってしまえば――
ちょっとした権力者だが。
この男が、なかなかに厄介なのだ。
警察では取り扱いに困る事件。
証拠がない事件。
説明のつかない事件。
そういう案件を、よく迅たちの探偵事務所に回してくる。
しかも内容は実に幅広い。
不可解な失踪事件から、
意味不明な怪死事件まで。
本当に訳の分からないものばかりだ。
今回も、おそらくそういう類の話だろう。
もっとも。
今回は玲奈が興味を持っているからまだいい。
問題はそこではない。
玲奈が興味を持たなかった場合――
基本、迅一人で処理する羽目になる。
迅は思わず顔をしかめた。
そもそも、今回はまだ依頼内容を聞いていない。
つまり。
話を聞いた結果、
「面白くない」と玲奈が判断すれば――
仕事をするのは迅だけ。
十分あり得る話だった。
迅はもう一度、大きくため息をつく。
そしてアクセルを少しだけ回した。
バイクは静かな通りを抜け、
目的地の喫茶店へと向かっていった。
バイクはゆっくりと速度を落とし、細い路地裏へと滑り込んだ。
昼間だというのに日差しはほとんど届かず、空気はどこか湿っている。
こんな場所にまともな店があるとは思えない。
やがて、古びた一軒の喫茶店の前でブレーキをかけた。
エンジン音が止まり、静寂が戻る。
視線を上げると、年季の入った看板が目に入った。
――「喫茶 ナポリ」
文字は色褪せ、ところどころ剥がれている。
長い時間、この場所に在り続けてきた証だ。
玲奈がそそくさとサイドカーから降りた。
「おい、早すぎだろ」
声をかける間もなく、あいつは足早に店の扉を押し開ける。
仕方なく、俺も後に続いた。
店内は狭く、薄暗い。
年季の入った木のテーブルと椅子。
奥のカウンターには白髪の老人が立っている。
そして――
奥の席に、見慣れた顔が一つ。
その男がこちらに気づき、軽く手を上げた。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
玲奈
「うむ!そんなかしこまるな、鷹よ」
……こいつは本当に子供か何かか?
俺は苦笑しながら席についた。
「お久しぶりっす、鷹さん」
鷹は柔らかく笑う。
「迅君、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「ぼちぼちっすね」
戦争が終わってから、"元気"なんて言葉に意味はなくなった気もするが。
「ああ、今日は僕の奢りだ。好きなものを頼みなさい」
その一言で、隣の女が輝き出した。
玲奈
「じゃあココアのアイスを。砂糖は大さじで20杯。それとこのイチゴのタルト、あとおすすめのプリンを一つ」
「……」
「自分はアイスコーヒーと……飯いいっすか? まだ食ってなくて」
鷹は笑って頷いた。
「じゃあナポリタン特盛で」
注文を終え、鷹が小さく肩をすくめる。
「相変わらずだね、二人とも」
玲奈
「そんなことはどうでもいい。依頼の話をしろ」
目を輝かせながら、玲奈が身を乗り出す。
本当に楽しそうだな、お前は。
鷹は少し苦笑しながら、鞄からファイルを取り出した。
「では早速ですが、こちらを」
テーブルに置かれた資料を、玲奈は一瞬で奪い取る。
そして――
30秒で読み終えた。
「ほら」
どや顔で渡してくる。
俺も仕方なく目を通した。
内容は、とある宗教団体で起きた事故。
被害者は女性。
老朽化した石像が倒れ、頭部を直撃。
即死。
……だが、妙だった。
玲奈
「どうだ? 私の勘は当たっただろう!」
「それはどういう……?」
「いや、気にしないでください。いつものことなんで」
鷹は納得したような、していないような顔をする。
「今回、この件について調査をお願いしたいのです」
「鷹さん、これ事故扱いですよね? なんでわざわざ――」
「事故そのものというより……教団を調べてほしい」
「……理由は?」
玲奈
「そんなのどうでもいいだろ!受けようぜ迅!」
「だからお前は――」
鷹が苦笑する。
「いや、迅君の言う通りだ。理由はある……が、正直に言うと“直感”だ」
「は?」
「現場で話を聞いたんだ。教団の連中にね」
一拍置いて、静かに続ける。
「全員が同じことを言った。“神罰だ”と」
空気が少しだけ冷えた気がした。
「それだけで?」
玲奈
「いや、十分だ」
玲奈は資料の写真を指で叩く。
玲奈
「この像、見ろ。ここまで劣化してるなら普通は立ち入り禁止にする」
「……まぁ、そうかもな」
玲奈
「あと遺体の位置だ。転んでぶつかるなら基本的に前のめりになるはずだ」
「何が言いたい?」
玲奈
「誰かに呼び出され。口論になり。突き飛ばされた」
玲奈は静かに言い切る。
玲奈
「そして“偶然”像が倒れた。周りの奴らはバカなんだろうな神罰だと勘違いして今にいらるんだろう」
「素晴らしい観察眼ですね」
「いや、こじつけだろ」
鷹は首を横に振った。
「実は我々もそこまでは考えた」
「じゃあなんで――」
「上から止められた」
その一言で、すべてが繋がった。
「この件は事故として処理しろ、とね」
「……上ってのは」
鷹は少しだけ言葉を濁した。
「……最近、こういうことが増えてる」
それ以上は言わなかった。
だが分かる。
この国は今、どこかおかしい。
戦争に負けてから――いや、それ以前から。
情報は制限され、技術は一部の人間しか使えない。
そして
“触れてはいけないもの”が増えている。
玲奈が笑った。
玲奈
「いいじゃないか。面白くなってきた」
「……はぁ」
玲奈
「受けるぞ」
「勝手に決めるな」
玲奈はニヤリと笑う。
玲奈
「断ってもいいぞ?今月の給料は無いが」
「社長の言うことは絶対でございます」
俺は即座に頭を下げた。
鷹が笑う。
「助かるよ。本当にね」
その時、注文した料理が運ばれてきた。
甘ったるいココア。
山盛りのナポリタン。
鷹は立ち上がる。
「じゃあ僕は仕事があるのでこれで」
「了解です」
玲奈
「任せておけ!」
鷹は軽く手を振り、店を出ていった。
残された俺たちは、黙って料理に手をつける。
ナポリタンを一口。
……量が多い。
いや、だいぶ多い。
だがまあ、食えない量じゃない。
玲奈は甘ったるそうなココアを幸せそうに飲んでいる。
本当にこの女は――
その時だった。
ふと、さっきの資料の写真が頭をよぎる。
潰れた頭部。
そして――
“神罰”
「……なぁ玲奈」
玲奈
「なんだワトソン君」
「この教団、ただの宗教じゃない気がするんだが」
玲奈は少しだけ口角を上げた。
玲奈
「当然だろう」
そして、楽しそうに言った。
玲奈
「“臭う”んだよ」
その一言で、確信した。
――これは面倒な事件になる。